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16-1 次のステップに入る

 K&Mアゲインとの戦いから四日が過ぎた。魔術師の復権宣言が成されてからは三日目だ。


 ミヤの家。広間ではユーリとノアが会話を交わしている。ミヤは相変わらず祭壇の前で蹲り、祈りを捧げているようであった。


「あのジャン・アンリっていう眼鏡との戦いで、俺は思ったんだ」


 古時計を掃除しながら、ノアが口を開く。


「何を?」


 床掃除をしているユーリがノアを一瞥する。


「俺達まだ全然弱い。もっと修行して強くならないと駄目だ」

「まあそれは確かだけど……」

「はい、先輩も賛成。これで決まりだね」


 ノアが掃除の手を止め、祭壇の前で祈り続けるミヤの方へと歩いていく。


「師匠。いつまで祈ってるの? 俺達が短期間で超強化できる修行頼むよ。なるべく楽な奴で、すぐに抜群の効果が出る奴ね。ア・ハイで一番の魔法使いならそれくらい出来ぶっ!」

「真顔で馬鹿な要求してるんじゃないよ。マイナス1」


 喋っている途中に念動力猫パンチで頭を小突かれ、つんのめるノア。


「ひどいよ師匠。マイナスしたうえに殴るなんて。ていうか何でさ? 大して努力も苦労せずに、朝起きてみたらあら不思議、最強になって無双です。これが理想的なはず。それをストレートに訴えたらマイナスにされるのが、師匠のやり方なの?」

「そういうやり方がお望みなら、そういう師匠を見つけな。どこの世界を探してもそんな都合のいい話が見つか――いや、まあ……短期間で魔力だけなら向上させる方法は幾つかあるよ。あまりオススメできないし、本来なら時間をかけて地道に修行していく方がいいと思うけど、シモンみたいに、場合によってはそれもありだ」

「そんな方法があるなら早く言ってよ。やってよ」

「師匠が地道に修行していく方がいいと言ってる時点で、僕は気乗りしないなあ。それと、シモン先輩みたいにって?」


 ミヤの話を聞き、ノアは表情を輝かせ、ユーリは若干不安げに尋ねた。


「シモンは昔、魔力不足に悩んでおった」

「あれで? 信じられない」


 ミヤの言葉を聞き、ノアはシモンが強烈な破壊の魔法を使っていたことを思い出す。


「今はどうしてあんなに凄い量の魔力を?」

「自分を追い込んで覚醒したのさ。シモンの場合は、逆さ吊りにされた状態で、滝壺で三日三晩滝に打たれ、その極限状態で魔力を爆発させた。ま、それだけじゃないよ。その後も儂以外の特殊な指導を受けたんだよ」


 ユーリの問いに、ミヤが答えた。


「嫌すぎる方法。却下」

「なるほど……師匠がオススメしない理由がわかった」


 憮然とするノアと、苦笑いを浮かべるユーリ。


「短期間だけど全然楽じゃないし、覚醒する保障も無いうえに、下手すれば死ぬじゃない。もっと楽なのはないの?」

「あとはブラッシーに頼むという手もあるね」


 ノアの問いに、ミヤが答えた。


「オカマが魔力増やしてくれるの?」

「あいつに吸血鬼にしてもらえば、魔力は結構増えるよ。これはもっと楽でいいね」

「却下。師匠、もう少し真面目にやって」


 むっとして言うノアに、ミヤもむっとなる。


「口の利き方を知らん奴だ。マイナス1。お前がそもそも不真面目なんだよ。実際短期間で心身に宿す魔力を増大させる方法は、それなりにあることはあるが、何の代償も無しにできるんなら、皆やってるさね」

「ですよね……」


 ミヤの言葉を聞いて、もっともだと思うユーリ。


「あとは……アルレンティスに頼むのもいいかもね。儂が知る限り、これが一番いいかもしれん。今、ソッスカーにいるしね」

「あの水色の悪魔みたいな子か」

「『八恐』のリーダー格でしたよね」


 先日訪れた水色の髪の少女のことを思い出すノアとユーリ。あの時はムルルンと名乗っていた。


「悪魔みたいな――ではなく、あれは立派な魔族――魔神だよ。しかも上位のね。欲望の使者の異名通り、人の願いを叶えてくれて、欲望を満たしてくれる奴さ。ま、どんな修行を施してくるかは、儂も知らん」

