第4話 毒蛇の姫
ガルスは、毒蛇の姫と呼ばれる魔族が統治する場所まで来ていた。
ここには、毒蛇の姫に従う者達が集まっている。戦える魔族の中で、女性の魔族が数多く集まっているのだ。
そんな中に、ガルスは単身乗り込んでいた。当然のことではあるが、魔王軍に下った男のリザードマンを見て、ここにいる者達は穏やかな反応をしない。
「ここが、どういう場所かわかっているのか?」
「お前のような者が来ていい場所ではないぞ」
色々な魔族の女性が、ガルスに対して武器を向けてきた。
当たり前だが、彼女達はガルスに敵意を向けてきている。
だが、ガルスはそんなことを気にしていなかった。元々、穏やかに話が進むとは思っていなかったからだ。
「お前達を止めに来たのだ。魔王軍に逆らうことをやめてもらう」
「何……?」
「貴様、ここでその発言をする意味をわかっているのか?」
ガルスの言葉に、女性の魔族達は一気に殺気を強くした。
どうやら、臨戦態勢に入ったようだ。
ガルスも、こうなることは理解していた。そのため、その怒りに怯むことはない。
「待て!」
「む?」
魔族達がガルスに襲い掛かろうとしていると、大きな声が響いた。
その直後、魔族達の中から一人の女性が出てきた。人間のような上半身に、蛇のような下半身。その特徴は、ラミアの特徴である。
ガルスは、そのラミアから大きな闘気を感じていた。その闘気に、ガルスは相手が何者かを理解する。
「お前が、毒蛇の姫か?」
「その呼び方はやめてもらおう。私は、姫など呼ばれるような者ではない。私はラミアナ、一人の戦士だ」
「ほう?」
現れたラミアは、ラミアナという名前らしい。
本人は嫌がっているが、ここを取りまとめている毒蛇の姫に間違いないようだ。
「どうやら、お前は魔王軍の手先であるらしいな?」
「まあ、今はそうなっているな」
「たった一人で、ここに来たその勇気だけは認めてやろう。だが、我々は魔王軍に従うつもりはない。ここにいる者達は、腐った魔王軍に戻る気はないからな」
「そういう訳にはいかない。俺もお前を止めなければならない理由があるからな」
「ならば、やることは一つということか……」
ガルスの言葉に、ラミアナはゆっくりと構えた。
その両手に、剣を握っている。どうやら、ラミアナは二刀流であるようだ。
それに対して、ガルスもゆっくりと構える。
「お前達、手を出すな。この男とは、私が一対一でやる」
「ラミアナ様、しかし……」
「一人に対して大勢でかかるなど、私の誇りが許さん。手を出した者は、この私が始末する」
ラミアナは、周囲の仲間達にそのように呼びかけた。
かなり仲間達がいるが、ラミアナは一対一で戦うつもりのようだ。
恐らく、それがラミアナの流儀なのだろう。ガルスとしては、何人来ても構わないが、それでラミアナがいいなら止めるつもりはない。
「行くぞ!」
「む……」
ガルスに向かって、ラミアナが動いてきた。
その二本の剣で、ガルスを狙ってきている。
「ふん!」
「む……?」
ラミアナが振るってきた剣を、ガルスは素早く躱した。
当然のことながら、剣は二本ある。つまり、もう一度攻撃がくるということだ。
「まだだ!」
「ぬうっ!」
ラミアナの二度目の攻撃を、ガルスはぎりぎりで躱した。
その素早い剣技は、ガルスでも対応が難しいものだった。やはり、ラミアナはかなりの実力者であるようだ。
「ふん!」
「む!」
ガルスは、躱したままの体勢でラミアナに拳を振るった。
その拳を、ラミアナは剣を交差させて防いだ。
しかし、ガルスの拳の衝撃はその防御だけでは防ぎきれない。ラミアナの体が、ゆっくりと後退していく。
「くっ……」
「中々やるようだな……」
「お前も普通のリザードマンではないようだな……」
ガルスは、ラミアナから一度距離をとる。接近しているのは危険と判断したからだ。
ラミアナの恐ろしさは、剣技だけではない。その蛇の下半身が、いつ巻き付いてくるかわからないのだ。
ラミアの下半身に巻き付かれると、流石のガルスでも抜け出すのは難しい。そんな相手に対して、接近していることなど愚行でしかないのだ。
「離れるか……」
「無論」
ガルスがラミアナから離れたのには、もう一つ理由があった。
それは、ラミアが持っている毒である。
ラミアの毒は、非常に強力だ。例えガルスであろうとも、受ければそれだけで危うい。
その毒は、基本的には牙に仕込まれているものである。そのため、あまり近づいて戦うのは危険なのだ。
「む……?」
「なっ……」
そこで、ガルスはあることに気づいた。
ラミアナの後ろにいる魔族達が、何か動いているのだ。
先程まで、ラミアナの言葉により魔族達は構えを解いていた。しかし、今、その構えを再びとったのである。
その動きは、ラミアナがガルスに後退させられたから起こったものだろう。いざとなったら、彼女達は加勢するつもりなのだ。
「お前達……」
そんな魔族達の動きに、ラミアナも当然気づいた。
この張り詰めた戦いの中で、彼女達の動きはとても気になるものだ。一流の戦士であるラミアナが、それに気づくのは当たり前である。
