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14-7 妄想内で猫ドラゴン婆爆誕

「何で夢見る病める同志フェイスオンを殺そうとするのれすか!? 夢見る病める同志フェイスオンは多くの人を助けた人なのれす! あたち達も助けてくれたのれす!」


 フェイスオンを庇うように立ち、泣きながら訴えるロゼッタを見て、シモンの闘志が消えて行く。


「お主は、このフェイスオンの悪事は何も知らんのだな……」


 シモンが大きく息を吐き、顎髭をいじる。


「夢見る病める同志ロゼッタ。無駄だよ。この人達には――師匠には泣き落としは聞かない」


 倒れたまま、フェイスオンは力無く笑う。


「私が悪だということは、私が誰よりもよく承知しているよ」


 フェイスオンが倒れたまま天を仰ぎ、語りだす。


「しかし私が手を汚したからこそ、ガリリネもヴォルフもロゼッタも救う事が出来た。そしてこれからも、より多くの人を救える。例え私が地獄に落ちたとしても、そのおかげで多くの人が救えるようになれば、それでいいんだよ」

「その考え方は絶対に間違っている。儂は断じて認めん」


 ミヤが強い語気で否定した。


「そうね。ミヤ。貴女が受け入れられるわけないわよね」


 メープルFが言った。いつも怒っているような彼女の顔が、少し和らいでいた。


 その時、ミヤはハッとした。表情とは裏腹に、メープルFが闘志を放っている事に気付いたのだ。

 フェイスオンの頭部から、メープルFが分離していく。首から下の体が生え、全裸の女性が現れたが、すぐに衣服を作り上げて纏う。


「シモン、油断するでないっ。まだメープルFがいるっ」


 ミヤが鋭い声を発し、倒れたフェイスオンの方を指した。


 完全に体が出来上がったメープルFが、ゆっくりと起き上がり、シモンを見る。


「ありがとう。貴方の一撃のおかげで、フェイスオンとの融合が曖昧になった。私、やっと解放されたわ。御礼をしてあげなくちゃね」


 メープルFがシモンに向かって微笑みかける。これまでの怖い顔とは全く異なる、爽やかな笑顔だ。


 シモンが身構える。先にメープルFが仕掛けてきた。


「むおっ!?」


 シモンが叫んだ。半ば溶けた腕。神経が剥き出しになった三つの脚と一つの臀部。小さな手と絡まり合った赤子の頭。脛毛まみれの男の脚の膝の先についた溶けかけた女の頭部。歪な人体群が同時にシモンの周囲に出現したかと思うと、シモンに襲いかかって来たのだ。


「ふんぬーっ!」


 シモンは裂帛の気合いと共に、全方位に向けて魔力を放射して、歪な人体群を吹き飛ばす。


「また魔力の無駄遣いしてるよ……」


 シモンの防御の仕方を見て、ミヤはげんなりして尻尾をぱたぱたと左右に振る。


「凄い力なのはわかったけど、力の使い方が緻密さに欠けるわね。ミヤの言う通り、無駄使いもいい所よ」


 メープルFが呆れ声で言うと、今度はシモンの前方に、細長い肌色の触手を大量に地面から生やす。触手は全て濡れている。


「お前は持続力が無い子なんだから、連戦には向かないだろう。引っ込んでな」

「め、面目無い」


 ミヤが不機嫌な声で命じると、シモンは頭を掻きながら下がった。


「メープルF、遊びたいなら儂が遊んでやるよ。かかってきなっ」


 ミヤがシモンと触手の間に入って、啖呵を切った。


「ミヤ……貴女には勝てるかどうか怪しいわね。でも、少しくらいは遊んでみてもいいかも」


 触手の数をさらに二倍以上に増やすと、メープルFはミヤめがけて触手を繰り出す。直線的にのみ伸ばすのではなく、上から横から、地面の下からも伸ばし、あらゆる角度でミヤに襲いかかった。


 ミヤは悠然と佇んだまま、メープルFを見据えている。


 触手はミヤに届く前に、激しい音と共に潰されていく。前からきたものも、後ろからきたものも、片っ端から叩き潰された。巨大な肉球マークが地面につき、肉球マークと重なって、ぺらぺらになった触手が地面に張り付いた状態になっていた。


