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19-2 鳥の区別がつかないことは鳥に対して大変失礼

「はい、ここで問題。人と動物の違いは何だと思う?」


 おどけた声で問いかける嬲り神。


「知能がある?」


 ユーリが答えたが、嬲り神はにやにや笑ったままかぶりを振る。


「言葉を喋る?」

「違うなあ……。決定的じゃない」

「文化を育む?」

「ある意味正解で惜しい。答えはなァ、神に背き、抗い続けるってことさ」


 嬲り神の答えを聞き、ユーリの心の中の火が大きく揺らめいた。


「神って奴は、世界の創造主と言ってもいい。糞ったれな世界を創って、この世界に生きとし生ける者を苦しませ続ける。だよなあ? ユーリぃ? お前、そんな神様が大嫌いで、いつも怒ってるよなァ~? ぶはははははっ」


 嬲り神が嘲笑を浴びせると、ユーリはうつむき加減になり、ダークな気を放ち始める。


「さて、人間はそんな神様の創り出した不条理を、素直に受け入れたりはしない。文明を、文化を、技術を、魔術を、思想を、知性を、知識を、ありとあらゆるものを育み、世界に抗う。神に抗う。怪我も病気も治す。自然災害からも身を守る。餓えないようにする。広い世界の移動も楽ちんにしちまう。何もかも便利にしていく。それが神への反逆なのさ」


 相変わらず歪んだ笑みは張り付いていたが、いつしか嬲り神の口調は静かなものになっていた。


「しかし……だ。俺は考える。神に抗い続けたその先に、終着点はあるのか? 人類は、神様っていう糞ったれに逆らって、世界を思い通りにしていって、その最後はどうなるんだ? その答えを言える奴、いるのか? そもそもその抵抗も、抵抗のための手段も、神様の計算通り、掌の上の出来事なんじゃないのか?」

「どうして嬲り神は僕を助けたの?」


 嬲り神の問いかけに答えず、脈絡のない質問をするユーリ。


「何で話を急に変えるかねえ。そんなに聞きたいことか? 一番聞きたい質問はそれかよ。他に知りたいこと、沢山あるんじゃねーの?」

「あるけど、それが気になっている。ただの気まぐれで助けた?」


 ユーリの言葉に対し、嬲り神は何とも言えない顔になって、吐息をつく。


「気まぐれもあるが、計算もあるかなあ……。お前は俺と、全く縁の無い奴でもねーんだ。魂の横軸――こっちのお前も知っている奴だしよォ。今答えられるのはそんくれーだ。ミヤがいないからって、あれこれ喋ってもミヤに悪ィ。それともミヤがいない今がチャンスだと思ってたか?」

「思ってたよ。僕はそんなにいい子ちゃんじゃない」


 ユーリがくすりと微笑む。


「嬲り神もそういう気遣いが出来るんだね」

「相手がミヤだからさ。ミヤもな、俺にとって特別な存在なんだぜ~」」


 ユーリの指摘を受け、嬲り神は軽く肩をくめて言った。


「詳しくは教えてくれないようだけど、色々と喋っちゃってるね。嬲り神って本当はお喋りだし、話し相手に欲しいんじゃない?」


 からかうわけではなく、真面目に指摘するユーリ。


「ま、そいつは当たってるなあ。ユーリ、お前は俺お気に入りの一人でもあるしなァ。ああ、ノアも別の意味で好きだぜ~」

「貴方は……人喰い絵本をいじって、犠牲者を増やしている。悪い存在だと見なされている。でも……」

「おいおい、ユーリ、俺に同情してくれてるのか? お前は優しいなあ~。へっへっへっ」


 悲しそうな顔になって話すユーリの言葉を、嬲り神は笑って遮った。まるでその指摘を否定して誤魔化すかのように、ユーリには感じられた。


「その優しさに甘えて、一つ頼みがあるんだが、いいかあ? 真面目な頼みだ」

「何?」

「俺を抱きしめてくれないか? 汚いと嫌がらず、慈しみをこめて」


 真顔で要求する嬲り神に、ユーリは逡巡する。


「汚いから抵抗あるよ」

「言ってる側から嫌がりやがって。仕方ねえだろ。風呂入ってねーし、洗い物もしてねーんだ」


 ユーリのもっともな答えに対し、嬲り神は苦笑した。


 ユーリは無言で嬲り神に近付くと、静かな動作で、嬲り神の体を抱きしめる。


 何故こんな要求に従ったかわからない。ただ、いつもふざけている嬲り神がこのような要求をするという事は、よほどそうして欲しかったことで、嬲り神にとっては切実なものなのだろうと、ユーリは感じていた。


