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17-2 何もわからない未来に、期待を込めて踏み出す

・【壊れル世界は美シき哉】


 赤い空に照らされた、岩と砂に埋もれて行く、壊れた都。


 私を知る人が一人ずつ消えていく。

 私の名を呼べる人も一人ずついなくなっていく。

 やがて私を知る者はきっと誰もいなくなる。誰も彼も砂の中へと埋もれ、いなくなる。

 祖父も死んだ。母と父も死んだ。元気なのは祖母と幼馴染だけ。


 荒涼たる景色が眼下に広がる。半分以上砂となって消えた建造物の数々。滅んだ文明。潰えた繁栄。壊れた世界。これが、私達が住む村。


 どうしてだろう? 私は赤く染まったその風景を美しいと感じる。美しいとは感じるが、見飽きてもいる。


 いずれきっと全ての痕跡が失われる。何も残らない。私達が生まれた意味、生きた意味、そんなものも無い。そもそも意味とは何か?

 私はいつも思っている。こんな場所から出て行きたいと。この村の外に広がる砂漠を渡って、外の世界に行きたいと。


 まだ崩れていない建造物の中で、綺麗な衣を身に纏った人々が生活している。衣は破れず、綻びず、汚れもしない。私達の先祖の文明が、滅びる前に産んだ技術の産物。


 建物の外で、大勢の者達が地面に正座をしている。中央で両手を広げて立つ、長い髭と髪の威厳ある男の話を拝聴している。この男の名はモズク。最近変な宗教を始めて、その教祖様として多くの村人の人心を掌握している。


「人の心に潤いを与える者がいる。熱を与える者がいる。光を与える者がいる。勇気を与える者がいる。モチベーションを与える者がいる。慰めと優しさを与える者がいる。一方で、人の全てを物差しで測って当てはめようとする者がいる。善悪や優劣の物差しだ。人の心を容易く否定する者がいる。人の生き方すら否定してマウントを執る者もいる。人の行為を蔑み、罵って喜ぶ者がいる。プラスの波動を放つ者がいて、マイナスの波動を放つ者がいる。そしてマイナスの波動を強く持つ者が現れたおかげで、世界は――」


 私は途中まで話を聞いていたが、くだらなくなってその場を離れた。


 未来を見る事が出来ない絶望した者達をたぶらかす詐欺師だ。崇められたいという欲望を満たすため、皆より少しでも良い食事にありつくため、ああやって教祖様をしているに違いない。


 教祖様の前に座っている者達の中に、一人の少年の姿がある。私の幼馴染のアルバの姿がある。だから私は近くで待っていた。しかし、愚にもつかぬ説教を垂れ流されている事に嫌気がさして離れた。

 私が唯一心を開く幼馴染が、あんなものにハマっている事が、実に嘆かわしい。数日前から、あの教祖様の所に通うようになったのだ。


「私にとって光を与える者は、闇を与えられて狂信者に堕ちる」


 離れ際にぽつりと呟いたその時、幼馴染のアルバが私の存在に気付いて立ち上がり、こちらにやってきた。


「リンカ、まさかあいつのことが気になるのか? 駄目だよ。あいつはペテン師どころじゃない。人殺しだ」


 アルバは私のすぐ近くで、怖い顔で私に向かって予想外の台詞を口にした。


 てっきり私はアルバもあのくだらない宗教にハマったと思ったが、そうではなかった。


「人殺しってどういうこと?」

「教祖のモズクに洗脳された奴は、喜んで自殺する。そういう儀式をする。教祖は教祖で狂っている。本気で儀式の意味を信じているのか、信者が自分の教義を信じて喜んで死んでいくのを見ることが楽しいのか。とにかくあいつら皆狂ってる」


 アルバの話を聞いて、ただの口減らしじゃないかという可能性を、私か考えた。しかし食料に限りがあるわけではない。


 砂漠の中の村。建造物の地下には、大量の冷凍食品があった。私達は何十年も冷凍食品を漁って生きている。冷凍庫の食品は、何十年食べ続けても限りが見えない。冷凍食品だからといって、永遠に保存できるわけでもない。実は冷凍庫の奥には、滅びる前の世界の技術が生きていて、食品を作り続けているという話だが、本当だろうか?


