14-2 失敗作は廃棄するしかない
山中に建てられた小屋には、広大な地下室があった。
「58。上出来。しかし掌の先からもう一つ腕が生えている。保留」
地下室には透明の大きな筒状の容器が並べられて置かれている。
「62……頭部はいいけど足が三つ。しかも爪先が多重。保留。63から67までは使い物にならず。全て廃棄」
容器の前を白衣の男が歩く。足音と、済んだ美声だけが、地下室に響いている。
「68。上半身は上出来だが、顔半分がケロイド? 両脚は女の首から下が二つずつ……保留……いや、廃棄」
歩きながら容器の一つ一つをチェックして呟いているのは、線の細い、容姿端麗な青年だった。面長で、鼻筋が通っていて、顎が細い。少し垂れ目気味の、優しそうな顔をしている。
「69、両目から男性器が飛び出しているうえに、性器の先からまたもう一つ性器が生えている。このパターンにならない方法を知りたいが、廃棄」
しかし青年の頭部には、もう一つの顔があった。頭頂から額の上にかけて、女の顔がへばりついて、顔の外側にいくほど溶けていて、溶解している部分が蠢いている。女は真っ赤に口紅とキツめのアイシャドウを塗っており、青年とはうってかわって、怒りと怨嗟に満ちた形相だった。
「今日も相変わらず失敗ばかりね……。結構強そうな魔物を何体も使ってるのに」
女の顔が口を開き、陰にこもった声を発する。
「70。顔がのっぺりしすぎているが、特に体に異常は無し。保留。71。顔以外の全身が溶解して混ざり合っている。細い腕が三本首の下から生えて……見るに堪えない。苦しげに藻掻いているので、感覚器官が機能している模様。廃棄」
筒状の容器の中には、人の出来損ないが入っていた。白衣の青年が廃棄と告げた直後、彼の前にある筒の中にある、彼が口にした通りの状態の人の出来損ないの肉塊が溶けだし、あっという間に筒の中の液体と混ざって消えていった。
「夢見る病める同志フェイスオン、調子は如何れすか?」
地下室の入口の扉が開き、声がかかる。入口には一人の少女の姿があった。年齢は十一か十二歳くらいで、青年同様に白衣を着ているが、サイズがあっていなくてダブついている。顔にはこれまた、サイズのあっていない大きな丸眼鏡がかけられている。
「夢見る病める同志ロゼッタ。相変わらず進展は無いよ。今使っている魔物は上手く適合すると思ったのに、上手くいかない。でも今日の選別作業はまだ途中だし、試験体はまだ何回も使える。いいものが生まれるのを期待して頑張るよ」
男性の顔の頭部に女性の顔を持つ青年――フェイスオンが、柔和な口調で告げる。
「また新たな同志が増えるといいれすね」
「同志を増やすのが目的ではないでしょうに。貴方達の夢は、病を癒す方法の確立なんだから」
青年の頭部で蠢く女性の顔が、ますます怖い表情になって、棘のある口調で主張する。
「夢見る病める同志メープルF。これもまた大事な工程の一つだよ。同志が一人増えれば、それだけその夢に近づくのだからね」
「そんなことわかっているわよ。その工程さえ上手くいかず、目的に辿り着くまでが程遠い現状にイライラしているのよ。ま、私は貴方達の夢なんてどうでもいいんだけど、見ていると自然にイライラしちゃうのよ。それと私は貴方達の同志じゃないと何度言わせるの?」
フェイスオンが柔らかな口調で諭すと、彼の頭の上の女性の顔が、言葉通りに苛立たしさを露わにして吐き捨てた。
「気持ちはわかるけど、腰を据えてじっくりと行こう。私達の夢の先には、数限りない救済が待っているのだから」
頭部の顔――メープルFに向かって、柔らかい声で告げるフェイスオン。
「夢見る病める同志フェイスオン及びメープルF、ソッスカーの騒ぎは御存知れすか?」
丸眼鏡白衣の少女ロゼッタが、にこにこ笑いながら尋ねる。喋り方が少々舌足らずだ。
「K&Mアゲインにまつわる騒動だね。新聞で見たよ」