 メープルFはじれったそうな表情でさらに触手を繰り出すが、ミヤは涼しい顔のまま、念動力猫パンチでそれらを迎撃していく。


「二人共凄い」

「でも婆が勝ちそう」


 ユーリとノアが言う。


「もういいわ。降参」


 両腕を上げ、メープルFは苦笑いを浮かべて告げた。


「殺気が無かったし、ただの腕試しのつもりだったのかね?」

「久しぶりに解放してもらったから、遊びたかっただけよ。それも貴方達のおかげで解放されたんだし」


 笑い声で尋ねるミヤに、メープルFもにっこりと笑ってみせる。


「こいつの小屋の地下に、実験室があるわ。そこで病死した死体と魔物を合成しまくる実験を繰り返していた。魔物の強靭さを取り込み、病に打ち勝つ肉体を精製するという、イカレた実験よ」

「体細胞組織を魔物と入れ替えることで、病に打ち勝てるようにするのが狙いだった……」


 メープルFが言うと、フェイスオンが補完するかのように、自分の目的を口にした。


「魔法でも治らない病を治す魔術を確立するための、とんでもなく時間がかかる試行錯誤を、延々と続けていたわ。見てるだけでも気が狂いそうになる作業よ。でもその結果、ここにいる三人の子は死の淵より救われたし、同じ病に罹った人達も、この先救われるでしょうよ」


 物憂げな口調で話すメープルF。


「しかし……人々を魔物に襲わせたり、伝染病を流行らせたりして、死んだ者の体を使って、実験をしていたのであろう」


 シモンが厳しい声で指摘する。


「フェイスオンを擁護するわけじゃないけど言わせて。この男は、人を救うという信念があった。でもね、小を殺して大を生かすろくでもないやり方で、その行為はフェイスオン自身の心を蝕んでいたわ。この人、ずっと良心の呵責に苛まれていたのよ。その苦しみは、私にまでダイレクトに伝わって、私もずっとしんどかったわ……」

「それでずっと怒っていたのれすね」


 メープルFの言葉を聞いて、ロゼッタは納得した。今のメープルFは、フェイオンの頭に張り付いていた時のような怒りの表情ではない。


「しかしこの方法が確立すれば、医療魔術として確立すれば、多くの人々を救えるようになるとわかっていた。だから私は踏み切ったんだ」


 フェイスオンが虚しげに言う。


「踏み切った? 何をしたの?」


 嫌な予感を覚えながら、ユーリが問う。


「魔物と人を混ぜて丈夫な肉体を作り、病に打ち勝つようにするための研究――あの精製魔術は、まだまだ不完全なんだ。細胞分裂回数のせいなのかな? 若いほど成功率は高い。現時点では子供しか成功していない」

「なるほどー。子供にしか効かないのかー」


 ノアがミヤを見て、その後ユーリを見る。


「先輩、婆とドラゴンを合体させて、猫ドラゴン婆の精製とか考えたよね? 俺にはわかるよ。でもそれは無理みたいだし、残念だね。俺も見たかったけど」

「考えてないよっ。それはノアが考えたことだろっ」

「取り敢えずノアはマイナス1ポイント」


 ノアがユーリの方を向いて決めつけると、ユーリは啞然として否定し、ミヤは憮然として告げた。


「何でだよ。考えたのは先輩だよ? おかしいよ」


 ノアは驚いてミヤの方を向いて抗議する。


「考えてないし、勝手に僕が考えたことにしないでよ」

「嘘だよ。頭が猫で体が竜の姿とか、今絶対に考えてたよ」

「未来の一万人の患者を治すためなら、現代で何百人の犠牲を出してもいいというやり方は、責められても仕方ない。私だって、何も感じないわけではない……」


 ユーリとノアの言い合いをスルーして、フェイスオンは話を続ける。


「そうね。一生懸命自分に言い訳し続けていたものね。でもよかったじゃない。この人達のおかげで、もう罪悪感に苦しみながら、夢見る病める作業から解放されるのよ? 私もやっと解放されてせいせいしたけど」