「魔神て、魔族の中でも支配階級の凄い奴か。ブラッシーといいアルレンティスといい、魔王の大幹部だった連中が、何で師匠にへこへこしてるの?」


 ノアが疑問をぶつけると、ミヤは少し複雑な表情になる。


「あまり話したくないことだが……魔王の残した厄災、『破壊神の足』さ。あ奴等でも破壊神の足を討伐することはできんかった。だが儂は出来た。つまり儂の方が強いし偉いのだから、あ奴等が儂に敬意を持って接するのは当然というわけだ」

「そっか。実は師匠は魔王の生まれ変わりとか、そんな展開かと思った」

「ふざけんじゃないよっ! 二度とそんなことぬかすな! マイナス4! 今度言ったら破門で勘当だよ!」


 ノアが思ったことを口にすると、ミヤが突然激昂し、念動力猫パンチでノアの頭を五発程名乗り、足早に広間を去り、自室に入って乱暴にドアを閉めた。


「ひどいよ師匠。あんな怒らなくても……」

「駄目だよノア。師匠は魔王が大嫌いなんだからさ……」

「知ってる。過去に何かあったのかな?」


 ユーリが窘め、ノアが頭に手を当てて溜息をつく。


「婆がいきなりぷっつんキレて部屋にこもっちゃったから、アルレンティスがどこにいるか聞きそびれちゃった」

「仕方ない。ノア、ちょっとチャバックの様子見に行かない?」

「うん。行こう」


 ユーリが提案すると、ノアは微笑んで頷いた。


「そろそろ元気になってくれているといいけど」


 そう言ってユーリが、身支度を整えるために自室に戻ろうとしたその時――


「けん、けんっ、けんっ、けんけんっ」


 激しい咳が聞こえた。


「咳?」


 ノアがミヤの部屋の方を見て訝る。


「師匠……また咳が……。師匠っ」


 ユーリがミヤの部屋へと赴き、扉をノックする。


「大丈夫ですか? 師匠」

「だ、大丈夫だよ……。心配するでない。ただ茶でむせただけだよ。いちいち大袈裟だね」


 いつもと変わらぬ様子のミヤの声が返ってくる。


 ユーリとノアは顔を見合わせると、マントや帽子や財布等を取りに自室に戻った。


 ミヤの室内。足元の床には、血痕が飛び散っている。


「けんっ、けんっ、けふんっ」


 苦しげに咳をする度に、ミヤの口から血が噴き出し、新たな血痕を床に作る。


「ふー……ブラッシーから貰った一時凌ぎ、思ったより切れるのが早いもんだ。いや、アザミとの戦いではりきりすぎたのもあるだろうね」


 血痕を魔法で消しながら、自嘲を込めて呟くミヤ。


(坩堝から得た力を、儂の体の維持に用いるとしよう。しかしこれもいつまで持つか……)


