18-2 学校に行くことを勧められる
首都ソッスカー旧鉱山区下層部にある、元はケープが通っていた診療所。しかし今はフェイスオンがその診療所に通っている。
生まれついての障害や奇形の多くを直してもらったチャバックは、その後もフェイスオンによって、定期診断を受けている。
「オイラもう治ったよう。悪くなることはないよう」
定期診断が煩わしいのではなく、フェイスオンの時間を割くのが申し訳ないと感じて、チャバックはそう主張する。
「私もそう思うけどね、君の障害や奇形は生まれつきだった。だから魔法でも治すのが困難だったし、未だに全ては治しきれていない。腕の奇形と、頭部の脱毛はそのままだ。一旦治ったかのように見えて、それは実は一時的で、再び元に戻る可能性もあるし、何らかの後遺症が出る可能性もある。私としても未知の領域に切り込んだからね」
「そっかー。フェイスオンさん、ありがとさままま~」
フェイスオンが柔和な笑みをたたえて、定期診断をしなくてはならない理由を説明すると、チャバックは納得して笑顔で礼を述べた。
「前のケープという医師には、メンタルヘルスもされていたようだけど、私はそちらの方は無理だ。そして私は私の出来ることに集中したい。そちらは私の夢見る病める同志達に任せよう」
そう言ってフェイスオンは、念話で奥の部屋にいる者達を呼びよせる。
数十秒後、三人の少年少女が現れた。いや、一人は人間には見えない容姿だった。
『よろしく。ヴォルフだ』
「お、狼男だあ、しかも顔二つっ」
まずヴォルフの姿を見て驚くチャバック。
「この顔のせいで外も歩きづらいぜ」
「田舎に戻りてえな」
ヴォルフの二つの頭が、揃ってうなだれる。
「はじめましたてのれす。話は聞いているのれす。あたちの名はロゼッタれす。以後よろしくれす」
サイズのあっていない大きな丸眼鏡をかけ、サイズのあっていない白衣を纏った少女が現れ、やけに舌足らずな口調で挨拶をする。
「夢見る病める同志ガリリネは?」
「何か持ってくるみてーだ」「遅れて来る」
フェイスオンが問うと、ヴォルフが答えた。
ガリリネが大量の書物を両手に抱えて現れる。
「はじめまして。僕はガリリネ。ノアからチャバックの話は聞いてるよ。魔術の勉強しているっていうから、丁度いいと思って、僕が使っている魔術教材持ってきた。一緒に勉強しよう」
顔の半分が欠けて、欠けた顔の部分に黒い輪が回転している少年が告げた。
「ガリリネも魔術を?」「初耳」
「実はソッスカーに来てから始めたんだ。だからつい最近だよ」
意外そうに言うヴォルフに、ガリリネが照れ臭そうに笑う。
「では私は診療をしてくるよ。夢見る病める同志達、後はよろしく」
そう言ってフェイスオンは部屋を後にした。
その後、四人で和気藹々と会話を弾ませる。
「チャバック、もう二つも魔術が使えるんだ。凄いね」
ガリリネが感心する。ガリリネはまだ魔術を使えない。
「最初の一つが使えるようになるのは、大変だったよう。二つ目は相性よくて楽だったー」
「魔術は学べば誰でも覚えられるものだけど、それでも才能の差はあるし、勉強は凄く難しいんだよね。独学だと尚更ね」
「毒……ガク?」
ふと、恐ろしいものを想像してしまうチャバック。
「独学ってのは、誰かに教えてもらうんじゃなくて、自分で調べて学ぶってこと」
「オイラはケープ先生に教えて貰っていたけど、その後は一人で勉強してるから、今はオイラも独学だぁ」
「僕も夢見る病める同志フェイスオンに習ってるけど、フェイスオンはお医者さんの仕事が忙しくて、中々ね……」
喋っている最中に、ガリリネはふと思い出した。
「チャバック、新生する魔術学院の話知ってる?」
「うん」
「魔術の勉強のために、魔術学院に通ってみるとか考えてない?」
「学校……行くの?」
ガリリネの誘いに対し、気が引けるチャバックであった。