 話を戻そう。あのくだらない宗教と、人殺しかもしれない教祖の話に。


「昨夜、あいつらが村の外の砂漠に出ていく所を見て、こっそりとついて行ったんだよ。そうしたら石の棺の中に一人を入れて、砂漠の中に生き埋めにしたのさ。その間、歌ったり踊ったり、変な呪文を唱えたりしてた。生き埋めにされる奴はずっと喜んでいたよ」


 わりと近くにその教祖と信者達もいるというのに、興奮気味になって少し大きめの声で喋るアルバ。


「いい刺激ね」


 私はぽつりと呟いた。


「え?」


 アルバには意味が理解できないようだった。


「きっと退屈だったのよ」

「何?」

「ふー……何? は私の言いたいことよ。アルバも退屈で、そんなヤバい連中のお仲間になった振りをして、探っているわけ? あんたも退屈だったから?」

「う、うんまあ……そうなんだ……」


 好奇心で身の危険も省みず――か。正直私はアルバのこういう性格に好感を抱いている。


「それだけ好奇心旺盛で退屈しているなら、外に出ない?」

「外?」

「壊れる前に、壊れて道連れになって死ぬ前に、世界の外に踏み出したい」

「ここが壊れる? 世界の外?」


 私の台詞を聞き、アルバは怪訝な顔になった。


「あいつらを見て思った。私、何となく見えた。この閉じた世界はきっと壊れる。皆退屈で絶望しているから、あんなものに取り憑かれるんだよ」


 儀式を続けている奴等を見て、私は言った。


「いずれあいつらが村を乗っ取って、村を滅ぼすんだ。争いが起こって、村は滅びる。そんな予感がある。いや、皆そうなっていく。皆さ、この村でただ漠然と生きていて、退屈と絶望しかない。だからあんなのが生まれてくるのも自然なことよ」


 絶望の風景は美しい。壊れた世界は美しい。ただ見るだけなら。しかしそこで生きるとあれば話は別になる。


「砂漠の果てまで歩いてみない? 死んだら死んだでいいじゃない。もしかしたら、別の風景を見れるかもしれないし、私は見てみたい」

「その気持ちは俺にもあるけどさ、リンカ。君は投げ槍になっているように見えて、怖いな……」


 アルバの指摘は当たっている。生に執着は無い。どうでもいいという気持ちでいっぱいだ。平穏ではあるが、退屈という悪に蝕まれた世界だから。


「決めた。明日出るよ」


 私は唐突に決定した。


「アルバも来ない?」

「俺は……親もまだ生きてるし……」


 私の誘いに、アルバは難色を示す。私は両親を流行り病で失っていた。祖母は痴呆で、毎日糞尿を垂らし続けて奇声を発しているので、私は祖母の家には近づかない。あれはもう壊れてしまった人間の残骸だ。


