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14-5 頑固な汚れはどうにか出来ても、頑固な師匠はどうにも出来ない

「メープル一族?」


 フェイスオンが口にした台詞に、ユーリが怪訝な面持ちになった。奇妙で、そして強い言霊を感じた。


「おや、師匠は知っていても、弟子は知らないのか」


 ユーリの方を向いて微笑むフェイスオン。


「メープル一族は平行世界の境を越えて、平行世界の研究を行っている。魂の横軸の研究も含めてね。あらゆる世界に存在し、己と同じ魂を持つ者も取り込もうとしている」


 自分の頭に張り付いた、怒りに見た顔のメープルFを指し、フェイスオンはメープル一族についた解説する。


「当然、人喰い絵本にも関与している。人喰い絵本の住人達も、こちらの世界の知識を得ようとしている事は知っているか?」

「つい最近知ったよ」


 確認するフェイスオンに、ミヤが答えた。


「彼等はこちらに干渉できる幅を広げようとしているのかもね。いや、実際干渉できる範囲が広がっているからこそ、人喰い絵本の出現率が上がっているのかもしれない。人喰い絵本の意思か、あるいは住人達の関与か、不明だけどさ」

(何だって……)


 フェイスオンの推測を聞いて、ミヤの目が大きく見開かれる。その理屈とは逆に、人喰い絵本の住人がこちらの世界に干渉するせいで、人喰い絵本の発生率が上がっているとも考えられる。


「このメープルFも、人喰い絵本からこちらに連れてきた。つまり私はイレギュラーと融合していると言えるね」

「言っておくけど、私達メープル一族は確かに魂の横軸や平行世界の研究はしているけど、必ずしも全員、それをメインにしているわけではないわ。むしろ副業にしている人の方が多いかも」


 優しく穏やかな笑顔のフェイスオンと、常に怒りを滲ませた怖い顔つきのメープルFが、続けて話す。


「で、お前達は何をしようとしているんだい?」

「シモン師匠から聞いてないのかな? 私は医者だよ。病人や怪我人を救いたい。障害を取り除きたい。一人でも多くの死者を減らしたい。それが願いだ」


 ミヤの問いに、フェイスオンは和やかな口調の中に、強い声音も混ぜて答えた。


「私は……アクシデントでこんなことになっちゃって、早く元の体に戻りたいわ」


 切実な口調で言うメープルF。


「私の夢は、病めぬ体を創ることなんだ。人類が完璧な肉体を手にいれて、死や病や怪我や障害に苦しむことが無くなるようになることだ。私は医師として廃業になってしまうけどね。私達はずっとその研究をしている」

「病めることない……」


 フェイスオンの言葉に反応するユーリ。


「およし、ユーリ。何を考えているかわかるよ。あんな連中の研究なんかに期待するんじゃない。ろくでもない」


 ユーリが何を考えたのか即座に察して、ミヤが叱るような口調で注意する。


「でも師匠……。彼等は彼等で純粋に追及を――」

「マイナス1。儂はやめろと言ったよ?」


 何か言おうとしたユーリに、まさしく問答無用な勢いでぴしゃりと告げるミヤ。


「師匠、頑固すぎますよっ。キッチンについた頑固な汚れもびっくりの頑固さですよっ。話だけでも聞く価値はありますよっ」


 ユーリはカッときて声を荒げた。


「口ごたえするか。マイナス3ポイント。儂の体など心配せんでいいっ。ブラッシーの届けた薬で治ってるっ」

「嘘でしょ? 本当に治ってるなら、そんなに必死になることもないでしょ?」

「ポイントさらにマイナス4。儂の言うことが聞けなければ破門で勘当だ」

「僕はただ師匠が心配なだけですっ。例え敵でも、師匠の体を治せる方法を知っている可能性があれば、教えてもらってもいいでしょう。それにこの敵は……シモンさんの敵であって、僕達が直接因縁のある敵というわけでもありません」

「はん、お前も清濁併せ呑めるようになったのかい。大した進歩だ。しかしさらマイナス2ポイント。儂はそんなこと望んじゃいない。ユーリ、お前の暴走に過ぎないんだよ。お前に話の決定権は無い。儂が判断して決める」

「師匠の頑固者!」

「言い返せなくなってからって、怒り任せに罵るとは情けない。マイナス1」

「言い返せなくなって、上から押さえつけてる師匠に言われたくないですねっ」


 激しく言い合いを行うミヤとユーリは、他の面々は呆然と見ていた。


「何か言い争い始めたね」

「仲間割れ始めやがったか」「俺は長髪の子の方の言い分の方が理解できるぜ」


 ガリリネとヴォルフが囁き合う。


「先輩も師匠も少し落ち着いてよ」


 ノアが臆した顔つきで声をかけ、ようやく二人は言い合いを辞めた。


「情報交換したかったんだけど、ミヤは聞く耳持たずなのかな? 確かに頑固だ。私はそのお弟子さんの言う通り、例え敵だろうと、互いにとって有用な物を差し出せるなら、交渉してもいいと思うけどね」

