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41-31 夜明けの先

 女神を斃しても物語は終わらない。障害は無くなり、本来の目的も果たしたが、絵本から出るためには、やらなくてはならないことがある。


 夜明けの神を連れ、全員で所長の元に訪れる。夜明けの神の設定をダァグが変更したことに関しては、口にしないでおくこととなった。根本から世界の法則が書き換えられたため、所長も変更後が本来の夜明けの神の能力であると認識している。


「御苦労だった。自分はこの日を待ちわびていた」


 心なしか緊張に震える声を発する所長。


「こちらだ。貴様等はもういい」

「いえ、僕達も同行します。多分力になれますから」


 夜明けの神を娘のエミの元に連れて行こうとする所長に、ユーリが申し出た。


「わかった。ついてきてくれ」


 普段の冷徹で尊大な口調ではなく、いつもより腰の低い物言いで告げる。


 本棚のスイッチを入れ、所長室の秘密の扉が開き、一行は秘密の部屋へと向かう。

 通路の先にあった扉を開くと 部屋の中央には拘束衣を着せられた少女が一人、幾重にも鎖を巻かれ、数えきれないほどの呪符を貼り付けられた状態で、直立させられたまま拘束されていた。


「これがエミだ」


 背中には翼、額からは角の生えた少女を見て、所長が悲哀に満ちた表情で告げた。これまで、鉄面皮の所長が一度も見せたことのない顔だ。


(自分の娘をこんな風にしなくちゃいけないなんて……)


 ユーリは所長に同情する。この行為そのものに対し、どれだけの哀しみと絶望があるか。とても想像できない。


「女々しい父君殿、また私の顔を拝みに来たか」


 エミが侮蔑と嘲りに満ちた口調で声を発する。いつもの表情、いつもの口調だ。これも自動化している。システム化している。一度記憶した反応は同様に繰り返す。最早精神性が人のそれとは根本的に異なる。生物とすら言い難い。


「夜明けの神よ。頼む」


 所長が夜明けの神に頭を下げる。


「わかった。しかし私は心に夜明けを与えるに過ぎない。夜明けの先の目覚めは本人次第。そして所長、父である君次第であり――」


 台詞途中に夜明けの神は振り返り、一同を見渡す。


「私を探し、ここに連れてきたこの者達の祈りの力次第。皆で目覚めを呼びかけよ」

「わかりました」

「やってみます」

「おうともよ」

「合点承知の助」

「オッケイ」

「ぶひっ、そのつもりで来たのに、今更その台詞を言う必要あるのでして? サユリさんは他人のためになることは一切しない方針であるが、今回だけは特別である」


 夜明けの神の言葉に、エイドとユーリとコズロフとノアとレオパが頷き、サユリは居丈高な口調で応じた。


「エミさん、元のエミさんに戻ってください。神様、本当の神様、エミさんを元のエミさんに戻してあげてください」

「本当の神様か」


 ユーリの入りを聞いて、苦笑するダァグ。


「おら、さっさと元に戻りなー」

「お主が還ってくれば、はっぴいえんどという奴よ。真の自分に還るがよい」


 ソウヤとコズロフも呼びかける。


「エミリーン、豚さんの上に乗せてあげるから、正気に戻るといいのだ。みそもあげるから目を覚ますのである」

「変な仇名つけると目覚まさなくなるかもだよ」


 サユリの呼びかけを聞いて、ノアが突っ込む。


「エミ……。元のエミに戻ってくれ……」


 所長が必死に祈る。


 しばらくして、如実な変化が現れた。冷めた表情のままだったエミの顔が、泣き顔になったのである。


「父さん……私……ごめんなさい……」

「エミか!? 元に戻ったのか!?」


 明らかに勝機を取り戻した様子で涙を流すエミを見て、所長も感極まって落涙する。


「ふふっ、一件落着だのー」

「よかったですねー」


 ソウヤとエイドが言った。


「私も身代わりにならずに済んだ。これからは所長の願いを叶えていくとしよう。心を失くした神々の心を取り戻し続ける」


 夜明けの神が一同を見渡して宣言した。


「おかげで……エミが戻ってきた。自分は貴様等への感謝は忘れない」


 むせび泣きながら深々と頭を垂れる所長。


「本当にありがとうございました。ていうかお父さん、感謝しているなら『貴様等』はないでしょ」

「そうだった。失礼した」


 エミに指摘され、謝る所長。


「じゃあ――そろそろ……ここでお別れだね。お疲れ様……」


 ダァグが微笑をたたえて、躊躇いがちに言った。


 ユーリはダァグに何か声をかけたかったが、あまりよい台詞が思い浮かばなかった。皮肉や嫌味が自然と頭に浮かんでしまったのだ。


(この場面で皮肉や嫌味を思い浮かべるなんて、僕って性格悪いのかな……?)