 結局アルバは私の誘いに乗り、翌日の早朝、まだ夜が白みかけた程の時刻に、私達はありったけの水と食料を持って、村を出て、砂漠の中を歩いていた。


 当面の目的地はある。砂漠の中にはぽつぽつと建造物の残骸がある。途中にある残骸目指して進み、残骸に辿り着いたら休憩を挟むという形で、進んでいく事にする。


 最初の残骸に辿り着いた時、私達は奇妙な物を見つけた。


「これ……似てる」


 建物の中に無造作に置いてあった四つの石棺を見て、アルパが唸った。


「あいつらが砂の中に人を埋める時、人を入れた石の棺と同じだ」

「つまりこの建物の中にあったものを持ってきて、そんなおかしな儀式をしていたってこと?」


 私とアルバは推測しあったが、答えがわかるはずがない。


 その日はその建物の中で一晩明かした。夜は建物の中でも寒かったが、砂漠で寝るよりはマシだし、火を起こして暖も取れた。


 翌朝、また砂漠を歩く。


 また建物の残骸を見つけて、中に入る。

 中を探ると、そこにも石の棺があって。よく見ると砂埃が他と比べて薄い。最近動かした形跡がある。


 また一晩明かす。


 そうして点々とある建物伝いに移動して、旅立って三日目の朝。


 移動中、私達は襲われた。


「何だよ……あれ……」


 目の前に現れた、全身に真っ黒いぼろ布を巻いた怪人を見て、アルバが呻く。

 それは信じられない高速で砂漠を駆け、私達の前に現れた。そして私達をしばらく見ていたが、凄まじい勢いで突っ込んできた。


「リンカ! 動け!」


 呆然としていた私を、アルバが横から抱きすくめる。


 私達がいた空間を、黒い怪人が通り過ぎた。次の瞬間、大量の砂が宙に舞う。

 何をしたのかはわからないが、あの場に留まり続けていたら死んでいただろうと、私は確信した。


 怪人が止まり、こちらに向き直る。


「何よ、あれ……」

「わかんないよ……」


 私は恐怖し、アルバの手を強く握りしめる。アルバも私も震えていた。


 怪人が何者かも、どうして襲ってくるかもわからない。わかっていることは、怪人は私達を殺すつもりであるし、私達に防ぐ手立てなど無いという事だ。


 再び怪人が突っ込んでこようとしたその時だった。


 大きな破裂音と共に先程より高く広く、砂が派手に舞い上がった。

 助けてくれたのは、教祖となった男モズクだった。空を飛んで、私達を見下ろしている。


「モズクさん……助けてくれたの?」


 私が声をかけると、モズクはしかめっ面で降りてきた。


「お前達、こんなところで何をしている?」


 責めるような口振りで問う。


「外の世界を見たくて」


 私が正直に答えると、モズクは一瞬大きく目を見開いた。


「私と同じか」


 大きく息を吐くモズク。その台詞に私は驚く。


「同じって……ていうか何で飛んでるの? 今の力は何? 今の怪人は何?」


 アルバが矢継ぎ早に問う。


「リンカ、君も我が教団に入るのであれば、全て語ろう」

「お断り」

「嫌だよ」


 私達は即座に断った。


「アルバは入ったのではなかったのか? まあいい。子供の方が大人より賢いな」


 意味深な台詞を残し、モズクは再び飛翔し、あっという間に空の彼方へと飛んでいった。


「どういう意味なの?」

「何もかも謎だらけだ。ていうか何で飛んでるんだよ……」


 いきなり異次元の領域に入り、退屈が吹き飛んだ。興奮している。高揚している。


 その後も私達は歩き続け、もまた建物の残骸を見つけた。まるで一日歩く休憩地点として用意されているかのようだ。


 そして次の建物にもまた石の棺があった。


「何なんだろうね、これ」


 アルバが棺に手をかけようとしたその時だった。棺の蓋が動いた。


「うわああっ!」


 アルバが驚いて叫び、私に飛びついてくる。


「うひっ! 何だあ!?」


 棺の中からも驚きの声が上がり、棺の蓋が開かれ、中から見覚えのある男が現れた。


 棺の中から現れたのは、村人のヒジキという男だ。


「な、何でお前達がここにっ」

「それはこっちの台詞だっての」

「ヒジキさん。さっきと似たような台詞言われた」


 私達は互いに――


***


 絵本はそこで途切れた。


 ミヤ、ゴート、騎士二名の計四名は、砂漠の中にいた。


「ユーリ殿とノア殿がおられませんな。つまりこれは……」


 ゴートが周囲を見回す。延々と砂漠が広がっているが、ぽつぽつと非常に高い塔のようなものも見える。そしてかなり離れた場所で、砂塵が吹き荒れている様も見えた。


「二人して物語の登場人物になったようだね。先に入ったアルレンティスはどうかわからんが」


 ミヤが言う。念話を試してみたが通じない。


「嬲り神の気配はありますか?」


 ゴートが尋ねる。


「今の所感じないよ。物語にも、ぱっと見では改ざんの様子は見受けられない。そして……おやおや、珍しい奴がいるじゃないか。あっちを見な」


 ミヤが砂塵が吹き荒れる方を前肢で指しつつ、魔法をかけた。騎士達の目に、砂塵の向こうにあるものが見えるようにする魔法を。

 途轍もなく巨大なゾウガメの姿がある。山のように大きい――ではない。砂漠のせいで遠近感が計りづらいが、それでもどんな山よりも大きいと思われるサイズである事がわかる。頭部は空を貫くのではないかとさえ思えるほど、高い位置にある。


「あ、あれはっ……」

「デカいっ」

「あれは……図書館亀殿ですな」


 騎士達が驚愕の声をあげ、ゴートが唸った。

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