「オイラ、馬鹿だし、そんな所に通っても、ついていけなんいじゃないかなって思って……。それにまたいじめられるかもって思うと、怖いんだよう」
「じゃあ二人で入らない? 僕は入りたいと思ってるんだ。明日正式に開院するらしいよ。新入生として乗り込もうよ」
難色を示すチャバックであったが、ガリリネはめげずに誘いかける。
「僕もこんな顔しているしね、いじめられるかも。でも僕はそんなのにへこたれないよ。僕やチャバックをいじめる人がいても、逆にやっつける」
「何の話してるの?」
「チャバックのこと、まだいじめてる奴いるの?」
そこにノアとユーリがやってきて、部屋の外から声をかけた。ガリリネの話は途中から聞こえていた。
「生憎二人は勉強中なのれす。今はそっと見持ってあげてほちいのれす」
ロゼッタが二人の入室を止める。
「挨拶くらいならいいだろ。勉強の息抜きにもなる」
ノアが主張する。
『始めたばかりだ』
ヴォルフが二つの首を同時に横に振る。
「あ、ノア、おはよーっ」
チャバックがノアに向かって手を振る。
「俺の社員のチャバックと仲良く勉強とか、許せないよ、ガリリネ」
「何で一緒に勉強したら許せないのさ。ていうか社員て何」
むっとした顔で理不尽なことを言うノアに、呆れるガリリネ。
「俺はチャバックの働き口のために会社作ったんだよ。何ならガリリネも入る? 超こき使う」
「ノアの会社なんて絶対嫌だ」
ノアの会社など絶対にろくでもないと、即座に思うガリリネであった。
「あのねあのね、ユーリも、ノア、オイラはガリリネと魔術学院行くかどーかって話してたんだー」
「やめた方がいい。二人共絶対にいじめられる。特にガリリネは性格も悪いから滅茶苦茶いじめられる」
チャバックが言うと、ノアは速攻で断言した。
「性格悪いのはノアだろ。いきなりいじめられることを保証したうえ、人の性格を悪いなんて言い出す方が性格悪いよ」
「わかった。今のは確かに俺も悪かった。すまんこ」
ガリリネが言い返すと、ノアは速攻で謝罪した。
「でもとにかく反対。チャバックがいじめられないように、社長の俺としては監視する必要があるし、それが面倒だよ」
ノアが主張する。
(もしチャバックがいじめられていたら、俺はキレて、そいつらの首を撥ね飛ばして、学校の校門に綺麗に等間隔に並べちゃいそうだしね)
それはそれで面白そうだと思うノアだが、ミヤに怒られそうなので、やりたくても出来ない事になって、もどかしい思いをすると予測する。
「そっかー……ノアは反対なんだね。やっぱり駄目かなあ」
「ノアが反対するからって諦める事も無いだろ」
諦めモードになったチャバックを見て、ガリリネが不満げに言う。
「というかノアは心配しすぎじゃないかなあ……。何より、魔術の勉強って、独学で不可能とは言わないけど、それなりに難しいし、同じ魔術師の指導があった方がよさそうだよ」
「でも……」
ユーリが口を出すが、ノアは納得がいかない。
「ノアとガリリネって、仲悪いのぉ?」
「前にちょっと殺し合ったけど、今はわりと仲直りしたけど、好きにはなれない」
「うん。仲良しではないし嫌いだけど、今は殺し合う理由は無いね」
チャバックが尋ねると、ガリリネとノアはさらりと答える。
「あ、そうだ。頼めそうな魔術師がいるよ」
窓の外を見て、ユーリが明るい表情になる。
「誰~?」
「ほら、そこ。あ、ちょっと雨降ってきたね」
ユーリが窓の外を指すと、そこにスィーニーの姿があった。
「なるるる、スィーニーおねーちゃんかー。魔術も使えること、すっかり忘れてたー」
スィーニーの姿を見て、チャバックが表情を輝かせる。
「ユーリとノアも来てたんだ」
診療所の中に入るスィーニー。
「スィーニーおねーちゃん、オイラとガリリネの魔術の先生になってほしー」
「えええ? そりゃ私は魔術使えるけど、人に教えるなんてとても……」
