第10話 尽きぬ闘志
ガルスは、勇者アンナとその妹のカルーナと戦っていた。
二人のコンビネーションは、ガルスでも苦戦するようなものだった。
しかし、それでも二人の力はガルスには及ばない。二人とガルスの間には、遥かなる差があるのだ。
「お姉ちゃん、ごめんね」
「大丈夫……おかげで、助かったよ……ありがとう」
ガルスの攻撃に苦しめられていたアンナは、カルーナの機転によって救われた。
攻撃を受けているアンナに魔法を当て、その攻撃が逃れさせたのだ。
無論、カルーナの魔法でアンナは傷ついた。だが、それがなければ死んでいただろう。
「お姉ちゃん、立てそう?」
「まあ、なんとか……」
カルーナに支えられながら、アンナはゆっくりと立ち上がった。
二人の少女は、真っ直ぐにガルスを見つめてくる。その大きな闘志は、未だ燃えているようだ。
「お姉ちゃん」
「うん、わかってる」
ガルスは、そんな二人にゆっくりと向かって行く。
二人は、攻撃に備えて構える。満身創痍であるアンナ、かなりの魔力を消費したカルーナ。二人に、ガルスに抵抗できる力はほとんど残っていないだろう。
「やめておけ……」
その様子を見て、ガルスは二人を止めることにした。
これ以上戦っても、無駄である。それを二人に諭すことにしたのだ。
「何が言いたい……?」
「お前達二人では、俺には勝てん」
「それは……」
ガルスの言葉に、アンナは少し怯んだ。
恐らく、心の底では理解しているのだろう。
ガルスの力量は、アンナが一番理解しているはずだ。それ故に、今後の結末が予想できてしまうのだろう。
「そんなこと……ない!」
「カルーナ!?」
「ほう?」
そんな中、カルーナの声が響いた。
アンナに比べて、カルーナはガルスの言葉にまったく怯んでいない。
その理由を、ガルスはなんとなく察していた。アンナと違い、カルーナがそこまで必死になっている理由は、今までの戦いで理解しているのだ。
「お姉ちゃんを死なせはしない……」
ガルスの目的は、アンナを殺すことである。
カルーナにとって、諦めるということはアンナの死を認めることなのだ。それを認められないから、カルーナは必死なのだろう。
その意思は、ガルスが好ましいと思うものだ。だからこそ、この少女達を死なせたくないと思ってしまったのである。
「それが、お前の決意というものか……?」
「そう、それが私の決意……」
「ならば、それを崩してやろう……」
「崩す……?」
「勇者を生かしてやろう」
「えっ?」
ガルスの任務は、勇者を殺すことだ。
だが、勇者を殺すということは、アンナを殺すということではない。
ガルスは、ゆっくりと腕を上げて、アンナの右手を指す。その右手に宿っているものを、ガルスは知っている。
「俺がその右手を、切り落とす」
「右手を? そんなの駄目に決まってる!」
「話を最後まで聞け……勇者の証とは、右手にある。その右手こそが勇者の力の根源なのだ」
「根源……?」
「その右手が無くなれば、そいつは勇者ではなくなるのだ」
「そ、そんなの……」
勇者の力は、右手に宿っているのだ。
その右手にある紋章が、その者が勇者であることを示す力の根源なのである。
つまり、その右手を切り落とせば、アンナからは勇者の力は失われる。そうすれば、アンナを殺す必要はなくなるのだ。
「多少、生活は不便にはなるだろうが……それだけで、お前達は元の生活に戻ることができる」
「だ、だけど、それは!」
「それが飲めないのなら、勇者が死ぬだけだぞ」
「うっ……」
ガルスの提案に、カルーナは揺れていた。
恐らく、彼女の支えは姉を救うということだったのだろう。
アンナが死なないとわかった今、彼女には戦うための支柱がなくなった。その目から闘志の炎が消えていくのをガルスは感じ取る。
普段ならそれを残念に思うガルスだったが、今はそれに安心した。これで、二人を葬らなくて済むからだ。
「そんなことは飲めない……」
「えっ……?」
しかし、そんな中に響いたのはアンナの声だった。
その声により、カルーナの思考はアンナの方に向く。折れかけていた心が、姉の言葉一つで繋がったのである。
「勇者か……手を切ることなら心配するな。痛みは最小限で済ましてやる」
「そうじゃない……」
「何?」
「あなたの提案は、ありがたい。きっと、あなたはいい人なんだと思う。だけど、私はその提案に乗ることができない」
「……どういうことだ?」
ガルスの提案を、アンナは力強く否定してきた。
先程揺れていた少女は、もうどこにもいない。ガルスとカルーナが話している間に、アンナは考えをまとめていたようだ。
アンナは右手をしっかりと握りしめる。その手には、只ならぬ力がある。
「私は、ここに来るまでに人間と魔族の戦いを見てきた。その中で、魔族は平和に暮らす人々の生活を、簡単に脅かすと知った」
「お姉ちゃん……」
「私がここにいるのは、最早勇者だからという理由だけじゃない。私は、人々の平和を守るために戦うんだ!」
ガルスに対して、アンナはそのように言い切ってきた。
その言葉に、ガルスは驚く。この少女の考えは、ガルスが抱いていたものに似ていたからだ。
そのように真っ直ぐに突き進める心に、ガルスは感銘すら覚えていた。同時に、この少女を屠らなければならない自分に、嫌気が差していた。
