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11-3 トモダチナラアタリマエー

 朝。ノアとユーリは修行に励んでいる。


「師匠、母さんより丁寧に教えるけど、課題そのものは母さんより厳しい」


 ミヤとノアを交互に見やり、ノアがぼやく。


「先輩は俺に出来ない課題も軽々とこなしている。一方俺は……」

「そりゃ今のノアじゃ、ユーリにはとても及ばんさ。お前がうちに修行しにきて何日だい。ユーリは五歳の頃から儂の元でしごかれているんだよ?」


 意気消沈しているノアに、ミヤが告げた。


「師匠、やっぱりしごいてるつもりだったんだ……」


 ユーリが苦笑する。


「焦るんじゃないよ。焦るのが一番良くない。焦るとろくでもないことにばかり繋がるもんだ」

「そうだよノア。もっと頑張ろう」


 ミヤが釘を刺し、ユーリが励ます。


「頑張ろ? それって今の状況が悪いってこと?」


 ユーリの台詞を聞いて、ノアが不安げに尋ねる。


「え? どうしてそうなるの?」


 不思議そうな顔になるユーリ。


「頑張らなければならないってことは、悪い状況にあるから頑張らなくちゃならない。俺が及第点にも及ばないから、それだけ頑張る必要があるって事。満足できる状況にあれば、成果をあげていれば、頑張る必要も無い」

「あのさ……そういうネガティブな考え方、やめた方がいいと思うんだ」

「そう……。この考えも間違いなんだ。俺ってやっぱり何かにつけて駄目な子なんだね」


 肩を落として注意するユーリに、ノアはますますネガる。


「ノア、お前は確かに真面目な努力家ではあるよ。だが、気の持ちようがそれではね……。気持ちが乗らなければ捗らないものさね」


 ミヤがやんわりと言った。ミヤには何となくわかっている。これまでのマミの教育のせいで、ノアは努力家となったが、考え方が捻くれていたりネガティブであったりするのだと。


(母さんのやり方、教え、一切合切否定される。でもその否定に従った方がいいね)


 頭の切り替えを出来るだけスムーズに行おうと意識するノア。


 しばらくの修行の後、休憩のティータイムに入る。


「チャバックが清掃会社に行くのは午後だよね」

「うん。少し早めに出て、正午前から張っておいた方がいい」


 ノアが確認し、ユーリが答える。


「チャバックがどうかしたのかい?」

「実は――」


 ミヤが問い、ユーリが事情を説明した。


「馬鹿弟子共め。そういうことがあったら儂にもちゃんと報告しな。揃ってマイナス1」

「すみません」

「何でそれでマイナス? これは不可解だ。そして理不尽だ。母さんより厳しい」


 ミヤに軽く叱られ、ユーリは謝り、ノアは憮然としていた。


***


 チャバックは決然とした面持ちで、清掃会社に向かった。


「よう、チャバック」


 社長がにやにやと笑いながらチャバックを出迎えた。他の従業員達もチャバックを見て、待ってましたとばかりに笑っている。

 彼等にとって最早、チャバックは暇つぶしと鬱憤晴らしの玩具のようなものだった。故に仕事に来た事は歓迎する。


「もう暴力や悪口は、いじめはやめてください」


 チャバックが真顔で告げると、社長と従業員の顔色が変わった。


「可愛げないことぬかしやがったなあ……こいつ。面白くねえ」


 社長が不機嫌顔で一歩進み出る。しかしチャバックはひるまず、視線を外そうともしない。


「あ、丁度いい所に来たみたい」


 ノアがやってきて、チャバックと従業員達が対峙する場面を見て言った。ユーリもいる。


「ここで様子を見よう」


 ユーリがノアの腕を掴み、物陰に引っ張りこむ。


(糞っ……こいつ……)


 いつもはおどおどした顔つきで、脅えた目で自分の顔色を伺うチャバックが、何があったのか、今日は強い意思を宿した眼差しで自分を見つめている。その事実に、社長の方が逆に臆していた。

 そして自分がひるんでいる事実を認めた社長は、激しい怒りを覚える。


「もしやめないなら、クビにしてよ。オイラ、もう暴力振るう人の下では働かない。オイラはしっかり真面目に働くから、皆も俺にひどいことしないでくれれば、それでいいんだ」

