15-5 インスタント・ゴーレム
さらに一日経過した。
スィーニー、チャバック、ランドは避難所で一夜を明かした。多くの上流階級の避難者達と共に、広いホールの中で毛布にくるまって雑魚寝という状況であったが、三人共、あっさりと眠りについた。
避難所は都市のあちこちに設置してある。ア・ハイ群島は地震や台風の被害が頻繁に多いうえ、幾度となく平民たちの反乱も起こっているため、大きな避難所が接地されている。
騎士と兵士達が避難所を守備していた。イリスとアベルもこの避難所にいる。
朝、スィーニーが目を覚ますと、座ったまま毛布にくるまって、憔悴した顔で呆然としている者達が数名いた。目の下にクマが出来ていて、目も充血している。不安のせいか、あるいは赤子の声がうるさかったのか、あまり――あるいは全く眠れていない様子だ。
「上流階級の皆様方には堪える環境だったようだな」
スィーニーが身を起こすと、すでに起きているランドが周囲を見渡し、皮肉たっぷりに言った。
「昨夜は文句も多かったしね」
「助けてもらっている立場でな。そして今やここが最も安全な場所だってのに」
「平民の居住区はどうなってるの?」
「そっちでも繁華街がやられている。革命だ何だ、貴族が悪いだのと言いながら、やってることはただの強盗だ」
「やっぱりそうなるのね……」
ランドの報告を聞いて、スィーニーも皮肉げな笑みを零す。
「別の国で同じような光景を見たことあるのか?」
スィーニーの表情と台詞で、ランドは察した。
「ええ。ここよりずっと貧しい、発展途上国だったけどね。為政者がやりたい放題で、ここよりずっと酷かった。ここはまだ全然平和だし、こんなことする必要も無かったと思うけど……」
「火が付いちまったし、燃料もあったからなあ。しゃーない。そして……昨日はK&Mアゲインそのものに動きは無かったな。この騒動を機に、何か仕掛けてくるんじゃねーかと思ったのによ」
などとスィーニーとランドとで話していると――
「そのK&Mアゲインの奴等がとうとう動き出したわよーっ」
イリスが避難所のホールの中に入ってきて、せわしなく飛び回りながら叫ぶ。
「騎士団だけじゃなく、腕に覚えのある人ーっ、外に来てちょーだいっ。結構厄介な状況になってるからーっ」
イリスが呼びかけると、ランド達と共にここに来た婦人数名が、得物を持って立ち上がった。彼女達は元騎士だ。
スィーニーとチャバックも立ち上がる。
「スィーニー達は別に無理しなくていいぜ」
ランドがゆっくりと立ち上がり、億劫そうに肩を回しながら言う。
(もう無理してるというか、やっちゃいけないことしてるんよ……私は……。干渉することなく、ただ観察して、報告だけしろって言われてるのに、その命令を守れなかった……。大事な任務なのに……。偉大なメープルCの命令なのに……)
自虐的な笑みを零しながら、スィーニーは思う。
イリスの呼びかけに応じて、避難所の外に戦いに出た者達は、外にいた存在を見て驚いた。
泥、土、石、木、草の塊、芝生の塊で出来た人型の人形のようなものが、大量に立ち並んでいる。体は人型であるが、顔の造詣はわりと適当で、鼻の隆起と顎くらいしかはっきりとしていない。目と耳は無い。
「な、何あれー?」
チャバックが声をあげる。
スィーニーはそれをよく知っていた。幼い頃から見慣れていた。
「ゴーレム……」
西方大陸では街中に当たり前のようにいる存在。いや、田舎にもいる。人のいる場所には大体いる、魔道で使役されている労働作業用の無生物人形。
「ゴーレムって……あれがゴーレムなのか」
スィーニーの台詞を聞いて、ランドが呻く。ア・ハイ群島ではあまり見られない存在だ。
「剣が通じる相手なのでしょうか?」
アベルが剣を構えて問いかけるが、誰も答えない。
いるのはゴーレムだけではない。フード付きローブに杖という、お馴染みの格好をした、魔術師達も十人以上いる。フードで顔まで隠している。
しかしその中で一人だけ、素顔を露わにしている者がいた。片手を顔の前にかざし、鮮やかな青い蜂を指にとまらせている。
「ここには私の大嫌いな貴族が、この場に大量に避難というわけだ。つまりそれは、我々にとって狙い目の一つということでどうだろう?」
指をくるくると回し、ルリモンハナバチを弄びながら、ジャン・アンリが口を開いた。
「ジャン・アンリ! あんた!」
イリスが空中を旋回しながら、怒声をあげる。
「黒騎士団副団長イリスか。黒騎士団とは本当によく縁があると言っておこう。団長のゴートにも一度会ったな」
イリスを一瞥し、ジャン・アンリは言った。
