13-2 無理だとわかっていても歩き続ける
K&Mアゲインの蜂起を促す張り紙が、ソッスカーの至る場所に大量に張り付けられた翌日。
ユーリとノアは今日も朝から魔法の修行に励んでいる。
ノアの前方で、七つの小さな魔力塊が、それぞれ異なる色を帯びた状態で浮かんでいる。七つの塊は数秒ごとに一斉に色を変えて、同じ色が同時に二色存在する事は無い。
「ノア、七色同時変化の修行、もうマスターしたんだ……」
ノアが目に見えて技を磨いている事に対し、ユーリは驚いていた。
ユーリに褒められても、ノアは反応しない。複数の魔力の性質を同時に操るための修行に集中している。集中力、想像力と創造力、精密な動作を行うための修行だ。
「凄い変化というか……ノアの成長速度が早すぎて怖いくらいです」
「教え方の問題だね」
感心するユーリに、ミヤが告げた。
「XXXXは魔法使いとして、それなりに実力はあったさ。しかし……今のユーリの急成長を見るに、師としては良いものでは無かったと、断言できるよ」
「このままじゃ僕、あっさり追い越されちゃいそう」
「馬鹿なことを言って。マイナス2」
「何でです?」
突然のポイントマイナスに、ユーリは目を見開いた。
「教え方の悪さと、教えるべきポイントの穴埋めで、欠けた部分が埋められているから、急成長しているようにみえる。そういう話をしたばかりなのに、伝わらなかったのかい? お前は頭がいいんだか悪いんだかわからないね。たまに抜けてる」
「ようするに、ある程度のラインまでいけば、俺の成長速度が緩やかになってしまう?」
魔力の塊を消して、ノアが質問した。
「そういうことさね。時間をかけてじっくりやるゾーンもあれば、センス次第では簡単にものにできることや、いつまで経っても会得できないこともある。魔力の使い方は縦横無尽だ。決まりきった術しか発動できない魔術師と違って、幅広い形で力を扱えるが、それには魔術師以上に修行に励まなくてはならないんだよ」
ミヤが講義している間に、呼び鈴が鳴った。
訪れたのはブラッシーだった。
「ミヤ様~ん。その後体調はどうなの~ん?」
「ふん、おかげさまだよ」
両手を胸の前で合わせて明るい表情で尋ねるブラッシーに、ミヤは鼻を鳴らす。
「師匠、最近咳をしなくなったんですよ。ブラッシーさんが届けてくれた健康グッズの数々のおかげです」
「あら~ん、それはよかったわ~ん。ミヤ様、くれぐれも御自愛してね~ん」
ユーリが報告すると、ブラッシーは言葉とは裏腹に、笑みを消して目を細めた。
(ブラッシーさんは見抜いている? 師匠の体調がどの程度回復したか)
ブラッシーの表情の変化を見て、ユーリは勘繰る。
「お前達は修行の続きをしな。お前はあの子達に邪魔になるからこっちにおいで」
ミヤがブラッシーを広間から、滅多に使わない客室へと連れて行く。この家では大抵、客が来ても広間でそのまま応対する。
「ミヤ様、延命に必死になるようなキャラじゃなかったのにねえ。そんなにあのお弟子さんが可愛いの~?」
客室でミヤと向かい合って座り、ブラッシーがからかうような口振りで言った。
「あの子の人生は、儂が狂わしたようなものよ。儂のせいで、母親も死んだ」
ブラッシーとは対照的に、重い口調で真面目に話すミヤ。
「あの子はまだまだ半人前だからね。せめてあの子が一人前になるまでは、儂も生きて面倒を見たい。そのために儂も、出来るだけのことをして延命したいと、そう思ってね。ま、出来る事はもう少ないけどさ」
「なるほどね~ん。ところで、昨日、町中に張られていたK&Mアゲインの張り紙に関して、知ってる~ん?」
「ああ」
「あれ、一般人の仕業だったらしいわよん。K&Mアゲインに期待していたみたい。張り紙貼った子は病気で死んじゃったって。可哀想な話よ~ん」
「儂も聞いたよ。あんな若さで過労死なんて……哀れだとは思うが、それを体制のせいにしてもね……。それは違うだろうって話さ」
あの張り紙よりも、張り紙を貼った子供が死んだという事実によって、選民派貴族への風当たりは一段と増したと聞き、ミヤは馬鹿馬鹿しく感じていた。
「ただでさえエニャルギー不足で不満溜まってる所に、昨日の事件だし~。K&Mアゲイン待望論まで出ちゃっている始末よ~ん」
