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いかづち


「サン。どうしてここに」


 身体の治癒を行いながら、その小さな背中に問う。


「先輩を待ってたんです。一緒に帰ろうと思って。そしたら変な音が聞こえてきたから」


 音源を確かめようとして、この現場に遭遇した。

 奇しくも似たような助けられ方をした。

 もっとも、あの時とは立場が逆転してしまったけれど。


「おい」


 スーの感情を露わにしたような、低いトーンの声が響く。


「悪いことは言わねぇ。すぐにそこをどけ」

「嫌」

「ぶち殺されてーのか、てめぇはよ。なんなら、てめぇごとぶった切ってもいいんだぞ」


 全身から放たれる魔力が、大袈裟に揺らめいた。

 その意図は威嚇にあるのだろう。

 スーとてサンの存在は知っている。

 その実力のほどを知っている。

 成績は優秀でも、いざ実戦となると十二分に能力を発揮できないと承知している。

 それゆえの威嚇。


「どかない」


 しかし、サンは怯まない。

 言葉を短く切って、構えた剣を握り直している。

 涙ながらに自信が欲しいと言っていたサンが、スーを相手に一歩も引かない。

 むしろ、食らい付くように牙を剥いている。

 いったい、どうして。


「――いい度胸だ。なら、お望み通りにしてやるよッ!」


 魔力が高まり、魔術は顕現する。

 スーは本気で、サンごと風刃で切り刻むつもりだ。


「まっ――」


 俺はともかく、サンの身が危険だと判断した。

 生徒会に属するスーの魔術は、一介の学生の域を超えている。

 とても敵わないと、そう思った。

 けれど。


「先輩」


 言葉は遮られる。


「ちゃんと、見ててくださいね」


 放たれる風刃。

 それに対して、サンは刃に魔力を流し、剣閃を振るう。

 魔力で構築された刃と、魔力を帯びた刃。

 両者の接触は凄まじい高音を伴い、余波で周囲のガラスに亀裂が走る。

 だが、その亀裂がサンに生じることはない。


「――な、に?」


 風刃は、剣撃に敗北した。

 対処できるはずも、対抗できるはずもない魔術に、サンは自力で打ち勝った。


「おいおい……」


 無残にも霧散した風刃の残滓。


「話が違うじゃねぇかよッ!」


 それの散り様を目にし、スーは声を荒げて魔術を放つ。

 展開されるは無数の風刃。

 圧倒的な物量、反応すら難しい速度、研ぎ澄まされた刃に秘められた威力。

 それらを孕んだ魔術が、怒濤のごとくサンを攻め立てる。


「――怖くない」


 サンは落ち着き払った体勢から、剣を振るう。

 その様には無駄がなく、強ばった様子もなく、焦りも、乱れもない。

 静かな水面のような心。

 それから繰り出される剣閃は、もはや特訓で見せたような打ち合いとは別物だ。

 常に正確で、狂いがない。

 高速で飛来する風刃を完全に見切り、必要な数だけ、必要な力で、捌いていく。


「あなたの魔術なんて――」


 その剣をまえに、風刃はもはや何の意味も持たない。


「――ぜんっぜん、怖くないっ!」


 そして、最後の風刃が断ち切れる。

 見事な一閃を描いた、剣撃によって。


「なんなんだよッ、てめぇらはッ!」


 怒号が響き、スーは両手を高々と掲げた。

 頭上に魔力が収縮し、構築される魔術は肥大する。


「関係ねぇ奴がしゃしゃり出やがって! もう、うんざりだッ! 何もかも、ぜんぶこいつでたたき切ってやるッ! そいつで終いだ!」


 そこに、もはや意味も、意義も、ありはない。

 当初の目的も、以後の始末も、後も先も眼中にない。

 あるのは自身を酷く苛立たせる、不愉快な二名の生徒のみ。

 それを排除しようと、彼女は怒りに身を任せて極大の魔術を構築する。


「――しようがない」


 意地を張っている場合ではなくなった。

 上辺だけでも平凡を演じることは、もう叶わない。

 ここで何もしなければ、サンも俺も真っ二つに両断される。


「くたばれッ!」


 そして、極大の風刃は斬り裂くべき対象に照準を合わせる。

 まるで極小のスーパーセル。

 スーの頭上に展開された風刃は、周囲の空気を巻き込んですべてを刃とした。

 幾重にもなって風切り音が聞こえ、ガラスは破片となって取り込まれる。

 刃を伴う暴風。

 それが今まさに放たれようとした、その時だった。

 一条の閃光が、風刃を貫いたのは。


「――いかづち?」


 雷。雷撃。稲妻。

 天より下る、神の鳴り。

 風刃を引き裂いて散ったのは、そんな稲光だった。


「この……魔術は」


 閃光をみた瞬間、スーの表情が青ざめた。

 我に返り、絶望した。

 彼女の背後には、その場にいてはならない人物がいたからだ。


