15-10 最後にものを言うのは暴力だ
「ちょっと息整えたいから時間稼ぎしてくれる~? 戦わなくていいから~」
ブラッシーが魔法で、ユーリとノアだけに聞こえる囁き声を発した。
(そうなると向こうも呼吸を整えて、少し回復してしまう。僕とノアが元気な分、ここで畳みかけた方がいいんじゃないかな?)
そう思うユーリであったが、ブラッシーもそれくらいはわかっているだろうと見なし、考えがあってのことだろうと受け取り、従うことにした。
そんなブラッシーの発言がまるで聞こえたかのように、ジャン・アンリは戦闘態勢を解き、ユーリとノアを交互に見やる。
そんなジャン・アンリの挙動を見て、あるいはジャン・アンリも呼吸を整えたいのかもしれないと、ユーリは見る。
「君達はまだ発展途上。未来の光だ。それを摘み取るのは気が引ける」
眼鏡に手をかけ、ジャン・アンリは思ったことを口にする。
「いい人なの?」
「違うと思うわ……」
ジャン・アンリの台詞を聞いてチャバックが言ったが、横にいるスィーニーは否定した。
「君達、今からでもこちらに鞍替えする気は無いか? 魔法使いと魔術師にとって良い国にする――それが我々の目的であるのに、魔法使いの君達がそれを妨害するのは、極めてナンセンス、歪なことではないか?」
再び眼鏡に手をかけ、穏やかな口調で呼びかけるジャン・アンリ。
「僕は断る。こんなやり方する人達の作る国なんて、ろくなんもんじゃない」
ユーリが憮然とした表情で、即座に突っぱねる。
「先輩と同意見。それに、今からそっちに鞍替えしたら、婆にどれだけポイントをマイナスされるかわからないよ」
ノアが腕組みしてうんうん頷く。
「やり方が気に食わないか。暴力でしかケリをつけられないのは残念だが、こうするしかないということにしておこう。そして革命が成就されないと、ア・ハイはいつまで経っても悪いままだと理解できないか?」
「それも同意見。暴力は正しい。我を通すため、最後にものを言うのは暴力だ。母さんがそう言ってたし、この件に関しては母さんが正しい」
ジャン・アンリがさらに問いかけると、ノアは腕組みしたままうんうん頷く。
「だったら僕が、ノアが気に入らないといって、ノアに暴力振るうのも正しいの?」
ユーリが呆れながら尋ねる。
「いや、それは正しくない。ていうか先輩だって、よく力ずくで解決しようとするじゃない。婆からも、先輩がそういう傾向あるから、俺にストッパー役を頼んだし。あ、婆に口止めされていること、また言っちゃった」
「それは確かに暴力で対処するしかない時もあるよ。今みたいにね。でもさ、手段として暴力が正しいとか、最後にものを言うのは暴力ってのは、極端すぎて賛同できない」
ノアの答えを聞いてほっとしつつ、ユーリはきっぱりと言い切る。
「そうか。では、わかったという事にしておく」
「何が『では』で、『という事にしておく』なのーん?」
「本当喋り方おかしい」
「よく言われる。気にしなくていい。深く考えなくていい」
独特な喋り方を、ブラッシーとノアの二人がかりで突っ込まれるジャン・アンリ。
「ところで、君はマミの娘だな。君は覚えていないだろうが、私は幼い頃の君に会ったことがある。マミから私のことは何も聞いていないのかな? フェイスオンや、『八恐』が一人――欲望の使者アルレンティスとは面識が無いかね?」
ジャン・アンリの口からマミの名が出され、ノアの顔色が変わった。先日、ミヤはその話をフェイスオンとメープルFから聞いているが、その際にノアとユーリはその場にいなかった。
(こいつ、アルレンティスとも知り合いなのん?)
