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19-4 ぶひー

「さーて、ここにきてお腹がすいてまいりました。どうしましょうか? 鞄の中に食べられるものは一切ありませんよー」


 森の中、樹木に寄りかかって座った少女が、弾んだ声かつ早口で、誰とはなしに問いかける。真っ直ぐ伸びた艶かな黒髪を持つ、東洋人の少女だ。凛とした顔立ちの、目が覚めるような美少女である。


「これは仕方がありませんねー。人喰い絵本の入口を見つけたので、慌てて飛び込んでしまい、食料の用意をしていなかったが故に、こうなってしまったんですねー」


 若干口調を変えたうえで、少女は自答する。早口ではなく、少し落ち着いた感じの喋りだ。声のトーンも抑えめである。


「ぶひー、わかっているのである。うっかりしていたのである。有り得ないミスを犯してしまったのである」


 また口調を変え、落ち込み気味に言う少女。今度は妙に癖のあるイントネーションだ。


「しかし、である。焦って飛び込んだ甲斐はあったのである。あたくし、このような人喰い絵本のケースは初めてにして」


 そこまで呟いた所で、顔つきが若干変わる。


「さあ、ここが魔法使いサユリの踏ん張りどころですっ。途中で始まった絵本の内容は、これまで見てきた物語とはあまりにも異質っ。このような機に巡り合えた僥倖に感謝し、果たしてここで一体何が起こるのか、我々は見届けなければなりませんっ」


 またハイテンションになり、早口でまくしたてると――


「ええ、空腹は辛いですけど、ここが踏ん張りどころですからね。サユリには頑張って欲しいものです」


 しっとりとした落ち着いた口調に変えて、自分の台詞に対して頷くかのように語る。


「食料を生み出す魔法とか無いもんかと思ったりして。複雑な創造系の魔法はゲキムズであるからにして。しかしそこに挑んでみるのも乙なものである。何はともあれサユリさんよ、頑張るのだ」


 癖のあるイントネーションの喋りになって言うと、少女は傍らに置いてあった中折れとんがり帽子を被る。魔法使いを表す帽子とマントは、黒を基調としたうえで、鮮やかな水色と深い青の刺繍が縫われていた。


 少女が立ち上がる。スタイルはすこぶる良い。扇情的な服装をしているわけではないが、服の上からでも体のラインがくっきりとわかり、出る所と引っ込むところがはっきりした、非常に肉感的な肢体の持ち主だ。