「生徒……会長」


 ひどく、ひどく、冷たい表情をした生徒会長。

 彼女は手の平に稲妻を携え、ゆっくりとこちらに近づいている。


「これは、どう言うことですか?」


 その声は平坦で、機械的で、感情がない。

 ゆえに肌で感じる。

 彼女の憤怒を。


「そ、それは……」


 スーは口ごもった。

 この状況で、どう言い訳をしたところで、通用しないのは目に見えていた。


「そうですか。わかりました」


 かつかつと、淀みなく生徒会長は歩みを進めた。

 それはスーの隣を素通りし、俺とサンの目の前で立ち止まる。


「申し訳ありませんでした」


 そして、深々と頭を下げた。


「私が至らないばかりに、このようなことになってしまいました。心から深くお詫び申し上げます」


 部下の不埒は上司の責任である。

 そのようなことを言って、生徒会長は頭を下げ続けた。


「……ど、どうしましょう。先輩」


 その姿を見て生まれた感情は、怒りでも憤りでもなく、戸惑いだった。

 あの生徒会長に――生徒代表に――学生の頂点に立つ者に、頭を下げられている。

 それはとても非現実的な出来事で、これまでの色々に対する毒気が抜かれるような思いだった。


「はぁ……まったく」


 どう始末を付けたものか。

 スーに対して抱いていた色々も、生徒会長の謝罪によって鳴りを潜めてしまった。

 生徒会長を責め立てることは簡単だが、そうすることに意味を見いだせない。


「二度と俺に関わるな。それが出来るなら、今回の件はなかったことにする。サンはどうする?」

「私、ですか? どうしましょう? 勢いのまま飛び出しちゃって、なにも考えてなくて。えーっと……でも、先輩がいいなら、それでいいですよ」


 この機会に色々と要求できるというのに無欲な奴だな。


「わかりました。生徒会はもう二度と、貴方に関わらないと誓いましょう。しかし、たったそれだけでは謝罪になりません。なにか私に出来ることはありませんか。私に出来ることなら」

「いいよ、べつに。そう重たく来られると、こっちは抱えきれないんだ」


 弱みを握って生徒会の実権を握るだとか、悪党なら考えただろうが。

 生憎とそんな面倒臭そうなことに興味はない。

 それに、それどころじゃあないからな。

 俺にはやるべきことが山ほど残っている。

 そちらを優先しなければならない以上、これ以上なにかをしてもらう必要はない。


「なら、せめて怪我の治療だけでも」

「あぁ、それなら」


 俺の傷はすべて癒えている。

 問題はサンのほうだけれど。


「サン。ちょっと口を開けて」

「え? こうれふか?」

「指、入れるからな」

「ふぇ!?」


 サンの開いた口に人差し指を入れる。

 反射的に口を閉じられてしまったが、まぁ、支障はない。


「んんんんんん!?」

「慌てるなって。ただの治療だよ」


 そう言いつつ、指先から捕食能力で得た生命力を流し込む。

 他者への生命力の受け渡しは、こうして体内に流し込む必要がある。

 べつに口の中でなくても、極端な話をすれば目からでもいいけれど。

 流石に目つぶしを食らわせるのは気が引けた。


「ほら、この通り」


 生命力をある程度流せば、サンが追った傷はすべて塞がった。


「もう! びっくりするじゃないですか!」


 好感度はすこし下がった。


「そんな訳で、生徒会長にしてもらうようなことは残ってない」

「そう……ですか」

「あぁ、でも一つだけ」


 うっかりするところだった。


「そこの暗い顔してる奴に、きつい灸を据えてやってくれ」


 そう言うとスーの身体がぴくりと跳ねた。


「それは、もちろん。徹底して」

「なら、文句なし。万事解決ってことで」


 そのようにして締めくくられ、生徒会長はスーを連れて去って行った。

 斬り裂かれてボロボロになった学生服は、魔力を流すことによって自動修復される。それを行い、見栄えをよくしたところで、俺たちは玄関口までも短い廊下を歩き出す。


「そう言えば」

「どうしたんですか?」

「自信、ついたのか?」

「え? あ……そう言えば、私、ちゃんと戦えてましたね」


 自分でも気がついて居なかったのか。


「どうしてかな。なんというか、先輩を助けなきゃって必死だったから……ですかね?」

「自分が魔物に襲われそうになった時は、がちがちで動けなかったのにか?」

「うーん。そう言われると……よくわからないですね」


 だから、と言ってサンは俺の前に回り込む。

 そして笑みを浮かべながら、こう言った。


「これからも特訓、よろしくお願いしますね!」

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