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12-1 世界はもうとっくに壊れている

 ノアが会社を設立してから一週間後。ミヤの元に、人喰い絵本の先発隊救出の依頼が入った。


 ミヤ、ユーリ、ノア、イリス、アベルの五名で、人喰い絵本が現れた空間の歪みに向かう。


「被害者は一名。偏屈な高級職人という話ですよー。腕は確かだが、弟子も取らない時計職人だとさ~」


 依頼する際にイリスがそう伝えていた。


「前も時計細工の職人が吸い込まれたことありましたね」

「そうだね」


 ユーリが言い、ミヤが頷く。


「時計と聞くと、うちにあるあの、不気味な笑顔の爺のついた古時計思い出す。あれも高価そうな骨とう品」

「あ、私も知ってまーす。あの柱時計って目につきますよねー。何か思い出の品なんですー?」


 ノアの言葉に反応して、イリスがユーリとミヤの方を向いて問う。


「実は僕も知らないなんです」

「さーね。教えてやらないよ」


 ユーリが帽子のつばに手を添えて言い、ミヤは意地悪い口調で拒む。


「えー? ってことはやっぱり特別な品っぽいようですよー。へっへっへっ、こうなるとますます知りたくなっちまうってもんですねー」

「しつこいよ、マイナス1」

「おおおう、ミヤ様のマイナスとんできたーっ」

「弟子以外にもマイナスする意味ってあるの?」


 ミヤにマイナスを食らい、イリスは何故か嬉しそうな声をあげ、ノアは疑問を口にする。


 やがて五人は現場に到着し、巨大な空間の歪みの前に立つ。


「じゃあ入るとするよ」

「よっしゃあっ」


 ミヤが促すと、イリスが歓声を上げて羽ばたき、真っ先に空間の歪みの中へと飛び込んでいった。


***


 スィーニーはア・ハイ群島の、地方の島へと出向いていた。


 ア・ハイ群島の大半の島は、高く隆起している。海岸線は際立った岸壁であり、海岸の砂浜がほとんど無い。故に島と島の間の移動は船を用いずに、ペガサス等の飛行生物や飛空艇等を使い、漁もあまり行われていない。

 首都ソッスカーも大きな山一つが首都という扱いになっているが、ア・ハイ群島の面積の大半は標高の高い山々に覆われている。現在スィーニーがいる場所は、ソッスカー山頂以上に標高が高く、空気も薄かった。


 行商人としての仕事をこなす一方で、スィーニーはもう一つの仕事もこなしている。ア・ハイ群島の首都だけではなく、地方の様子を調査し、スィーニーが所属する機関に報告を行わないといけない。


「おいおい、もうちっと高く引き取ってもらえんのかい、これは」

「ダメダメ。こいつはこの値段が相応。私のサファイアの瞳の目利きを舐めなさんな」


 老人が並べられた商品を凝視しながら懇願するが、スィーニーは腕組みして、茶目っ気たっぷりの笑顔で拒む。


「しかし、スィーニーちゃん、前と会った時よりずっと明るくなったねえ」

「よく言われるわー、それ。明るくなるようにしたってのと、自然とそうなったのが半々かなあ」


 老人に指摘され、頬を掻きながら照れ笑いを浮かべるスィーニー。


「好きな子でも出来たのかと思ったよ」

「えええっ、またこの爺は……。ナントカハラスメントだよ」


 助平面になって言う老人に、スィーニーは笑いながら言い返した。


「魔物には気を付けなよ。ここは都会と違って、魔物が出るからねえ」

「都会には魔物の代わりに人喰い絵本が出るけどね」


 手を振りながら老人と別れ、賛同をしばらく歩いた所で、スィーニーの表情が劇的に変化した。

 硬質な表情で、周囲に誰もいないことを確認して、呪文を唱える。遠距離の、とある人物との念話を行うための呪文だ。


 念話を繋げたスィーニーは、見聞きしたことを報告する。


(御苦労様でした。スィーニー。新たな指令です。アザミ・タマレイという魔法使いに関して、情報を集めて報告してください。ただし、迂闊に近寄らないように。危険ですから。アザミ・タマレイはもうそろそろ、ア・ハイへ帰還するはずです。つい最近までア・ドウモで散々暴れてくれて、被害甚大です。魔道具も多く盗まれました)


