13-4 実権を握った貴族は駄目で、追放された王族はオッケーなこと
物語は午前にまで時間を遡る。
ミヤが連盟議事堂で会議に臨んでいる頃、旧鉱山区下層部の黒騎士団詰め所に、チャバックが訪れていた。
「ていうわけで、オイラは新しい仕事に就いたんだよー」
「そうか……」
嬉しそうに話すチャバックに、旧鉱山区下層部区部長のランドはうんうんと頷く。
隻眼の黒騎士ランドは、チャバックと知己だった。しかし今日は世間話をするためにチャバックをこの場に連れてきたわけではない。チャバックが務めていた清掃会社の社長と従業員が、揃って行方不明になったので、事情聴取のためだ。
魔術師にサイコメトリーの術をかけたが、行方がわからなかった。その時点でただならぬ出来事だ。しかしただ一人チャバックは生きているので、ランドはチャバックに話を聞こうとした次第であった。
チャバックは清掃会社を辞めるつもりで会社に行ったが、すでに誰もいなかったとの事だ。
(チャバックが関与しているとはとても思えない。この子が嘘をつくとは思えない。仮に何か関与していたら、すぐに顔に出る。そういう子だ)
ランドはそう結論づけた。
「おいすー……って、あれれ? 何でこんな所にあんたがいるのよ」
「あ、スィーニーおねーちゃん」
詰め所にやってきたスィーニーが、チャバックを見て訝る。チャバックはスィーニーを見て明るい表情になる。この詰め所はスィーニーにとってお得意さんなので、商売で訪れたに過ぎない。
「いや、大したことじゃないから気にしなくていい。チャバックとは顔馴染みだよ」
ランドが言う。
「そうだったんだ。世の中狭いって言えばいいのかな?」
何か誤魔化されている気はしたスィーニーだが、ランドとチャバックの様子が和やかなので、気にしないでおくことにする。
「あのねあのね、スィーニーおねーちゃん、オイラとうとう魔術を一つ習得したんだよー」
「マジで? 凄いね。どんな魔術?」
「じゃあいくよー」
スィーニーが目を輝かせると、チャバックが呪文を唱え始めた。
チャバックが右手を掲げると、魔力の明かりが掌の上に灯る。最も初級の魔術である。
「おー、やるじゃねえかチャバック」
「よく頑張ったねー」
素直に心から称賛するランドとスィーニー。魔術は努力さえすれば誰にでも習得できるものだが、初級の魔術でさえ、相当な努力が必要だ。魔術の習得を目指した者の七割は、初級の魔術さえ酒盗区できずに投げ出す。しかしチャバックは諦めずに成し遂げた
「いいなあ。俺も魔術使いたいもんだ」
目を細めるランド。
「ランドさんも覚えれば~?」
「貴族は魔術を習得してはいけない決まりがあるんだよ。そして魔術師や魔法使いになるなら、貴族を辞める決まりだ」
チャバックが言うと、ランドは肩をすくめて貴族の決まり事を教える。
「王族はまた話が別だけどな」
「王族なんているん? 王制は三十年前に廃止になったんでしょ?」
ランドの人場を聞いて、スィーニーが尋ねた。
「王族も王家も生き残っている。表舞台からは姿を消したし、一切の政治的関与は出来ないけどな。三十年前の貴族達の反乱で、王族の助命と引き換えに、王家と親密な関係にあった魔術師と魔法使い達は、矛を収めたって話もあるぜ。真偽は定かじゃねーが」
と、ランド。
「王族は魔術師や魔法使いになってもいいんだね~」
と、チャバック。
「ああ。王家の血を引く魔法使いが一人いる。七人の魔法使いの一人、シモン・ア・ハイだ」
「ようするに王家は実権が無くても、力が有る……」
ランドの話を聞いて、スィーニーは危ぶむ。
「K&Mアゲインはその王族を蘇らせようとしているのよね。もしK&Mアゲインが本気で反乱起こしたら、そのシモンていう人も、K&Mアゲインにつくのかな?」
「さーな。どういう御方か俺は知らないし、魔法使いが敵に回ったら、恐ろしいな。魔法使いってのは、魔術師より全然強いんだしよ」
スィーニーの危惧に対し、ランドは皮肉っぽく笑いながら、誰もが知ることを口にした。
***
「あ~ら、お二人でデート?」
詰め所を出たチャバックとスィーニーに、買い物袋を抱えたブラッシーが声をかける。
「ち、違うようっ」
慌てて否定するチャバック。
(すごい庶民的というか……。滅茶苦茶お金かかってそうな服装して、買い物袋抱えているミスマッチさが何とも……)