「まさかその子供の顛末も含めて、K&Mアゲインの仕掛けじゃないだろうね」
「アザミちゃんがそんな酷いことすると思うの~ん?」
「アザミがしなくても、他の奴はわからないさ」
否定的なブラッシーに、ミヤは鼻を鳴らした。
一方、広間で修行中のユーリとノアは、ミヤがいないのをいいことに、修行しながら雑談を交わしていた。
「先輩は一人前の魔法使いになって、何かしたいことがあるの?」
「一人前ってのがどの程度を指すか、僕にはわからないけど、僕の目的はあるよ」
「何?」
ユーリの言葉を聞き、興味深そうに目を輝かすノア。
「人喰い絵本の謎を解いて、消し去りたい。僕の母さんを奪って、今なお多くの人の命を奪っているから」
ユーリの言葉を聞き、複雑な気分になって表情を曇らせるノア。
(俺は母さんを殺したけど、先輩は母さんの仇を討ちたいんだ。つまり、そう思わせるような、いい母さんだったって事だね。羨ましい。つまり、俺よりは幸せだったんだ)
「どうしたの?」
「いや、何でも……」
訝るユーリに、ノアは誤魔化す。
「あと……これは師匠に内緒にしておいてほしいけど」
「待った。この前は内緒話して嬉しいって、俺も言ったけど、撤回するよ。内緒にして欲しいことなんて、無理して言わなくていい。俺は口が軽いから。そもそもまだ弟子になって大して時間も経っていない俺に、俺より付き合いの長い婆に内緒にしたい話なんて、軽々しく話していいものなの?」
何か言おうとしたユーリを、ノアが制する。
「ノア、どうして心変わりしたの?」
「やっぱり……あんな婆でも俺達の師匠だし、隠れてこそこそは……駄目かなと、考えを改めた」
「ノアって、根は真面目なんだねえ。僕よりずっと真面目だよ」
「そんなこと言うんだ。ムカつく。じゃあその内緒話聞いてやる」
「どういう理屈?」
いきなり考えを180度変えるノアに、ユーリが微笑む。
「あのさ……師匠を助けたい」
神妙な面持ちになって、ユーリは静かに、そして力強い口調で言った。
「師匠……ずっと咳ばかりしているし、どんどん体調悪くなっている。いろんな薬や魔術を試したけど、駄目なんだ。何の病気かもわかららなくてさ……」
「最近は咳してないって、先輩、今あのオカマの前で言ってたじゃない」
「師匠、魔法で誤魔化してるよ……。ブラッシーさんの薬が効いたように振舞っている。咳をしても音が立たない魔法使ってる」
「オカマ吸血鬼の持ってきた薬、全然効いてないってこと?」
ノアの問いに、ユーリは首を横に振る。
「全然ていうわけでもないと思う。以前より動きがきびきびしているように見えるし、側にいても、前より生気が戻っていると感じるしね」
しかし完治には至っていない。いずれまた状態が悪くなるだろうと、ユーリは見ている。
「そっか。俺に出来ること……何が有るかわからないけど、協力できる事があれば協力する。あの婆はもう俺の師匠でもあるんだから」
「うん、お願い」
ノアの申し出を受け、ユーリは微笑んだ。
(あともう一つ目的、あるんだよね)
ユーリは思う。これはノアにもミヤにも言えない目的だった。
(セントをこっちの世界につれてきたいんだ)
***
「やあやあ、懐かしい風景だよ。やっと帰ってきたねえ」
崖沿いの狭い坂道を登りながら、少年は表情を輝かせ、声を弾ませる。
眩いほどに純白のとんがり帽子と純白のマントという出で立ちの、十代前半と思しき小柄な少年だ。やや不釣り合いに大きなサイズの眼鏡をかけている。愛嬌いっぱいの人懐っこい顔には、朗らかな笑みが広げられている。
「ねえねえ、お兄ちゃんが思うに、ア・ハイ群島の七人の魔法使いの力の序列って、とっくに変わっていると思うんだ。お兄ちゃんは四番目って事になっているけど、実際は二番目くらいなんじゃないかなーって思うんだよねえ」
少年が明朗快活な笑顔で、坂道を歩いてくる少女に向かって喋る。
「ケッ、んじゃあ、あたしは何番目だ? まさか三番目か?」
少年の後方を歩く少女が顔を上げて問う。若干藪睨みではあったが、小作りな顔は整っている。美少女と呼んでも遜色無い。