チャバックの藪から棒なお願いに、スィーニーは目を丸くしながら難色を示す。
「自分が教わったことを、そのまま教えればいいんじゃない? 僕は魔法使いとしては一人前じゃないけど、ある程度はノアに教授しているし、できるよ。魔術と魔法じゃ違うのかもしれないけどさ」
ユーリが後押しする。
「夢見る病める同志フェイスオンは、魔術と魔法どちらにも精通しているけど、魔術はロジカルな学問で、魔法は形而上のものを形而下に引きずり出す作業と言ってたよ。魔術の教授の方が、魔法の教授よりは楽そうに思える」
と、ガリリネ。
「魔術学院が新生して、魔術師になりたい人大募集しているんだから、そっちに行った方がいいじゃない」
「うん、今そういう話をしていたんだけどさ」
スィーニーが勧めると、ガリリネはノアの方を見た。
「ノアが、学校に入ったらいじめられると言いだして」
「この二人の見た目が見た目だからね。世の中には人を見た目で差別する輩がいる。子供なんか特に」
ノアが真顔で主張する。
「なるべく二人一緒にいるようにしたら? それでも心配なら、しばらくの間は同行するとか」
「それがいいかな。僕とノアで交互で同行しよう」
スィーニーの提案に、ユーリが賛成した。
「よし、じゃあ魔術学院入学決定でいいね?」
「う、うん……」
少々強引に話を進めるガリリネであったが、チャバックは流れに圧されて頷いてしまう。
(ガリリネの誘いってのが気に入らないけど、チャバックが学校行くとか、面白そうでもある。先輩の案も悪くないし)
そう思い、それ以上は反対しないノアだった。
***
オットーはア・ハイ群島北部の地方都市で暮らしていた。
二週間前のある日、オットーは新しい職場を四日でクビになった。
二十歳になったばかりのオットーは、もう七つも職場を変えている。
人のいうことをあまり聞かない。遅刻や無断欠席も多い。挨拶もしない。人に何か助けてもらっても礼も言わず、借りを作った相手が困っていても手を貸さないという、不義理で不誠実な性格。上司に厳しく注意をすると怒鳴り返し、酷い時には手をあげる。いつもこのような調子だったので、どの職場ももたなかった。
オットーはまだ若いのにひどくフケた顔をしていて、人相が悪い。特に目つきが悪く、右目は大きく見開いたままで、左目は細い。分厚い唇の口元は歪み、眉間には深い縦皺が刻まれている。丸っこい体型の肥満漢で、頭は坊主刈り、まだ若いのに頭髪は真っ白だ。髭も白い。
『無能のくせに暴力振るうとか、最悪だろ、お前。力だけは強いから余計に。親方に全治一週間の怪我負わせやがってよう』
『悪いこと注意されて反省もせずに逆ギレとか、てめーは屑中の屑だよ』
『前の職場で親切な女性の同僚に助けて貰ったのに、その女性が困った時は、一切手伝いをしなかった自己中野郎だと聞いたぜ』
『おめー、甘やかされて育った甘ったれ野郎なんだろ? さもなきゃ頭の病気か?』
『役立たずの馬鹿息子が。またクビになったのか。お前なんかがうちの子だなんて恥ずかしい』
『何であんただけ要領悪いのかしらねえ。兄さんと姉さんはまともなのに』
『遅刻して謝りもしない神経がわからんわ。いるんだな、ああいうカス』
『何回も同じミスして、こっちの仕事も増やしちゃってさ。クビにするよう皆で呼びかけましょう』
これまでの職場や家で言われた罵倒や、こっそり聞いた陰口の数々を思い出す。そしてふと悟る。
「俺は悪なんだな。そう生まれたんだ」
その日、オットーは旧鉱山区下層の裏路地にうずくまりながら、ぽつりと呟いた。
(ふん。やっと……わかったよ……。今まで気づかなかった自分が馬鹿みてーだ)
自分を悪だと認識した瞬間、オットーの中で激しい怒りと憎しみが湧き起こった。それは自分以外の一切合切――社会そのものに対する感情だった。