「何をやっている……まさか、加勢しようというのではないだろうな?」
「い、いえ、そんなことは……」
「ご、誤解です。ラミアナ様……」
ラミアナは、そんな魔族達の行動に怒っていた。
一対一を好んでいたラミアナにとって、加勢しようとしている魔族達の行動は気に入らないものだったのだろう。
「すまなかったな、竜人よ」
「俺は別に何人来ても構わないぞ」
「そういう訳にはいかない。そんなことは、私の戦士としての誇りが許さない」
ガルスは、敵が何人いても関係なかった。元々、全員を相手するつもりだったので、気にすらしていなかったのである。
ただ、ラミアナは加勢を決して許さないようだ。彼女の戦士としての誇りが、それを邪魔しているのだろう。
ガルスは、そのような誇りを好ましく思っている。ただ、同時にその判断を甘いとも思っていた。なぜなら、その判断は、彼女も気づいているはずの事実を覆すことができないからだ。
「行くぞ!」
「むっ……」
ラミアナは、ガルスに対して素早く向かってきた。
単純に、真っ直ぐ向かってきているだけではない。その蛇の下半身を揺らめかしながら向かってきているのだ。
ラミアナの意図は、ガルスも理解している。その下半身で、ガルスを捕えようとしているのだ。
「ふん!」
「何!?」
そこで、ガルスは大きく飛び上がった。
地上にいると、下半身に囚われてしまう。そのため、上空に飛び立ったのだ。
「飛んだか……だが、それでは格好の的!」
ラミアナは、空中のガルスに狙いを定めてきていた。
空中では身動きがとれないため、ガルスは格好の的である。そんなガルスを、確実に仕留めようと、ラミアナは剣を振るおうとしているのだ。
「ふん!」
「なっ……!」
だが、ガルスもそれはわかっていた。だから、ガルスも空中で拳を構える。
ガルスの拳と、ラミアナの剣。二つの武器の強度は通常なら後者に軍配が上がるだろう。
しかし、鍛え上げられたガルスの拳はラミアナの剣を勝る強度を誇っていた。ラミアナの剣は砕け、ガルスの拳は傷一つついていない。それが、この攻防の結果である。
「私の剣が砕けるとは……」
ラミアナは、自身の剣が砕けたことに驚いていた。
当然のことであるが、普通なら剣が勝っているはずなのだ。それを覆されて、ラミアナも動揺しない訳がない。
「だが、私にはもう一本の剣もこの体も残っている。まだ負けた訳ではない」
「ふん……」
だが、ラミアナは決して折れることがなかった。
剣が砕けても、その闘志が消えることはない。不屈の精神を、ラミアナは持っているようだ。
「……やめておけ」
「何?」
「お前では俺には勝てない。その命は無駄に散らすには惜しい命だ。まだ取っておけ」
ガルスは、そんなラミアナに対してそのように言い放っていた。
その言葉に、ラミアナは少し顔を歪めた。その表情には怒りの感情が見える。
だが、ラミアナ自身も理解しているはずだ。ラミアナがいくら攻撃しても、ガルスには勝てない。それ程の実力差が二人の間にはあるのだ。
先程の攻防で、それは証明されている。ラミアナの力では、ガルスの体を傷つけることは叶わないのだ。
「ここでお前を葬ることは簡単だ。だが、お前が死ねば、お前の後ろにいる者達を導ける者はいなくなる。散りたいというなら、まずそれを考えてからにしろ」
「何……」
そこで、ガルスはラミアナにそのように説いた。
ラミアナをここで葬れば、後ろにいる者達は暴走する。ラミアナが屠られれば、後ろの魔族達が何をするかなど明白だ。そして、その結果がどうなるかなどラミアナは考えるまでもなくわかるだろう。
ラミアナは、戦士である。戦いで死ぬことは誉れだと思っている。
しかし、その結果、仲間達が死ぬことを良しとできる魔族ではない。ガルスは既に、そこまで見抜いていたのである。
「……完敗か」
ラミアナは、ゆっくりとその手に握っていた剣を落とした。
既に、ラミアナには闘志がない。彼女を慕う者達を守るために、彼女は戦士としての誉れを捨て去ったのである。
「お前程の男がいるなら、今の魔王軍は悪くないものであるようだな……」
「……」
「我々も、魔王軍の傘下に入ろう。それで構わないか」
「……ああ」
ラミアナは、魔王軍に入ることを決意した。
それは、ガルスに対して負けを認めたからなのだろう。
ただ、ガルスは、魔王軍の人間ではない。そこは、ラミアナの考えを少し鈍らせる可能性はある。
だが、それはガルスの知ったことではない。一度言質をとったのだ。後は、魔王軍がラミアナを説得すればいいだけである。
という訳で、ガルスは身を翻した。獣王、ラミアナ、これで二人の強者を魔王軍に誘うことができた。これで、ガルスの仕事は終わりである。
「待て」
「む?」
そう思い、帰ろうとしていたガルスをラミアナが引き止めてきた。
まだ、何か話があるようだ。
「お前の名前を聞いていなかったな? お前は一体、何者なのだ」
「……俺の名はガルス。傭兵崩れのリザードマンだ」
「ガルスか……覚えておこう」
ラミアナの質問に答えてから、ガルスは再び歩き始めた。
こうして、ガルスは役目を果たしたのだった。




