嘘
スーの後ろに人はいない。
彼女は独断で、たった一人で俺を追ってきたのだろう。
それが意味することは、どれも嫌なことばかりだ。
面倒ごとが終わったと思ったばかりだというのに。もう新しい面倒ごとが。
「話は終わったはずだろ」
そう言いながら、警戒心を跳ね上げる。
見たところ、相当ご立腹な様子だ。
なにが引き金になって、爆発するとも知れない。
言葉は慎重に、選ばないと。
「まだなにか用があるのか? 俺に」
「あぁ、ある。お前には、考えを改めてもらわねぇとならないんだよ」
くどい。
諦めが悪い。
そう言ってしまいたくはあったが、ぐっと堪えて言葉を選ぶ。
「俺の意思を尊重してくれるんじゃあなかったのか?」
「だから、その意思を変えるんだよ。どんな手を使ってもなぁ」
実力行使をちらつかせるような言動をとり、彼女は全身から魔力を放出する。
それは目に見える形で行われる、明確な敵意の表れ。
いまここで考えを改めないのなら、力尽くでも生徒会に入れてみせる。
そんな意思が見て取れる。
これは何を言っても、戦闘は避けられないかも知れない。
「――どうして俺なんだ」
「あぁ?」
「ほかに優秀な奴ならいくらでもいるはずだろ」
生徒会は直接的に俺の剣技を見たわけじゃあない。
現場に残されていた痕跡から、それらしい魔物を想定し、それを俺が倒したと推測しただけ。どんな手段で、どんな手順を踏み、どんな風に殺したのか。それを正確に知り得ている訳じゃあない。
そもそもの話。
あのくらいの魔物なら、この学園にも倒せる奴が少なからずいるはずだ。
それでも俺に固執する理由はなんだ? ダメなら、別の生徒をあたればいいのに。どうして。
「大した理由はねぇよ。だが」
彼女は言う。
とてもとても、不愉快そうに。
「ただ一言、言ったんだ。お前がいいってな。あたしには、それで十分だ」
自身のためではなく、生徒会長のために、か。
これは最初から話し合いは無意味だったな。
自分のためなら、諦めもつく。だが、誰かのためなら諦めきれない。
「俺の意思は変わらない。生徒会には入らない」
「上等だ。その意思をねじ曲げてやるッ」
彼女は、手を伸ばす。
それは魔術に連動した所作。
練り上げられた魔力が現世に形となって現れ、魔術はそして発現する。
鳴り響いたのは、刃物を振るったような風切り音。
「――鎌鼬か」
不可視の風刃。
目には見えず、音だけがする魔術。
だが、見えずとも音が鳴るなら、位置の特定は容易い。
それは真っ直ぐにこちらに向かってくる。
だから、俺はそれをあえて受けた。
「――ぐッ」
全身に薄く魔力を纏い、防壁となし、両腕を盾にして風刃を受ける。
威力は軽減出来たが、衣服が切れ、皮膚が裂け、血飛沫が舞う。
痛みが走り、傷口が熱を発し、頭の中で警報ががんがん鳴り響く。
「な、なんで避けねぇ! 避けられるはずだろうがッ」
その言葉が響くや否や、俺の左右にある壁に切り傷が走る。
それは、どうやら俺が躱すとみて仕掛けていた先読みの攻撃だったのだろう。
俺が避けず、受けたことで、それは無為に終わったようだけれど。
「避けられる……だって?」
滴り落ちる血の雫が、学生服を赤く汚していく。
「冗談だろ。無理だよ、そんな……ことは」
「なに、言ってやがる」
「わからない、か?」
なら、言ってやる。
「生徒会に属してる……優秀な生徒だろ。お前は。そんな奴の……魔術を、俺みたいな奴が……避けられるわけ、ないだろうが」
「ば、馬鹿かッ! 全部、わかってるって言ってんだろ!」
「推測だろ……そいつは。ただの、推測だ。確証は……ない」
すべて推測、想像の話だ。
俺が魔物を倒した瞬間は、サン以外の誰も目にしていない。
どれだけたしかな根拠があろうと、どれほど不自然な理屈があろうと、それだけは変わらない。
なら、俺は嘘を重ね続けるだけだ。
俺は強大な魔物なんて見ていない、と。
「防衛結界を破った魔物は、無意味に暴れ回って、どこかに消えたんだよ」
「なんで……そこまでして嘘をつく」
身を切る思いをしてなお、嘘を重ねる理由。
生徒会に割いている時間などない、と言うのが理由の一つ。
そして、この剣技の恩恵は、なるべく受けたくないという思いも理由の一つだ。
アライブや薄紅と遭遇し、戦闘を経て生き残る。組織に入り、仕事の傍らに薄紅の後を追う。サンを助け、彼女の願いを叶える手伝いをする。
すでにこれだけの恩恵を、俺は受けている。
これからも、この剣技で組織の仕事をこなす。
恩恵を受け続ける。
だからこそ、これ以上、私生活において甘い蜜を吸うことは許されない。
生徒会という、ある種の特権階級に属することを、良しとすることは出来ない。
それは自分自身が築き上げた力のみで、成し遂げるべきことだ。
「――失礼な奴だな……生まれてこのかた、一度だって嘘なんか……ついたことがない人間だよ。俺は」
「……そうかい。そうまでして考えを改める気がないって言うなら」
彼女が身に纏う魔力が、よりその密度を増した。
深く、濃く、抱いた感情を反映したように。
「こっちも、全力で行かないとね」
放たれる風刃は、その苛烈さを増した。
避けないとわかれば、ただ魔術を全力で打ち続けるだけでいい。
怒濤のように迫る風刃は、そのどれもがこの身を裂いていく。
「ほら! どうした! 反撃してみなよ!」
次々と増えていく切り傷は、しかし瞬く間に治癒している。
捕食能力によって変換した生命力が、傷の治癒を加速させているからだ。
裂いては塞がるを繰り返し、足下には血の斑で埋め尽くされる。
「もう限界だろ! 観念しろよ!」
激痛で脳が麻痺しそうになる。
意識が混濁する。
自分の身体が、自分のものではないように思える。
全身が熱い。
下腹部が冷たい。
手足の末端が痺れる。
立っているのも苦労する。
血が足りない。
それでも耐え続ける。
何度、身を裂かれようとも。
彼女の魔力が底を尽きるまで。
「――先輩!」
朦朧とする意識のなか。
たしかに聞いた。
聞き慣れた、声音を聞いた。
同時に、痛みが途切れる。
治癒が間に合い、激痛が引く。
風切り音も耳に届いていない。
そうなって、ようやく瞼を上げた。
「……サン?」
視界に映ったのは、血だらけになって剣を構えるサンの後ろ姿だった。
俺はサンに、護られていた。