 魔法で体内に蓄えた魔力を、生命エネルギーへと変換し、さらには肉体の維持へと費やしていく。


「じっくり育てているわけにもいかんようだ。あの子達が強くなりたいというなら、手段を選ばせることもない。出来る限りのことをしてやらないとね」


***


 ユーリとノアは旧鉱山区下層のチャバックの家に訪れた。


「あ、来たんだ」


 チャバックの家には、チャバックだけではなくスィーニーもいた。


「ユーリとノアもオイラのこと心配して来てくれたの? もう大丈夫だよう」


 チャバックが元気の無さそうな顔で言う。


 ケープがK&Mアゲインの一員で、自分達を欺いていたうえに、アベルの父におかしな薬を盛っていたという事実を知り、ずっと落ち込んでいたチャバックであった。


「おう、お前等もいたか」


 旧鉱山区下層部区部長のランドもやってきた。


「ほれ、これ。うちのカミさんが作ってくれたんだよ」


 ランドがチャバックに包を渡す。


「ええっ、ランドさんて結婚してたのっ?」

「独身なイメージ」

「私もこないだ知って驚いた」


 ユーリが意外そうに声をあげ、ノアがぽつりと呟き、スィーニーが微苦笑と共に言った。


「どの辺でそういうイメージになってたんだよ。俺が既婚者で悪いのかよ。年頃の娘もいるわ」


 ユーリとノアを交互に見て、憮然となるランド。


 包を開くと、中は弁当だった。


「ありがとさままま~。いただきまあす」

「今から食べるの?」

「うん。寝坊して朝ごはん忘れてた~」


 尋ねるスィーニーに、笑顔で答えるチャバック。


「生活リズムはちゃんと整えておけよ。ま、若いから多少は無茶してもいいかもだけどよ」


 ランドが小言を口にする。


「ごちそうさまあ」

「弁当残してる」


 食事を終えたチャバックの弁当箱を覗き、ノアが指摘する。


「ううう……シイタケは駄目なんだよう」

「なら貰う」


 ノアが素早くシイタケをつまみあげ、口の中に入れる。


「俺も好き嫌いあったけど、食事を残したり粗末にしたりすると、母さんが凄く怒ったから、嫌いなものでも無理矢理食べた。いつもと違う怒り方したから怖かった」

「いつもと違う怒り方?」


 ノアが話すと、興味を抱いたスィーニーが尋ねる。


「いつもは殴ったり蹴ったり罵ったり、石畳にスープレックスかけたり、三階から断崖式パイルドライバーされたり、土下座させられたうえに頭を踏まれたり、そんな怒り方だけど、物凄く本気で怒った時は、真剣に俺の目を見てこんこんと諭すんだ。俺はそっちの方が何故か怖くてさ」

「いつもの方がヤベーだろ」

「多分それ、食べ物もろくに食べられなくて苦労した時期があったんでしょうね。そういう人、私も見たことある」


 ノアの話を聞いて、ランドが呆れ、スィーニーは表情を曇らせた。


「少し外歩かない? チャバック、仕事以外は家にこもっているんよ」

「んじゃ、俺はお暇すんぜ。チャバックの世話はお前達に任す」


 スィーニーが促すと、ランドがそう言い残してチャバックの家を去った。


 四人で旧鉱山区の中を歩く。


「あのおっさん、俺にガン飛ばした。ムカつく。殺していい?」

「だめだよう。やめてようノア」

「うわ、水たまりの中に注射器落ちてる。これきっとヤバい薬使った奴だよ」

「ノア、そんなの拾っちゃ駄目だよう」

「ていうかノアは何で楽しそうにそんなもん拾うん?」

「ここ、治安は良くないからね……」

「つまりランドのおじさんの怠慢。黒騎士団の上層部に訴えて、給料減らしてもらおう」

「だめだよう。やめてようノア」


 他愛無い雑談を交わしながら、居住区から繁華街へと場所に移動する四名。


「あれ? ケープ先生の診療所、やってる?」


 繁華街の中にある診療所を見て、チャバックは立ち止まった。中に人影が見えたのだ。


「ケープ先生が経営する診療所ではないからね。所長は別にいたし」


 ユーリが言いながら窓を覗くと、その窓の中から白衣姿の青年が現れ、ユーリと目が合った。


「おや、君は」


 現れた人物は、ユーリとノアが知る者だった。フェイスオンだ。


「フェイスオン、ここで医者やりだしたんだ」

「まあね。師匠に監視されながらね」


 ノアが言うと、フェイスオンは照れ笑いを浮かべて言う。


「その子は君達の友人かい?」


 フェイスオンの視線がチャバックに向けられる。


 じろじろとチャバックの体の色々な場所を見るフェイスオン。チャバックは不安げな面持ちになる。


「チャバックが何か?」


 スィーニーが尋ねる。


「その子の障害、私ならある程度は治せるよ。時間がかかるけど、やってみよう」

「え? オイラはそのうちユーリに治してもらうからいいよっ。それにお金も無いし」


 フェイスオンが穏やかな声で申し出るが、チャバックは断った。


「ミヤ達に縁のある者だし、ただでいい。そのうちユーリに治してもらうとはどういうことかな?」

「僕がもっと魔法使いとしての腕をあげて、チャバックの障害を治せるようになったら治すって、約束したんだ」

「相当な魔法技術が必要となる。その修行は、今の見た限り、あと何年もかかってしまうだろうね。それまでずっとその障害をひきずるのも大変だし、今治せる部分だけでも、治した方がいいと思うよ」


 拒むチャバックだが、フェイスオンは柔らかな口調で説得する。


「俺もチャバックに似たようなこと言ったけど、先輩に治してもらうって言って聞かないんだ」


 と、ノア。


「魔法も万能ってわけじゃないのね」


 スィーニーが言う。


「そうだよ。魔法による医療は、魔術よりも幅広く、病や怪我を治せるし、怪我の治療も容易くできる。しかし全て癒せるわけではないんだ。腕が切れるとか、内臓が損傷するといった大怪我でも、魔法使いは癒せる。再生も復元も出きる。でも、生まれつきの障害となると、体の構造そのものを作り変える必要がある。病気によって体に異常が発生した際も、同じ理由で難しくなる。病気や障害にもよるけどね」

