生徒会
幸か不幸か、放課後の予定はちょうど空いていた。
逃げ場がないのなら、早めに済ませてしまおうと思い。俺は気怠げな足取りで生徒会室へと向かい、その扉を叩いた。
ノックをすると、すぐに室内から返事が届いた。
それが待ち構えていた風に聞こえたのは、俺の心情ゆえだろうか。
「失礼します」
言葉を短く切って、生徒会室に足を踏み入れる。
まず視界に入ったのは、俺を呼び出した張本人であるリオン。
次にその隣に腰掛ける生徒会長と思しき女子生徒。
そして彼女に仕えるように座す、その他の生徒会メンバー。
その中には、あの時の図書室にいた生徒も見受けられる。
ご丁寧なことに、重要な役職を担う生徒のほとんどが腰掛けていた。
居ないのは下っ端、というのも言葉が悪いけれど。末端にいるような生徒くらいのものだろう。それら全員の視線が俺へと注がれている。
居心地が悪いったらありゃしない。
「ようこそ。足立剋人くん」
凜とした声音で、生徒会長は俺の名前を呼ぶ。
「どうも」
ぶっきらぼうな返事をしたのは、警戒心ゆえだ。
生徒会からの呼び出し。それも副会長が手ずからだ。
これで警戒しない生徒はいない。
ましてや図書室での一件でのことともなると、なおさらだ。
「どうぞ。そこに、かけてください」
それはこの室内にぽつんと置かれた椅子だった。
周囲にいる生徒会メンバーのすべての視線に晒される、とても嫌な位置にあった。
けれど、かけろと言われて座らない訳にもいかない。
俺はゆっくりと、そこに腰を下ろした。
「早速ですけれど。貴方にいくつか質問があります。答えていただけますか?」
「質問によります」
「では、答えたくない質問には答えなくて結構です。それでよろしいですか?」
「えぇ、まぁ」
答えなくてもいい。
この圧倒的に孤独な状況では、さほど意味のある言葉ではないように思えた。
大半の生徒は口を噤んでも、この場の雰囲気に呑まれて口を割ってしまう。そんな無言の圧力を、俺はすでに少なからず感じている。
「では、まず答えやすい質問から」
それは後に答えづらい質問をするということか?
「貴方と同じクラスのマルス・レンタージェンくんに話を聞きました」
あの野郎。
そんなこと一言も。
「先日のゲート多発の一件において、貴方はサン・クウロ・エジェスティーくんの声を聞き取り、助けに向かったとのことですが。事実ですか?」
それはそれで、答えづらい質問ではあった。
「事実です」
「それは生徒会に属する生徒以外の戦闘行為が禁じられていると、そう承知した上での行為でしたか?」
「はい」
まるで取り調べだな。
「では、次の質問です」
何故だ、どうしてだ、と責め立てるようなことはせず。
生徒会長は次の質問に移る。
「生徒会が図書室に駆けつけたとき、貴方はこう証言しましたね? 自身が助けに入った頃には小物しか残っていなかった、と」
「そうですけど」
「現場に残っていた痕跡を調べた結果、あの場に大型の魔物がいたことは明白です。図書室に施されていた防衛結界を打ち破るほど強大な魔物。貴方はそれを見ていない、と」
「見ていません」
平然と嘘をつく。
口数を少なくし、不要な情報を与えないようにする。
口を滑らせて、なんてことが万が一にもないように。
「……サン・クウロ・エジェスティーくんは、あの時のことをよく憶えていないと言っています。恐怖心が蘇るので思い出したくない、とも。ゆえに生徒会は貴方の証言と現場に残された痕跡だけで、現場で起こったことを想像するしかありません」
そこで一度、生徒会長は言葉を切る。
「つまり、魔物は扉を破壊して図書室に足を踏み入れ、室内にいたサン・クウロ・エジェスティーくんを無視し、無意味に暴れ回り、その後どこかへと消えた、ということになります。いったい何処へ消えたのでしょうね」
この言い回しを見るに、どうやら俺の捕食能力のことは把握しているらしい。
言外に、死体を捕食したはずだと、そう言っているように聞こえる。
思い過ごしか? だが、生徒会はすでにマルスから情報を得ている。理由など適当に用意すれば怪しまれることもなく、俺の情報くらい引き出せるだろう。
サンと違って、マルスは俺が隠し事をしているなんて、これっぽちも思っていないことだしな。
「俺の知るところではありませんね。見てないので」
サンが追い返したのだ、と反論することも考えたが、すぐに自分で却下した。
生徒会は魔物を強大だと推測しているし、サンが太刀打ちできるとも考えていないだろう。なにより憶えていないと証言したからには、サンが大型の魔物と戦っていないと結論づけるには十二分。
憶えていないと言い張るサンの判断はこの上ないものだ。
それでも、どう嘘を固めても、ほころびは出来る。
「――生徒会長ー、これじゃあ切りがないんじゃあないですかー」
惚け続ける俺の様子を見てか、横からそう意見が出る。
発言したのは、生徒会長から最も遠い席にいる女子生徒。
頭部に生えた獣耳に幾つもピアスを付けたメイクの濃い少女だった。
「ほかに何か良い案が? スーくん」
「そんなもん、たんとーちょくにゅーですよー」
生徒会のメンバーとは思えない口調で意見したスーという女子生徒は、視線をこちらへと向ける。
「ねぇねぇ。あんたが魔物をぶっ殺して喰っちまったんだろ?」
「言っている意味がわかりませんね」
そう惚ける。
「あぁ?」
すると、声のトーンが一段下がった。
「惚けてんじゃねーぞ、てめぇ。あたしらが能無しにでも見えてんのか。副会長がてめぇに声をかけた時点で何もかもわかってんだ。とっとと白状しろよ、てめぇにとっても悪くねぇ話なんだからよ」
いま、なんて言った?
