14-3 なお、怠惰だけは無い模様
フェイスオンは天馬に乗って、とある山中の村に往診に訪れた。彼の根城があるホンマーヤ地方から出て、大分離れた場所にある島の村だ。ペガサスでも片道三時間半はかかる。
「おお、先生が来た」
「モモパ先生がおいでなさった」
ペガサスを見ただけで、村人達は歓喜の声をあげる。
「モモパ先生、よくおいで名くださった。この間貰った薬のおかげで、妻は快復しましたぞ」
「モモパ先生、うちの子がとうとう流行り病にかかってしまいましたあ~。どうか診てくだしゃいいぃ」
「モモパ先生、また二人も死にました。どうか残った村人もお助けを……」
村人達がペガサスから降りたフェイスオンに縋りつくかのように寄ってくる。この村ではモモパという偽名で通っている。頭部も大きな帽子で隠して、頭に張り付いた女性の顔も見えないようにしている。
「快復したのは七人。死者は二人か。死者の遺体は保管してありますか?」
「はい、先生に言われた通り、例の蔵に保管してあります」
フェイスオンの確認に、村人の一人が応じた。
蔵の中に入るフェイスオン。死臭が漂うが、彼は全く顔色を変えない。
(二体か。少ないけど、無いよりはいい。それに死体の一人は大柄な若者だから、精製作業に三十回以上は使える。こちらは老人だから……頑張っても十回程度かな)
遺体の状態を確認し、フェイスオンは顎に手を当てて計測する。
「遺族の方はおられますか?」
「私が遺族です」
「私も遺族です」
「ボクチンだって遺族でっす」
「へっ、遺族と聞いちゃ黙っちゃいられねえ」
フェイスオンが声をかけると、遺族達が次々と名乗り出た。
「貴方の主人の体は、医学の発展のため、解剖させて頂きますが、よろしいですね?」
断るわけはないと信じつつも、ちゃんと確認を取る。
「はい。是非お願いします。この村を救ってください」
遺族達がフェイスオンに向かって、一斉に深々と頭を下げる。
初めのうちは、死者といえば解剖する行為を拒んだ村人達であるが、フェイスオンは巧みに彼等を説得し、さらには村人を救っていくことで、今ではすっかり村人達は従順になった。
フェイスオンは死者を棺桶に乗せて、棺桶はペガサスに縄でくくりつける。棺桶とその中身は魔法で超軽量化するので、ペガサスの負担にはならない。
その後フェイスオンは村人達を一通り診察し、薬を渡し、和やかに雑談を交わしてから、村を去った。
「ごめん……ごめんね……」
ペガサスに乗り、去り際に上空から村を見下ろして、悲しげな表情で謝罪を口にするフェイスオン。
「また謝ってるし。この偽善者。謝ればあんたの心は救われるっていうの?」
帽子の下のメープルFが、険のある声で非難する。
「これは……必要なこと。これは必要な犠牲。研究が上手くいけば、夢見る病める同志のように、多くの人が救われるんだよ。でも、犠牲に対して悲しむ心くらいは持っておきたい。無くしたくない」
「それが偽善だし独善なの。自分勝手もいい所。あんたが一人で踊っているだけよ」
辛そうな口振りで言い訳を口にするフェイスオンであったが、メープルFはますます嫌悪感を募らせて、容赦なく断じた。
(この村もそろそろ潮時かな。村人がもう半分にまで減ってしまっている。別の村か町に行こう。今度は伝染病ではなく、魔物を放つのがいいかな。伝染病だけでは怪しまれる)
もう一度村を振り返り、フェイスオンは思った。
***
「それにしても……ふん、お前も弟子を取るに至ったか。しかしそのことを連絡もせずとは、どれだけ不義理なんだい」
バスケットの中のミヤが、シモンに文句を言う。
ミヤ、シモン、ユーリの三名は、山の中の細い道を歩いていた。周囲は来た時同様に樹木が生い茂っている。
「一人前にしてから紹介して自慢したかったのですが、その前に拙僧の元を去りましたが故。しかもよろしくない別れをしたというか――彼奴は危険思想を持っていましてな」
シモンが言った。
「どんな人なんです?」
「かつては教会の司教補佐をしておった。その後は医師になった。とても優しく、人当たりがよく穏やかで、繊細で紳士的で、それでいてどこか儚い空気を漂わせた男だった。何もかも大雑把な拙僧とは正反対じゃったなー」
ユーリの質問に答えるシモン。
「危険思想とはどんなものだい?」
ミヤが問う。
「あ奴――フェイスオンは、医学の進歩に躍起になっていて、魔法使いとしての力も、医術に用いる事が出来ないかと、そんなことばかり口にしておりました。しかし魔法は才能の力ですし、万能でもありませぬ。そこでフェイスオンは魔法使いの力を直接医療に繋げるのではなく、魔法ではなく、魔術でもって、人の体に魔物の組織を移植する実験を行うようになったのですよ」
「人体実験……」
シモンの話を聞いてぞっとするユーリ。
「いや、生体では実験しておらん。死体でな。しかし……その死体はフェイスオンが作っていると言ってもいい」
「どういう意味です?」
「拙僧も最近になって知ったことであるが、フェイスオンは死体の調達のために、魔物に人を襲わせていたのじゃ。その結果、怪我をした者は治療するが、死者は医学発展の研究のために解剖に使うとぬかして、回収しておったわ。あ奴は、直接人を殺すのは抵抗があるようでな。しかし間接的にであれば、良心の呵責が無いらしい。あるいは少し罪悪感が薄れるのやもな」
シモンの話を聞いて、ユーリは呆れると同時に、フェイスオンという人物に激しい嫌悪感を覚えた。
「結果的には実験のために殺されるんじゃないですか……。酷い……」