ブラッシーの格好を見て、スィーニーは微笑を零す。
「丁度いいわ。貴方達も私のうちに寄ってきなさい。美味しいお茶を淹れてあげるわ。ユーリ君とノア君も来てるのよん」
断る理由も無く、スィーニーとチャバックはブラッシーに誘われ、彼の家へと向かった。
「はい。ここが私のうち~」
「えっ? ここって……」
ブラッシーが指した建物が教会堂だったので、スィーニーは驚く。
「吸血鬼なのに教会に住んでるなんて……」
「私は真祖だから、太陽の光もへっちゃらだし、そういうのは気にしないのーん。ささ、入って~。ユーリ君とノア君も中にいるわーん」
明るい笑みを満面に浮かべ、弾んだ声で促すブラッシー。
教会の扉を開くと、正面奥に人の二倍ほどの高さの神像が設置されていた。神像の目からは涙のように赤いペンキが塗られ、胸には馬鹿だのアホだの邪悪な独裁者だのと罵倒の文章が書かれ、頭部にはお椀を被せられ、手には箒を持たされ、股間からはバナナを生やされている。
「うわあい、ナニアレー」
「ちょっ、ちょっと~……」
神像を見て、チャバックが歓声をあげ、ブラッシーは顔を引きつらせる。
神像の足元にはノアがいて、魔法で神像の股間にオレンジを取り付けている最中だ。
「こらーっ、何してるのーっ、ノア君っ」
ノアの仕業であることは明白であった。ブラッシーが叱る。
「ふふふふ、見ての通り。神を穢してみた」
邪悪な笑みを浮かべるノア。
「罰当たりね~ん。地獄に落ちるわよー」
ブラッシーが魔法で、神像の悪戯を全て消去して無かったことにした。
「せっかく苦労して穢したのに、ひどいな」
ぶーたれるノア。
(教会……か。ア・ハイ群島では入るのは初めてよね。ていうか、ア・ハイは宗教が少ないのよね)
スィーニーが教会内部を見渡して思う。
ア・ハイ群島で唯一の公認宗教は、ただ『教会』と呼ばれる存在だけだ。そしてシンプルに神と呼ばれる存在を崇めるだけの一神教である。
地方には非公認宗教もあるという話である。特に東洋から来た、ブッキョーと呼ばれる宗教が流行っているとのことで、スィーニーもその宗教は知っている。
ユーリ、ノア、チャバック、スィーニーを応接室に招き入れ、ブラッシーが茶と茶菓子を用意する。
「ブラッシーさん、お茶が好きなの? って、このコレクション見たら一目瞭然よね」
スィーニーが棚を見ると、様々な種類の茶葉の袋や缶が並んでいた。
「ええ、世界中から色んなお茶を取り寄せてるわ~ん」
「何なら私が珍しいお茶注文してあげよっかー?」
「あらあら、嬉しいわね~。じゃあこの棚に無いお茶があったら、是非仕入れておいて~ん。お金ならいくらでも出すわよー」
「任せて。レアかつ美味しいお茶集めまくってあげんよ。私のこのサファイアの瞳の目利きは確かなんだから」
「期待しちゃうわ~ん」
スィーニーとブラッシーの会話を聞いて、ノアは顎に手をあてて思案する。
「スィーニーの目利きか。新しいイベントに利用できそう」
「どんなイベント?」
ノアの呟きを聞き、ユーリが尋ねた。
「家にあるものでも、落ちているものでもいいから、とにかく珍しいものを持ってこさせて、スィーニーに鑑定してもらうんだ。一番珍しいものを集めた人が優勝。そして持ってきたものは全てまきあげて、スィーニーに買い取ってもらう」
「いいね~、スィーニーおねーちゃん、頑張れー」
ノアの案を聞き、チャバックがスィーニーに歓声を送る。
「それ、私の負担が計り知れないけど……まあ、面白そうだから一回くらいはやってもいいかもね。思わぬお宝とか手に入りそうだし」
苦笑しつつも乗り気になるスィーニー。
(今からホンマーヤ地方に向かうよ。帰って支度しな)
その時、ユーリとノアに同時に念話が入り、二人は顔を見合わせた。連盟議事堂に呼び出されていたミヤからだった。
***
K&Mアゲインのアジトに、幹部全員と集結していた。
創設者である魔法使いアザミ・タマレイ。副棟梁の魔術師ジャン・アンリ。アザミの兄である魔法使いシクラメ・タマレイ。元魔術師ギルドの長、パブ・ロドリゲス。そしてアザミに連れて来られてきた魔法使いのマーモ。その他数名が、長テーブルに向かって並んで座っている。アザミがいるのは、テーブルの先端だ。そしてアザミに近い位置ほど、高い席次の幹部である。