「嗚呼……いい……。お前の優しさと温かさが身に沁みるぜ~……久しぶりの感触だ~……」


 ユーリに抱きしめられた嬲り神が目を細める。


「ヨブを思い出すわ……。それに昔のあいつも……。複雑だなあ」

「ヨブ? 昔のあいつ?」

「ヨブはな、俺を……俺の魂を、嬲り神から救ってくれた奴さ。俺の親友だ」

「え?」

「わからなくていい。聞かなかったことにしてくれ」


 疑問の声をあげるユーリに、嬲り神はいつもの調子とは全く異なる、シリアスな声で告げる。


 ユーリが離れる。恍惚としている顔の嬲り神を見て、ユーリは複雑な気分になる。


「もう一つサービスして教えてやるかなァ。前にも言ったけど、人喰い絵本は、救いを求めて、お前の世界から人を吸い込む。悲劇や惨劇で終わる話を修正して欲しくてな。それでな、俺は人喰い絵本サイドに立っているが、嬲り神という性質上、無償で人助けはできねえんだよ。前にも言ったが、そういう役割だ。俺は人を嬲り、苦しめる役目の神だ。だから多くの場合、誰かに救いの手を伸ばしたくても、苦難をもたらしたうえでしかできねえんだ。たまに無償で助けるられることもあるけどな」


 嬲り神の話を聞いて、ユーリは宝石百足のことを思い浮かべた。


「宝石百足は逆?」

「あいつもこの世界の神々の一人だ。そう、俺とは逆だな。人喰い絵本がお前達の世界に救いを求め、結果として犠牲を増やす事を良しとしない。人喰い絵本の被害を、力が及ぶ範囲で食い止めようとしている」


 確かに宝石百足の行動原理は、これまでもそのような感じだったと、ユーリは嬲り神の話を聞いて納得した。


「そうだ。ブラッシーさんは……」

「それが目的で来たんだろ? なのに今更質問とか、ユーリよう、お前は優しいけど薄情だな~」


 けらけらと笑う嬲り神。


「ま、自分で見つけるんだなー。サービスはここまでだ。だははははっ」


 耳障りな哄笑を残して、嬲り神は景色に溶けるようにして姿を消した。


(セント、今の嬲り神の言葉は……)

(私が答えないからって、あんなのに訊いて……しょうのない子ね。でもまあ、彼が言ったことは真実よ)


 ユーリが頭の中で確認すると、セントは呆れながら認めた。


***


 ミヤが念動力猫パンチを輪の獣に向けて放った。


 一発で潰されたかと思いきや、獣は吹っ飛んで転んだものの、ミヤの一撃に耐えて、ゆっくりと立ち上がった。


「ミヤ殿の一撃に耐えるなんて、かーなーり強いですねー」


 イリスが獣を見て驚く。


 ノアも輪の獣との交戦を開始する。ノアの前にいる獣は、他の獣と比べて一際大きく、体に食い込ませた輪の数も多い。


「こいつがボスっぽいな」


 不敵に笑うノア。


 ノアが冷気をまとった氷の槍を十本近く、続け様に射出する。


 獣は巨体に似合わぬ俊敏さで、軽やかに避け続けていったが、そのうちに三発が当たり、動きが止まった。氷の槍に体を貫かれて――はいない。氷の槍の方が砕けていた。そして氷の槍から生じる超低温の冷気も、効いている気配がない。