 少女が魔法を使う。

 大きな豚が一頭現れる。少女は躊躇うことなく豚の上に跨る。


「ぶっひんぶっひんぶっひんぶっひんぶっひんぶっひん」


 少女が弾んだ声で同じ言葉を口ずさみながら、豚の頭を軽くぺしぺしと叩き続ける。少女の音頭に合わせるかのように、豚が森の中を歩く。


 移動しながら、豚に跨った少女はきょろきょろと周囲を見回している。木の実か動物か、何か食料に出来そうなものは無いかと探している。


 木の実も動物も見当たらないので、その辺の野草に解析魔法をかける。


「あれでもよいかと思ったりして。あたくしの腹、壊さなければよろしいのであるが」


 少女は豚から降り、野草を摘むと、魔法で水を出して綺麗に洗い、湯で揚げる。


「おお……美味くはないけど腹の足しにはなるのである。サユリさんの力の足しになって、これで元気百倍でして」


 自らをサユリと名乗る少女は、明るい表情になって再び歩きだす。


 そしてその足がすぐに止まる。


「さあっ、ここでサユリの足が止まったあ。これは一体どうしたことか?」


 早口で、しかし小声で呟きながら、周囲を見回すサユリ。


「どうやら何者かが近くにいる事を感じ取ったようですね」


 落ち着いた口調で言うと、サユリは探知魔法をかけて、正確な居場所を探る。


「絵本世界の住人なのか、それとも先に吸い込まれた被害者か、はたまた救出しに入って戻らぬブラッシーと騎士達か。さあ、どのような展開がサユリを待ち受けているのかっ」


 早口ハイテンションの小声で呟きつつ、サユリは進行方向を変え、気配のする方へと歩いていく。


 豚が途中で止まる。気配が近いので警戒する。


 サユリが魔法を使う。昆虫の翅が生えた空飛ぶ子豚を召喚して、気配のする方へと進ませる。サユリの使い魔だ。


 翅子豚の視点を、サユリも覗くことが出来る。そして子豚は気配のした場所に辿り着き、そこに子供を見つけた。


「ぶひー、子供……であるか?」


 呟くサユリ。


 子供が子豚の存在に気付き、サユリのいる方へと歩いていく。子供のいる位置からサユリの姿は見えないはずだが、子供はまるでわかっているかのように、真っすぐにサユリのいる方へと歩いていく。

 サユリと少年が対峙する。おかっぱ頭の黒髪の美少年だった。年齢は十歳から十二歳くらい。和服を着ているが、肌の色や顔つき、水色の瞳を見た限り、人種的には東洋人ではない。


「お姉さんは呼ばれた人……ではないけど、あっちから入ってきた人だね。何で豚に乗ってるんだろう……」


 まず少年の方から口を開いた。


「おおっとっ!? 今の台詞の意味する所は重要だぞーっ」


 テンション高い実況口調で驚くサユリ。


「この子の発言は、人喰い絵本の住人でありながら、人喰い絵本の外から――つまりは我々の世界から来た者達と認識し、指摘していますね。ということは……」


 そしてしっとりとした解説口調で喋る。


「ぶひー、嬲り神や宝石百足のようなイレギュラーであるか?」


 さらに口調を変えて、サユリが尋ねた。


「そういう感じかな。そっちではそう呼ばれているらしいね。僕の名はダァグ・アァアア」


 少年が名乗ると、サユリは目を丸くした。つい今しがた絵本に出てきた名だ。絵本に少年の姿も出ていたが、目の前の少年とはあまり似ていない絵だった。


「そ、創造主……。人喰い絵本の創造主様であるか。ぶひー、そんな――人喰い絵本のラスボス様が、いきなりあたくしの前に出現して。これはあたくしにとって素晴らしい僥倖であるとして。こうして目の前にしてみても、感じるのだ。この子がとんでもない力を秘めた存在であることは、間違いないのだ。如何様にも利用できるのである」

「僕を利用するつもりなの?」


 サユリが正直に企みをぶちまける様を聞き、ダァグはおかしそうに微笑んだ。同時に、サユリの変人ぶりに若干引いてもいた。


「いいや……そんな都合のいい展開、サユリさんは信じないのだ。これはきっと罠である。あたくしをまた喜ばせておいて、がっかりさせて突き落とす展開であると、どうしてもそのように予想して」

「一人でぶつぶつ喋ってないで、僕と会話して欲しいな。嬲り神から聞いたけど、先に入った人を助けに来る人がいるって。お姉さんもそうだよね?」


 困り顔になって尋ねるダァグ。


「ぶひ。仕事でそれを請け負う事はあるのだ。しかし、サユリさんは正直、人助けなんてどうでもいいのである。人喰い絵本の叡智を手に入れたいだけなのである。イレギュラーの取得が第一である」