 皮肉たっぷりに言い放つメープルF。


「そこの御婦人は如何なる経緯で我が弟子と?」


 シモンがメープルFに問う。


「人喰い絵本の中で色々あってね。結果的にこの人に取り込まれた。魔物と人を合成したうえで、新たな肉体に精製する作業も、そのおかげで思いついたのね。私と合体することで、この人の病気も治ったからね」


 メープルFがアンニュイな表情になって答え、フェイスオンを見た。


「私はフェイスオンを止めたんだけどね。こいつをたぶらかした奴がいて、それでこいつは踏み切ったのよ」

「たぶらかした奴とな? 何者じゃ?」


 その言葉に引っかかり、尋ねるシモン。


「魂の光……今は輝きを失ったかな?」


 メープルFが答える前に、フェイスオンが脈絡の無い言葉を口にする。


「何のことじゃ?」


 シモンがさらに問うが、フェイスオンは無視してメープルFを見る。


「メープルF……私は彼のようになれなかった。彼であれば、心を痛めることなく、信念を貫き通せたのかな? この人達にも負けなかったかな?」

「知らないわ。そもそもあいつは変人すぎるし、何考えてるかさっぱりわからないし、わかりたくもないわ」

「だーからー、あいつとは誰じゃ? 誰のことを言うておるか、さっさと答えい」


 両者のやり取りを聞いて、シモンは苛立ちを覚えながらしつこく問う。


「師匠達も知っていると思う。最近世間を騒がしているK&Mアゲインの副棟梁、ジャン・アンリだよ」

(あの人か……)


 その名を聞いて、嫌悪感をもよおすユーリ。そして自分が怒った顔の絵を送られた事も思い出す。


「魂の横軸のことを知っていたり、イレギュラーを狙ってまんまと手に入れたり、あいつが只者じゃないことはわかっていたが……その話はもっと聞きたい所だね」


 ミヤがフェイスオンとメープルFを交互に見て、神妙な口調で言った。


「魔術師でありながら、魔法使いを凌ぐという話は本当だ。少なくとも、私やマミよりはずっと強い。何度も見てきた」

「俺は全然知らなかったけど、母さんとあんたと、そのジャン・アンリって、どういう関係なの? ただの友達ではなかったんだよね?」


 フェイスオンが言うと、ノアが疑問をぶつける。


「私達三人と――あと一人との四人組で、何度も人喰い絵本の中に入って、そこで共に冒険した。戦った。人喰い絵本の中で得られる力を求めてね」


 正直に答えるフェイスオン。


「ジャン・アンリはお前と一緒にいた時より、さらに強くなっているだろうよ。ジャン・アンリは儂とユーリの前で、イレギュラーを手に入れた。自分と同じ魂の者を絵本世界で見つけて、その全てを取り入れたんだ。その時、内在する魔力がぐーんとはねあがったよ」


 ミヤがフェイスオンに向かって伝える。


(僕はこのフェイスオンという人には……何故か悪い感情が湧かない。ひょっとしたらジャン・アンリよりもずっと、多くの人を手にかけたかもしれないのに。この違いは何なんだろう)


 ユーリはフェイスオンを見て、色々と考え混む。


「お前達、あっちに行ってな。儂はフェイスオンとメープルFとで、もう少し話がある」

「また師匠達だけで内緒話? 俺も聞きたい」


 ミヤが告げると、ノアが不貞腐れる。


「知られたくないことや、知らない方がいいことも話すんだ。聞き分けな」


 有無を言わせぬ口調で告げたので、ユーリ、ノア、シモン、ロゼッテ、ガリリネ、ヴォルフはその場を離れた。


 残ったミヤ、フェイスオン、メープルFで情報交換を行う。内容は、人喰い絵本に関してだった。

 まずミヤから話す。嬲り神と宝石百足が、勇者ロジオの話を疑っていた事や、同じ魂の者が呼びこまれているのではないかという話や、向こうの住人がこちらの世界の情報も仕入れられる事を語った。


