表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

二人だけの秘密


「――あそこか」


 駆け抜けた廊下の先には図書室があった。

 扉は無残にも破壊され、踏み砕かれている。

 この学校は街の性質上、魔物が入り込んでもある程度、耐えられるように造られているはずだ。建築技術や魔術によって。

 なのに、ああやって打ち破られている。

 それはつまり、先ほどの小物など比ではない強力な魔物が、図書室にいることになる。

 そして、恐らくは逃げ遅れた生徒も。


「血のにおい。どっちのだ」


 近づくほどに血がにおう。

 それに焦りを憶えながら、図書室へと足を踏み入れる。

 そこには激しい戦闘の痕跡が辺り一面に広がっていた。

 倒された本棚。床に散らばった書籍。それを紅く汚す血だまりに、魔物の死体。どうやら踏み入ってきた魔物と、逃げ遅れた生徒は戦ったらしい。

 そして、恐らくは善戦した。

 だが、死体の数があまりに多い。

 瞬時に状況把握を済ませ、視線は逃げ遅れた生徒を捜して彷徨う。

 そのとき、派手な音が鳴った。


「そこか」


 視線の先に捉えたのは、舞い上がる書籍だった。

 まだ戦っている。

 そのことを知り、生存を知り、安堵する暇もなく、駆けだした。

 壁を蹴って倒れていない本棚に乗り、障害物をすべて排除して最短距離をいく。

 そうして視界に捕らえた魔物は、二足で立ち、丸太のような腕を振り回している。姿はまるで熊のそれだ。周囲の本棚に爪痕を刻み、なぎ倒している。

 その視線の先、標的となっているのは、傷だらけの女子生徒だった。


「間一髪だな」


 本棚を足場に跳躍し、魔物と女子生徒の間に介入する。


「――え?」


 困惑する女子生徒を後方に配し、迫りくる魔物に集中する。

 魔物は介入者の存在などに戸惑わない。もろとも斬り裂こうと、その鋭利な獣爪を鎌のように薙ぎ払う。豪快にして大胆な腕力にモノを言わせた一撃に対して、こちらは緻密で正確な一刀をもって対抗する。

 獣爪と剣閃。

 二つが衝突し、軍配は当然のようにこちらに上がる。


「――aAAaAAAaaaaaaAAAaaaAaaAAaaA!」


 刎ね上がった腕が宙を舞い、怯んだ魔物ははね除けられたように後退する。

 その様子を眺めながら天井へと手を伸ばし、落ちてくる腕を掴み取る。そして捕食能力を発動し、その血肉と骨にいたるまでのすべてを食らい尽くす。


「よかった。再生能力は持ってないみたいだな」


 刎ねた腕はもうこの世にはない。

 隻腕となったあの魔物は、もう両手で狩りをすることは叶わない。


「よう、助けにきたぜ」


 魔物から視線は外さず、背後の女子生徒に声をかける。


「え? え?」


 どうやらまだ状況が飲み込めていないらしく、戸惑った声が耳に届いた。


「そこで大人しくしててくれ。あいつは俺がどうにかする」


 聞こえているのか。意味を理解したのか。この状況では判断が付かないが、とにかく彼女にかけられる気遣いはここまでだ。魔物から怯みが抜けた。片腕を失った憎しみを、そのまま力に変えて奴は襲ってくる。

