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17-4 人喰い絵本が人を喰う理由に絆されてみる

「ごめん、セン……いや、宝石百足。アルバとリンカの願いを叶えてあげたい」


 ユーリがこの世界に留まりたい理由を口にした。ノアも同じ気持ちだった。


「嬲り神……いや、人喰い絵本が何で人を吸い込むのか、僕達は気付いている。絵本の中の悲劇を修正して、ハッピーエンドにしてもらいたいからでしょ? 悲劇の中で果てる登場人物を救って欲しいからでしょ?」


 ユーリの台詞を聞いて、宝石百足が放つ雰囲気が変わったように、ノアには感じられた。まるでユーリの発言が気に障ったように見えた。


「危険ね、ユーリ。貴方はいつか、人喰い絵本に同調してしまう可能性があるわ」

「同調?」


 宝石百足のその言葉に、ノアが反応する。


「絵本の住人や世界に同調してしまい、戻る事も拒み、物語を正常に終わらせることを拒む者が、稀に現れるのよ」


 頭部を微かにノアの方に傾けて、宝石百足が言った。


「現実なんて嫌だーいって言って、絵本の中に引きこもるのか」

「可能であれば、そういう人が現れても、私が強引に外に連れて行くけどね。私の力は全ての絵本世界に及ぶわけではないの」


 からかうようにノアが言い、宝石百足は真面目に語る。


「で、ムカデのおねーさんは何者なの? 母さんとの戦いの際、先輩がムカデのおねーさんに変身したのも謎だけど」

「ごめんね。今は……話せないわ」


 ノアに問いに、申し訳なさそうに答えを拒む宝石百足。


「今はってことは何時かは話してくれること? そのいつかってどういうタイミングかな? あ、どうせ話してくれないよね?」

「ノア、何でそんな意地悪い言い方するの? 宝石百足は僕達の味方だよ? 人喰い絵本に紛れ込んだ人を助けてくれるんだ」


 皮肉めいた口調で尋ねるノアに、ユーリが咎めるかのような口調で言った。


「知ってるよ。でも今回は間に合わなかった。それに、俺はそういう無償の善意っての、信じないタチだから。それより先輩こそ、どうしてそんなにムキになってかばうの?」

「ムキになってるって……それはノアが変に意地悪だったからだよ。宝石百足のこと嫌わないでよ」

「わかった。悪かったよ、先輩。それに宝石百足も、すまんこ」

「いいえ。いいのよ。疑うことは大事よ」


 ユーリが引く気配が無かったので、ノアの方が素直に謝った。宝石百足は明るい声で、フォローを入れる。


(先輩と宝石百足、何かありそうだ。先輩がムキになって肩入れしてるし)


 これは要警戒だと、ノアは認識する。


「二人はこれからどうするの?」


 宝石百足が問う。


「砂漠の端があるのはわかったし、魔法でひとっ飛びでいいかなーと思ってる」

「それでいいよね」


 ユーリが言い、ノアも同意した。


「いいえ。それでは物語の謎を完全に解き明かせない。この世界を攻略したいなら、教祖モズクに目を向けなさい」

「わかったよ。ありがとう」


 宝石百足のアドバイスを受け、ユーリが微笑む。


「それとノア」

「ん?」

「ユーリをよろしくお願いね」


 宝石百足の意外な言葉を受け、ユーリもノアも一瞬きょとんとする。


「うん? わかった。というか、頼りない先輩の支えになるようにって、婆にすでにお願いされているから」

「はいはい、僕は頼りないですよ」


 ノアがからかい、ユーリはいじけた振りをしていた。


「じゃあね。頑張って」


 宝石百足が姿を消す。


「宝石百足は先輩にとって恩人か何か?」


 宝石百足が消えたタイミングで、ノアが尋ねた。


「ん……その……」


 ユーリは言葉を濁す。


「変身したことも含めて、答えにくいことなんだ。そっかー、先輩にも人に言えない秘密があったんだ。何か嬉しい」


 本当に嬉しそうな顔で話すノアを見て、ユーリの口元も綻ぶ。


「そりゃあるよ。ノアにもいっぱいありそうだよね」

「うん、あるよ。でも俺の秘密ってさ、今は言えないけど、いつか先輩や婆にも知って欲しい秘密なんだ」


 意味深に喋った後で、ノアは口の中で言葉を続けた


(俺が実際に魔王になったその時、その秘密も明かされるんだ。その時の先輩と婆の反応が楽しみだよ)