 そんな悩みを抱いてしまうユーリ。


「達者でのう、皆の衆」

「ミヤ殿、お元気で」

「ああ。エイドもね」


 ソウヤ、エイド、ミヤが別れの挨拶をする。


「おい、そこのおかっぱ創造主。今回だけじゃなくて、次ユーリ呼ぶ時も、俺を助っ人に差し向けろよ。ユーリ、また一緒に遊ぼうぜ」

「うん。またね」


 愛嬌に満ちた表情で告げるコズロフに、ユーリは複雑な気分で微笑んだ。ユーリの目的としては、ダァグが人喰い絵本でこちらの世界の者を呼びださないようにすることであり、その目的が遂げられたら、おそらくはコズロフと会うこともない。


「また別の世界でということかなっ?」

「別の世界なれど、同じダァグの世界なのであろう」


 レオパの疑問に対し、ソウヤが言った。


「僕が描くのは独立した断片世界。しかし僕が描くからこそ、繋がっている。独立しているように見えて、実は繋がっている」


 ダァグが語る。


「そのために、一つ一つの世界の滅亡や崩壊が重なると、世界全体の滅びへと連動してしまう。その兆候が見えている。僕だけではなく、嬲り神、図書館亀、宝石百足にもそれがわかっている。メープルFやあの祈祷師も、多分それが見えている」

「ふーん、なるほどー」

「だから世界全体を救うために、ユーリ達を呼んでいるってことか」


 ダァグの話を聞いて、レオパとコズロフが納得する。


(そのためにこっちの世界を害していい理屈は無い。でもダァグもそれを承知のうえで、自分の世界を救いたいわけか。僕がダァグの立場だったら――間違いなく同じことをしている)


 ユーリがそこまで考えた所で、ダァグがユーリの方を向く。


(またね、ユーリ。楽しかった)


 ダァグが嬉しそうな笑顔で、念話でもって告げた直後、ユーリは空間の歪みに飲み込まれていた。


***


 ユーリ、ミヤ、ノア レオパ サユリは元の世界に戻っていた。


「やっと戻ってきたのだ」


 サユリが気怠そうに伸びをする。


「皆ありがとうねっ。そしてこの騒動って、俺のせいだし、皆に迷惑かけちゃってすまんこっ」


 レオパが弾んだ声で感謝と謝罪を口にした。


「許すっ。レオパはすまん子だから許す」

「レオパのせいだなんて誰も思わんよ。元凶はあくまで女神だからね」


 ノアとミヤが言う。


「暇つぶしとしては上出来なのである。そしてミヤ、これは大きな貸しなのだ。次はあたくしに協力するといいのである」

「何の協力だい」


 サユリの台詞を聞いて、ミヤは不審な面持ちになる。


「それはもちろん世界豚化計画の協力である。手始めに魔物化現象の研究をしまして。解明すれば、あたくしの野望に利用できるかもしれないのだ」


 腰に手を当てて胸を張り、期待を込めて話すサユリ。


「魔物化現象って、西方大陸ア・ドウモで流行っているっていうあれか」

「代わりに西方大陸ア・ドウモでは、人喰い絵本はほとんど発生しないらしいけどね」


 ノアとユーリが言った。


「というわけで、皆で西方大陸ア・ドウモに行くのだ」

「冗談じゃないよ。あんな所、二度と行くもんかい」


 サユリの要求をすげなく断るミヤ。


「ぶひーっ! サユリさんには働かせておいて、ミヤはあたくしに何もしてくれないのでして!? ひどいのでしてっ!」

「サユリさん、師匠は西方大陸ア・ドウモが嫌いみたいだから、それは勘弁して別のにしてください」


 抗議するサユリを、ユーリがやんわりとなだめる。


「仕方ないのだ。じゃあ別の要求を考えておくのだ」


 サユリは聞き分けて引き下がった。


「俺も西方大陸ア・ドウモにいたんだよねー。というか、この世界に来たのは西方大陸ア・ドウモが最初の土地だったし」

「それはこないだも聞いたのだ」


 レオパとサユリが言った。


(魔物化現象に関しては儂も何も知らないしね。ディーグルなら知っていそうだが)