「あたちはあの組織に興味あるのれす。夢見る病める同志フェイスオンは魔法使いれすから、組織に入れて貰えるのではないれすか?」
「私は興味無いよ。あれは貴族を排し、王族と魔術師の復権を目論む秘密結社だろう? 私達の目的と何の関わりがあるんだい?」
「あたちは興味津々れす。組織に入ってみたいのれす。入らないにしても、今のうちに力を貸し、恩を売っておけば、革命が成功した後に力を借りる事もれきると思ったのれす」
「そういうのをね、東洋の諺で、捕らぬ狸の皮算用というんだよ? K&Mアゲインが今の体制を転覆できる保証も無いし、そんなことでリスクを負うわけにはいかないな」
「えー、お得な話だと思ったのれすが、残念無念なのれす」
にこにこ笑いながら話すフェイスオンとロゼッタ。
「確かジャン・アンリが副棟梁を務めているんだっけ」
「あの男がいる組織なんて、その時点でろくなもんじゃなさそうね」
フェイスオンの言葉に反応し、彼の頭にいる女性の顔――メープルFが、ただでさえ怖い顔つきをさらに忌々しげに歪める。
「ジャン・アンリって何者れすか?」
ロゼッタが問う。
「有名な魔術師だよ。魔術師でありながら魔法使いを凌駕するとも言われている。まあ、下手な魔法使いよりは確実に強いだろうね。彼とは昔仲間だったんだ。何度も行動を共にした」
「へ~、夢見る病める同志フェイスオンと知り合いなのれすか」
「ジャン・アンリと私は人喰い絵本の謎を解き明かすための、探索チームの一員だったんだよ。どちらかというと私達は、イレギュラー目当てだったけどね。私達以外にも、黒騎士団に内緒でこっそりと人喰い絵本の中に入る者は、わりといると聞いたことがあるよ」
和やかに喋りつつ、フェイスオンは時計を見た。
「そろそろ往診の時間だ。行ってくるね」
「行ってらっしゃいなのれす。留守番はお任せあれれす」
身支度を整えるフェイスオンに、ロゼッタは笑顔でぺこりと頭を下げた。
***
「……」
食事中、ノアは仏頂面だった。
「カッカッカッ、不味いか? はっきり申してもよいのだぞ」
シモンがそんなノアの顔を見て面白がる。
「不味い」
はっきりと言いつつも、ノアは食事の手を止めない。
「ふむ、拙僧の精進料理を不味いと申しつつも、しっかりと平らげる構えか」
シモンが感心する。
「食い物は絶対に大事にしろと、母さんからしつこいくらい教わった。そのせいで、出された食事を残すこと、出来なくなったんだ」
「ほうほう、立派な御母上じゃな」
「立派かもね。連続殺人鬼だったから。すぐ癇癪起こして俺をなじったり殴ったりしまくったから。そして俺に、『俺は世界一の無能ですゴミですカスです役立たずです出来損ないに生まれて母さんを怒らせてごめんなさい』って言わせて土下座させてばかりだったから。実に立派な母親だったよ」
褒めるシモンの方を向いて、ノアは壮絶に邪悪な笑みを称えて楽しそうに話す。
「ちなみに母さんは俺が殺した。連続殺人鬼だったし、それでめでたしめでたしだ」
「ふ~……師匠、難儀しているという意味、何となくわかりましたぞ」
大きな溜息をついて、シモンがミヤを見やる。
「ふん。儂はこんなんでも見捨てはせん。ちゃんと真人間に矯正してやるつもりじゃ」
早々に食事を終えたミヤが、くつろぎモードになって言った。
「師匠、先輩、ノアは言動はともかくいい子ですよっ」
ユーリが力強い声で訴える。ただ根拠もなく擁護しているわけではない。ノアがチャバックのために涙し、チャバックを助けるために会社を興した事を知ったうえで、確信している。
「それはない。俺は悪の中の悪。俺がいい子なんてとんでもない見誤りだ」
ノアがユーリの方を見て、ムッとした顔になって否定した。
「師匠、先輩。ちょっと俺別行動取りたい。この近くに知り合いがいるから、顔見せてくる」
食事を終えて、ノアは立ち上がり、断りを入れる。