 念話の相手からの通達は以上だった。


(何でだろう? メーブルCのこと、考えるだけで凄いストレスになってる。連絡しなくちゃいけないってことを考えてもストレスだし、会話している時はもっと強いストレスになってるんよ……)


 自分に大事な任務を与えたその人物は、スィーニーにとって恩人であり、敬うべき相手であるはずだ。しかし今のスィーニーには――


「何かが壊れた? とっくに壊れている? 大事な何かが壊れた?」


 スィーニーは虚ろな眼差しで山を見上げ、うわごとのように、そんな台詞を呟いた。


***


・【少年は戦場で踊る】


 死体の中に潜んでもう何日になる? 死体の中で眠るのももう慣れた。


 つい一ヶ月前まで俺は自分に酔っていた。俺に敵う者などこの世にいないとまで思っていた。今となって何と酷い思い上がりだと、自分が滑稽すぎて笑えてくる。

 この一ヶ月で、何年もの月日を過ごしてきたかのように、俺の価値観は変わってしまった。


「お前がいるから安心して後ろを任せられるよ」


 そう言っていた年長の戦友は、俺をかばって死んだ。


 その後、俺は死体の中に潜ったまま、機を伺っている。


「世界はもうとっくに壊れている。その壊れた世界で足掻くことに何の意味が有るのか」


 声に出して呟く。


「かつて拙者も同じことを思うたよ」


 すぐ隣で声がした。俺と同じように、死体が折り重なって廃棄されている中に潜んだ年配の男だ。こんなことをしているのは自分だけかと思ったら、そうでもなかったというわけだ。


 死体は腐敗しない。乾燥してカラカラになっている。この熱せられた岩石砂漠地帯の中ではそうなる。

 俺達は死体に残った水筒を奪って、渇きを潤していた。死体が携帯していた食料を奪って、餓えも凌いだ。


「拙者の答えはこうじゃ。世界は壊れてなどいない。この世界を歩む価値も意味もある」


 こんな状況であるにも関わらず、男の声は明るい。


 やがて人の声が一切しなくなった。


 俺の部隊はキャンプを襲撃され、壊滅的な被害を受けた。敵軍は俺達のキャンプに居続け、俺ともう一人の兵士は、死体の中で奴等がこの場所から離れるタイミングを狙っていた。

 やっと死体の中から起き上がり、外気を吸う事ができた。空を御目にかかれた。乾燥した死体の中から這い出たら、美しい満天の星空だ。

 もう一人の兵士は東洋人の中年だった。痩身だが、歴戦の強者だということは一目でわかる。身体のあちこちに古傷が見受けられる。


「何じゃお主、楽しそうな顔をしているのー。死体の中はそんなに気分がよかったかね?」


 冗談めかす中年兵士。


「死体から出られて、また暴れられるから嬉しいんだよ」

「戦は好きかね?」

「まだ一ヶ月しか経ってないし、そのうちの何分の一かは死体の中に隠れてたけど、大好きさ」


 心底そう思って言い切る俺。


「俺はこっちが合っている。あっちではずっと厄介者扱いだった。あっちに居場所は無かった。全て否定された。生きる目的も見いだせなかった」

「ああ、今更だが、名乗りもせんかったな。拙者はソウヤだ。ソウヤ・ヒガシフ」

「コズロフだ」


 東洋人の男と俺が名乗り合う。俺は苗字しか名乗らなかった。本名は気に入らない。


 その後、俺とソウヤで、キャンプ地を離れていった敵軍に、後ろから大砲で砲撃しまくってやった。

 まさか今までキャンプしていた場所に、敵が潜んでいたなんて、思いもよらなかっただろうよ。そしてキャンプに設置された砲台を持ち運び出来ないと見るや、そのまま置いていくという間抜けを晒して、結果は吹っ飛びまくり、爆死しまくとり、あー、実に気分爽快だ。死体の中で何日も過ごした甲斐があったってもんだ。


