他人事には思えない
二つ、三つ、四つ。
次々と用心棒どもを片付ける。
刀を振るい、次の一手を繰り出す、刹那の間。
そこを縫うようにして、朱い剣先が頭上から降ってくる。
上空に陣取り、制空権を奪った売人の剣に、直ぐさま反応して後退した。
そして振り向きざまの一刀を、回避先にいた用心棒に浴びせて戦闘不能にする。
「戦いづらいったらないな」
基本的な攻めは用心棒どもに任せ、本人は攻撃の間を的確に突いてくる。
しかも深追いすることなく、一撃離脱を繰り返す徹底ぶり。
一対一ならともかく、こうも囲まれていると反撃もままならない。
「地道にいくか」
とにかく用心棒の数を減らして、数的不利を改善するしかない。
奴のことは後回しだ。あとに回さざるを得ない。
そう判断して先に用心棒の始末にかかる。
集中的に包囲を食い破るようにして攻め、数を減らしていく。
その意図を感じたのか。
奴はそれまでの消極的な行動から一変して、積極的に攻撃を繰り出してくるようになる。
はじめは一合程度の打ち合いだったのが、二合三合と続いてく。
「――チッ」
やはり奴だけ動きが別格だ。
自我の崩壊と引き替えに、かなりの経験を得ている。
複数の用心棒との乱戦中に、片手間で対処できるような相手じゃあない。
向かえば逃げ、逃げれば追ってくる。
常に有利な立ち位置から仕掛けてくるのは非常に戦いづらい。
戦局を覆すには、一息に用心棒を薙ぎ倒すか。
もしくは。
そう考えが及んだ瞬間、振るった剣閃が虚空を裂く。
まんまと攻撃を躱され、売人はまた俺から距離をとる。
もう俺からの攻撃は届かない位置にいった。だが、だからこそ届く刃もある。
それは影より出でる濡れた刃。
たゆたう水面のごとく静かに、それは売人の背後より首を捉える。
一閃。薙いだそれは、だがあとすこしという所で空振りに終わった。
「――外したか」
先に十数人の用心棒を相手にしていたミズキが追いついてきた。
「なぜ、居場所がこんなにも早く――そうか、お前か」
飛び退いた先で、売人の視線がこちらへと向かう。
その通り、ミズキに位置を知らせるための準備を予め用意してあった。
「ミズキ! 雑魚は任せた。俺は奴に集中する!」
「任された。私がきっちり押さえてやる。だから、こっちのことは気にするな」
そう言ったミズキは、携えた刀に流水を纏わせる。
水の魔術。それより放たれるすべてには、沈静の効果が宿っている。
一薙ぎすれば波を起こし、眼前にある一切を攫う。
それに呑まれたが最後、身体は打ち砕かれ、原型を止めたとしても沈静の効果で戦闘続行が難しくなる。多人数を相手取るには打って付けだ。
俺が身に宿した剣技と魔術より向いている。
「――これでようやく、一対一だ」
背後で用心棒どもが次々に流されていく中、売人と相対する。
戦局は一変した。もはや逃げ場はない。逃しはしない。
数的不利が覆った以上、もう好き勝手は出来ないと思ってもらおう。
「くははッ、くくははッ。それで勝ったつもりかッ」
笑いながら、狂いながら、売人は朱い剣を振るう。
乱暴でありながら繊細で、軽いようで重く、正確なようで乱れている。
一撃が見舞われるたび、その剣は多種多様な一面を見せる。一時として一定ではなく、絶えず七変化し続けるそれは、まるで何人もの達人を一度に相手しているようだった。
記憶の混濁と自我の崩壊。
それぞれが進行し、悪化し、乱れに乱れ、対応の難しい剣技へと変貌している。
けれど、この身に宿る剣技はどれも及ばない。
どれだけの変化を重ねようと、色を変えようと、性質を変えようと、そのすべてを刀身は捌いて見せた。
「なぜだッ、なぜッ」
繰り出される剣戟は激しさを増す。
まともに食らえば必殺の一撃を、間髪入れずに打ち込んでくる。
それでも。
「なぜッ、こんなにもッ」
それでも刃は届かない。
「通用しないッ」
すべてを凌駕し、封殺する。
手も足も、出させない。
一対一なら、負ける要素など皆無だ。
「終いにしよう」
跳ね上げた剣先が朱い剣を手元から弾く。
天高く宙を舞い、それが地球の重力に敗北するまでの刹那に、勝敗は決する。
刀身は燃えさかる太刀筋を描き、奴の赤い肌を斬って焦がす。
赤は焔に燃やされて、凄惨な黒に上書きされる。
それは想像を絶する痛みを伴う刀傷。
崩壊しかけた自我では耐えられないほどだ。
ゆえに、地に崩れ落ちるまえに、奴は意識を失った。自我を眠らせた。
どさりと、赤い身体が伏す。それは仕事の完了を意味していた。
「よう。終わったみたいだな」
「あぁ」
ちょうどミズキも用心棒を片付け終えたようだった。
その背後には伸びた用心棒がたくさん横たわっている。
「初仕事の感想は?」
「他人事には思えないって感じ」
「うん?」
売人から目を逸らすように、ミズキをみる。
「自分以外の力で戦った奴の末路ってのを考えると、自然とな」
「……自分と重ねていたのか」
結局のところ、俺と奴はそう違わない。
誰かの記憶で戦っていた奴と、憶えのない剣技で戦った俺だ。
空虚で、中身のない戦いだった。
ゆえに、より強く思わずにはいられない。
はやく、はやく、この胸の喪失感を埋めたい、と。
「ま、そうネガティブになるなよ。コクトとこいつじゃ、全然違う。同じ人間なんていないさ。同じ末路を辿る奴もな」
「そう、だな。悪い、するんじゃなかったな、こんな話」
「いや。私は本音が聞けて悪い気分じゃないぜ? それに、そんな剣技を身につけても、コクトはコクトのままだって感じがするしな。まぁ、私は以前のコクトを知らないけど」
そう軽く言って、ミズキはことの後始末にかかる。
売人はまだ死んでいない。焼却の痛みで意識を飛ばしただけだ。
仕事の内容は生け捕り。見事に達成した訳だ。あとは回収して組織に送り届けるだけ。
「俺は俺のままか」
薄紅が言っていた以前の俺と、今の俺。
そこに違いはあるのだろうか? ないのだろうか?
すくなくとも奴のように自我は崩壊していない。記憶の混濁もない。
けれど、これがもし変わり果てた後だったなら?
考えても答えはでない。
「やめだ、やめだ」
うだうだと悩むのは止めにしよう。
悩むのは、この喪失感を埋めてからでいい。
それまでは目標に向かって邁進しよう。
遠回りでも、つまずいても、足踏みしても、歩みを止めない限り、近づいていける。
この手が届く距離にまで。




