表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/329

11-1 ルールだからって、思考停止して従っていていいの?

 自分は他者より劣っている者だとずっと意識していた。それが辛かった。実際劣っていた事も事実だ。

 他の人が十を出来るうち、自分は一か二しか出来ない。他の人が百歩進むうちに、自分は十歩しか進めない。他の人が息を吸って吐くように出来る事が、自分には全く出来ない事も多い。そんな引け目をずっと引きずり、そんな劣等感が辛くて仕方なかった。他人が羨ましくて仕方なかった。


 情けなく思う。何より悔しくて仕方ない。そして惨めでしょうがない。


 それだけでは済まない。他人が出来る事が出来ない自分を、劣る自分を、見下し、蔑み、罵り、怒り、叱る者達が世の中には多い。それもずっと意識していた。ずっと辛かった。


 見た目が醜く、生まれ持った様々な障害のせいで、何をやらせても人並みに出来ないチャバックを、両親は見放した。親から見捨てられた。その事実がまた、チャバックの心を深く傷つけた。


 だがチャバックはそれでも腐らなかった。へこたれて歩みを止める事をしなかった。


「でもお前には素晴らしい長所もある。真面目な所。頑張り屋さんな所だ」


 そんなチャバックに、常に優しい笑みを向け、温かい言葉をかけ、励ましてくれる者がいた。チャバックの叔父だ。


「お前のことを見てくれる人もきっと現れるさ」


 叔父は亡くなる前にそう言い残した。実際チャバックは、ユーリとスィーニーという、素晴らしい友人達と巡り合えた。ミヤも優しく接してくれる。ケープもチャバックのことを助けてくれる。配達の仕事場の人達も親切だ。


「真面目に働いていれば、いつか必ず報われるよ。嫌だからって、すぐ逃げ出すのは間違っている。だから頑張ろう」


 今は亡き叔父の言葉をチャバックは信じる。


***


 その日、週に一度開催される魔術師と魔法使いが集まる交流会が、貴族連盟議事堂で行われた。

 この交流会は時間が限られているし、貴族達の監視もつく。それらの制約は、魔術師達が組織化を計ることを防ぐためだ。魔術師ギルドが王家側に与した事への制裁と、力の抑制の意味合いがある。

 王権が失われ、魔術師ギルドが解体されて以降、魔術師の組織化は徹底して防がれるようになったが、魔術師の力は国の礎であり、必須である。魔術師の弱体化も防がなくてはならないため、こうして監視下の制約の元、交流の場が設けられるようになった。


「エニャルギーが不足しすぎで高騰している。人喰い絵本の発生頻度が高くなり、それに比例して、魔術師の犠牲者が増加している。故に、エニャルギーの生産量が滞っている。ア・ハイ群島としては由々しき事態と言えるな。我々は普段通りに過ごすだけだが」

「対処は貴族が考えることだ。貴族としては、国の弱体化に結びつくような真似はしたくないが、さりとて魔術師達にあまり力を与えたくもない、と」

「我々の活動を制約したツケが回ってきたとも言えますね」

「人喰い絵本で師を失ったという魔術師のヒヨコを、うちは三人も引き取ってますよ」


 魔術師達がここぞとばかりにぺちゃくちゃと喋る。今回は魔術師の死亡者増加と、それに伴うエニャルギー不足と高騰、そしてK&Mアゲインの暗躍と、話題に事欠かない。そのために制限時間も、常の二倍にすることを許可された。


「ギルドと共に学院も解体されちまったからね。魔術学院があれば、魔術師の教育により力が注げるというのに、今では個人で弟子を執る個別指導だけだよ。魔術師の数は減少する一方さね」


 ミヤがアンニュイな口調で言った。


「皆口を閉ざして言わないが、良い流れとも言える」


 一人の老人の発言に、魔術師達も、監視の貴族達も、表情をこわばらせた。


 老人の名はパブ・ロドリゲス。かつて魔術師ギルドの長を務めいた人物である。現在も魔術師界隈の重鎮であり、人喰い絵本の対処にも頻繁に当たるし、貴族連盟議会にもよく顔を出す。

 現在百三十八歳だが、見た目は六十歳程度にしか見えない 腰もぴんと伸びている。個人の技量の差もあるが、魔術師は寿命が長い。魔法使いはさらに長い。


「こうなっては貴族達も、考えを改めねばならない。我々の活動を制限しすぎたおかげで、このような事態になったのだ。魔術師に課せられた数々の制限を解除する以外に無くなる」