「ふん。駄目だよ。こっちの用件が済んでからにしな」
「行ってくるねー」
「儂の言うこと堂々と無視するんじゃないよっ! ポイントマイナス8!」
笑顔で手を振ってお堂の外へと飛び出たノアに、ミヤが声を荒げた。
「師匠の言いつけを平然と無視するあの振る舞い、何ともフリーダムな弟弟子でありますな。拙僧は生まれも育ちも、全てが厳格な規律な中でしたが故、あのような者を見るのは新鮮と映ります」
王家に生まれ育ち、王家から去った後は僧として厳しい修行を受けたシモンである。
「何を言っておるか。お前だって若い頃は相当やんちゃしていたろうに。それでシモン。本当は魔物討伐じゃなくて、何か事情があるんだろ? 先にお話し」
「ふふ、見抜かれていましたか」
ミヤが鋭い視線と声で指摘すると、シモンは顎髭をこすって笑う。
「はっ、儂を馬鹿だと見くびっていたのかい? マイナス1。ただの魔物討伐に、お前がどうしても出張らなくちゃならない理由も無いだろうよ。お前にとっての因縁がある相手だろう?」
「お察しの通り、魔物討伐とは嘘です。その魔物を放っている者を討伐する予定です。最近ホンマーヤに凶暴な魔物が増えている理由も、おそらくはその男と見ておりますよ」
それまで正座していたシモンは膝を崩して胡坐をかき、神妙な表情になって真相を語った。
「その人は、先輩と近しい人なんですか?」
ユーリが尋ねる。シモンが最初はただの魔物討伐と誤魔化して、ミヤに指摘されてこのような表情をしている時点で、そうではないかと推察した。
「うむ。魔物を放っているのは拙僧の弟子なのじゃ」
***
お堂を出たノアは、魔法を使って飛翔した。
空を飛べば、そこそこ目立つ。お目当ての相手が近くにいれば、見つけやすいのではないかと判断したのだ。加えて、ノアの側からもこの方が探しやすい。
飛翔魔法だけではなく、探知魔法もかけて移動しながら、お目当ての相手を探す。
ノアの前方に、無数の黒い輪が現れる。下から飛んできた。
黒い輪は一つ一つ、意思がある生き物のように飛び、上から下から横からと、ノアに向かって飛んでくる。
それが攻撃だと知っているノアは、黒い輪を避けて飛び、一気に下降していった。探知魔法で相手の位置を特定できたのだ。
上空から黒い輪が追ってくる。そして下降している先からもさらに幾つかの黒い輪が、ノアめがけて飛んでくる。
ノアは黒い輪を撃墜せずにただ避けて、樹木の中に飛び込む。
その瞬間、双頭の狼男が空中のノアめがけて飛びかかってきた。
ノアが微笑を浮かべ、飛びかかってきた双頭の狼男と自分の間に、巨大な氷塊を作った。
狼男の上に氷塊が降ってくる格好となり、狼男は氷塊に直撃する。氷塊は強烈な冷気を帯びていて、狼男の体を凍らせていく。
『うごおおおぉっ!』
二つの頭が同時に咆哮をあげ、狼男は氷塊めがけて何度もパンチを放つ。
氷塊が落下する。ノアが着地する。
着地したノアは飛翔魔法と探知魔法を解いた。
魔法三つの同時重ねのうちの二つを解いたので、追撃してくる無数の輪に向かって光の矢を放ち、全てを迎撃した。
「そっちから遊びに来たんだね。二年振りかな」
目の前にいる少年に向かって、ノアが笑いかける。
「ノア、君が来たのは知っていたからね。その服、似合っているよ」
顔の半分が欠けて、欠けた部分に黒い輪がある少年――ガリリネが、愛想良く微笑み返した。その服とは、魔法使いの服装のことである。
「マミはどうしたの?」
「関係無いよ」
ガリリネの問いに、ノアの顔から笑みが消える。
「捨てられちゃった?」
「殺したよ」
しつこく尋ねてくれるガリリネに、ノアは少しむっとして答えた。
『うがあああっ!』
咆哮と共に、破壊音が響く。氷塊が砕け散ったのだ。
「あの時の続きだ」「今度は喉笛食いちぎる」
全身霜塗れになった双頭の狼男――ヴォルフが、ノアに向かって少しずつ歩み寄りながら、殺気を膨らませた。