 ノアが次なる魔法を発動させる。獣の足元から炎の渦が生じて、獣を包む。


 しかしこれまた獣にあまり効いてはいないように見えた。一応動きは停まっているので、全く効果が無いわけではないようだが、見た目からはダメージが見受けられない。


(攻撃ほとんど効かないし、婆に任せた方がいい? いや……あれの試し打ちにいいかもだ。よし、ぜんまいを巻こう)


 ノアが右手に、大きなルビーがついた篭手を装着させる。ノアの切り札であるイレギュラー、ミクトラだ。

 右手を掲げると、ミクトラから巨大な赤い光の刃が現れた。獣達も、ミヤとイリス達も、ジャン・アンリ達も、思わず戦闘の手を止めて、ノアの方を見てしまう。


 ノアが右手を振り下ろす。巨大な赤い光の刃も振り下ろされ、ノアと対峙していた獣の体を両断した。その獣だけではなく、刃が恐ろしく永いおかげで、その後方にいた獣二匹もまとめて切断した。


「アルレンティスの修行で魔力の底上げしたおかげで、ミクトラの威力が物凄くはねあがった」


 獣三匹をまとめて屠ったノアが、興奮気味の声をあげる。


「そのイレギュラーは大したものだが、一回使って力を失ってるようだよ。力をセーブは出来ないのかい?」


 念動力パンチの出力をあげて、獣を潰したミヤが指摘し、伺う。


「出来る。でもさ、中途半端に使うくらいなら、魔法攻撃した方がいいよ」

「ま、それもそうだね。ただ、魔力が無くなりかけた際の攻撃手段として考えた方がいいんじゃないかいだよ。今のは実験てことでいいけど」


 ミヤが意見する。


「わかってる。これは切り札。ていうか、ロゼッタ達にも見せちゃったね」


 自分の方を向いて驚いているロゼッタの方を見て、ノアは微笑みながらぺろりと舌をだしてみせた。


 ボスを含めて続け様に仲間を倒されても、残った獣は臆することなく果敢に戦い続けた。


(普通の獣なら、劣勢になったら逃げそうなもんだよ。しかしこいつらときたら、まるでからくり人形みたいに戦い続けておる)


 絵本世界の住人にしても、それは妙だとミヤは感じた。絵本世界もその辺はリアルであるが、この獣は、通常の獣とは違うと。


 やがて獣が全て斃された。


「向こうも終わったみたいだね」

「これって共闘しちゃった格好?」

「馬鹿なこと言うんじゃないよ。たまたま襲ってきた敵が同じだっただけさね。ま、共闘だけどね」

「そっか」


 ジャン・アンリ達の方を見やりながら、ミヤとノアが喋る。


「そちらにも分散したおかげで、こちらは助かったとしておこう。しかし、そちらが私達を討つ機会でもあったのに、見逃してくれたということでよろしいか?」


 ジャン・アンリがミヤの言葉を聞いて、礼を述べつつ、疑問もぶつける。


「儂等には別の目的があるんだ。そっちがかかってくるなら迎えうつが、こちらからちょっかいかける余裕は無いよ」


 ミヤが言うが、正直な所、手出しをしない理由はそれだけではない。敵にジャン・アンリとシクラメがいて、こちらは足手まといになる騎士を連れている状態では、面倒な戦いになるとミヤは計算している。