 ロドリゲスの台詞に、魔術師達も監視の貴族達も息を飲んだ。かつてのギルドマスターがこの発言は、かなり際どいものだ。しかも本人がそれをわかっていないはずがない。承知のうえであえて大胆に踏み込んできた。


「人喰い絵本で魔術師が犠牲になっているのに、お前はよくそんな発言が出来たもんだね。マイナス11」

「ふふふ、これは手厳しい。しかしミヤ様とて、その計算は働いたでしょう?」


 ミヤが呆れ声で指摘しても、ロドリゲスは不敵に笑っていた。


 実の所、ミヤはあまりロドリゲスを快く思っていない。ギルド時代に、横領の噂があった。噂など闇雲に信じることはないミヤだが、このその噂は本当だろうと見ていた。当時、確かに怪しい金の流れがあり、ロドリゲスはその対処に当たろうしないどころか、意図的に遅らせていたからだ。


「失礼。貴族側から発言させて頂きます」


 監視役の黒騎士団長ゴートが挙手した。


「理屈はわかりますが、現段階で貴族側は吝かでしょうな。エニャルギーの高騰に、民は不満を抱いていますが、貴族はさほど痛くない。これまた際どい言い方になりますが、民の不満が高まり、一気が頻発するような事態になって、ようやく尻に火が付いたと感じ、動くのはそこからでしょう」

「確かに……その通り。しかし貴族の立場でその発言をする貴公には、親近感を覚える。郷もミヤ様に怒られそうだな」


 冗談めかすロドリゲスだが、誰一人笑うことはなかった。


***


 その日、ノアは旧鉱山区下層を散歩していた。

 ノアはこうした、ごちゃごちゃした下町感のある場所が好きだった。しかしこの区画の住人は、ガラの悪い者も多い。


 雑踏の中でノアは、よろよろと大きく左右に歩いていた禿げ上がった老人と、ぶつかってしまう。


「ああん? 気を付けろ。ガキ」


 老人が途轍もなく臭い口臭を吐き出して毒づき、ノアを睨みつける。目つきの悪さが尋常ではない。酷い悪相の老人だった。

 ノアの不注意でぶつかったわけではない。老人がふらふら歩いてぶつかってきたである。ノアはあっさりキレた。


「うへ? ふげうぇあううわぁ!? 何だこりゃばぶ!? ぼほっ!」


 老人の体が空中に持ち上がったかと思うと、凄い勢いで飛んでいき、壁に激突したうえに、ドブ川の中に頭から突っ込んだ。無論、ノアによる仕業である。


「うん、気を付けなくちゃね。誰彼構わず喧嘩売って、こうならないように気を付けようね」


 ドブの中に逆さに突っ込んで、両脚だけ突き出してひくひくと動いている老人の姿を見て、にっこりと笑うノア。


「あれだけ歳とっても、そんな事も知らないなんてね。当然の帰結」


 そう言い残してその場を立ち去ろうとしたノアだが、足が止まった。


 白衣姿の女性がドブ川の中に入り、老人を引っ張り上げにかかっている。


(余計なことを……あのまま放っておけば死んでいたかもしれないのに、助けちゃってさ。しかも自分の服汚して、あんなゴミみたいな老いぼれを助けるなんて、とんだ偽善者だ)


 その光景を見て、ノアはぶすっとした顔になって、改めて立ち去ろうとする。


「待ちなさい、あなた」


 老人を助けた女性が、ノアを呼び止めた。


 ノアが振り返ると、女性は老人の介抱をしながら、短く呪文を唱え、魔術で服についた汚れを消している。


「あなたの仕業ね。私にはわかるわよ。魔法をそんな使い方するのはよくないわね」


 女性――ケープはノアを見て厳しい声で非難する。


(この子、ウルスラが罵倒しまくった後に、一人だけ拍手していた魔法使いの子じゃない)


