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17-3 間違って未来視しちゃった

 ユーリとノアは、巨大な建造物の残骸の中にいた。服装がつい今しがた見た絵本の中の登場人物、リンカとアルバのものに変わっている。


「俺がアルバの役で、先輩がリンカの役? 性別があべこべだ。見た目は俺が男っぽくて先輩は雌っぽいけどさ。見た目で判断されてる?」

「雌……」


 ノアの台詞に苦笑いを浮かべるユーリ。


「リンカの気持ちが流れ込んでくる。この前は直接絵本の住人と会話が出来たけど、今回は心に直接触れている」


 ユーリが自分の胸を押さえて言った。


「俺もだよ。アルバはさ、毎日つまらなくて仕方なかったみたい。あと、リンカに惚れてるね」

「口に出して言っていいのかな? 二人にもこの会話が聞こえているみたいだよ。今、すごくリンカが動揺してるし」

「それは面白い。プライベートを片っ端から暴露しておこう。アルパはリンカのことを思って毎日――」

「やめてあげなよ」


 にやにや笑いながら色々と暴露しだそうとするノアを、ユーリが制した。


 二人は外へ出て、今まで自分達がいた建造物を見上げる。壁はぼろぼろに崩れているが、その大きさと、何より高さに圧倒される。


「凄く高い。幅も広い。何なんだろう、この塔。わざわざこんな大きい塔を作る意味がわからない。しかも村には大量にあった」


 ノアが塔を見上げて言った。


「それと話は変わるけど、教祖の説教、何となくスピリチュアルな感じあって、気持ち悪いね。ああいうの嫌い。理屈は単純明快だけど、その単純明快な二元論は、脳みそをパーに仕向ける理屈に思えるね」

(何かノアと師匠、揃って似たようなこと言ってる……。気持ちはわかるけど)


 ノアの言い分に、あまり同意できないユーリだった。正直ユーリは、教祖の方に共感してしまう。しかし単純すぎて危険だという理屈もわかる。


「プラスマイナス辺りとか特にヤバげだった。どこかの婆みたいだし。――って、婆の前で言うと、『その単語だけで儂と繋げるんじゃないよ。マイナス1』ってくるよ」

「今の口調よく似てたね」


 ノアがミヤの真似をすると、ユーリが笑う。


「俺が先輩と会った時も似たようなことを先輩は言ってたけど、覚えてる?」

「えーと……何て言ってたっけ?」

「おーいっ、お前等っ! 俺を無視すんな!」


 二人が喋っていると、建物の中から一人の男が出てきて叫んだ。


「あ、石の棺の中から出てきた人だ」


 と、ノア。絵本の終盤に現れたヒジキという村人だ。


「僕達をちゃんと、アルパとリンカの二人として認識しているようだね」

「ヒジキさんだっけ。どうして棺の中から出てきたの?」

「こっちの質問に先に答えろ! ぐぱ!?」


 台詞途中にノアに魔法の拳で殴り飛ばされ、ヒジキが吹き飛んだ。


「無闇に高圧的な態度を取るとそうなるんだよ? 学習してくれた? それともまだ学習したいかな? 必要かな?」


 倒れたヒジキを見下ろし、ノアはにこにこと楽しげに笑って問う。


「あれ? 先輩注意しないの? ノアやりすぎだよーとか言ってくるかと思った」

「うん、まあやりすぎだとは思うけど、こういう相手には最適解だと思ったから」


 それはユーリの本心であったが、一方で、ノアが即座にヒジキを殺さなくてほっとしていた。


 鼻血が噴き出る鼻を押さえて、恐怖と混乱にひきつらせた顔のヒジキを、冷たい目で見下ろすノア。


「もう一度聞くね。どうして石の棺の中から出てきたの?」

「ううう……」


 ヒジキは視線を外し、素早く思案した。


「昼寝してた」

「目が泳いでいる。嘘言ってる。しかも適当すぎる嘘。あんな場所で何で一人で昼寝? もう一発いっとく?」

「わかった! 教祖様の力の試しだ! というか……ひょっとしてお前も力を手に入れたのか? 今のがそうなんじゃないのか?」


 ノアが心底楽しそうな笑顔で恫喝すると、ヒジキは正直に白状した。


「力の試し?」


 怪訝な声をあげるユーリ。


「棺から棺へと、人が移動できるんだよ。棺の力と教祖様の力とのことだ。モズク教祖様は、他にも素晴らしい力を幾つも手に入れている。我々を導いてくれる神の申し子だ」


 誇らしそうに語るヒジキ。


「人を移動させてどうしようというんです? 砂漠の外に行くつもりですか?」

「そうだ。我々は外の世界を目指すんだ。この絶望の砂漠を越えていくんだ」


 ユーリが問うと、ヒジキは頷いた。


「つまり、リンカと同じか」

「アルバも刺激を欲しがっていたし、二人してモズク教祖の宗教と、目的は一緒だったのか」


 ユーリとノアが顔を見合わせる。


「この世界は元々、優れた文明があったみたいだね。こんなに巨大な塔を作ったり、腐らない食べ物があり続けたり、破れないままの服が残っていたりと。そんな凄い文明の産物の一つを、教祖は手に入れたのかな」