 己のスタンスを明け透けにぶちまけるサユリ。


「そっか。まあそれなら都合がいいよ。もしかしたら、君が望むものも手に入るかもしれない」

「曖昧な言い方が引っかかるけど、その台詞はサユリさんの希望を膨らませる材料になったのだ」


 意味深な笑みを浮かべてダァグが告げると、サユリは嬉しそうににっこりと笑った。


***


 ミヤ、ノア、イリス、他騎士二名は、森の中に入ると、突然襲撃を受けた。


 敵は複数だ。ローブ姿に杖を持ち、輪をつけた魔術師複数。同じく輪を付けた、甲冑姿の騎士一名。輪のついていない、輪郭がぼんやりとしている傀儡兵士が大量。


「もー、やっと人間に遭遇したかと思ったら、敵なのね~」


 イリスが樹木の合間を器用に飛び回り、術師の攻撃を避けながらぼやく。


 騎士二人も回避に徹している。そうするしかない。


 森の中で、遠方から撃っては転移し、傀儡に盾にさせるという手を繰り返してダメージを与えてくるという、そんな戦法を行う敵であった。


 ノアが魔法で輪の術師を攻撃するが、輪のついていない傀儡兵士が術師の前に呼び出され、身を挺して盾になる。その間に術師は別の場所に移り、術で攻撃してくる。


「こいつは幽霊? 分身? いい加減にしてほしいね」


 傀儡兵士に何度も攻撃を阻まれ、苛立たしさを露わにするノア。


「もー、何なのこれー。とにかく次から次へと湧いてきてキリがなーい。ウザ~い」


 イリスも傀儡兵士を睨んで不満げな声をあげた。


「術で創られた傀儡の人形だろうねえ。近接攻撃してくるこいつらは大した攻撃力は無いが、数が多いのが面倒だよ」


 ミヤが喋っていると、遠方から無数の光線が降り注がれる。ミヤは素早く駆けて回避する。


 ミヤはただ走って逃げているだけではなく、その間、騎士達二名に注意を払っていた。


 光線が騎士達にも降り注ぐが、騎士達に届く前に弾かれる。ミヤが魔法の防護壁で護ったのだ。


「痛っ」


 一方で、ノアは攻撃を一発受けてしまった。


「ノア、お前はあの光線を撃ってくる術師を仕留めな」


 ミヤが命じる。


「さっきからそうしようとしているよ」


 苛立ちを込めて呟くノア。


 敵の転移を抑えるには、もう少し近づかないといけない。先程から近づこうとしているが、敵もその分逃げるので、距離が縮まらない。敵の移動が激しい。さらには敵の数が多く、敵の手数も多いことも、ノアの思惑を阻んでいる。


(先回りして空間操作魔法をかけて、転移を防ごう。移動のパターンも大体読めてきた。次はきっと……あそこ)


 しかしノアもただ闇雲に攻撃していたわけではない。相手の動きを伺っていた。


 術師のうちの二人が、動揺の表情を浮かべた。転移が出来なくなったのだ。転移する先の空間が、ノアの空間操作によって、転移できないように固定されていた。


 空間操作によって転移を封じされ、狼狽している敵の真正面に立ち、ノアはにっこりと笑う。


「やあ、今日は。遠くからちまちま攻撃、楽しそうだね? 楽しかったかい? 楽しかっただろう? 俺も今、とっても楽しい」


 言った直後、ノアは業火を巻き起こして、術師二人を焼き払う。


「陰からこそこそと撃ってきた奴を殺すこの瞬間、凄く楽しい。いいね。凄くいい絶望の表情だった。リアルに出来てる」


 満足そうに笑うと、他の術師も同様に、先読みして空間の固定を行っていく。


 さらに二人の術師を始末した所で、輪の騎士が襲ってくる。


「おのれっ!」


 輪の騎士が怒号をあげる。


「喋ることも出来たんだ。君は誰?」

「我こそは創造主ダァグ・アァアアに仕える騎士ボルード!」


 ノアが問いかけ、騎士が名乗ったその瞬間、弾丸の如く急降下してイリスが、騎士ボルードの体を弾き飛ばした。


「うううぅ……」


 イリスの一撃は、ボルードの体にはめられている輪を狙っていた。輪が砕けたボルードは苦悶の表情を浮かべ、呻き声を漏らしながら崩れ落ちた。そしてそのまま動かなくなった。


「これ、ひょっとしたら輪が弱点じゃないかと思ってたのよねー。ミヤ様と輪の獣の戦いでも、上手く輪に攻撃当たった時にあっさり死んでたし」

「そして輪がこいつらの力の源でもあるようだね」


 イリスが得意げに言い、ノアが冷静に告げる。


 その後、残った術師も、ノアとイリスが全て片付けると、傀儡兵士達は全て消失した。


「創造主ダァグ・アァアアに仕える騎士ってはっきりと言ってたね」


 騎士の死体を見下ろし、ノアが言う。


「つまりダァグ・アァアアは、私達の敵と認識してよいですかー?」

「問答無用で襲ってきた時点で、その可能性が高いね」


 イリスが伺うと、ミヤが言った。

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