「誰に向かって言ってやがるんだ! この恩知らずが!」


 激昂した社長が、チャバックの顔を平手で打った。


「そうだそうだ。チャバックのくせに生意気だぞ」

「何か変なクスリでもやってキマっちゃってんのかよ」

「社長、俺達にも教育させてくださいよ」


 従業員達が囃し立て、チャバックを取り囲む。


「よし、お前等教育の時間だっ。やっちまえっ」


 社長が少し上擦った声で命じると、従業員達がチャバックを平手で殴打しはじめた。一応殴る際に加減はされているが、それでも怪我を負う程度に力は込められている。


「許せない……」

「待って」


 怒りに燃えるユーリの肩に、ノアが手を置いた。


「先輩、飛び出さないで。少し様子を見て」

「でも……」

「チャバックの意思を尊重。どう対処するか見届ける。これはチャバックの戦い」


 ノアが力強い口調で制した。


(ノアにもこういう思慮が出来るんだな。何か嬉しいよ。いや、僕のノアへの見方を変えないと)


 ノアの意外な一面を見て、ユーリは冷静になった。


「わかった。でも命に危険が及びそうなら、すぐ止めよう」

「そうだね。それは流石にね」

「ノアもすぐに助けられるよう身構えておいて」

「わかってる」


 ユーリとノアが物陰から様子を注視し身構える。


 暴力を振るわれる際にチャバックは、いつもは頭を抱えて丸まる。そんな姿を見て、従業員達は面白がって余計に酷い行為を行うが、今回は違った。チャバックは鼻血を出し、唇を切り、顔を真っ赤にしながら仁王立ちになっていた。そんなチャバックの姿を見て、社長だけではなく、従業員達も臆し始めた。


「もういいぞ。やめろ」


 従業員達の手が自然に止まった所で、社長が冷めた目で命じる。


「チャバック、お前の言いたいことはわかった。だが、お前の態度は生意気だ。俺はお前みたいなウスノロでも雇ってやって、給料も支払ってやった。そんな俺に対して、お前は恩義を感じないのか? そんな生意気な態度を取って許されると思っているのか? いつぞやは俺をゴミ箱の蓋で殴ったよなあ? やっぱりお前って、自分の立場も弁えない恩知らずの屑野郎なのか?」


 物質的な暴力では堪えないと見るや、言葉による暴力にシフトする社長。


「謝れ。土下座しろ。生意気な態度を取ってごめんなさいと言って謝れ。自分みたいな醜くて出来損ないでノロマの無能のぶきっちょゴミ人間に、働き口を与えてくれた優しい社長様、これまでの生意気な態度をどうか許してくださいと、そう言って心から謝れ。まともな社会人ならそうすべきだ。お前はな、人並みのことを何一つ出来ない劣等人間なんだぞ。そんなお前を雇っている俺がどれだけ偉いか、全然わかっていない。そんな俺に何をされても文句を言えない立場なのに、お前は俺に生意気な口を叩いて要求した。それは許されないことだ。さあ、今言ったことを口にして謝れ!」


 一気にまくしたてる社長の言い分に、ユーリとノアはもちろん、従業員達も呆れてしまった。


「そーだそーだ謝れ! 土下座しろー」

「社長の言う通りだ。社長の優しさを踏みにじって砂をかけるような真似しやがって、チャバックは本当にろくでなしだな」

「社長に要求なんて、どの口で言ってんだ。さあ、心を改めて謝罪しろよ」


 従業員達はワンテンポ遅れて、社長に同意して囃し立てる。


 今度はノアが激しい怒りに身を震わせていた。かつて母親に自虐的な台詞と、服従の態度を強要させられ続けていたことを思い出す。ノアは母親が怖くて、いつも従っていたが、あの屈辱を思い出して、社長と母親が重なって見えて、頭が沸騰しそうになる。


(言うな。そんなこと言っちゃ駄目。チャバック、絶対に言うな)


 ノアはチャバックを睨み、届かぬ心の声で訴える。チャバックには自分の意思で、跳ねのけて欲しいと期待した。


(俺みたいなことをするな。あんな惨めなことをするな。言うな!)


