第2話 傭兵ガルス
影魔将シャドーは姿を隠して、とある町の酒場に来ていた。
この酒場には、荒くれ者達が多い。そんな荒くれ者達の中に、ただ一人雰囲気が違う魔族がいる。
「傭兵ガルスとは、貴様のことか?」
「……ああ」
酒場の壁際で、一人佇んでいたリザードマンにシャドーは話しかけた。
その強大な闘気を纏う男は、ゆっくりとシャドーに呼びかけに応えてきた。
酒場の中で、ただ一人この男は冷静だった。酒も口にせず、雰囲気にも飲まれていない異質な存在だったのだ。
その身に纏う闘気も合わせて、シャドーはすぐにその男がガルスだと気づいた。その気づいたという事実に、ガルスも何かを思っているようだ。
「お前を雇いたい。金ならいくらでも出そう」
「そうか……わかった。お前の依頼を受けてやろう」
「それなら、ついて来てくれ」
「ああ」
シャドーの呼びかけに、ガルスは特に何も言うことはなかった。
今ここで、話すようなことではないと理解しているからだろう。
シャドーとガルスは、酒場の外に出て、足を進める。重要な話を、人目のない場所でするためだ。
こうして、二人はしばらく歩くのだった。
◇
シャドーとガルスは、人気のない荒野に足を運んでいた。
四方八方、何も遮ることのない荒野は、話をするのに最適な場所である。なぜなら、誰かが来たらすぐに察知できるからだ。
「……それで、俺に何の用だ?」
「気づいていたか」
「当り前だ。隠す気があったとは、到底思えないぞ」
ガルスは、シャドーがただの客ではないことに気づいていた。
だが、それは当然のことである。シャドーは、自身が纏う闘気を隠していなかった。ガルス程の男なら、それがどのような者なのかはわかっただろう。
「私は、魔王軍幹部影魔将シャドー。貴様に話したいことがあって、ここまで来たのだ」
「魔王軍の勧誘なら、断らせてもらう。俺は、そのようなものに属する気はない」
「ザルドスというリザードマンが、魔王軍幹部になろうとしていると言っても、その考えは変わらないか?」
「ザルドスだと?」
ザルドスの名前が出て、初めてガルスの表情は変わった。
シャドーが、自身の身分を明かしても崩れなかった表情が変わったのである。
そのことに、シャドーは確信を持った。ザルドスのことを持ち出せば、ガルスは必ず動くということを。
「魔王軍に参加するリザードマンの中で、奴は最も強い。だから、竜魔団を取りまとめる竜魔将に任命される。それは、何もおかしいことではないだろう」
「奴に幹部など、荷が重いと言わざるを得ないな……」
「そうだろう。だから、貴様の元に来たのだ」
ガルスは、ザルドスの性格を理解しているようだった。
だから、ザルドスが魔王軍の幹部の器ではないと理解しているようだ。
そして、この男ならそれを止めるために動くだろう。シャドーは、それを確信していた。
「ザルドスは、魔王城にいる。貴様が来ても、止めないように部下には命令しておく。後は、貴様の好きにするがいい」
「……」
それだけ言って、シャドーはガルスの前から歩き始める。
それ以上のことは、伝える必要がない。そう判断したからだ。
こうして、シャドーとガルスの会合は終わったのだった。
◇
ガルスは、魔王城にやって来ていた。
シャドーが言っていた通り、魔王城にガルスを阻むものはいない。
すんなりと中に入ることができて、とある人物がいる場所まで辿り着くことができた。
「ガルス……」
その人物は、ガルスを見て目を丸くしていた。
ここに、ガルスがいるはずがない。そのように、思っているのだろう。
「ザルドス、お前が魔王軍幹部とは、随分と思いあがったものだな……」
「お、思い上がっただと!? この俺は強い! 強い者が頂点に立つことの何がおかしい!?」
「……」
「前々から、お前は気に入らなかった! 上から目線で説教しやがって!」
ザルドスは、ガルスに対して怒りの感情をぶつけてきた。
ろくに考えることもなく、すぐ冷静さをかく。ザルドスのその悪癖は、昔から変わっていなないようである。
ガルスは、ゆっくりと構えた。これ以上、ザルドスを思い上がらせることは、同じリザードマンとして許せないからだ。
