第11話 救うべき命
ガルスは、突如現れたウォーレンスに腹部を刺されていた。
「な、なんの、つもりだ……?」
ガルスの問いかけに、ウォーレンスは口の端を歪めた。
その邪悪な笑みは、ガルスに対する憎しみが滲んでいる。
「前々から気に食わなかったんだよ、お前は。ただの雇われた傭兵の分際で、魔王軍幹部なんて、ムカつくんだよ!」
「がはあっ!」
ウォーレンスは、ガルスの腹部から爪を引き抜きながらその体を蹴ってきた。
流石のガルスも、腹部に傷を負っているためその攻撃に耐えきれない。地面を転がりながら、ガルスは倒れていく。
「ガ、ガルス!」
「お姉ちゃん!?」
そんなガルスに、アンナが駆け寄ってきた。
敵である自分を心配する彼女の優しさに、ガルスは感動さえ覚える。
だが、今はこちらに来るべきではない。そう思ったガルスだったが、声を出す力が、ガルスには残っていなかった。そのため、アンナの接近を許してしまう。
「ふふふふ、はっはっはっ! 馬鹿が! 敵に駆け寄るなんて、愚かだなあ!」
ガルスの予想通り、ウォーレンスの狙いは自分だけではなかった。
ウォーレンスの真の目的は、アンナである。勇者を倒して、自身の地位を向上させようとしているのだ。
「だが、好都合だぜ! 二人仲良く死にな!」
ウォーレンスは懐から筒状の物体を取り出すと、それをガルスに投げてきた。
その筒に、ガルスは見覚えがあった。それは、魔法を閉じ込めておける筒なのである。
「な、なんだ……」
ガルスに駆け寄っていたアンナは、突如投げ放たれた物に困惑していた。恐らく、彼女はそれを何か理解していないのだろう。
その筒は、ガルスの頭上で発光しながら、爆発した。その爆発は、中にあった魔法が、効果を発揮する合図だ。
「こ、これは……?」
爆発の直後、轟音とともに地面が振動し、ひび割れ始めた。
ひびはだんだんと広がっていきながら、地面が大きく裂けていく。
その崩壊に、ガルスもアンナも巻き込まれている。
「お姉ちゃん! 危ない!」
「うっ……!?」
カルーナの叫びが響いたが、既に遅かった。
二人の体は、ゆっくりと地面の亀裂へと落ちていく。
「うわあああああ!」
「お姉ちゃん!」
二人は、そのまま落下していった。
勢いを殺さぬまま、二人は地面の底に向かって行く。
「むっ!?」
落下中に、ガルスは二つのことに気づいた。
一つは、アンナが気を失っていることだ。恐らく、周りの岩に頭をぶつけてしまって、意識が飛んだのだろう。
そしてもう一つは、亀裂が狭くなっていることだ。どうやら、この亀裂は一度開いて閉じることで相手を殺すものらしい。
「ぬうううっ!」
ガルスは体に残っている闘気を振り絞っていた。
このままでは、二人とも死ぬだけだ。それだけは、避けなければならないことである。
ガルスにとって、アンナは亡くすには惜しい命だった。少なくとも、ウォーレンスなどに葬られていいものではない。
「ふん!」
ガルスは力を振り絞って、壁に両腕を伸ばした。
それにより、亀裂の収縮は停止する。
激しい力が、ガルスを襲ってきた。だが、それに負けるガルスではない。残る力を振り絞り、その壁を押さえつけるのだ。
「はっ……!」
そんなことをしていると、アンナが声をあげた。
どうやら、意識が戻ったようである。
「ガルス……」
「起きたか……」
起きたアンナは、ゆっくりと周囲を見渡した。
状況を少しづつ理解していくと、アンナの表情は曇っていく。
「まさか……壁が!?」
「そうだ……俺が押さえていなければ、押しつぶされるだろう」
「そ、そんな……」
ガルスの言葉に、アンナはかなり困惑しているようだ。
それも当然だろう。 壁が狭くなっているのもそうだが、それをガルスが押さえつけている光景も、目覚めたアンナには衝撃的なものだろう。
だが、これは紛れもない事実なのだ。それは、アンナもわかっているだろう。
「あなたが、助けてくれたんだね。ありがとう……でも、どうして?」
「ふっ……ウォーレンスの思い通りにさせたくはなかったからな」
ガルスは、自身の意識がもう持たないことに気づいていた。
ウォーレンスから受けた傷が、響いてきたようである。
このままでは、ガルスも持たなくなってしまう。その前に、アンナには上に上がってもらわなければならないのだ。
「とにかく、上に上がらないと……」
「ああ、そうだな……」
「この壁をなんとかしなくちゃ……」
「勇者……いや、アンナよ」
「えっ?」
アンナは、この壁を何とかする方法を考えようとした。
だが、そんな時間はない。ガルスの意識は途切れるし、アンナでもこの壁をそれ程長い時間押さえつけることはできないだろう。
「俺が、この壁を押さえている。その内に、上へ戻れ」
「な、何を言っているのさ……?」
「俺のことはいい。お前だけでも助かってくれ」
「そ、それは駄目だよ。見捨てていくなんて……できない」
だから、ガルスはアンナだけでも逃がすことにした。
自分の命を懸けて、アンナを救うことに、ガルスは躊躇いなどない。
アンナなら、これからも正しい道を歩んで行けるだろう。民を守る戦士として、生きて行ってくれる。それならば、ガルスは喜んでその命を捧げられるのだ。
しかし、アンナは納得していなかった。ガルスを見捨てることができない。その優しさも、アンナの美徳だろう。
「俺は、お前の敵だぞ……情けをかける必要はない」
「それは、違う。今、ガルスは私を助けてくれているんだ。敵も味方もあるものか」
「どの道この傷だ……助かることはないさ……」
「だけど……」
「行け……お前は、ここで立ち止まる訳にはいかんのだろう?」
自身の決意が、アンナの心に届いた。ガルスは、アンナの表情からそれを察知した。
これで、アンナは逃げてくれるだろう。そのことに、ガルスは安心する。
「どうして、ここまで……?」
「……俺は内心、迷っていたのかもしれん。自分のあり方に……」
「あり方?」
「魔王軍のやり方は、俺の流儀に反するものが多い。心のどこかで、お前が思っていたようなことを感じていたのかもしれん」
「ガルス……」
ガルスは、自身の迷いをアンナに打ち解けていた。
思えば、ガルスはずっと悩んでばかりだった。この終わりなき戦いの意味を、ガルスはずっと探していたのだ。
その答えは、見つけることができなかった。だが、その答えはきっと目の前の少女が見つけてくれる。ガルスは、それを確信するのだった。
「さあ、もう行け! もう俺も限界だ……早く、上に上がれ!」
「……ありがとう、ガルス。私は、あなたという誇り高き戦士のことを忘れないよ」
アンナの目には、涙が宿っていた。
その涙に、ガルスは感謝する。最後の戦いが、この少女との戦いでよかった。そう思いながら、ガルスは少女を見る。
「聖なる光よ、棒になり、伸びろ!」
その言葉とともに、アンナは上へと上がっていった。
アンナが上まで行ったのを見届けてから、ガルスはゆっくりと体から力を抜く。
ガルスは、満足していた。あの少女を救うために命を使えたこと。それは、ガルスにとっては幸福なものだったのだ。
ガルスが手を離すと同時に、地面は収縮を再開する。その中で、ガルスはゆっくりと意識を失っていくのだった。