「嬲り神も宝石百足も、こっちの世界にまで干渉したがっていたの? それは知らなかったわ。勇者ロジオに興味を抱いていたって……ロジオに何か秘密があるのかしら?」


 メープルFが意外そうに言った。


「で、肝心の話は隠す気ね」


 微笑みながら少し意地悪い口調で言うメープルF。フェイスオンには何のことかわからない。


「あれは絶対に口にしたくはない。お前もわかっているだろう」

「わかっているから、言わないでおくわ。私にだって情けくらいはあるもの」


 ミヤが硬質な声で告げると、メープルFは悪戯っぽく笑って肩をすくめる。


「で、メープルF、お前は人喰い絵本の世界の住人、イレギュラーの一人だ。あの世界の全てを喋って欲しいもんだが……」

「ごめんなさい。私一人の独断で、誰かに話すわけにはいかないわ。取り決めがあるのよ。話していいことと、話せないことがある。ミヤ、貴女に伝えたいことは沢山あるのだけどね」

「フェイスオンも触れていたが、人喰い絵本の発生率が、どんどん上がっている理由も言えないかい?」


 フェイスオンは、人喰い絵本の住人が、こちらの世界に干渉できる幅が広がっている事に比例し、人喰い絵本の発生率も上がっていると、そう推測していた。ミヤは人喰い絵本のイレギュラー達が、こちらの世界にも干渉するせいで、人喰い絵本の発生率が上がったのではないかと、そんな疑いも抱いていた。


「それは気になっている。でも私は人喰い絵本の全てを知ってるわけでもないのよね……。推測は出来るけど」

「推測?」

「世界の破壊が進んでいるから。あれは……まあ、これは言ってもいいことだと思うし、ミヤも見当ついてそうだから言うけど、あれは滅びゆく世界なのよ」

「ああ……薄々そうじゃないかとは思っていたよ」


 メープルFの言葉を聞いて、ミヤはうつむき加減になり、憫笑するかのような口振りで言った。

 人喰い絵本が実在する異世界であるという説は、以前からあった。そしてそれが、滅亡しかけている世界ではないかという考えも、ミヤの中にはあった。


「私以外の――イレギュラー、嬲り神も宝石百足も、世界を滅びから救いたがっている。少なくとも嬲り神がそのつもりであることは、気付いていたでしょう?」

「何とはなしにね。そのくせ人喰い絵本の難易度を上げるのは、どういうことなんだか……。それに、嬲り神がというより、人喰い絵本そのものに意思があって、同じ魂を持つ者を呼び込んでいるのかと思っていたけど、それは違うのかい」

「意思があるかどうかまでは……。ただの法則じゃないかと私は見ているけどね。リンゴが木から落ちるのは何故か。引力があるから。同じ魂が世界を跨いで引かれるのも、魂の横軸の法則だから。私の考えはそこで止まっているわ。それが真実かどうかはさておき、ね。他に聞きたいことはある?」

「ここまでにしとくよ。取り決めで言えないことがあるっていうんなら、これ以上は期待できないからね」


 そう言ってミヤはフェイスオンを見る。


「フェイスオン、あんたはどこまで知ってるんだい?」

「あまり大したことは知っていないよ。もうかなり昔になるけど、私はジャン・アンリ、マミ、そしてもう一人の四人組で、人喰い絵本が発生した際、こっそりと侵入して、色々と探っていた。主にイレギュラー目当てだ。私達だけではなく、そういう者は他にもいるらしいけどね。結果、イレギュラーを手に入れられたのは、私ともう一人だけで……大した情報も得られていない」


 フェイスオンが手に入れたイレギュラーは、メープルFのことだ。


「聞いた話では、ジャン・アンリが図書館亀と接触し、何らかの交渉をしたらしいけど」

「図書館亀かい……」


 フェイスオンの口から出た名を聞き、ミヤが唸った。図書館亀も、嬲り神、宝石百足、メープルFと同様に、人喰い絵本の中の住人――人喰い絵本を跨ぐ存在イレギュラーだ。


「で、もう一人ってのは?」

「ミヤ、貴女の方がそのもう一人のことを、フェイスオンよりずっとよく知っていると思うわ」


 フェイスオンではなく、メープルFが意味深な笑みをたたえて告げた。


「はあ?」


 自分の知り合いだと言われ、嫌な予感を覚えるミヤ。


「魔王の配下『八恐』の一人、欲望の使者アルレンティスよ。噂に名高いイレギュラー『王蠍』も、私達で手に入れたのよ」


 嫌な予感が的中し、ミヤは思いっきり顔をしかめた。

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