気が付くとオットーは、職場の親方も同僚も皆殺しにしていた。
(討伐されたっていうXXXXも、俺と同じだったんじゃないか? 社会に適合できずに、社会に混じろうとすると周囲に嫌われ、虐げられて、社会を敵視するようになって、殺しを続けた。すげーよ。それで十年以上も続けたなんて、すげーよ)
オットーは家路に就きながら、そんなことを考えていた。
帰宅したオットーは、家族も全員殺した。
職場でも、家でも、自分でも不思議なほど、殺害はスムーズにいった。刃物で的確に急所を貫いて、逃すことなく、息の根を止めていった。ひょっとしたらオットーには、そういう才能があるのかもしれない。
「何で暴力がいけない? 何で殺しがけいない? あいつらは、そしてこいつらは、言葉で俺を精神的に苦しめたじゃないか。だから俺もお返しをしただけだ。ははっ、ざまーみろだ」
父と母と兄と姉の死体を見渡し、オットーは虚ろな表情で吐き捨てる。
それから二週間。オットーは逃走の日々を送っていた。
首都ソッスカーに流れ着いたオットーは、小雨の中、街をとぼとぼと歩く。
オットーは人通りの乏しい裏道で立ち止まった。オットーの行く手を遮るかのように、一人の少年が佇んでいた。ぱっと見、十一歳か十二歳くらいの少年だ。
「いけない人だネ。九人も殺したヨ? それでこの先どうするつもりなのサ? ずっとただ逃げてるノ?」
にやにや笑いながら、オットーの所業を口にする少年。オットーはぞっとして固まる。
数秒程固まっていたオットーだが、この少年が追っ手であると見なし、刃物を抜く。
抜いた直後、刃の部分がどろどろに溶けていく様を見て、オットーは絶句して再び固まる。
「僕は敵じゃないヨ。これを見てネ」
語尾だけおかしいイントネーションで喋る少年が、一枚のビラを出し、オットーに見せる。
それは新生魔術学院のビラだった。魔術師のなりたい新入生の募集のビラだ。
「ここに行きなヨ。明日正式にオープンするんだヨ」
水色の髪に青白い肌、頭からは捻じれた角、腰からは悪魔の尻尾が生えている少年が、にかっと歯を見せて笑う。
「ここで真面目に授業を受けるんだヨ。力が手に入るヨ。君には魔術の才能があるんだヨ。一人じゃ心細いだろうから、僕も側にいてあげるネ」
(こいつも……悪だ。俺にはわかる。何故かわかる。しかも俺よりずっと強い悪)
少年を見て、オットーはそう確信する。
「お前は……」
「お前って言わないでヨ。僕にはミカゼカって名前があるんだヨ。欲望の使者アルレンティス=ミカゼカと言えばわかるかナ?」
その名は、その伝承は、オットーも勿論知っていた。ミカゼカという名には馴染みが無いが、魔王の幹部八恐の一人である、欲望の使者アルレンティスのことを知らないはずがない。子供でも知っている。
「僕は君の心の声が聞こえて、ここに来たんだヨ。おめでとさままま。僕もそうだヨ。僕も悪だヨ。さて、君が望むなら、僕は叶えるヨ。追っ手にもかからないようにしてやるゼ。望むかイ?」
「望む」
ミカゼカが伺うと、オットーは力のこもった声で短く告げた。
***
夕方。
診察時間の終了となったので、フェイスオンは診療所の扉に、本日の診察終わりと書かれた看板を吊るしに、外に出た。
「雨、止んでたか」
入口に出て、空を見上げて呟いた直後、すぐ近くにいる二人の存在を目の当たりにして、フェイスオンは硬直した。
一人は眼鏡をかけた壮年の男。もう一人は真っ白な帽子とマント姿に、こちらも眼鏡をかけている少年。
「初めましてだねえ。僕はK&Mアゲインのシクラメ・タマレイ。フェイスオンさんの噂を聞いて、スカウトに来たよう」
妙になよなよした仕草を取りながら、挨拶と自己紹介を行うシクラメ。
「メープルFは分離してしまったのだな。残念という事にしておこう」
壮年の男――ジャン・アンリが、眼鏡に手をかけながら無表情に告げた。