***


 念話が通じない理由は、図書館亀が近くにいる影響だろうとミヤは判断した。理由はわからないが、図書館亀はたまに念話の妨害をかける。


「少し近づく必要があるね」


 ミヤが言うと、魔法で自分とゴートと他騎士二名をまとめて飛ばし、図書館亀の甲羅へと接近する。


「す、すごい……飛んでる」

「正確にはミヤ様のお力で飛ばされているのだ」


 感動する騎士の一人に、ゴートが告げた。


「念話で図書館亀に声はかけてある。後は入るだけさね」

「入るって……あの中に……」


 ミヤの台詞を聞いて、騎士の一人が亀を見上げる。


「近くで見ると何が何だかわからないほど、途方も無い大きさですね」


 騎士の一人が図書館亀を見上げたまま呻く。


「脚の太さだけを見ても小山を踏み潰せるほどはありそうだ。頭までの高さは、文字通り天を衝いている」


 もう一人の騎士も、図書館亀の異常なまでの大きさに圧倒されている。


「私は見るのは初めてでは無いが、ここまで接近するのは初めてだ。こちらの声が届くものなのでしょうか?」

「無用な心配だよ」


 ゴートが伺うと、ミヤはあっさり言い捨てた。


 ミヤ達がある程度接近した所で、轟音が鳴り響き、大気が激しく揺れる。ミヤ達の体も揺らされる。


「何事ですか?」

「亀が動いただけだよ。質量が巨大すぎるからね。少し動いただけでこの有様さ。儂等だって動く時は、周囲の空気が動いているだろ。静電気の乱気流も大量に発生しているから、防護膜を張っておいたよ」


 ゴートが伺うと、ミヤは面倒臭そうに答えた。


「よし。そろそろだ。ここまで近づければ、転移して中に入れる。ま、向こうが招いてくれるわけだがね」


 ミヤが言ったその時、丁度よく空間の扉が開いた。四人はその中へと飛び込む。


「うおっ」

「これは……」


 空間の扉の先の風景を見て、騎士の一人とゴートが声をあげる。


 中はまさに図書館だった。しかし尋常な広さではない。無数の階層が構成された広大なホールは、中心が吹き抜けとなっていて、吹き抜けには長大な橋が縦横斜め上下に複雑に交差してかかっている。四人はホールの端にある何層目かにいた。ホールの下にも、同じ層にも、上の層にも、そして橋の上にも、大量の本棚がびっしりと並んでいる。


「あのデカい亀の中の一室だよ。似たような広間は他に何千もあるとのことだ」

「何千!? では一体全部でどれだけの量の本が」


 ミヤが言うと、ゴートが驚きの声をあげる。


「そもそもこれだけの本、どこの――」

「並行世界の本を片っ端から集めていますよん」


 騎士の一人が口にしかけた疑問を、妙に癖のある声が先回りして答えた。


「並行世界の数は無限かもしれませんねん。しかし小生は歩みを止めませぬん。何億年、何兆年かかろうと、全ての世界の書物を集めてみせますのん」


 声と共に現れたのは、直立した二足歩行姿勢のゾウガメだった。燕尾服を着て、モノクルをかけている。履いている靴は燕尾服とは不釣り合いなブーツで、靴底には小さな車輪のようなものが四輪ついており、その車輪で、床をすいすいと滑って移動してくる。