少女はとても担げそうにないサイズの大荷物を背負って、坂道を歩いていた。しかし重量は問題無い。魔法で極限まで軽くしてあるからだ。少女は少年と同じく十代前半だが、背は少年よりやや低い。ぼろぼろの赤いマントを羽織り、マントの下はボーイッシュな格好だ。帽子もぼろぼろで、頭髪はほぼ見えてしまっている。帽子のつばはどうにか残っているが、クラウンの部分はそっくり無くなっている。
「アザミは四番目だよう。実際はサユリの方が強そうだよう。でもひょっとしたらアザミが三番目で、ミヤが四番目かもねえ。そして一番は僕で、サユリが二番」
「何だそりゃ。どういう理屈で順番入れ替えてるんだよ」
「ミヤは死期が近づいてるって言っちゃっていいのかなあ。魔力も衰えて、もしかしたらお兄ちゃんにもアザミにも、勝てないかもしれないと思うんだよねえ。アザミはどう思うぅ?」
少年の喋り方は、声のトーンが上がり気味で、まるで幼子をあやしているかのような、非常に柔らかい声とイントネーションだった。所謂マザリーズと呼ばれる代物に近い。
そのうえ少年は、身振り手振りがかなりオーバーだった。喋りながら、両手を胸の前で合わせて左右に傾けたり、いちいち小首を傾げたり、口元に掌を当てたり、両手を腰に回して上体をかがめて上目遣いになったり、手をぱたぱたと振ったりと、妙に女の子らしい仕草が多い。
「魔力そのものは衰えているかもな。でも油断していい相手じゃねーぞ。魔法使いの優劣は、単純に魔力で決まるもんじゃねーからよォ。ミヤはア・ハイで最年長の魔法使いだ。知識、技術、応用力、創造力、経験値、どれをとっても一級品だ」
アザミと呼ばれた少女が、不敵な笑みを浮かべる。
「ジャン・アンリの連絡にあった、昨日のK&Mアゲインの張り紙の話はどう思う?」
少年が白い帽子のつばに手をかけて、アザミに伺う。
「完全に想定外の展開だな。おかげであたしが帰る直前に、警戒されちまった。しかし同時に、ア・ハイの民衆に火をつけ、味方にしやすくなったとも言える。怒ってしまった状況は、上手く利用させてもらうぜィ」
「ううう……その死んだ子が可哀想……。酷いよ。あんまりだよ。ああ、アザミ、泣かないでえ。おー、よしよし、お兄ちゃんがついてるよ」
「泣いてるのは糞兄貴の方だろうが」
泣きながら、頭を撫でようと伸ばしてくる少年の手を、アザミは鬱陶しそうに振り払った。
「死んだ子の家族はどうなったんだろう? 心配だよ。親切な誰かが気にかけて面倒を見てあげればいいんだけどねえ。そもそも最初から誰かがその家族のことを知って、親切にしてあげれば、こんなことにはならなかっただろうに。でも皆そんな余裕も無いんだろうねえ」
悲しそうな口調で、少年は話し続ける。
「でも僕達の理想が叶えば、もうそんなことも無くなるよ」
「ケッ、悲劇を無くすなんて無理だろ。せいぜい少なくする程度だ。どうしたって、いつかどこかで理不尽が生じ、悪が嗤い、誰かが悲しみに暮れるように、世界は出来ていやがるんだからよ」
吐き捨てるアザミの瞳に、暗い炎が一瞬揺らめいた。過去の様々な記憶が、アザミの脳裏に浮かんだのだ。
「だが……だからっつって、歩みを止めたりゃしねえ……。諦めるわけにゃあいかねーけどな。無理だとわかっていても、その無理を目指していかねーと。それが人ってもんさ……」
呪わしい記憶を蘇らせながら、様々な感情を胸に去来させながら、アザミは決意と怒りを込めて言い放つ。
「あらあらアザミ? 浮かない顔してるよー。これからのことが心配なの? 大丈夫だよう。何かあっても、お兄ちゃんが必ずアザミのことを守ってあげるから。今までだってそうしてきたでしょー?」
少年がアザミに向かって大きく両腕を広げて、慈愛に満ちた笑みを広げる。
「そーだったかな?」
「はーい、だっこしてよしよしあげようねえ。ぶべっ」
「いらんわ。触るな。刺すぞ」
アザミに抱き着こうとする少年であったが、アザミは少年の顔に掌を押し当てて拒む。
「しかしこうなっちまったら、計画を前倒しした方がよさそうだぜ。ジャン・アンリに動いてもらうか」
「彼はとっても頼りなるよねえ。変人なのが玉に瑕だけど」
「兄貴も相当変人だろ。自分が変人のくせに他人を変人呼ばわりすんなっての」
少年の言葉を聞き、アザミは笑いながら突っ込んだ。