 しかし敵軍の数は多い。すぐに引き返してきたが、俺とソウヤは必死で逃げる。


「ふははははっ! やってやったのーっ!」

「ああ、ざまあみろだ! ははははははは!」


 並んで走りながら、二人して大笑いしあう。


「む、あれは敵将のハンチェンじゃな」


 ソウヤが振り返り、一人だけラクダに乗って走ってくる男を見て言った。


「将が一人で突出かよ。よっぽど腕に自信があるのか?」

「そういうことであろうな。どれ、拙者も腕に自信ならある。御賞味してしんぜよう」

「おうよ」


 二人して立ち止まり、振り返ってハンチェンを迎えうとうした。


 その時、俺達が走っていた方向から、新たな兵士達が現れた。

 敵かと思ったが違う。味方だった。そして敵の数より明らかに多い。


「ここにきてツキだしたぜ」

「ふっ、死体の中にいた分、拙者達に……」


 ソウヤの言葉は途中で止まった。


 ハンチェンの下半身がラクダの中へと埋まっていった。ハンチェンの上半身が膨らんでいき、全身から湾曲して棘が突き出した。腕が新たに四本生えて、計六本になった。口の端が大きく割け、開いた口の中には牙がびっしりと生えていた。


 化け物と化したハンチェンを見て、俺もソウヤ、味方の兵士達も慄いた。


 ソウヤと俺と味方の兵士達で、化け物となったハンチェンと戦いだしたが、まるで歯が立たずに、次々と――


***


 空間の歪みの先に待ち受けていたのは、岩石砂漠だった。


「ふん、また露骨に嬲り神が改ざんしているね」


 ミヤが岩の上の一つに乗り、鼻を鳴らして後ろ足で首筋を掻く。


「脈絡もなくハンチェン将軍が怪物になっているあれですねー。本来の物語では、多分将軍が斃されていたのではないでしょーか」


 ミヤの向かいの岩の上に降りながら、イリスが言った。


「モノローグが全然絵本的じゃない。今回に限った話じゃないけど。そもそもこれまで入った人喰い絵本は皆、絵本という雰囲気がしなかった」


 ノアが感想を述べる。他の四人もノアに同意だった。


「あれ? 先輩?」

「ユーリ君?」


 突然ユーリの服装が変わったかと思ったら、その姿が消える。


「先輩? 今のが、話に聞いていた、役の変更?」


 ノアが言った。


「コズロフかソウヤのどちらかになったのだろうよ。服から見て、多分コズロフだろうね。二人共似たようなデザインの服だったけど」


 と、ミヤ。


「先発隊はやっぱりやられちゃったのかな?」

「それはわかりません。最初に入った救出部隊が一日経っても音沙汰なければ、精鋭である第二救助部隊を投入という流れです」


 ノアに疑問に対し、アベルが説明する。


「正直、一日ですぐに救助部隊出すのは早いんだけど、手遅れにならないよう考慮してって感じで、早めに出す方針なんですよー。救助部隊が入ったけど、先発隊と合流する前に、先発隊が解決しちゃったーってケースも結構あるんですよねー」


 イリスが補足する。


「どういう話なのかよくわからない。コズロフが主人公っぽいけど」

「はん、あいつはお前みたいな捻くれ者の気配は感じたね」

「アウトサイダーな感じはした。ああいう奴は好き」


 ミヤが皮肉っぽく言ったが、ノアは機嫌を損なうことなく、微笑みを零した。


「悪く言えば社会不適合者ですねー」

「このデカオウム、たまにムカつく発言する。生意気だな。嘴折ってやろうか」


 しかしイリスの発言には気分を害したノアであった。


「だ、誰がデカオウムですかーっ。私はオウギワシよっ。オウムなんかと似ても似つかんでしょーがーっ」


 イリスはイリスで憤慨する。


「師匠、また先輩が暴走しないといいけどとか、考えてる?」

「うむ。考えておるよ。気が気でないわ」


 ノアがミヤに尋ねると、ミヤは小さく息を吐き、あっさりと認めた。

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