 ノアが声に出さずに強く叫んだ直後――


「嫌だ」


 チャバックは社長を睨みつけ、きっぱりと拒絶した。


(言わなかった……。よかった、チャバック。それでいい。俺は母さんが怖くてずっと言い続けてたけど、君は俺より強かった。俺よりずっとプライドもあった)


 社長の自虐謝罪命令をはねのけたチャバックに、ノアは心底安堵した。そしてチャバックを心の中で称賛した。


「ふん……いつまでも油売っててもしゃーねーぜ、お前等、昼飯にするぞ。チャバック、お前は……好きにしろよ」


 クビだと言いかけた社長だが、一瞬躊躇い、チャバックの判断に委ねる形を取った。


 社長と従業員達が去った後に、ユーリとノアが出てくる。


「見てたよ。偉かったよ、チャバック」


 ノアが満足そうな笑顔で褒める。


「やっぱりあの職場は辞めた方がいい。そしてあの人達は訴えよう。僕達が証人になる。このままにしていいはずがない。君が今まで酷い扱いをしてきた事は、断じて放っておいていいことじゃない」


 ユーリがチャバックを説得する。


「でも……社長達の言うこと……間違ってない」


 暗い面持ちでうなだれ、チャバックは言った。


「オイラは……社長の言う通りなんだよう。社長の前で認めるのが悔しくて、言わされるのが嫌で……言わなかったけど、オイラ、自分でわかってるもん……。何やっても普通の人に及ばない。生まれついてのこの変な体のせいで、頭が悪いせいで、人より劣るし、それを人に馬鹿にされる……。これまで、仕事だっていっぱいクビになってきた。使えない奴だって罵られた……。能無しだって言われた……。顔も醜いって言われた……」


 喋っているうちに声を震わせ、チャバックの双眸から涙がぽろぽろと零れ落ちる。


「叔父さんはオイラに頑張ればいいことあるって言ったけど、オイラのことを認めてくたれけど、きっとそれ嘘だよぉ……。オイラみたいなダメ人間、きっと世の中にいない方がいいんだよぉ……」

「違う! 君は能無しなんかじゃない! 醜くなんかない! 世の中にいない方がいいなんてこと絶対に無い!」


 突然大声で叫んだノアに、チャバックは驚いて顔を上げた。ユーリもびっくりしてノアを見る。


 ノアは泣いていた。チャバックよりも大量の涙を流し、鼻水も垂らし、ぐちゃぐちゃの顔になっていた。


「君には味方がいっぱいいるじゃないか。それなのにそんなに落ち込むのはおかしい。君は恵まれている。俺より恵まれている。俺なんか誰も友達いなかった。今まで……十三年間、誰も友達いなくて、誰かと遊んだこともなくて、笑顔で語り合ったこともなくて――励ましてもらうことも、心配してもらうことも、助けてもらうこともなくて――君は俺よりずっと恵まれているくせに、めそめそ泣くな……」

(いや、ノアも泣いてるし……)