「殺してやる!」
ザルドスは、ガルスに一直線に向かってきた。
そんなザルドスの一撃を、ガルスはいとも簡単に躱す。ガルスとザルドスとの間には、赤子と大人程の実力差がある。手加減していなければ、ザルドスの攻撃などガルスに当たることはないのだ。
「ふん!」
「がはっ!」
ガルスの素早い一撃が、ザルドスの首の後ろに直撃した。
その一撃により、ザルドスの意識は消えた。その体が、ゆっくりと地面に倒れていく。
「終わらせるか……」
ガルスは、地面に倒れるザルドスを見た。
ザルドスには悪いと思いながら、ガルスは彼から戦う力を奪うことにした。その思い上がった精神のまま、魔王軍の幹部に立たせる訳にはいかないからだ。
ガルスは、ザルドスの足を手刀により切り裂いた。その足の腱を切ったのだ。
これで、ザルドスは戦場に立つ足を失った。いい回復術師がいれば、治すことは不可能ではないが、それでもしばらく戦うことはできないだろう。
「ガルス!」
「ガルスさん!」
全てが終わり、その場を去ろうとしたガルスだったが、それを呼び止める者達がいた。
それは、ガルスも知っているリザードマンだった。彼等が何故、自分を呼び止めるのか、それはガルスも容易に想像できることである。
「竜魔将になれ、ガルス」
「お前以上に、上に立つことができるリザードマンなどいない」
「そうだ。お前なら、誰も異論はないだろう」
リザードマン達は、口々にガルスを魔将になるよう勧めてきた。
だが、ガルスにその要請を受け入れる気はない。
ガルスは、戦争というものが嫌いだった。武闘家として、戦うこと自体は好きだったが、名もなき市民が犠牲となる戦争をガルスは好きになれないのだ。
今の魔王軍は、一度終わった戦を再び引き起こそうとしている。そんな魔王軍に加担することを、ガルスは許容できなかったのだ。
「待て」
「む……」
何も言わず去ろうとしたガルスの目の前に、一人の魔族が現れた。
その男は、影魔将シャドー。ガルスに、ザルドスのことを伝えてきた男だ。
「貴様のおかげで、一人の魔将が沈んだ。その責任も取らず、去ろうというのか?」
「……なるほど、そういうことか」
シャドーの言葉で、ガルスは全てを理解した。
元々、シャドーはガルスに魔将候補を落とした責任をとらせるつもりだったのだ。
だからこそ、ザルドスが幹部になると危機感を煽り、ガルスをこの魔王城に招いたのだろう。
一人の魔将候補を消したことに、ガルスは少なからず責任を感じていた。戦を引き起こそうとしているとはいえ、魔王軍は魔界を取りまとめている組織だ。そのことで、魔界で争いが起きることを抑止している側面はある。
だから、そんな魔王軍に迷惑をかけたことは申し訳ないと思っていた。故に、その分だけは働くことが自らの義務だと、ガルスは理解する。
何より、このことで魔王軍に付きまとわれることも嫌だった。強大な組織につけ狙われるというのは、ガルスとしても不本意だ。
「わかった。俺に何を望む?」
「魔将になれと言いたい所だが、貴様がそれを許容することはないだろう。故に、貴様にはとある者達の元に行ってもらいたい」
「ほう?」
シャドーは、ガルスに魔将になるように言ってくることはなかった。
どうやら、他のことでこの件の清算させるつもりであるようだ。
「獣王と呼ばれる男と毒蛇の姫の元に、貴様には行ってもらう。その二つの者がまとめる組織は、魔王軍にとって大きな障害となっている。魔王軍に下らず、独自に組織を築いているのだ。そいつらをなんとかしたいのだが、それらを止められる人員がいなかった。それを、貴様に任せたい」
「……わかった。そいつらをどうするかは、俺の判断でいいのか?」
「ああ、貴様に一任しよう」
ガルスに命じられたのは、魔王軍に逆らおうとしている反乱分子を止めることだった。
それなら、ガルスもそこまで嫌なことではない。魔界で起こる争いを、事前に止めることができるからだ。それが、戦を知らぬ者達を守ることに繋がるなら、ガルスの流儀に反していないのである。
こうして、ガルスは二つの組織と敵対することになるのだった。