「悪くない話とは?」
「スーくん」
「……すいません。口を滑らせました」
先ほどまで饒舌だった彼女は、尻切れ蜻蛉のように言葉を途切れさせた。
その様は、ともかくとして。
悪くない話とはいったいなんだ? これは図書室での一件での矛盾点を追求するためのモノではないのか? 俺はいったい、なんのために呼び出されたんだ?
「しようがありませんね。こうなってしまっては」
小さくため息を吐いた生徒会長は、俺に視線を合わせる。
「今回、貴方を呼び出したのは事実確認のためだけではありません。貴方を生徒会に勧誘するためでもあるのです」
勧誘? 俺を? 生徒会に?
「スーくんが言ったように、すでに調べはついています。貴方がどれだけ否定しようとも、私たちはこの推測を真実として捉えています。そして、その実力をこの学校のために是非とも役立ててほしいとも考えています」
なるほど、そう言う魂胆だったのか。
生徒会は常に神出鬼没なゲートに備えている必要がある。
有事の際は自らが打って出て、魔物を討伐し、事態終息までの守護を担う。
その性質上、人手や戦力はあればあるほどいい。だが、危険が伴う役目とあって、実力があっても自ら志願する生徒は多くない。
だからこそ、俺に――この剣技に目を付けた。
「答えを、聞かせてもらえますか?」
答えは、決まり切っていた。
「申し訳ないが、それは出来ません」
そんなことをしている時間など、いまの俺にはない。
組織の仕事。薄紅の捜索。サンとの特訓。
現状、これだけのことが予定として詰まっている。その中へ新たに拘束時間が長い生徒会の役目を加えることなど到底できはしない。
優先順位も俺の中ではもっとも下に位置する。
それに学校を守護するなんて手にあまる。
せいぜい、手を伸ばして届く範囲を護るので精一杯だ。
「てめぇ! 生徒会長の頼みを!」
俺の答えを聞いて、いの一番に反応したのはスーだった。
彼女は身を乗り出し、凄まじい剣幕で怒鳴り散らす。
「スーくん。止めなさい」
しかし、それを他ならぬ生徒会長自身が制した。
「なによりも本人の意思を尊重する。私たちはそう事前に決めたはずです」
「で、でも!」
食い下がるスーに対して。
「――聞き分けなさい」
生徒会長は恐ろしく冷たい声で、そう告げた。
一瞬で、周囲の空気を掌握するような声音だった。
空気が張り詰め、ひどく重苦しい雰囲気が室内に満ちる。
彼女を生徒会長たらしめている由縁を、垣間見たような気がした。
「もう帰っても良いですか?」
そんな雰囲気を引き裂くように、そう生徒会長に問いかける。
すると、先ほどまでの空気感が嘘のように消失した。
「えぇ。時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
「いえいえ、それじゃ。失礼します」
そそくさと、その場をあとにした。
廊下へと出ると、後ろ手に扉を閉めて一息をつく。
とりあえず、面倒ごとは避けられたようで何よりだ。
これから予定はないことだし、はやく帰って寝るとしよう。
そう決めて、足早に廊下を歩く。
しかし、しばらくして、校舎の出口まであと少しという所で、邪魔が入る。
「――まて!」
とても聞き覚えのある声だった。
「てめぇ。このままじゃ返さねぇぞ」
振り向いた先にいたのは、スーだった。