「うむ。罪を犯して罪から目を背ける。嘆かわしいのー」
怒りを帯びた声を漏らすユーリを一瞥し、シモンはニヒルな口調で言う。
(良心の痛みを和らげるために間接的に殺害して、自分に言い訳をしているという行い、直接殺している悪人以上に悪い人みたいに感じる……)
理屈で考えれば、良心の呵責も無く人を殺せる者の方が悪人に違いないが、ユーリは、それよりずっと悪いと受け止めてしまった。しかしどうして自分がそのように受け止めてしまったのか、ユーリにはよくわからない。
「つい先日、彼奴が野に放った魔物が結婚式に現れて、新郎の前で新婦を食い殺すような悲劇を起こした。新郎は自殺したよ。彼等の身内も逸しよう拭えぬ心の傷を負った。そんな事件を幾度となく起こしている。それを必要な犠牲と見過ごせるか? 否。拙僧は断じて見過ごさぬ」
(ノアがほっこり連呼していたあの事件か)
何でほっこりするのか、ノアの神経はわからないユーリだが、それでもユーリはノアを悪だとは感じない。
「彼奴めは足取りを巧みに隠しておりました。探知魔法でずっと探っていたのですが、中々見つからず――」
「で、その足取りが掴めたから、今こうして向かっていると?」
ミヤがシモンの言葉途中に口を挟む。
「はい。探知魔法では探れぬようなので、使い魔を作り、地道に探させていました。そして昨日、とうとう見つけたのです。儂が身を寄せていたお堂の近くです。ここから歩いて二時間程度の場所ですよ」
「ふん、近くにいて見つからないとは。灯台下暗しか」
「まさにそうでしたな。あるいはフェイスオンは拙僧がこの場にいる事を知っていて、わざと近場にアジトを構えたのかもしれませぬ」
「その可能性は高そうだね。お前の性格も考慮したんだろうさ」
「これは耳が痛いですな。カッカッカッ。いえ……笑いごとではありませんな」
シモンとミヤで会話を交わしているその最中だった。ミヤの精神に、念話の許可を求める信号が響く。
「首都から念話が入った」
バスケットの蓋を開け、ミヤが頭を出した。緊急事態が発生したので、バスケットの中で顔も見せぬまま話す気にはなれなかった。
「ソッスカー全域で暴動発生だそうだよ。いや、一揆って呼ぶべきかね」
「ええっ!? とうとうK&Mアゲインが動き出したってことですか?」
ミヤの報告を受け、ユーリが驚きの声をあげる。
「そこまではわからない。しかしかつてない規模の一揆で、山頂平野の貴族達が狙われているっていう話だ。さっさとこちらの用件を片付けて戻らないとね」
そう言ってミヤは、またバスケットの中に引っ込む。
それからしばらく三人は歩き続ける。
「師匠、見えました。あの小屋です」
シモンが立ち止まり、森の中に建つ小さな小屋を指した。
「本当に近いね。転移で行くと察知されそうだし、こっそり歩いてもうひと踏ん張りだ」
バスケットの中から出てきたミヤが言った。
「探知避けの魔法をかけておきます」
ユーリが断りを入れ、魔法をかける。
「カカカ、ユーリは気が利くのう」
「お前と違ってな。お前は昔から全く気の利かない小僧だったよ」
「カッカッカッ、面目無い」
ミヤの悪態を受け、シモンは禿げ頭を平手でぴしゃりと叩き、おかしそうに笑った。
***
ノアに飛びかかろうとするヴォルフを、ガリリネが片手を上げて制した。
「殺した? マミによく懐いていたじゃない。マミに向かって土下座して、足で踏みつけられて、ブドウジュースを頭からかけられていたじゃない。地面に零れたブドウジュースを舐めさせられて、美味しいと言わされてたじゃない。犬みたいに懐いていたじゃない。それなのに殺したの?」
「ガリリネ、君は本当に性格悪いね。俺は君のそんな所が大好きだよ」
にこにこ笑いながら罵るガリリネに、ノアも屈託の無い笑顔で言い返すと、炎の塊を空中に次々と出現させて、ガリリネとヴォルフに向けて飛ばす。
ガリリネは顔半分の黒い輪から、同じ黒い輪を続け様に射出する。
黒い輪は回転しながら飛び、向かってくる炎の塊に当たると、その回転速度を急激に上げて、炎の塊と共に空中制止し、やがて相殺してどちらも消えた。
「以前は僕の輪は消えなかったのに……」
ガリリネがノアを見て笑みを消した。ノアは笑顔のままだ。
一方でヴォルフはというと、炎の塊をぎりぎりで引き付けてから避けている。炎の塊は地面や樹木に当たって弾ける。
「以前より余裕が無い」「手数が多いし、速いし」
「前よりずっと強い」「別人のようだ」
ノアの攻撃を見て、ヴォルフの二つの頭が同時に行った。
「また僕達にいじめられて、お母さんに泣きつく展開になるかと思ったら、そうでもなかったね。マミを殺したとか、どんな事情があったか知らないけど、つくづく君達親子は業が深いもんだ。で、その後に魔法使いに正式に弟子入りしたのかな?」
ガリリネが嘲笑しながら、黒い輪を次々と飛ばしていく。
「限りなく出てくるけど、残数とか無いのかな」
飛んできた複数の黒い輪を、ノアが複数の光の矢を撃って迎撃しながら呟く。
「君の母さんと夢見る病める同志フェイスオンとの間に、どんな不和があったか、知りたくない?」
攻撃の合間に、ガリリネが嘲りたっぷりの口調で問いかける。
「興味ない」
「二人は一緒に冒険もしていたんだよ。人喰い絵本の中をね」
そっけない対応のノアであったが、ガリリネは構わず話す。
(母さんと一緒に人喰い絵本の中に入った時、母さんは言っていた。今はもう協力者はいないって。つまり昔はいて……それがフェイスオン?)