自分が何をやっているのか、ガルスはわからなくなっていた。体から闘気が消えていくことを、ガルスは理解する。目の前の少女と戦う理由など、ガルスにはない。そのような考えは、その屈強な体を動かす力を根こそぎ奪っていく。
「そうか……ならば、仕方のないことか……」
ガルスがやっと出せた言葉は、力のないものだった。
元々、殺したくなかった者が、さらに殺したくなくなった。そのため、ガルスの中には迷いが生じているのだ。
「お前達のような者を殺すのは心苦しいが、これも任務だ。悪く思うな……」
「カルーナ! 下がって!」
「お姉ちゃん!?」
だが、ガルスも引き下がることはできなかった。
自身に与えられた任務を果たす。その言葉でなんとか誤魔化し、力を振り絞る。
そうでもしなければ、ガルスは闘気を吐き出せなかった。迷いながら叩き出せる力を、ガルスは精一杯燃え上がらせる。
「何をしても無駄だ! お前達に勝機はない!」
「それはどうかな?」
アンナの右手に力が溢れることを、ガルスは感じていた。
だが、それでもガルスは自身の体に宿る闘気を集中させる。
ガルスの思考に、アンナの攻撃に備えるという発想は消えていた。それをできるだけの気力が、失われていたのだ。
だからこそ、自身の最大の技を放つことだけに集中した。最強の攻撃なら負けない。そのような思考が、ガルスの中にはあったのである。
「終わらせよう……竜魔奥義!」
「聖なる光よ!」
アンナの叫びとともに、その手に光の弾が形作られていく。
その光の力は、ガルスに危機だと思わせる程のものだった。だが、既に攻撃を繰り出しているガルスは、回避することができない。
避けるという思考が、もっと早く思いついていれば、結果は違っただろう。思考の迷いが、冷静な判断力を奪った結果が、今起ころうとしている。
「竜人旋風撃!」
「聖なる衝撃波!」
「何?」
聖なる光の弾は、ガルスの闘気とぶつかり合った。
激しい閃光とともに、ガルスの攻撃は消し飛んでいく。
ガルスの奥義に、アンナの攻撃が打ち勝ったのである。
「はああああああ!」
「馬鹿な……!」
光の弾は、勢いを止めていなかった。
攻撃を弾き飛ばした後も、真っ直ぐにガルスの元に向かってきているのだ。
「ぬぐああああ!」
アンナの攻撃は、ガルスに着弾して爆発した。
その威力は、ガルスが思わず声をあげる程である。
「ぬうううう!」
ガルスは、その衝撃にどんどんと後退していく。
そのような衝撃を受けるのは、ガルスにとって久し振りのことだった。
あまりの威力に、ガルスは片膝をついてしまう。だが、アンナが攻撃してくることはない。あちらも、今までのダメージの蓄積があるため、すぐに行動ができなかったようだ。
「はあ、はあ、やった……」
「お姉ちゃん!」
攻撃後に倒れそうになっているアンナを、駆け寄ってきたカルーナが支えた。
アンナの手には、ガルスにぶつけた聖なる光が集まってきている。どうやら、まだまだその闘志は燃えているようだ。
「ふっ……いい一撃だ」
ガルスは、ゆっくりと立ち上がりながらそう呟いていた。
自分をここまで追い詰めたアンナに、ガルスは敬意を覚えていた。それは、自身迷いを振り払うものでもある。
ここまでの力を持つアンナに、情けをかけることは不要。ガルスはそう結論付ける。
正々堂々と戦い、結果はその後に考えればいい。そのように思うことを、ガルスは決めたのである。
「ガルス……」
「俺にここまでのダメージを与えるとは……驚いたぞ」
「一か八かだった……上手くいかなければ、私の方が死んでいた」
「ふっ……賭けに勝ったのなら、お前が強かったということだ」
アンナの手に集まった光が、聖なる剣へと変わっていく。
それに合わせて、ガルスも再び構える。
「カルーナ、下がってて」
「お姉ちゃん……」
「大丈夫、負けやしないさ」
「うん……」
アンナも、カルーナから離れて剣を構えてきた。
その一方で、カルーナは少し下がる。魔法を使ってサポートできるように待機しているのだ。
その陣形には、これまで何度も悩まされてきた。二人のコンビネーションは、ガルスにとってもっとも厄介なものである。
「えっ……?」
「あれ……?」
そこでアンナとカルーナは、驚くような声をあげた。
同時に、ガルスも気づいた。自身の後方から、何者かが迫っていることに。
「む? お前は……」
ガルスの後ろから、狼の獣人が歩いて来ていた。
その男を、ガルスは知っている。
「狼魔将ウォーレンス……何故ここに?」
「えっ!?」
「そんな!」
戦場に現れたのは、狼魔将ウォーレンスだった。
獣王の部下である彼は、獣王に魔将の座を譲られたらしい。
ただ、魔将になってから、その評判は良くなかった。わがままな面が目立つようになり、あまり部下からも信頼されていないようだ。
「竜魔将、久し振りだな……」
「何をしに来た? お前は確か、アストリアン王国に侵攻していたはず……」
「ああ、手伝いに来たのさ、お前をなあ!」
「うぐっ!」
近づいて来たウォーレンスは、ガルスの腹にその爪を刺し込んだ。
アンナの攻撃で傷ついたガルスは、その攻撃にすぐに反応することができなかった。
ガルスの腹部から、ゆっくりと赤い血が流れ出していく。どうやら、ウォーレンスは何か企んでここに来たようである。
「ガルス!?」
「一体、何がどうなってるの……?」
ガルスは、必死に痛みを堪える。
ウォーレンスの前で、倒れる訳にはいかなかった。この魔将が、何を考えてここに来たのか。それを確かめなければならないからだ。