「師匠がこの輪は見覚えがあるって言ったけど、俺もだよ。ガリリネの輪に似てる」

「あたちもそう思ったのれす。色は違うれすが」

「私も絵本世界で何度か見たという事にしておこう。これは金属のように見えるが、無機物ではなく有機物だ。絵本の世界におけるテクノロジー――生体装置と見てはどうか?」


 ノア、ロゼッタ、ジャン・アンリが、オレンジの輪を見て言う。


「夢見る病める同志フェイスオンは、イレギュラーを夢見る病める同志ガリリネに組み込んだと言っていたのれす」

「それがガリリネの戦闘力に繋がっているのか」


 ロゼッタの言葉を聞いて、ノアは納得した。


「ガリリネの命を繋ぎ止めるものにもなっているのれす」


 と、ロゼッタ。


「ところでお前達、ブラッシーを知らないかい?」

「見たよう。霊園にいたよう」


 ミヤが尋ねると、シクラメが即答した。


「霊園て~?」


 イリスが怪訝な声をあげる。


「恐ろしく巨大な霊園があったと言っておこう。輪の数も多い。輪を宿した魔物も多かったな」


 と、ジャン・アンリ。


「霊園はあっちの方角だねえ。森を抜けた先。ここで人間には全く遭遇していないよう。あ、そっちの情報も教えて欲しいなあ」


 シクラメが方角を指して言った。


「悪いが今来たばかりだよ」

「そうか。この輪は持ち帰る事が出来れば有益なのだが、今までこれをイレギュラーとして持ち帰る事に成功した試しは無い。フェイスオンは持ち帰る事に成功したようだが」


 輪の一つを拾って指で回しながら、ジャン・アンリが思案顏で輪をしげしげと見つめる。


「イレギュラーは確実に持ち出し可能というわけではないのですか?」


 騎士の一人が疑問を口にする。


「持ち出せるからこそイレギュラーであって、人喰い絵本の中で見つけた物全て、持ち出せるわけじゃないんだよ。カバンの中に入れていても、手に持っていても、絵本の外に出たら無くなっている事もあるのさ。」


 ミヤがイレギュラーについて解説した。


「一応持っておこ」


 ノアが小さな輪を見つけてポケットに入れる。


「いつもとかってが違って、入る際に絵本のストーリーが何も流れなかったおかげで、何したらいいかちんぷんかんぷんだけど、この輪が一つの鍵に思えますね~。ミヤ殿はどー思います~?」


 イリスが輪をしげしげと見つめて、ミヤに意見を伺う。


「この町以外も輪だらけで、人の気配は無しなんだね?」

「いえ、騎士とか魔術師っぽいのもいたれす。しかし会話が通じず襲いかかってきたれす。そいつらも輪に体に食いこませていたれす」


 ミヤはイリスの疑問に答えず、ジャン・アンリ達の方に向かって尋ねる。するとロゼッタが答えた。


「輪は兵器。そしてここは兵器を撃ちまくられて、滅びた世界なのかねえ」


 ミヤが推測を口にする。


「私も同じことを考えたと言っておこう。では、ミヤ達の気分が変わらないうちに、そろそろ我々はお暇するとしよう」


 ジャン・アンリが言い、歩き出す。


「どこに行くんだい?」

「この町をまだ探索する予定なの。僕達もまだこの町に来たばかりだしねえ」


 ミヤの問いに、シクラメが答えた。


「儂等はあいつらの言葉を信じて、森を抜けてみるよ」


 ジャン・アンリ達が離れた所で、ミヤが方針を決定する。


「信じていいんですか~? K&Mアゲインの奴等ですし~」


 イリスが不審を訴える。


「この七面鳥、本当に馬鹿だね。そんなチンケな嘘つく理由があるの? それに、今のやり取り見てなかった? 情報交換したいのに嘘情報教えたら、次会ったときに情報の交換も期待できなくなる。それくらいわからない? 鳥の頭では頭のぜんまい巻くこと期待できない?」

「し、七面鳥ってあんたっ、私はオウギワシだって言ってるでしょーっ! あんたの目おかしいっ! 鳥の区別が全然つかないんじゃないんですかーっ! しかもそれ以外にも言いたい放題ぃぃっ!」


 ノアに小馬鹿にされて、イリスはカンカンになってがなりたて、激しく旋回する。


「からかわれてるんだよ。ムキになってるんじゃないよ」


 ミヤがなだめる。


「からかうにしても失礼すぎますっ。ミヤ殿だって、猫じゃなくて犬扱いされたら冗談じゃ済まされないでしょうっ?」

「全然」


 イリスが言うも、ミヤは賛同しなかった。


「ま、あいつらはイレギュラー目当てでここに来たんだし、この絵本の中にあって、お互いに異なる目的があるんだ。余計な波風を立てる必要は無いさ。向こうもそう思っているようだし、現時点では信じていいだろうよ。現時点においては……ね。状況が変わらない限りはね」


 含みを効かせて言うミヤの言葉は、警戒は怠るなと暗に告げていた。

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