「その理屈はわかるけど、内容によるよ。儂の体調どうこうの話は論外だ」


 フェイスオンの意見に対し、ミヤはすげない口調で言った。


「師匠! 何でですか!」


 ムキになって怒鳴るユーリ。


「儂はろくでもない人体実験しまくっているような、狂った医者の医術なんかで、自分の命を繋ぎ止めたいと思う程、落ちぶれてないんだよ! 何故お前にそれがわからん! マイナス14!」


 ミヤも頭にきて怒鳴り返す。


「さっきからマイナスマイナスうるせえ婆猫だな」

「言われてる方、少し涙目になってんじゃんか。可哀想によ」


 ヴォルフの二つの頭が、毛を逆立てるミヤと、顔を紅潮させて目に涙を溜めるユーリを、交互に見る。


「師匠……先輩が泣いてるよ。もう……やめてよ……」


 ノアが涙声を漏らして、ミヤを止めにかかる。実際に涙を流していた。


「何でお前まで泣いてるんだい……」


 ミヤがノアを見て呆れ、逆立てていた毛も元に戻った。


「長髪の子はちょっと涙目程度だけど、ノアはガチ泣きしてるよ」

「お、俺は別に泣いてないっ。勝手に涙が出てるだけでっ」


 ガリリネの指摘を、ノアが涙声で否定する。


『泣いてるだろ』

「話をしてもいいかな?」


 ヴォルフの二つの口が同じ台詞を口にして、フェイスオンが小さく息を吐いて伺う。


「さっさとしな」


 不機嫌そうに尻尾をゆっくり動かし、応じるミヤ。


「魔法使いミヤ。貴女は人喰い絵本の知識もそれなりにあると見た。一部の魔法使いと魔術師達は、独自に人喰い絵本の調査をしているよね。大魔法使いミヤ程の者が、何も知らないわけではない」


 フェイスオンの持ちかけた話を聞いて、ミヤは一瞬ぽかんと口を開けた。


「そんな話かい……。儂にとっては興味のある話だし、確かに多少のことは知っている。しかし、満足できるほどの知識があるかどうかは、喋ってみないとわからないね。儂は人喰い絵本を積極的に調べているわけでもないし、お前のように、イレギュラー狙いでこっそり入っているような輩とも違うからね」


 フェイスオンの知りたい情報とやらで、彼の狙いもミヤには何となくわかった。人喰い絵本の謎を解き、新たなイレギュラーを手にして、自分の医療研究に役立てられないかと、目論んでいるのであろうと。


「それと、この子達の前で喋りづらい話もある。ここでは話せないよ」

「はい、師匠はマイナス256。愛弟子である俺達には内緒で、敵には喋れる話って、それは無いよ。これは特大マイナス案件」


 ようやく涙の止まったノアが言った。


「弟子の分際で師匠の儂にマイナスつけるんじゃないよっ! この無礼者の不届き者が! マイナス6!」

「それはマイナス多すぎるよ師匠」

「いや……ノアの方が異常に多かったと思うけど」


 ミヤのつけた数字を不服とするノア。突っ込むユーリ。


「また話が逸れている。もうこの話はいいかな?」


 苦笑するフェイスオン。


「聞こえてなかったのかい? 今ここではやりづらいって言ったろう。ま、取り敢えずお前を一旦叩きのめして、話はそれからにしようかね」


 ミヤが魔力を漲らせる。


(その話、よく聞きたかったのにな。俺はもっとイレギュラーを手に入れて、力を付けたい)


 縛られたままのノアが思う。


「えー? この流れでいきなり戦闘なの?」

「師匠の師匠だからね。師匠と目的は同じだろうし、私を戦闘不能にした後の方が、話を優位に進められると考えたのだろう」


 呆気に取られるガリリネに向かって、フェイスオンが言った。


「ミヤは私が担当するから、夢見る病める同志ヴォルフ及びガリリネは、その髪の長い子をよろしくね」

「承知」「了解」

「はーい」


 フェイスオンに言われ、ヴォルフとガリリネがユーリの方を向く。


 空間の歪みが、フェイスオンとミヤの間に生じた。遠方を繋ぐ空間のトンネルどころではない。人喰い絵本が現れる時と同様に、かなり激しい歪みだ。


 空間の歪みの中から次々と出現した存在を見て、ミヤは目を剥いた。

 淡い黄色の光を放つ小さな三角形の大群。垂れ下がって揺れる老婆の乳房のような半透明の物体。鮮やかなブルーの渦――その中心には水色の文字のようなものが浮き上がっている。上下に激しく揺れる銀色の小さな十字状の群れ。