「お久しぶりですねん。ミヤ様。アルレンティス様がつい先程までここにいましたよん。お初に御目にかかる人は今後ともよろしくですよん。小生が図書館亀でございますのん」


 ミヤの前に来た直立ゾウガメが止まり、恭しく一礼をする。


「せっかくだから、色々と知識を拝聴しておこうか。お前は惜しみなく教えてくれるんだろ?」


 少し嫌味がかった口調で話しかけるミヤ。


「そうはいきませんよん。御存知ありませんでしたのん? 我々は取り決めにより、そちらの世界の方々に、話せることと話せないことがあるのですよん」

「メープルFからも聞いたよ。お前、アルレンティスと通じていた事はともかく、ジャン・アンリなんかと繋がって、色々と余計なことを吹き込んでいたそうじゃないか」


 怒りと呆れと非難が混じった声で、ミヤが指摘する。


「嬲り神から聞いた。人喰い絵本に吸い込まれている者は選ばれている。物語の主要キャラと、同じ魂を持つ者が選ばれている。それは物語を救うため。絵本世界を救うために、最も可能性が高い者であると」

「必ずしも同じ魂の者とは限りませんよん」


 ミヤの言葉を補足する図書館亀。


「お前はジャン・アンリに、同じ魂を持つ者――絵本世界における魂の横軸の存在まで教えてたろう。その者と融合することで力を得られることまで」

「教えても差し替えない知識でしたよん。どうも今日のミヤ様は小生に対して剣呑ですのん」


 苛立ちを隠そうともしないミヤであるが、図書館亀は至ってマイペースなように、騎士達の目には映った。


「ミヤ様、知識ではなく情報ですが、お教えいたますよん。嬲り神は頻繁にここに訪れていますよん」

「何の調べ物をしているかは教えられるかい?」

「ミヤ様の世界についてご執心ですねん。特に勇者ロジオなる存在について、知りたがっておられますのん。成果は芳しくないようですが、嬲り神は何かしらの推測を立てたようですよん」


 図書館亀の話を聞き、ミヤはキャットフェイスを神妙な表情に変える。


「何故あ奴はロジオに興味を抱くのか……」

「小生の推測では、嬲り神と縁のある者が、勇者ロジオの魂の横軸なのではないかと、嬲り神は考えているのではないでしょうかねん」


 その推測は当たっている可能性が高いのではないかと、ミヤは考える。


「ミヤ殿、この人喰い絵本に吸い込まれた者の生存を、この亀殿にお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 しばらく黙って両者のやり取りを聞いていたゴートであったが、ようやく機を見つけて、口を挟んだ。


「おっと、そうだったね。すまなかった。ついつい自分の好奇心を優先させてしまったよ」


 ミヤが気恥ずかしそうに謝る。


「残念ですが、最初に吸い込まれた者も、その後救出に来た者も、あの黒い機会人形に殺されてしまいましたよん。アルレンティス様は流石に御存命ですねん。ミヤ様のお弟子様二名は、絵本の主役二人になっているようですのん」


 おっとりとした口調で、芳しくない現状を報告する図書館亀。


「宝石百足様も来られています。ミヤ様のお弟子様とは接触したようですねん」

「それならすぐに脱出でよいですな」


 宝石百足の名を聞き、ゴートが言った。


「ところが宝石百足様は、貴方方をこの絵本世界から解放するつもりは無いようでございますよん」

「何と……」


 図書館亀のさらなる報告を聞き、ゴートは意外そうな顔になる。


「ふん、どういうつもりだろうねえ」


 ミヤは一瞬笑みを零して鼻を鳴らす。弟子の判断を面白がっているかのように、図書館亀と騎士達の目には見えた。


 そしてミヤは理解する。図書館亀が念話ができないように仕掛けている理由は、宝石百足が来ているせいであろうと。どういうわけかイレギュラーが複数いる世界では、互いの動きを悟られまいとして、妨害をするきらいがある。必ずしもそうするわけでもないようだが。その影響で、念話や遠視といった魔術や魔法も不可能になる。


「事情は計りかねますわん。ところでミヤ様、逆を言えば、宝石百足様にその気が無いのであれば、この世界に留まる猶予が出来るという事になりますねん。どうでしょう? その猶予を活かして、貴女の知りたい知識をこの図書館で探してみるというのは?」

「そうさせて貰うよ。この絵本の攻略はあの子達に任せよう」


 図書館亀の提案を聞き入れ、ミヤは本棚を漁りにかかった。

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