第1話 魔王軍の問題
魔界、それは人間とは異なる魔族と呼ばれる種族が住まう地である。
紫の空に赤い月、大地にも緑はないその世界は、人間の世界とはまったく違う世界だ。
そんな魔界を統べているのは、魔王と呼ばれている男である。
魔王とは、邪なる闇と呼ばれる特別な力を持つ魔族だ。代々、魔族を束ねて人間と戦うそんな魔王は、魔界の住民から畏敬の念を送られている。
「魔王様、少しよろしいでしょうか?」
「シャドーか……どうかしたのか?」
現在の魔王は、部屋に現れた人物に少し表情を変えた。
彼が魔王の元に現れたということは、何か厄介なことがあったということに他ならないからである。
魔王軍の幹部である影魔将シャドーは、魔王が最も信頼している部下だ。影の存在である彼は、本来はある人物を欺くために、魔王として活動している。通常、魔王は影魔将シャドーとして活動し、シャドーは魔王として活動しているのだ。
そんな彼が、影魔将として魔王の前に現れるのは、珍しいことである。つまり、何か重要な話があるということなのだ。
「実は、魔王軍の編成にあたって、少し相談したいことがあるのです」
「魔王軍の編成か……」
シャドーの言葉に、魔王は少しだけ彼が現れた理由を察した。
現在、魔王軍は半壊滅状態にある。前魔王が、人間の勇者に敗北したことで、その体勢が瓦解してしまったからだ。
厄介なことに、前魔王は褒められた人格ではなかった。部下を切り捨て、自身の欲望のままに権力を振りかざした彼は、お世辞にも褒められた指導者ではなかったのである。
そんな前魔王のせいで、現魔王が魔王と呼ばれるようになっても、魔王軍は簡単に再編成できなかった。魔王に従うことに疑問を示すものが、多かったのだ。
そういう事情もあって、魔王もシャドーも魔王軍の編成については頭を悩ませていた。恐らく、シャドーはその話をしに来たのだろう。
「先日、リザードマン達が魔王軍に参加することを決めました。かなりの数のリザードマンがいるため、竜魔団を作り、竜魔将を立てることが最適であると、魔王様も私も判断しました」
「ああ、それはわかっている」
「そこで、リザードマン同士で腕試しをさせて、一番腕が立つリザードマンを見出しました。ザルドスというリザードマンが、最も強いリザードマンです」
「ほう」
シャドーが話し始めたのは、リザードマンのことだった。
つい先日、リザードマンが魔王軍に参加することを決めたのだ。
そんなリザードマンを取りまとめる魔王軍幹部、竜魔将を決める腕試しをシャドーは開催し、そこでザルドスという者が見いだされたようである。
だが、その結果をシャドーは快く思っていないのだろう。その結果が問題ないなら、シャドーがこのように魔王の前に現れることはないからだ。
「そいつに何か問題があるのか?」
「少々、素行が悪く、リザードマン達を取りまとめるのには適切ではないと思います。ただ、腕は立つのは確か。つまり、彼以上のリザードマンがいなければ、他の者を魔将にするのは難しいかと思います」
「そうか」
どうやら、ザルドスという者は素行に問題があるらしい。
だから、シャドーは彼を魔将に任命したくないのだ。
だが、彼以上のリザードマンがいなければ、それは認められない。そのようなことをすれば、ザルドスや様々な者から反感を買うからだ。
「……誰か、推薦したい者がいるのか?」
「……はい」
魔王は、シャドーの考えを見抜いていた。
シャドーは、なんの解決策もなく、魔王の元に来るようなものではない。それを、魔王は理解している。
シャドーがここに来たのは、あくまで確認のためなのだ。
「リザードマンからも意見は出ていたのですが、ガルスという男を魔将にしたいのです」
「ガルス……聞いたことがあるな」
「ええ、傭兵をしている男です。その実力は、かなりのものだと聞いています」
シャドーから放たれた名前を、魔王は聞いたことがあった。
ガルスとは、有名な傭兵の名前だ。その実力は、かなりのものであるとされている。
確かに、その者なら魔将に相応しいと魔王も思う。しかし、それに問題があることも同時にわかっていた。
「確か、そいつには魔王軍に入る要請をはねられたと聞いたが?」
「ええ、そんなものに興味はないと言われたそうです」
ガルスは、かつて魔王軍に入るように声をかけたが断っていた。
そのことがあるため、彼を魔王軍に入れることが簡単ではないと、魔王は理解している。
だが、それはシャドーも理解していることだ。つまり、何か考えがあって、シャドーはこう言っているのである。
「何をするつもりだ?」
「私に、ガルスと接触させてください」
「影魔将シャドーとして、活動したいということか」
「はい」
シャドーは、自らガルスと接触したいようだ。
そこで、説得するということなのだろう。
しかし、それはシャドーを影魔将シャドーとして活動させるということである。ある者を欺くための影武者の役割を、シャドーは一時離れようとしているのだ。
それは、危険が伴うことだ。影武者がいなくなれば、魔王自身が魔王として活動することになる。その時、ある者が行動を起こせば、魔王自身が危険に晒されるのだ。
「良かろう。お前がそこまで言うのだ。それだけの価値があるものなのだと、俺も思うことにしよう」
「ありがとうございます」
だが、魔王はその危険を晒すことを許容した。
それだけの価値が、シャドーの行動にあると思ったからだ。
こうして、影魔将シャドーは行動を開始するのだった。