「避難所――それは人質に取りやすい非戦闘員を、わざわざ一ヵ所に集めてくれて、私達の手間を省いてくれるもの――と解釈してよろしいか?」
「何でいちいち疑問形なんだ、こいつ」
ランドがジャン・アンリの喋り方を聞いて半笑いになる。
スィーニーが前に立つ。黒騎士団も遅れて前に出て身構える。イリスはいつでも急降下できる構えだ。
「あんたが……いや、お前達が、このくだらない騒動を起こしたんね」
静かな怒りをたたえたスィーニーが、ジャン・アンリと魔術師達をも渡して、低い声で言った。
「可愛らしい南方人の少女だ。そして透き通る青い瞳に、怒りの炎が宿っている。怒りの顔も凛々しく可憐である。素晴らしい。魂の中より、光が爛々と輝いている。これは是非絵に描いておかねば。そして君に見せねば」
能面のような顔で自分をじっと見つめてきて、意味不明な言葉を口走るジャン・アンリに、スィーニーは怖気が走る。
「お騒がせ魔術師のジャン・アンリ。K&Mアゲインの副リーダーのあんたには、是非聞きたいことがあるのよねー。あんたは確信があってやってるんだろうから、あんたからすればくだらない質問だろうけど、これだけは聞かせて。あんた、本気で国を転覆できると思ってるのー? 兵士団と騎士団全部敵に回してさあ」
イリスがスィーニーの肩の上に降りて、問いかける。
「三十年前、貴族も王家に歯向かい、これを追放したぞ。魔術師達も従わせた。多分当時、誰もそれが実現できるとは思っていなかったのではないかな? これが私の答えであるが、理解してもらえたか?」
「チンケな革命家気取りのチンケなテロでなく、本気の本気ってことね」
「その通り。この光景を見れば、実現できると理解してもらえると思ったが、理解してもらえなかったか?」
眼鏡に手をかけて問うジャン・アンリだが、答える者はいない。
「それ、インスタント・ゴーレムね。西方大陸からもってきたん? いや、そうとしか考えられないけど」
「インスタント・ゴーレム?」
指摘するスィーニーに、チャバックが訝る。
「時間限定のゴーレム。普通のゴーレムと違って、限られた短い時間しか動けないけど、ゴーレムの核が、インスタント・ゴーレムっていう名の魔道具扱いになっていて、そいつを土の中に埋めればソイル・ゴーレム、倒木に埋めこめばウッドゴーレムになるって寸法よ」
「ほう? 君は西方大陸の文化に精通しているのか」
スィーニーを見て興味深そうな声をあげるジャン・アンリ。
「私は世界を股にかける行商人なんよ。だからいろんな国の知識はあるってわけ」
「ふむ。理解した。しかし理解できない謎も一つある。行商人の君が私に怒りを向け、今にも飛びかからんとして身構えていることだ。私はこのア・ハイ群島を蝕む貴族と相対する者である。行商人と相対する理由は無いはずだが? どうだろう?」
「そこでどうだろう? ってのがイミフだけど、そっちに無くても、こっちには戦う理由がある! お前達が気に入らないんよ!」
叫ぶなり、スィーニーは駆け出した。単身で敵の中へと飛び込んでいく。狙いはジャン・アンリだ。
スィーニーが飛び出した瞬間、イリスも上空へと飛翔し、ジャン・アンリに狙いを定める。
「勇敢な少女だ。見た目も美しいが、魂の光の美しさも見える。実にいい」
突っ込んでくるスィーニーを見てジャン・アンリが呟くと、短い呪文を唱える。
両手に鎌剣を持つスィーニーは、走りながら呪文を唱え、自分のアタックレンジに入る直前に、魔術を発動させていた。
ハルパーの刀身から、形状は同じくサイズだけ違う青い光の刃が伸びあがる。
スィーニーがハルパーを振るう。
光の刃はジャン・アンリの体を切り裂く距離にいたはずだが、ジャン・アンリには届かなかった。
ジャン・アンリは背中より大きな昆虫の翅を生やし、光の刃を飛び上がって避けていた。
ゴーレム達が一斉に動き出す。魔術師達も呪文を唱え始める。
飛び上がったジャン・アンリめがけて、赤い炎塊が飛来する。チャバックの魔術による攻撃だ。
ジャン・アンリはあっさりと避ける。
「チャバック! あんたは下がって!」
スィーニーが叫び、さらにジャン・アンリに切りかかる。
光の刃はまたしても空を切った。ジャン・アンリは人間離れした素早い動きで回避している。
「ふむ。極めて初級の魔術を行使するのだな」
地面で燃える赤い炎を見て、ジャン・アンリが言う。
「私が教えました」
比較的側にいた、フードをかぶった女性魔魔術師が、ジャン・アンリに向けて言った。
「え……今の声」
声はスィーニーにも届いていた。その声に聞き覚えがあった。
イリスが急降下してジャン・アンリに襲いかかる。