「よう、野郎共、元気してたか?」
アザミがテーブルの上にあぐらをかいて座り、一同を見渡して悪戯っぽく笑ってみせる。
「ああ、そいつはマーモな。知ってんだろ? 今日からうちの一員だ。歓迎するぜ、マーモ」
「よろしく……」
アザミがマーモを指すと、マーモは座ったまま短く挨拶する。
「アザミ、その大荷物の中身は何かね?」
「秘密だ。ま、西方から持ち帰った役立つグッズ――とだけ言っておく。仰天の切り札もあるぜィ」
ロドリゲスが尋ねたが、アザミは悪戯っぽく微笑んで人差し指を口元に立てる。
「この部屋までわざわざ持ってきたのだから、公開するのかと思いきや、土産はあるけど勿体ぶって秘密アピールとは、如何なものだろうか? まあそれはともかく、アザミとシクラメの帰還を祝い、絵を描いてきた」
ジャン・アンリが指を鳴らすと、アザミとシクラメの前に布にくるまれた絵が出現する。
「わぁい、ジャン・アンリ、ありがとさままま~。うわあ、僕がとっても可愛く描かれているよう。嬉しいなあ。相変わらず絵上手いねえ」
シクラメは布を広げて、自分の顔の絵を見て、心底喜んでいる。
「あたしはいらねーよ。ゴミに出しとけ。で、お前、今のは魔法だよな。昇華の杯はお前が使ったってわけだ」
「いいや? 私は使っていない。彼女に渡して、魔法使いにした」
アザミが絵を無造作に床に投げ捨てて指摘したが、ジャン・アンリはかぶりを振り、末席に座っている女性を指した。
「私には必要無いという事にしておこう。首尾よく人喰い絵本の中で、私と同じ魂の者と出会い、魂の中の輝く光を同調させて、イレギュラーの力を得る事が出来た。そんな私の力をさらに強化するより、別の魔術師の力とした方が、組織としての力の底上げになるというわけだ」
朗々たる口調で告げるジャン・アンリ。
「しかし……今使った魔法は、あいつの魔法じゃねーだろ。お前のいる場所で魔法が使われた気配があったぞ。明らかに呪文も無しに瞬間的に魔力を用いた。魔道具を使った気配でもねーぞ」
「そうだな。その通り、今の魔法は、私が使わせた魔法だ」
アザミの指摘を認め、ジャン・アンリは再度指を鳴らす。
テーブルの上に、巨大な虫が出現した。体長1メートル近い巨大なテントウムシ――ナナホシテントウだ。
テントウムシがゆっくりと翅を開き、胴体を見せる。K&Mアゲインの幹部達は絶句した。絶望しきった表情の女性の顔が、テントウムシの胴にへばりついていたのである。
「アデリーナ……」
マーモが息を飲み、テントウムシの胴にへばりついている女性の名を口にする。ア・ハイの名の知れた魔法使いの一人、五番目の実力を持つとされる新緑の魔女アデリーナの顔だった。
「これを見せれば、口頭で説明せずとも理解してもらえたか? うむ。各々の表情を見た限り、理解してもらえたということにしおこう」
一同の強張った表情を見て、一人納得するジャン・アンリ。
「アデリーナを虫の中に取り込み、使役しているわけかよ。ケッ、お前、ますます化け物じみてきたぜ」
「すごーい。ジャン・アンリ、ますますパワーアップしちゃったんだねえ。頼もしいよう」
アザミは硬質な声で吐き捨て、シクラメは屈託の無い笑みを広げて感心していた。他の面々は畏怖と戦慄の眼差しをジャン・アンリに向けている。
「私が得た力はこれだけではない。私はイレギュラーを得るために、何度も人喰い絵本の中に入り、彼の世界の住人達と接触し、交渉した。そして図書館亀との交渉で、私の魂の横軸である者――お鼠様と引き合わせてもらい、その魂を私と交わらせることで、私は大きな力を得たというわけだ。理解してもらえたか?」
自慢するというわけではなく、淡々と事務的に自身の持つ力を解説するジャン・アンリ。
「わー、すごいすごおい。ジャン・アンリがいたら百人力だあ」
他の面々が静まり返る中、シクラメだけが無邪気に笑って拍手など送っている。
「で、こちらが擁立する王家の者は?」
空気を変えるニュアンスも込めて、ロドリゲスがアザミに伺う。
「ケッ、不安か? ぬかりねーよ。ちゃんとナシつけてあんぜ」
ロドリゲスの方を向いて、アザミは不敵な笑みを浮かべてみせた。
やや中途半端ですが、十三章はここでおしまいです。