「凄い文明の産物……」


 ユーリが口にしたその単語を聞いて、ノアの眼が光った。


「それはそうと救出対象、多分もう死んでるよね? どうして死んだのかな?」


 と、ノア。


「砂漠で干からびた? あるいはヒジキの仲間達に殺されたのかな?」

「殺されたって何のことだ……。俺達は人殺しなんてしてないっ」


 ノアの台詞を聞いて、ヒジキが表情を引きつらせて否定する。


「あのー、この砂漠に魔物っています?」


 ユーリが問う。魔物か、凶暴な肉食獣に殺されたという可能性も考えた。


「あ、魔物と言えば――」


 ノアが黒ずくめの怪人を思い出す。


「リンカ、お前は何を言ってるんだ……? あ、いや……魔物ってもしかして……」

「心当たりあるっぽい」


 ヒジキの反応を聞いて、ノアが言った。


「教祖様が言っておられた。砂漠には、人間に対して敵対的な存在があり、極めて有害だと。誰も砂漠を越えられないのはそいつのせいだと」


 ヒジキが言う。


「先輩、魔物と言えば、ここに来る時にアルバとリンカを襲ってきたアレじゃないかな」

「ああ、教祖さんが助けてくれたよね」


 ノアに言われ、黒いボロ布を巻いた人型が、ユーリもリンカとアルバを襲っていた事を思い出した。


「先輩時々物忘れ激しいというか」

「うん、たまに抜けてるってよく言われる……。最初に吸い込まれた人も、救出隊も、あの変な黒いのにやられた可能性大か」

「先輩、この物語から脱出するにはどうすればいいの? 目的通り、砂漠の果てに向かう?」

「現時点では他に思いつかないよ。キーとなる登場人物があと二人いるね。教祖と黒い怪人。教祖は敵ではないような気がする。そして教祖を殺害しても、物語を終わらせられるとは限らない」


 ノアとユーリが喋っていたその時であった。


(私達は壊れた世界しか知らない)


 ユーリの内から、少女の声が響いた。


(これは、リンカの声か。コンタクト取れないかな)


 自身の心の内側に意識を集中し、リンカとの接触を試みるユーリ。


(私に成り代わっている誰かさん。行って。そのまま砂漠の向こうに行って。壊れた世界の風景は好きだけど、流石にそれだけじゃ辛い。生まれてからずっと、それしか知らないんだもの。行ってよ。別の風景を見せて)