同じ八恐の名を口に出されたブラッシーが、少し驚く。
「母さんは俺が殺したよ。母さんから解放されてすっきりした。母さんと一緒に居た時は毎日酷い目にあわされていて、世界一みじめだった。世界一不幸だった」
ノアの言葉を聞いて、その場にいる多くの者が息を飲む。
「君が世界一不幸だと、どうして君にわかるのかという疑問が湧くのだが……」
ただ一人平然としているジャン・アンリが言った。
「俺がそう思っていたからそうなんだ。もうその話はしなくていいからね」
言うなりノアが殺気を膨らまし、攻撃魔法を解き放った。時間稼ぎでただ喋っていることがつまらなくなったし、母親の話題を出されて腹が立って、攻撃に踏み切った。
強烈な吹雪が吹き荒れ、ジャン・アンリと周囲にいる虫を覆いつくす。
「虫に寒さは効きそうね~ん。でもすぐ対策してくるわよーん」
そうブラッシーが言った直後、ノアが吹かせた吹雪がきれいさっぱり消え去った。ジャン・アンリは巨大テントウムシに取り込んだアデリーナの魔法を使って、ノアの魔法を解除したのだ。
「ばらばらに攻撃しないで、一斉に畳みかけましょ~ん。二人共、私に合わせるのよーん」
ジャン・アンリを見据えたまま、ブラッシーが呼びかける。本心はもう少し回復の時間が欲しかったブラッシーだったが、ノアが手を出してしまったからしょうがない。
ブラッシーより先に、ジャン・アンリの方が攻撃してきた。ジャン・アンリの周囲を飛んでいる巨大昆虫達が、一斉に呪文を唱え、様々な攻撃魔術が三人めがけて繰り出される。
ノアとユーリはそれぞれ左右に分かれて逃げる。ユーリは一発食らってしまったが、避けきったノアが反撃に転じる。
ノアのお返しの火炎弾五発が、ジャン・アンリと昆虫たちに飛来する。多くは避けたが、一匹の昆虫が火炎弾の直撃を受けて燃え上がった。
「ちょっとちょっと~ノア君~、私の言うこと聞いてた~? 何で私に合わせないで、先走るのよー」
「もたもたしてるのが悪い。あと、社員が社長を従わせるとか有り得ない」
腰に手を当てて頬を膨らませるブラッシーに、ノアは悪戯っぽい笑みを向ける。
「ぶぱっ!」
堂々と隙を見せたノアに、ジャン・アンリの昆虫が放った攻撃魔術――強烈な水流噴射が顔面を直撃した。ノアはもんどりうって倒れる。
倒れたノアに他の昆虫達の放った魔術が一斉に降り注ぐが、ノアは転移して回避する。
(あれ……? この攻撃、パターンが……)
ユーリはジャン・アンリの昆虫達の攻撃の仕方を見て、ある事に気が付いた。
(昆虫達の多くが、ほぼ同時に動いている。昆虫の中には人間が取り込まれていると言っても、個々が己の意思で動いているんじゃなくて、ジャン・アンリの指示で一斉に動くし、シンプルな動きが多い? それなら……)
あるプランを思いつくユーリ。
「あー、もう、しょうがない社長様ね~。ユーリ君、いくわよー」
「は、はいっ」
ブラッシーに声をかけられ、ブラッシーの攻撃直後に追撃できるよう、身構えるユーリ。
爆音が幾つも鳴り響く。水色の爆炎が続け様に噴き上がり、ジャン・アンリと昆虫達を覆い尽くした。
(凄い威力と範囲。追撃の必要も無い――と、普通なら考えられるけど、ブラッシーさんが追撃しろと言うからには、その必要があるんだろうな)
ユーリはそう判断し、爆炎が晴れた直後に備える。
水色の爆炎が消える前に、爆炎の中から大量の巨大昆虫達が勢いよく飛び出してきた。
少し慌て気味に、ユーリは魔法を発動させた。不可視の魔力の網が巨大昆虫の行く手を遮る。
巨大昆虫達は次々と網にかかっていき、やがて複数の巨大昆虫達が網ごと落下し、網の中で藻掻きだす。
(動きがシンプルで、複数が同じ動きばかり。だからやり方次第では一網打尽できる)
網の中で藻掻く巨大昆虫達を見下ろし、ほくそ笑むユーリ。