「ふん、こいつは驚いたね。高次空間の生命体を呼び出すとはね」

「一目でわかるとは、流石だね」


 ミヤの台詞を聞いてフェイスオンが微笑む。


「メープルF、お前の力だね。そいつに手を貸すってことは、覚悟は出来てるんだね?」

「私の意思じゃないわよっ。フェイスオンは私の力を学習して、自分の力にしているのっ」


 ミヤに睨まれ、メープルFが苛立った声をあげる。


 空間の歪みから現れた異形の群れが、ミヤへと向かっていく。

 魔力を解き放って迎撃しようとしたミヤだが、思い止まった。


「空間の歪みが伸びている。随分とムカつくことをしてくれるじゃないか」


 ミヤがフェイスオンを睨んだ。フェイオンが魔法を使い、高次元と繋ぐ門によって生じた空間の歪みを操り、空間をさらに捻じ曲げている。このままミヤが攻撃していれば、攻撃はユーリに向けて放たれていただろう。


「それもあっさり見破るとは、魔王が残した災厄『破壊神の足』を退けた、大魔法使いの名に恥じない御方だ」

「フーッ」


 フェイスオンが口にした称賛を聞き、ミヤは怒りを覚え、思わず猫の声で唸った。


 そうこうしているうちに、空間の歪みから現れた異形達が、ミヤのすぐ側まで迫る。


(こいつらに敵意も殺意も無い。しかし――)


 しかしミヤは知っている。無機質なこれらは生物であるが、生物としての法則が自分達とは違い過ぎる。こちらの感覚や常識では計り知れない。彼等にとっては挨拶のつもりが、致命的な攻撃になってしまう。コミュニケーションをとることは限りなく不可能に近い。


 一方で、ヴォルフがユーリに接近戦を挑み、ガリリネは遠方から無数の黒い輪を飛ばして、ユーリに飛ばしていた。


 ユーリは不可視の魔力の塊を自分の周囲の空間に飛ばし、飛んでくる黒い輪を迎撃していく。


 迫るヴォルフに対しても、同様に不可視の魔力の塊を飛ばして反撃する。しかしヴォルフは魔力の塊を巧みに察知して避け、ユーリに向かって腕を振るい、あるいは二つの頭で噛みつかんとする。ユーリはヴォルフ直接攻撃を体術でいなしていく。


 しかしヴォルフの連続攻撃を避けきれず、とうとうユーリの胸から腹にかけて、鋭い爪によって切り裂かれた。しかし血はほとんど出ない。


「防御力も再生能力も高い」

「ノア以上か?」


 攻撃が当たったが、手応えはいまいちと見るヴォルフ。実際ユーリの傷口はすぐに塞がっている。服も元通りだ。


「続けて。魔法使いが攻撃されても再生するとはいっても、魔力には限りがある。魔力が尽きるまで攻撃を当て続ければいい」

『わかっている』


 ガリリネが促し、ヴォルフが頷くと、二人がかりで、ユーリに対して攻撃を続けた。


***


 物語は数分遡る。


「あたちは全身麻痺して動けなくなる酷い病にかかっていたのれす」


 ロゼッタが身の上話をする。


「むう、それはまた難儀な……。しかし今のお主が動けているのは……」

「最初は面倒見てくれていた家族も、そのうち鬱陶しがるようになって、諦められ、見捨てられ……本当に捨てられたあたちを先生が拾ってくれて、治ちてくれたのれす。助けてくれたのれす」


 きらきらと輝く笑顔で嬉しそうに話すロゼッタに、シモンは複雑な気分になる。


「夢見る病める同志フェイスオン――いえ、先生は素晴らちい人れす。これからもいっぱいいっぱい沢山沢山の人を助けていくれしょう。あたちみたいな、辛い立場の人達も、先生が助けてくれるのす。あたちはずっとそのお手伝いをすると決めて、ここにいるのれす」

「そうかそうか。あ奴も頑張っておるが、お主も頑張っておるんじゃのう。偉い偉い」


 笑顔で褒めるシモンだが、フェイスオンのしている事を考えれば、心から称賛することは出来ない。


(シモン、あんたもこっちに来な。フェイスオンと遭遇したよ)


 ミヤから念話が入り、シモンは眉をひそめる。


(師匠、念話はやめていただくと助かります。どうも拙僧は……)

(マイナス9。お前の念話嫌いのおかげで、儂等はこうして直に足を運ぶはめになったんだよ)

(カカカ、かたじけのうございます)

(笑いごとじゃないよ。全く)


 ミヤの念話が途切れ、シモンは立ち上がった。


「呼ばれているでの。ちいと外に出てくるぞ」

「わかりましたのれす」


 シモンが小屋から出て行く。


(夢見る病める同志ロゼッタ、応援にきて)

(はあいなのれす)


 数分後、ロゼッタにも念話が入り、ロゼッタも小屋を出た。

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