 ノアの最後の台詞を聞いて、ユーリが心の中で突っ込む。


「じゃあオイラが……ノアの友達。オイラでよければ友達になる」


 チャバックが涙をぬぐいながら申し出る。


「いいの? 俺は……嬉しいけど……」


 意外そうに伺うノア。


「いい。ノアは嫌?」

「嬉しいって言っただろ。凄く嬉しい……。じゃあ……今から友達……口で言うのは恥ずかしいけど……」


 恥ずかしいと言いつつも、ノアはチャバックの体を力いっぱい抱きしめ、チャバックの額に自分の頬を摺り寄せる。


「ユーリ、いいのかな?」

「全然問題無いよ」


 ノアがチャバックを抱きしめたまま尋ねると、ユーリは笑顔で答えた。


「ぶぷっ。げふっ」


 チャバックが咳き込み、嫌そうにノアを押しのける。


「どうしたの?」

「ノアの鼻水がオイラの口に入ったよう……」

「そっか」


 チャバックの台詞を聞いて、ノアは泣き顔でにっこりと笑う。


「それはよかった。ブラザーの契りだ」

「よくないよう……」

「そんな酷い契り、聞いたことない」


 ノアの台詞を聞いて、チャバックとユーリは顔をしかめる。


「一生のうち、自分の鼻水を誰かの口の中に入れたことがある――そんな体験をした人間が、この世に何人いるかな?」

「入れられる方もまあまあレアだよね」


 ノアとユーリが言う。


「チャバック、何度も言うけど、あんな酷い人達の下で働くのは駄目だよ。頑張って働くにしても、場所くらいは選ぼうよ」

「そうだね。俺が君にお金あげるから、もうあそこで働くな。もうあんな所に行くな」

「僕とノアで少しずつ出そうか」

「二人共、そんなのダメだよう。オイラは受け取らないよっ。そんなの友達のすることじゃない」


 ノアとユーリの話を聞いて、チャバックは拒絶した。


「じゃあ君は俺が金に困っていて死にそうでも、金くれないの?」

「別にオイラ、困って死にそうじゃないもん」


 ノアの論法に、チャバックはあっさりと返した。


「じゃあ……俺が雇用主になる。俺が会社設立して社長ね。チャバックの友達でもあり雇用主になるんだ。で、チャバックは俺の会社の仕事して、お金を稼ぐ。それならいいよね?」

「あ……うん……それなら……いいかも?」


 ノアの提案を受け、チャバックは躊躇いながらも承諾した。


 その後チャバックは自宅に帰り、ユーリとノアも帰路に就く。


「でもノア、一体何の仕事するの?」

「それは……えっと……うーん……その、今は思いつかないから考えておくね……」


 歩きながらユーリに問われ、ノアは困り顔で言った。


「先輩の前で泣き喚いて、変な台詞口走って、凄く恥ずかしい。あのさ、先輩。今の記憶失くして?」

「いや、無理だよ。ずっと覚えておく」

「ひどいよ先輩」


 ユーリが意地悪く笑ってみせると、ノアも微笑む。


「ノアが僕の前で号泣するの、初めてじゃないだろ」

「そうだったね。出会って三秒で号泣だった」

「そこまで早かったっけ?」

「そんなイメージな記憶」


 喋りながら歩いていたノアが、ふと足を止めて、踵を返した。


「ん? どこ行くの? ノア」

「野暮用思いついた。先輩は先に帰ってて」


 ユーリが訝ると、ノアはそう告げるなり小走りに駆け出し、元来た道を戻っていった。


***


 ノアはチャバックが務めていた清掃会社に再び訪れた。


 社長と従業員達は、清掃会社の建物の中で弁当を食べていた。


「ん? 何だこの餓鬼?」

「魔法使いの格好してるぞ」


 従業員達がノアの姿を見て不審がる。


「俺に友達が出来た」


 従業員達を見て、脈絡の無い台詞を口にするノア。


「そして俺の友達を、お前達はいじめた」


 ノアがそう言った瞬間、社長と従業員の計四名の体が、手にした弁当ごと大きく吹き飛ばされて、壁や天井に衝突した。


「ぐわっ!」

「うげご!」

「ばびゅ!」

「何ぎゃ!」


 床に倒れる四名を、ノアは冷たい眼差しで見やる。


「お前達のような奴はいない方がいい。これは当然のこと。友達の仇を討つのも、友達を守るのも、当たり前のことだよ」


 その後二分ほど、清掃会社の中でくぐもった悲鳴が何度も響いた。窓に内側から血飛沫がかかったが、清掃会社の近くを通る通行人達は、誰一人として気付かなかった。


「あれ? もう皆死んだの?」


 ノアが不満顏で、動かぬ肉塊となった四人を見る。全員血塗れになり、体中がおかしな方向に曲がったりへこんだりしている。骨や内臓が飛び出ている者もいる。


「できるだけ苦しい死に方をさせてあげたいのにな。ミクトラに何人もの魂を吸い込めればいいのにな。ここは母さんの魂の特等席になっちゃってるから、それも無理。窒息死は一番苦しいなんて、本で読んだけど。でも一番苦しい死に方なんて、どうやって測定したんだろ。一通り試した人がいるのかな?」


 一人でぶつぶつ呟くきながら、ノアは清掃会社の外へと出る。


「これでもう安心だよ、チャバック。もしまた君をいじめる奴が現れたら、また俺が消してあげる。友達なんだし、当たり前のことだよ」

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