 リンカは反応したが、一方的に声をかけただけで、その時点では会話は性質しなかった。


「今、リンカの声が心の中に響いた。砂漠の果てに行って欲しいらしい」

「えー、先輩だけズルい。俺はアルバの声なんて一切聞こえないよ」


 ノアが不満げな声をあげる。


「うーん、どういう差があるんだろうねえ」


 考えるユーリだが、答えはわからない。


「えーっと、ヒジキさんはこれからどうするんです?」

「俺は教祖様達の連絡を待つ。もう一度この石の棺に入って、元の場所に戻るんだ」


 ユーリが質問すると、ヒジキが答えた。


「アルバは生き埋めにされて殺されていると錯覚していたけど、転移の道具として実験していただけだったのか」


 ノアが言う。


「でも何で石の棺をわざわざ砂の中にいれて、砂をかぶせるの?」

「んー……あれは信者達向けの演出だ。掘り返した石の棺の中から、蘇るみたいな……。俺達幹部にだけこいつの正体は教えられている」


 ユーリの疑問に対し、ヒジキが答えた。


「それ喋っちゃっていいんですか?」

「あ……よくない。秘密にしとけよ」


 ユーリが確認すると、ヒジキは笑いながら顔の前で人差し指を立てた。


「先輩、リンカとアルバの意識を、魔法で現出することはできないかな? そうすることで、彼等と会話できるようになるかも?」


 ノアが提案する。


「精神操作系の魔法はあまりやったことないなあ。でもいい案だよ。ノア。試してみるのも面白そうだ」

「じゃあ、魔力を自分の心の中にいる意識に集中させてみよう」


 ユーリが明るい表情が応じ、ノアとユーリ二人同時に、心の中に宿る絵本の登場人物の姿を、外側に出そうと試みる。


 ユーリとノアの試みは失敗した。リンカとアルバの意識は表層に引き出される事は無かった。

 その代わりに、別の現象が発生した。ユーリとノア二人同時に、リンカとアルバの記憶だけが引き出されたのだ。


***


 アルバが歩けない血塗れのリンカをおぶって、砂漠を歩いている。アルバも満身創痍で、今にも倒れそうな状態だ。


「もう少しだぞ……リンカ……」


 弱々しい声を発するアルバ。リンカは薄目を開いただけで、声を発そうとはしない。その力も残っていない。


「見ろよ……。建物があんなに……。しかも残骸じゃない。外の世界は、滅んでない文明があったんだ」


 アルバが前方を見て、声をかける。


 アルバの言う通り、前方で砂漠が途切れ、巨大な建造物が立ち並んでいた。廃墟の村とは異なり、綺麗な建物だ。


「モズクさんのおかげで……俺達……来れたんだ。だから……死ぬなよ、リンカ……」


 リンカの返事が無い事に絶望して、アルバも力尽きて倒れた。


 しばらくして、倒れている二人の元に、大勢の人々が駆け寄った。アルバやリンカとは異なる衣服の者達だ。しかし人種的には同じに見える。


「君達、あの砂漠の中から来たのか!?」

「あの中にはやはり人がいたというのか! もう二百年近く経っているというのに!」

「黒人形の追撃をよく振り払ってここまで来られたもんだ。あの殺人兵器のおかげで、砂漠の行き来がずっと出来なくっていた」

「おい、しっかりしろ! 誰か医者をーっ!」


 二人の耳には人々の声が聞こえていたし、姿も見えていた。しかし答える気力は無かった。命の灯は、今正に消える瞬間だった。


「アルバ……ごめんね……つき……あわせちゃって……」


 リンカがアルバの耳元で、掠れ声でもって囁く。


「砂漠の外、滅んではいなかったんだ……。人がいたんだ。どんな世界なのかな……。きっとあの滅びる世界より、もっと綺麗な景色を見……」


***


 ユーリとノアははっとして互いを見た。ヒジキはいつの間にかいなくなっている。


「今……二人の未来の記憶が見えたね。きっと絵本の物語の結末だ。二人が砂漠の外に着いた」


 ユーリが言う。人喰い絵本を出る時に、絵本の本来の結末を見る。しかし今回は途中でいきなり見せられた。ユーリは以前にも同様の例外を何度か見ていた。


「俺も見たよ。せっかく外に辿り着いたのに……もう少しで外に出られるって所で、外の世界があるって知ったところで、二人して死んじゃったみたいだ。酷いよ」


 涙ぐむノア。


「俺と似ている……。母さんから解放されたかった俺。リンカとアルバは、閉ざされた小さな世界の外に出たがっていた。俺の方が酷い境遇だったけど、気持ちはわかる」


 あっさりと共感して悲しむノアを、ユーリは不思議そうに見る。


(新聞で不幸な事件を読んではけらけら笑っているノアなのに、同情なのか、似た境遇にシンパシー感じるのか、悲しみのスイッチが入るとすぐに泣きだすね)


 ノアのそんな所に、ユーリは親しみと安心感を抱く。


「人喰い絵本は救いの無い結末ばかり、悲劇ばかりだ。だから人喰い絵本に吸い込まれると、悲劇をなぞって死ぬことになるんだよ」


 ユーリが言い、瞑目して両手を合わせて祈る。


(神様、どうしてそんな世界を生み出したのですか? もう少し世界に優しくしてください)


 祈りを捧げつつ、抗議したその時――


「先輩、あれ」


 ノアが指した方向から、黒い何かが飛来してきた。


 黒いぼろ布を全身に巻いた人型が、二人の前方に降り立つ。二人共それを、絵本の中で視た。


「二人をやった奴か」

「砂漠にこいつがいるから、外の人も砂漠の中に入れない。中の人はこいつの存在を知らないけど、外に出ようとすれば知ることになる。そして殺されるってわけだね」


 ユーリとノアが言う。


 黒い怪人が猛然と走って突っ込んできた。


 怪人の動きに合わせて、ユーリが不可視の魔力の壁を作ると、黒い怪人が壁に当たって派手に転倒した。


 黒いぼろ布がめくれ上がる。その中から金属の体が見えた。


「何こいつ? 人形?」

「これ、機械だね。ロボットだ」


 ノアが訝り、ユーリは黒い怪人の正体を口にした。


「機械? ロボ?」


 ノアには何が何だかわからない。


「ああ、ノアはそんなに人喰い絵本の中に入ってないから知らないんだね。人喰い絵本の中にたまにいるんだ。魔力ではない力で動くゴーレムと言うべきか、凄く高度な技術を搭載した自動人形と言うべきか。心を持たない、無機物の動く金属人形だね」