 ケープはノアに見覚えがあった。あの劇場の珍事の中、堂々と一人立ち上がって拍手して、しかも魔法使いの服装だったので、忘れようがない。


「ちょっとした悪戯だし、いちいち目くじら立てる事なの? ガラの悪い爺にお仕置きするだけでも、見逃せないこと?」


 むかっ腹が立ったノアは、ケープを睨んで言い返す。


「見過ごせませんね。魔術や魔法で他人に害をなす行為は、違法行為だってことを、その歳になっても知らないの? しかも今の行為、一歩間違っていたら死んでいる所よ」

「俺に許可なく勝手に造られたルールなんて、何で守る必要あるの?」


 ケープがさらに咎めるが、ノアは傲岸不遜な笑みをたたえて一蹴した。


「魔法使いという、特に力ある身に在りながら、その力を制することなく振るうなんて大問題よ」

「平行線。処置無し。議論しても埒が明かない相手。もういいよ」

「それはこっちの台詞なんだけど……。まあいいわ。今回限りは見逃しておきます。でももし似たようなことをしている場面を見かけたら、訴えますからね」

「訴えないのに訴えると口にするのは、脅しなんじゃない? それこそ訴えられない?」

「あら、この国のルールをちゃんと知っていたのね」


 それまで真面目な説教口調だったケープが、皮肉たっぷりな口調で言い放ち、にっこりと笑う。


 ノアはそれ以上何も言わず、憤然として早足で立ち去る。


(あー、不愉快。あのいい子ちゃんぶりっ子の偽善女、殺しておけばよかったかな。機会があったらこっそり殺そう。俺が一番嫌いなタイプ)


 そんなことを考えていた矢先、ノアは見覚えのある少年を見つけて足を止めた。


 頭髪の大半が禿げあがり、頭に大きなコブが出来た少年。腕には大きなイボが沢山できており、左腕の先は縮んでいて肘のすぐ先に右手がある。


(あれはこの前ユーリとスィーニーが紹介するって言ってた子だ)


 ノアは少年の名前を思い出す。チャバックだ。


(以前はヤバい雰囲気だった。でも今はわりと元気そうに見える)


 片足をひきずるようにして歩きながら掃除をするチャバックであるが、その表情は明るい。

 しかしそのチャバックの表情が急に曇った。チャバックと同じ服を着た男達数人が、チャバックを取り囲んだのだ。


(少し様子を見てみよう。そうしよう)


 妙な雰囲気を感じ取り、通路の陰に身を潜めるノアだった。


***


 その日、ジャン・アンリは絵を描いていなかった。定期的に彼はスランプになる。しかしスランプが長続きすることもない。わりと短い期間で回復するので、ジャン・アンリは決して慌てない。


「エニャルギーの高騰問題は、今日の交流会でも話に挙がっていた。私は少々過激な発言をして、刺激してきてしまったよ」


 訪問者がジャン・アンリの前で小気味よさそうに笑う。


「それでよいと思う。揺さぶられ、こちらに心が傾く魔術師も出てくる可能性がある。いや、この場合、魂が光を取り戻すという表現ではどうだろう?」


 来訪者の行いをジャン・アンリは咎めることなく、肯定的に受け取った。


「世間でも不満が高まっている。さらに不満が大きくなるように、可能内限り情報操作していくことにしよう。魔術師の組織化への声を高め、貴族達への不満を大きくするようにな」


 訪問者――元魔術師ギルドの長パブ・ロドリゲスが、方針を語る。


「魔術師の制限は誤ったルールであると、民にも浸透させるのは良いことだ。アザミが帰ってくるまでに、できるだけ下地を整えておく予定であったが、これは風向きが良くなったと捉えていいのか? 追い風と見ていいのか? そういう事にしておくか? まだアザミが戻るまで、時間がかかると思われるが」

「そう受け取ってよいだろうな。運気が流れ込んできた。む……」


 ジャン・アンリの言葉に満足そうに頷くと、ロドリゲスの視線が、ジャン・アンリがかざした人差し指の上にとまっている昆虫に向けられた。


「その虫は随分と鮮やかだな。美しい」


 ジャン・アンリに懐いているかのように、人差し指の上でもじもじしているその虫は、ロドリゲスの言う通り、鮮やかな青い体色の蜂だった。


「最近東洋の国から仕入れた。ルリモンハナバチという名前だ。術で改造しようかとどうか迷っているが、どうだろう?」

「私に振られてもな。貴殿が決めればよい」


 変な所で疑問形になるジャン・アンリに、ロドリゲスはどうでもよさそうに言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