 そう思うミヤであったが、サユリにおかしな刺激を与えない方がいいと判断し、黙っておいた。


***


 ミヤ、ユーリ、ノアが帰宅する。


「ただいま、エスタン」


 柱時計に取り付けられ泣き顔のメイド少女の彫像に向かって、ノアが声をかける。


 茶を淹れ、一息つく三人。


「坩堝に蓄積された力を得ることで、魔王になる。一方で、創造主の力の源はわからなかったね。経緯はわかったけど」

「力の源も、その経緯と同じだと儂は考えるね。妄想の果てに世界が生み出されるんだろうさ」


 ユーリの言葉に、ミヤが私見を述べた。


「妄想極めれば創造主になれるって凄い。俺も妄想極めたら創造主になれるかな?」

「やってみればいいさ。儂は止めん」


 期待を込めて伺うノアに、ミヤは投げやりに言い放つ。


「どうやって創造主と魔王になるかはわかりましたけど、勇者はどうやってなるんでしょう?」

「さあね。そのうちわかるんじゃないかい? 今後もダァグと関わるんならね」


 ユーリの疑問に、神妙な表情で言うミヤ。


「ダァグと共に行動した時間は、とても有益でした」


 ユーリが微笑を浮かべて言い切る。


「ダァグの綻びはもうわかっているんです。攻略できるかどうかの確証はありませんが、試してみるつもりです」

「綻び? ようするに弱点を見抜いたってこと?」

「それは何なんだい?」


 ノアとミヤが問う。


「ダァグは僕に引け目と親しみを抱いているようです。そこに付けこむつもりです」


 ユーリが確信を込めて言ってから、少し曇り顔になった。


「実は精霊さんの件の後で思いついた手です。ダァグを僕に懐かせて、利用しようかと思っていました。残酷な手です。ダァグの一番柔らかい部分に――彼の痛みと孤独をわかったうえで、利用するわけですから」

「お前……本気でそんな手を使う気かい?」


 半眼になるミヤ。ユーリの手段そのものにも疑念があるし、うまくいくように思えない。何よりユーリがそのような、あまり褒められない方法を実行できるかどうか、それが一番疑わしい。


「ええ、本気ですよ」


 表情を曇らせたまま、ユーリは告げた。


「人喰い絵本の致命的綻びは、ダァグの弱さと直結しているので、誘導できるのではないかと、そう考えています。ダァグも迷いや良心の呵責があるんです。だからこそ、こちらの世界の住人を救う宝石百足を生み出したのですから」

「先輩、逆にダァグにほだされてない?」


 ノアが突っ込む。


「ほだされている部分はあるね。そうはなりたくなかったけど」


 苦笑してあっさりと認めるユーリ。


「僕がダァグの立場ならきっと同じことをする。でもね、僕はダァグじゃない。相対する立場だし、僕は僕の立場で、この世界に害を成すダァグを止めるよ」


 ユーリは柔和な笑みを浮かべて、静かに宣言した。


「残酷な手段を用いるのなら、冷酷になりきらないと、お前が苦しいよ。でもまあ、お前の好きにするがいい。もちろん、儂もノアも手助けするから、一人で突っ走らないようにね」


 ミヤが安堵したかのように微笑み、釘を刺した。


***


 ダァグの前に、嬲り神、宝石百足、図書館亀の姿がある。


「皆、裏方頑張ってくれてありがと」

「皆っつーか、今回七割くらいは俺だぜ。残りの三割がダァグだ。宝石百足も図書館亀も何もしてねーだろォ」


 笑顔で礼を述べるダァグに、嬲り神が肩をすくめて言った。


「でよ、一つ進言させてもらうぜ~。いい加減あいつらに真実を全部伝えていいんじゃねーか?」

「真実って、具体的に何?」


 嬲り神の言葉を聞き、笑みを消して問うダァグ。


「全部と言いたい所だが、まずは俺に関することなんかどうだ? そいつも知られるのは怖いか~? ぎゃははははっ」


 馬鹿笑いする嬲り神を、ダァグはじっと見つめたままで、返答を口にしようとしなかったが、その心は決まっていた。

41章はこれにて閉演です。

次話の投稿までやや時間を置きます。充電期間をください(>_<)

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