 手負いの獣ほど厄介ともいう。油断は禁物だ。


「aAAaaaAAaAAaaaaaaAAAAaaaaaaAAAaaaaaaaAAAaaaaa!」


 咆吼。

 圧倒的な声量とともに、口から火炎が溢れ出す。

 それは次なる攻撃の予兆であり、携えた刀を握り直した。

 繰り出されるは、数多の炎弾だ。

 燃えさかる炎の塊が、いくつも飛来する。


「生温いんだよ」


 短く息を吐き、一息に剣閃を振るう。

 繰り返すこと七度。描いた太刀筋は、いずれも炎弾を捉えて断ち切った。

 雲散霧消し、炎弾による攻撃は無為に終わる。

 大丈夫だ。倒せる。

 あの時ほど、あのアライブほど、奴は強くない。


「終いだ」


 床木を蹴って加速する。

 魔物までの距離を一瞬で詰め、反撃として繰り出された獣爪が迫る。

 だが、遅い。それがこの身を裂くまえに、この一刀はその身に届く。

 焔を引いて煌めいた一閃は、虚空も、肉体も、世界も、一切の区別なく軌道過程を焼却する。あとに残るのは灰と、断ち切ったという事実のみ。

 剣閃の果て、刀身が静止するとともに、魔物の半身は崩れ落ちるように伏した。

 今度こそ、分かたれた半身が接着されることはない。


「す、すごい……」


 やっと言語らしい言葉が聞こえて、背後を振り向いた。

 彼女は心底驚いたような顔をして、口を開けている。

 その頭に生えた獣耳も、忙しなくぴくぴくと動いていた。


「無事か? 傷だらけだけど」

「は、はい。大丈夫です、けど……生徒会の人、ですか?」

「あぁ、いや。俺はただの通り掛かりだ。たまたま襲われてるのが見えたから、助けに入っただけだよ。幸い、うまくことが運んでなによりだ」


 あのとき、走り出していたよかった。

 助けを呼びに行くことを選んでいたら、彼女は助からなかったかも知れない。


「あぁ、そうだ」


 生徒会で思い出した。

 俺はもう一度振り返って魔物の死体に手を触れる。

 そして、そのすべてを捕食した。


「証拠隠滅っと」


 この魔物を倒したのが俺だと知られると、いろいろと不都合が起こる。

 俺自身にも答えが出せないことを、ほかの誰かに説明できる気がしない。

 だから、ここには強力な魔物はいなかった。そう言うことにしておいたほうが、気が楽でいい。

 その旨を彼女にも――獣人である女子生徒にも伝えようとしたところ。


「――コクト! ここにいるのか!?」


 タイミング悪く、マルスがたどり着いてしまった。

 いや、そう言ってしまうのはマルスに悪いか。


「あぁ、ここにいる。逃げ遅れた生徒も一緒だ」

「よかった。よく生きてやがったな、この野郎!」


 そう返事が返ってきて、本棚を迂回したマルスと生徒会の何人かが現れた。

 そのうち一人が俺のまえで立ち止まり、残りは後ろの女子生徒へと向かう。


「状況を説明してくれ。ここで何があった」


 彼は、周囲の惨状を見渡して、そう問う。

 だから、嘘をついた。


「俺がここに来たときは、小物が数匹だけだった。彼女は傷だらけで戦えそうもなかったから、代わりに俺が始末を付けたんだ」

「小物が数匹だけ? それで、この有様かい?」


 薙ぎ倒された本棚。それに刻まれた深い爪痕。

 現場の情報は、それは違うと訴えている。

 だが、それでも平然とした顔で嘘を重ねた。


「あぁ、そうだ。ここには小物しかいなかった」

「――あの」


 しかし、その嘘は、真実を目にした者には奇妙に映ったことだろう。

 獣人の女子生徒は、困惑したように言葉を漏らした。


「どうかしたのかい?」

「えーっと」


 言っていることが事実と違う。

 彼女はそう言おうとした。

 だから、彼女にだけ見えるように、俺はそっと口元に人差し指を立てた。

 このことは秘密だと。


「……やっぱり、なんでもないです」

「なにか言いたそうだったが――」


 更に追求しようと、生徒会は口を開く。

 だが、これ以上の引き延ばしは勘弁願う。


「質問大会は後にしようぜ。いまは避難が最優先だろ? せっかく、助かったんだ。命は大事にしたほうがいい」

「そうだぜ。コクトが助けに入って、その子が助かった。それでいいだろ。はやいところ避難しようぜ。ゲートはまだまだ開くんだろ?」

「……そうだな。そうしよう、みんな訓練場に急ぐんだ」


 マルスの意図しない手伝いもあって、この場の追求は避けられた。

 俺たちは生徒会のメンバーに護られるように移動する。その過程で何度か魔物の襲撃にあったが、なんとか無事に訓練場にたどり着くことが出来た。


「では、僕たちは校舎に戻る」

「あぁ、ご苦労さん。頑張ってくれ」

「当然だ。それが生徒会の仕事だからな」


 そう言い残して、生徒会のメンバーは訓練場を去って行った。

 仕事熱心なことで何より、また質問大会が始まっていたら気が滅入るところだった。


「それにしも、大手柄だぜ。コクト。いつの間に戦えるようになったんだ?」

「たまたま上手くいっただけだって」

「本当か? 隠れて修行でもしてたんじゃあないのか?」

「そんな暇があると思うか?」

「ないな。ないない。ずっと遊ぶがバイトだもんな、コクト」

「だろ? まぐれだって」


 そう言うことにして置こう。

 実技はからっきしだったが、ぜんぜんまったく戦えなかった訳じゃあない。

 調子がいい日くらいある。それは不自然なことじゃあない。

 この身に宿った剣技と魔術のように不自然には映らない。


「あの」


 そうマルスと話していると、服の袖を軽くひっぱられる。

 振り向くと、助け出した獣人の女子生徒がいた。


「ありがとう御座いました。助けてくれて」

「あぁ、うん。どう致しまして」


 お礼を言われるのは、どこか違うと思った。

 俺の行動は独善で、成し遂げたのは降って湧いた剣技と魔術だ。

 素直には受け取れない。

 けれど、お礼を言ってくれた彼女のためにも、ここはその気持ちを押し込めることにした。


「それと」


 そう言って彼女は背伸びをして、耳元でこう囁く。


「秘密にしておきますね」


 どうやら俺の意図を汲んでくれたらしい。

 彼女はそうとだけ言って、離れていった。

 向かう先には友達と思われる数人の女子グループがある。彼女は迎え入れられ、どこかへと移動していった。恐らく、治療を受けにいくのだろう。


「なんだ? なんだ?」

「お礼を言われただけだ」

「うっそだー。絶対、なにかあっただろ」

「その根拠のない自信はどこから湧いてくるんだ? まったく」


 そして、ことは終息へと向かっていく。

 生徒会の活躍によって被害は最小限にとどめられた。

 怪我人は出たが、死人は出ていない。

 多発していたゲートの出現も、世界の修正力により空間が安定化することで鳴りを潜めた。

 それまでが約二時間弱ほどの出来事。

 放課後の波乱は、こうして幕を下ろしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