興味無いと言った矢先、ガリリネの話に激しく興味を抱いてしまうノアであった。
ふと、ノアは上から何者かが降りてくる気配を覚える
ペガサスに乗ったフェイスオンが現れ、木々の間を降下してきた。ペガサスは棺桶を二つ吊るしている。
「夢見る病める同志ガリリネ及びヴォルフ。楽しそうだね」
フェイスオンが柔和な笑みをたたえて声をかける。
「そしてノア、久しぶり。魔法使いの正装をしているという事は、名のある魔法使いの弟子になったという事だね。マミはどうしたの?」
「夢見る病める同志フェイスオン、面白い話を聞いたよ。ノアは自分の母親を殺したんだって。笑っちゃうよね」
ノアが答えるより前に、ガリリネがにこやかに笑いながら告げた。
フェイスオンの顔から笑みが消え、驚愕の表情になってノアを見る。
「フェイスオン、母さんと人喰い絵本の中に一緒に入っていたって聞いたけど、本当に? 詳しく聞きたいな」
「僕には知りたくないと言ってたくせに、夢見る病める同志フェイスオンには尋ねている。やっぱり知りたいんじゃない」
ノアが声をかけると、フェイスオンが答えるより前に、ガリリネがからかう。
「君も知っての通り、マミとは仲間だった時期もあった。でも彼女は強欲だし嫉妬深いしプライドが高いし怒りっぽいし……まあ、色々と大変だったよ。私とは比較的仲が良かったけどね」
「ついでに色情狂でもあったよね。そっちのもつれもあったんじゃない?」
「あると言えばあるけど、無いとも言える。つまりね……。君の前では言いにくいことだけど、彼女は私を誘ったが、私にはその気が無くてね。拒んだらとても怒って……」
口を挟んだメープルFに、苦笑しながら言うフェイスオン。
「私に恥をかかせたわねーっ」「ウッキーっ」
『とか叫んでた』
「その場面が容易に想像できる。気にしなくていいよ」
その時のマミの真似をするヴォルフに、ノアは心底うんざりした顔で言った。
「そして三対一か……。これは敵わないかな?」
三人を見渡し、ノアは頭を巡らせる。
(いくらなんでもこの三人相手に、僕一人ではね。何よりフェイスオンがいることが不味い。ミクトラを使っても勝てそうにない。それなら使わない方がいい。余力を残し、切り札も隠しておこう)
早々に判断するノア。
「降参。負け」
軽く両手を上げ、ノアは告げた。
(あとは先輩と師匠の救助を待つかな。悔しいけどさ。悔しいのはいつものこと。辛抱するのもいつもの事だった。負けて、堪えて、悔しい想いを噛みしめて、機を待つ。これくらいどうってことない)
今は降参した構えでいるノアだが、彼等との戦いを完全に放棄して諦めたわけでもなかった。
「どうするの? 夢見る病める同志フェイスオン。降参認めず始末する?」
『敵対した時点で殺されても文句は言えない』
ガリリネが問い、ヴォルフの二つの頭が同時に同じ台詞を口にする。
「降参した相手にとどめをさすのはが引けるよ」
優しい笑みを広げて、フェイスオンが言った。
「でも夢見る病める同志フェイスオン。ノアが僕達と敵対するのはこれで二度目だよ」
「正確には三度目だ」
「二年前は二回やりあっている」
ガリリネとヴォルフの二つの頭が言う。
「殺すのはやりすぎだして気が引けるけど、実験の協力くらいはしてもらおうか」
「俺の体を実験台にするってこと? それは楽しそうだ」
爽やかな笑顔で告げるフェイスオンに、ノアもにっこりと笑ってみせた。