「ふむ。やるな、ユーリ。大魔法使いの弟子だけはある。良い教育を施されていると見た」
爆炎が晴れた後、無傷で現れたジャン・アンリがユーリを見て、称賛する。
「一方でノアは……。教育の差が出てしまっているな。それとも血のせいか。母親そっくりなおっちょこちょいというか、迂闊さだ。あるいは天然コメディアンと言うべきか。彼女の絵は描く気になれなかった。魂に宿る光も下品だった」
倒れたままダメージを回復している最中のノアを見やり、ジャン・アンリが呆れ果てた様子で言い捨てる。
「はあ……?」
ジャン・アンリの台詞を聞いたノアが、険悪な声を発して起き上がった。
「聞き捨てならないな……。今、お前は言ってはいけないことを言った」
冷たい怒り帯びるノア。
「母親を愚弄した事か? それとも母親と似ていると言ったことか?」
「後者だよ。母さんが馬鹿なのは、本人だけが気付いていない周知の事実だ。俺があんなのと似ているなんて、これ以上の侮辱は無い。許せない」
ノアが喋っていると、ブラッシーがまた水色の爆炎でジャン・アンリを攻撃した。
「そこの社員、社長を差し置いて攻撃しないで」
「もうその攻撃、対処法はわかったと告げてもよいか?」
ブラッシーの方を見てノアが言うと、ジャン・アンリが小さく息を吐いて告げる。
「空気の断層で爆炎を防いだようです」
常に目を凝らしていたユーリが、ジャン・アンリがどうやって攻撃を防いだかを見抜き、ブラッシーに伝えた。
「ああ~ん、私の必殺魔法の一つなのにね~ん。それをそんな風に大した力も使わずに防いじゃうなんて、何だかショックー」
「ていうか何で水色の炎なの?」
落ち込むブラッシーに、ノアが尋ねる。
「私、水色が大好きなの~ん」
「吸血鬼なら赤と黒とか好きそうなのに。いや、オカマだからピンク? 紫?」
喋りながらノアは魔法を放つ。無数の小さな光の粒のようなものが広範囲に広がったかと思うと、ジャン・アンリめがけて様々な角度から一斉に殺到する。
「支援よろしく」
短く告げると、ノアが飛翔し、正面からジャン・アンリに向かって突っ込んでいく。
(先輩のおかげで魔術を使う昆虫の多くが、戦闘不能になっている。今が好機)
ノアはそう計算して、勝負に出た。
「ステレオタイプな吸血鬼観ね~。オカマの好きな色も何か、安直なイメージに囚われてるわよ~」
ブラッシーが不満げに言い、魔法でノアの援護を行う。ノアの上下左右を血の渦が包む。ノアの邪魔にはならないように、前後は包んでいないし、ノアから少し距離を置いた一で血が渦巻き、ノアに追従して動いていた。
(ノア自身が突っ込んで、直接攻撃するつもりか。大丈夫かな?)
ユーリは案じながら、何かあったらすぐに援護できるよう身構えていた。
「何を企んでいるか、楽しみだな」
淡々と述べると、ジャン・アンリは背中から生えている昆虫の翅の形状を変えた。長く伸びたその翅は、トンボのものだ。
ジャン・アンリが飛翔し、飛んでくるノアを迎えうつ格好で、前方に向かって飛ぶ。
ノアの右手に、ルビーがはまった篭手ミクトラが出現したかと思うと、ノアの右手から赤い光が迸った。
(大した出力だ。これはただの魔道具ではない。人喰い絵本から持ち出した『イレギュラー』だな。食らったらただでは済まないということになる)
ジャン・アンリはノアの右手のガントレットを見て、すぐにその正体を看破する。
アタックレンジに入った所で、ノアは右腕を振るった。赤い光が大きく伸び、空間を薙ぐ。大きく湾曲した赤い残滓が残る。
赤い光の刃が振るわれた空間に、ジャン・アンリはいなかった。転移して逃れたわけではない。飛んで避けていた。直線的に猛スピードでノアに向かって飛んできたにも関わらず、ノアの攻撃に超反応して、直角に曲がって回避し、そのまま直進してノアの後方に回り込んだ。
