昼休みの特訓
「やぁあああああああッ」
打ち込まれた剣閃を弾き返し、次なる一打を待つ。
めげず、へこたれず、何度でも繰り出してくる剣撃を、当然のように捌く。
どの攻撃もこの身には届かない。
「だんだんと雑になってきてるぞ。集中」
「はいっ」
息を切らしながら返事をし、サンの剣に冴えが復活した。
打ち込まれる剣撃の数々は鋭く、しなやかに伸びる。
実技の授業でよく褒められるとだけあって、たしかに戦闘の筋はいい。
その辺の魔物なら相手にならないくらいの自力は、すでにあるようだった。
この戦闘能力に魔術が合わされば、この学校でも上位に食い込めるだけの素質はある。
問題なのは、肉体面や技術面ではなく、精神面だけ。
「――そこまで」
振るった刀が、サンから剣を取り上げた。
限りのない空を仰いだ剣は、そのまま落ちて屋上の硬い地面に転がった。
「はぁー。結局、一歩も動かせませんでしたー」
疲労困憊と言った様子で、ため息を付きながらサンは膝をつく。
いつも元気に動いている獣耳も、いまはうなだれたように垂れている。
「まぁ、最初はこんなものだ。すこしずつ慣れていけばいい」
そう言いながら、転がったサンの剣を拾い上げる。
「慣れ、ですかー。まさか、真剣で打ち合うだけで、こんなに疲れるなんて思いませんでしたよー。ずっとひやひやしっぱなしで、身体より心がもちませんー」
「だからこその特訓だろ? 度胸や自信を付けたいなら、抜き身の剣にも慣れておかないとな」
実技の授業は、その性質上、命を落とすようなことがないよう配慮されている。
基本的には魔術の撃ち合いだ。
互いの装備に防御術式を仕込み、魔術に対する防衛を最大限まで固めている。
被弾しても軽い衝撃が伝わる程度で、得物を使った授業でも同様の対策が取られている。
抜き身の剣など使わないし、命の取り合いなどとはほど遠い。
それを経験しているのは、教師と生徒会のメンバーくらいのものだろう。
ゆえに、いざ実戦となると身がすくむ。
まぁ、いざという時を作らないように教師と生徒会があるのだけれど。何事にも完璧なんて言葉はない。あの時のような事態は、どうしても起こってしまう。
だから、備えなければならない。
実戦に、慣れておかなければならない。
その第一歩として、今回は抜き身の剣での打ち合いを設定した。
刃物を人に向けているだけでも、精神にかなりの負担がかかる。打ち合いともなれば、肉体よりも先に心が疲弊して立てなくなるほどだ。
この負担に慣れることが出来れば、実戦でもそれなりに動けるようになる。
サンが本来の実力を発揮できれば、あの時の魔物くらいなら善戦できるに違いない。その時がくるのは、まだしばらく掛かりそうだけれど。
「先輩って、いつもこんなに疲れることしてたんですね」
「いつもって訳じゃあないけど。まぁ、そうだな」
戦闘中――いや、剣を振るう瞬間は、いつも無心で剣を振るっている。
この剣技に、俺自身の思考は必要ないと思っているからだ。
だから、心に掛かる負担は軽微なことが多い。と言うより、そんなことを気にしていられる余裕などない相手ばかりだった。
剣技では上回っていても、所詮、扱うのは俺自身の身体だ。
必死にならなければ、全力にならなければ、殺されるのは俺のほうだと、いつも感じている。
そう言う意味では、まだサンとの特訓のほうがまだ精神的負担が大きい。
剣を合わせていて余裕はあるものの、傷つけてはならないという大前提が、俺の心に負担を強いている。余裕があるというのも、思考の余地があるというのも、良いことばかりではないようだった。
「今日はここまでだ」
拾い上げた剣をサンに手渡す。
「ありがとう御座いました」
受け取ったサンは礼の言葉とともに頭を下げた。
ちょうど、その時になって授業開始の予鈴が響く。
昼休みを利用したちょっとした特訓も今日はおしまい。
たったの数十分だけれど、回数を重ねるという意味では有意義だ。
それに大事なのは特訓に費やした時間ではなく、密度である。
一週間だらだら続けるよりも、一日集中して特訓したほうが成果は出やすい。
「あ。午後の授業、実技でした。急がないとっ」
「あぁ。じゃあ、また今度な」
「はいっ」
そう元気のいい返事をして、サンは屋上を後にした。
その様子だと特訓による疲弊は、実技の授業に影響なさそうだった。
まぁ、そもそもの話、特訓と授業では方向性がまるで違う。
気楽になれる分、心の疲弊くらいなら、案外どうにかなるのだろう。
特訓を終えた直後でも、身体そのものは元気そうだったし。
「さて、俺も戻るか」
起源武装を解いて刀を無に返し、屋上を後にする。
サンが駆け下りていった階段を下り、廊下の角を曲がって教室へと急ぐ。
けれど、その道の先に立ち塞がるようにして、一人の男子生徒が立っていた。
「やあ、足立剋人くん」
「あんたは、たしか」
見覚えのある生徒だった。
クラスメイトではない彼は、以前に見たことがある。
あの血まみれの図書室であった、生徒会のメンバーの一人だ。
「リオン・クーリエンだ。生徒会では副会長を担っている」
副会長。
たしかにその役職についている生徒の名前は、そんな風だった気がする。
確信を抱けないのは、単純に生徒会について明るくないからだ。
誰が生徒会長で、メンバーが何人いて、いつもは何をしているのか。
その辺の情報をまるで知らない。
生徒なら知っていて然るべきなのだろうけれど。
まぁ、俺もそこまで勤勉な生徒ではなかったしな。
よく授業をサボっていたし。
「その副会長が俺にいったいなんのようだ?」
「話がある。放課後、生徒会室に来てほしい」
「そいつはまたどうして」
「キミも心当たりくらいはあるだろう? あの図書室での出来事だよ」
「……俺にはなんのことだか」
惚けてみたものの、あまり有効ではなさそうだ。
彼は確信めいたものを、すでに抱いている。
あの場でなにがあり、俺がなにを殺したのか。
現場に残された痕跡を辿れば、推測することくらいは可能だろう。
あの場は緊急事態で誤魔化せはしたが、いまこの状況だとそれも厳しい。
どさくさに紛れて忘れ去られるのを期待していたのだけれど。
そう上手くはいかないか。
「用件はそれだけだ。それでは」
そう言って、彼は俺に背を向けて歩き出す。
「俺にも予定ってものがあるんだが?」
その背中に、そう投げかける。
すると、彼は視線をこちらに向けることなく、こう返してくる。
「なら、いつの放課後でもいい。予定が空いたころに訪ねてくれ。生徒会はいつでも準備が出来ている」
どうやら、逃げ場はなさそうだった。
「――ん? おい、コクト。なにしてんだ? 廊下の真ん中で突っ立って」
彼が去ったすぐあとになって、後ろからマルスが通りかかる。
「いや、なんでも」
「そっか? なら、はやく行こうぜ。授業が始まっちまう」
「あぁ、行こう」
そうマルスに急かされて、足は再び教室を目指した。
また面倒なことになりそうだと、憂鬱な気分になりながら。