「チャバック、フェイスオンさんにお願いした方がいいよ。僕よりずっと秀でた魔法使いだし、何よりお医者さんなんだ」


 フェイスオンの話が途切れるタイミングを見計らい、ユーリが口を出した。


「僕のこだわりにチャバックを付き合わせるわけにもいかないしね」


 ユーリが付け加える。


「わ、わかった……。治療してもらう。ごめんね。ユーリ」

「僕に謝ることなんて無い。むしろ僕の方こそ力及ばず情けない限りさ」


 申し訳なさそうに了承するチャバックに、ユーリが微笑む。


「では中に入って。取り敢えずこの子は今日診断だけして、今夜治療法を検討し、明日魔法での治療に取り掛かる。難しそうだ」


 フェイスオンに促され、四人は診療所へと入った。


「あのー、聞きたいことがありまして」


 チャバックの診断が終わった所で、ユーリは先程ミヤに言われたことを思い出す。


「アルレンティスさんと親しいと聞きましたし、今このソッスカーにいると聞いたんですが、居場所はわかりますか? 実は――」


 アルレンティスに指導してもらえとミヤに言われたことを、フェイスオンに伝えるユーリ。


「魔力の短期間での増量方法か。君達は魔法使いとしての修練の、次のステップに入ったんだね」

「どういうこと?」


 微笑むフェイスオンの言葉に、ノアが訝る。


「色んな魔法使いと交流して、力と技を見せ合い、魔法使いとしてのスタイルの幅を広げることだよ。一人の師匠につきっきりで修行するよりも、そちらの方が良いとされている。魔力の短期での増大は、少し強引な修行だけどね」


 フェイスオンが答える。


「アルレンティスの前に、私が少し手ほどきをしようか? 代わりに君達の普段の魔法の修行の仕方を教えてほしい。それを私が取り入れる。まあ、私も三人くらいとしか交流が無い。君達と交流できれば五人だね」


 フェイスオンの提案に、ユーリとノアは顔を見合わせた。


「どうする?」

「僕はいいと思う」


 伺うノアに、ユーリが言った。


 まずはユーリとノアで魔法を披露し、さらに、普段どんな修行をしているかも披露する。


「君達は魔力の増幅の修行をあまりしていないんだね」


 フェイスオンが少し意外そうな顔になる。


「魔力を短期で増やす方法は幾つかあるけど、魔法使いとしての修行で最も重要なのは、魔力増幅ではないと私は思っている。いや、そのうち誰もがそれを悟るよ。私の師匠シモン・ア・ハイも、それこそが重要だと何と背も口にしていた。師匠はそれが苦手だったけどね」

「魔法使いの一番重要な修練は、魔力での事象を創造する技術だよね?」


 ノアが確認する。


「そう。そして君達の師匠ミヤも、そちらに重点を置いて育てている。だから君達はその若さで、魔力の扱いが非常に長けている。魔法使いとしては一人前と呼べる手前まで来ている。普通、教授する段階において、順番が逆なんだけどね。最初は魔力の増幅から初めて、その後は創造と操作の技術を教えるけど、その辺は流石は大魔法使いミヤと言うべきか。難しい方の修行を優先して、じっくりと育てる方を選んだんだね。私の師匠もそちらのやり方だったよ」

「俺は婆に弟子入りしてまだ半年も経ってないから、それだと、母さんが褒められる理屈になる」


 不服な顔になるノア。


「マミもよい教え方をしたようだね」

「よくないよ。婆も母さんの教え方がよくないようなこと言ってたし」


 フェイスオンが言うも、ノアは否定した。


「ユーリは魔力そのものを扱うだけの、無形の魔法が上手なようだし、それも悪くないと思うけど、戦闘においては有形の魔法も定めた方がいいよ。魔法使いはどこかで必ず誰かと戦う運命にあるし」

「それでなくても僕達は人喰い絵本の対処が仕事ですから、戦うこと前提です」


 少し強い語気で主張するユーリ。心なしか誇らしげに言ってるように、スィーニーには聞こえた。


「魔力増幅もフェイスオンがしてくれるの?」

「短期の魔力増幅は予定通り、アルレンティスにしてもらえばいいよ」


 ノアの問いに、フェイスオンが答える。


「それとさっきの質問に答えていない。アルレンティスがどこにいるか知ってる?」

「ミヤに教えてもらってないの?」


 ノアの問いに、フェイスオンが問い返す。


「教えてもらう前に怒らせちゃって……」

「私も知らないなあ。念話出来るような深い関係でもないし」


 ユーリが言いづらそうに答えると、フェイスオンが言った。


「アルレンティスは明日にしておくか」

「そうだね」


 ユーリとノアは諦めた。その日は、フェイスオンの手ほどきで一日消費する事にした。

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