この攻撃は避けられなかった。足に装着された剣によって、ジャン・アンリの背から生えた翅の一枚が破られ、肩と背中も斬撃が浴びせられた。
(今のは軽傷では済まない手応えよ~。足で斬ったけど。肩の骨はざっくり切ったはず)
再び飛び上がりながら、ジャン・アンリに与えたダメージを実感したイリスであったが――
魔術師の一人がフードを取る。
現れた顔を見て、スィーニーの動きが止まった。離れた場所で、ランドとチャバックとアベルが、三人揃ってぽかんと口を開く。
「ケープ先生!」
フードを取ったケープの方を見て、驚愕の表情で叫ぶスィーニー。
「随分な痛手という認識でいいだろうか」
斬られた肩に手を置いて呟いた直後、ジャン・アンリの翅が元通りになった。服も元通りになり、服を汚していた血も消えた。否、体内に戻った。
「今のは……」
イリスが呆然とする。治癒の魔術を使ったのではない。イリスは知っている。今のは魔術によって回復したわけではない。魔法で復元したのだ。魔力は生じていたが、回復魔術では無い。ミヤやユーリが魔法で回復させる場面を何度も見たイリスは知っている。
(イリス、連盟議事堂も襲撃にあっているぞ。早くそちらを済ませてこちらに来い)
その時、ゴートから念話が入った。正確には議事堂内にいる魔術師を通じての念話だ。
(早くってのは無理だと思ってちょーだい)
羽ばたきながら、眼下に広がるインスタント・ゴーレムの群れを見渡しながら、イリスはそう返した。
****
連盟議事堂にも、他様々な種類の大量のインスタント・ゴーレムの群れが押し寄せていた。
ゴートとマリア率いる黒騎士団と白騎士団、それに貴族連盟と繋がりの深い一部の魔術師達が、それらゴーレム達と戦っている。
K&Mアゲインの魔術師達の姿も見える。ゴーレムに隠れる格好で、攻撃魔術をうち、貴族達を攻撃している。
暴動を警戒し、兵士も騎士もソッスカー各地に分散しているため、議事堂前の警備は強固とは言い難い状況だ。
「降参したらどうだ? これ以上は無益だ」
魔術によって大音量にされた声が響く。その声の主を、ゴートもマリアも知っていた。
ゴーレム達の間から、マーモとパブ・ロドリゲスが現れる。
「ほう……其方らは、K&Mアゲインの側であったのか。そうかそうか……今までよくもぬけぬけと……」
議事堂前にいたゴートが、ロドリゲスとマーモを見て忌々しげに吐き捨てる。
「私は……つい最近のことだ。敗北し、懐柔されたよ」
マーモが後ろめたそうな顔で言う。
「私はずっと昔からだ。連盟議事堂にも出入りが効く立場故、ここの構造も、貴族達が出入りする時間帯も調べ尽くしてある」
こちらは傲然と言い放つロドリゲス。
赤、黄色、緑、青といったけばけばしい色の煙が、そこかしこに発生する。マーモの魔法によって生じた毒ガスだ。
ゴーレムと交戦中の騎士達がこの毒ガスを吸い、次々と倒れる。
白騎士団長のマリアが前に出て、何も無い場所で剣を振るう。振った剣の刀身から光の奔流が迸ると、毒ガスに直撃し、これを吹き飛ばす。
「あれは厄介だ」
マリアの持つ剣を見て、マーモが唸る。マリアが持つ剣は、聖剣と呼ばれる魔力を打ち消す作用がある有名な魔道具だ。
「白騎士団長は魔物との戦いに慣れている。魔物の中には、魔術や魔法を使うも者もいるしな」
ロドリゲスが言った。
「アザミ・タマレイはどうしました?」
そのマリアが、ロドリゲス達の方を見て問う。
「ここで死なねば、そのうち会えるだろう」
「ふん。月並みな台詞を吐きおって」
答えるロドリゲスに、ゴートが鼻を鳴らす。
「今の所、加減してはあるぞ。無益な殺しは避けたい。殺す気なら腐敗ガスを用いる」
倒れている騎士達を指して、マーモが告げた。
「イリスに連絡したが……避難所が襲撃されているそうだ」
ゴートが隣にいるマリアに告げた。
「平民達が機能より大規模な武装蜂起をし、山頂平野に向かってきています!」
「ソッスカーの平民居住区のあちこちでも、また昨日に引き続き、暴動が発生しているようです」
伝達役の騎士が口々に報告する。
「次から次へと……」
舌打ちするゴート。
「平民居住区の暴動の鎮圧など放っておけ! 戦力をこの連盟議事堂に集中させるのだ!」
入口近くで様子を伺っていた貴族の一人が喚きたてる。選民派の貴族だった。
「実に傲慢なことだ。貴殿等のそれが原因で、今尻に火が付いていると、わからんのかね」
「その通りですね。この事態は我々の傲慢さが招いた事に相違ありません」
呆れて言うロドリゲスに、議事堂内から現れたワグナー議長が同意した。