「これ、金属なの?」


 ユーリの説明を受け、倒れたままの怪人を解析するノア。


「本当だ。中身は金属だ。見た目は人そのものなのに」


 ノアが言った直後、黒い怪人が文字通り飛び起きた。今度は走らず、一直線に突っ込んでくることもなく、左右にフェイントをかけて飛来する。


(さっきよりずっと速い。魔法で迎撃するのも難しそうだ)


 ユーリがそう思った刹那、黒い怪人が空中で両手を振り回した。その動きに合わせて、黒い鞭のようなものが無数に乱舞して、二人に襲いかかる。


 ノアは回避しようとしたが失敗し、何発か鞭のようなものの攻撃を食らう。

 ユーリは魔力の防護膜で防ごうとしたが、何発かの攻撃を受けた後、防護膜が破壊されて、ノア程ではないが、鞭の攻撃を受けてしまった。


 鞭で打たれた直後、ユーリは反撃した。凝縮した魔力塊を三つ放つ。


 魔力塊は三つとも黒い怪人に当たり、怪人は空中でもんどりうって地面に落下した。


 だが落下して二秒もしないうちに、黒い怪人はまた飛翔する。


(アルレンティスさんとの修行で僕もかなり強くなっているはずなのに、このロボットはかなり頑丈だ。おまけに速いし、攻撃力もかなりのもの)


 飛びあがった怪人を見て、ユーリは少なからず脅威と感じていた。


 怪人の双眸が赤く光ったかと思うと、赤い光線が二条放たれる。


 ユーリは魔力の盾で光線を弾く。先程の防護膜より強く魔力を込めた。


「痛たた……結構やるね」


 ダメージを癒しながら、ノアが身を起こす。


「何してくるかわからないし、少し飛ばそう。余力はもちろん残すとして」


 ユーリがノアに声をかける。


「飛ばすか。飛んでるのはあいつ。そして飛びづらくしてやれば、機動力も落ちて、戦闘力も落ちるかも」


 ノアが魔法を発動させる。砂が大量に舞い上がり、空を飛ぶ黒い怪人を包み込んだ。


 空中に巨大な砂の塊が出来た。黒い怪人はその中にいる。砂はノアの魔力によってぎゅうぎゅうに固められ、中にいる黒い灰燼に圧力をかけ続けている。


 砂の塊が落下する。黒い怪人が砂の塊の中から飛び出てくる気配は無い。


「ナイス。ノア」

「先輩もただ魔力を扱うだけじゃなく、近くにあるものを利用するとかした方がいい。魔力の消耗だって抑えられるし」


 微笑んで称賛するユーリに、ノアが自慢げに微笑み返す。


 砂の塊が崩れる。体のあちこちが折れ曲がり、機械部分が露出した黒い怪人が現れた。スパークし、もう動く気配はない。


「砂をまとわりつかせて飛びづらくするつもりだったけど、変更した。砂でそのまま押し潰しせた。でも、リンカとアルバの二人が、こいつから逃げて、砂漠の外近くまで辿り着いたのも凄いね」


 行動不能になった黒い怪人を見て、ノアが言った。かなりの戦闘力であり、二人共それなりに魔力を消耗した。


「モズクさんのおかげと言ってたよ」

「怪我は負っていたけど、砂漠を歩き続けたせいで、疲労も死因になっているかもね」


 二人が喋っていると、空間が揺らぐ。


 ノアは身構えたが、ユーリは警戒していなかった。空間の揺らぎ方と、出現しようとする者のシルエットを見て、何が現れるかわかったからだ。


「宝石百足……」


 突然現れた宝石百足を見て、ノアがその名を口にする。


「久しぶりね。この世界から出しに来ましたよ」


 宝石百足が二人を見下ろし、柔らかな女性の声で告げる。宝石百足は、人喰い絵本に吸い込まれた者が、人喰い絵本の物語を進行させなくても、元に戻す力がある。全ての絵本で可能というわけではないが。


「いや、今出るのは無しで」

「うん。今回はちょっと待って欲しい」


 宝石百足の申し出をノアが拒み、ユーリもノアに同意を示した。

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