「トンボだから出来る飛び方だ……」
ユーリが唸る。ジャン・アンリの背より生えている翅はトンボのものだ。当然トンボの飛び方も可能であろう。
ノアの周囲を渦巻いていた血が、渦の形状を解いて無数の触手となり、ジャン・アンリに襲いかかる。
ジャン・アンリはそれらの触手も尽く回避していったが、回避に集中し、攻撃に転ずる余裕は無かった。
「むっ!?」
全身に異様な感触を覚え、ジャン・アンリが呻く。
「同じ手を二度も使うのはどうかと思ったけど、そんな高速で滅茶苦茶な動きをするなら、これは回避しづらいんじゃないかと思ったよ」
不可視の魔力の網でジャン・アンリを捕えたユーリが言った。
「ナイス先輩」
ノアが笑い、アミに捕らわれたジャン・アンリに、再び赤い光の刃を振るわんとした。
しかしノアの動きは止まった。いつの間にか近くまで飛んできた巨大昆虫が、頭部から伸びた吻で、後方からノアの首を貫いていた。
「暗殺昆虫シオヤアブ。知らなかったかな? しかしその身をもって理解してもらえたかな?」
誰にも悟られずに使い魔たる昆虫の一匹を動かしていたジャン・アンリが、その正体を口にする。
ノアが驚愕の表情のまま硬直し、落下する。
「ノア!」
ユーリが叫ぶが、助けられない。今は二つも魔力の網を出して、維持している状態だ。これ以上魔力を割くと拘束が解けてしまう。
そのジャン・アンリを捕まえている網が、凄い勢いで切り裂かれていく。
ジャン・アンリは無数のカミキリムシを呼び出し、魔力の網を噛み切らせていたが、ユーリにはただ網が切られまくっているとしか、わからなかった。
しかし網を全て切断する前に、血の触手が上空から降り注ぎ、ジャン・アンリを襲った。
「手応えありだわ~ん」
ブラッシーがにやりと笑う。血の触手が完全にジャン・アンリを覆い尽くして、もみくちゃにしている。
そこに巨大テントウムシがやってくる。アデリーナを取り込んだ虫だ。
アデリーナのテントウムシが魔法を使い、ジャン・アンリを覆う血の触手を吹き飛ばす。
ジャン・アンリが高速で飛翔する。体内にかなり血が入ったが、体内にいる虫が大急ぎで、血を排出している。
「結構ダメージは与えたと思うけど、まだ大分魔力が残っているわね~」
「そうでもない。わりと消耗してしまったよ」
ブラッシーが飛び上がるジャン・アンリを解析して言ったが、当のジャン・アンリは、かなり離れた距離にも関わらず、ブラッシーの言葉が耳に届き、それを否定した。
「ふむ……やはり魔法使い三人相手に戦うというのは、いささか苦しい。しかもそのうち一人は八恐。このまま戦闘を継続するのは危険と解釈してよろしいか? では、撤退するしかなさそうだということにしておこう」
自問自答するかのような呟きを漏らすと、ジャン・アンリは高速で飛び去った。
それを見てユーリは、大きく息を吐いて膝をつく。
(とんでもない強敵だった……)
ジャン・アンリが去ってくれて、心底ほっとしたユーリである。スィーニーとチャバックとアベルも、胸を撫で下ろす。
K&Mアゲインの魔術師達が撤退していく。いつの間にか、ケープの姿もなくなっている。
「貴方達、助かったわ~ん」
ブラッシーがユーリとノアを見て、にっこりと笑う。
「社長が社員を助けるのは当たり前。でも実際、俺達いなかったら、ブラッシー危なかったよね」
「う、うわああっ! ノアが……ミイラになってる~っ!」
よろよろと立ち上がりながらうそぶくノアを見て、チャバックが悲鳴をあげる。巨大シオヤアブに体液を吸われ、ノアの体はカラカラになっていた。
「確かにねーん。あのジャン・アンリ、この私をここまで追い詰めるなんて、本当とんでもない奴だったわね~」
ジャン・アンリが飛び去った後を見上げ、ブラッシーはしみじみと言った。




