41-30 負け惜しみでも勝ち誇ると気持ちいい
「力を貸してくれはいいけど、何で俺達またペンギンなんだよ?」
勇者リッキーがダァグに問う。
「僕達は君達のペンギンの姿しか知らないし、その印象が強いから、この絵本世界に呼んだ時点で、その認識に合わせて姿が変わったんだろうね。でも君達がかつて転生した南極とは違い、ここは魔力に満ち溢れた世界だ」
「つまり、姿はペンギンでも、私達の力を存分に振るえるということですね」
ダァグの説明を聞き、ジロロ姫は理解する。
「レオパ繋がりか? 女神と私達が戦ったことを、知らざる異界の者が知っていようとはな」
「あははっ、俺との出会いも、ペンギンになって女神と戦った君達の記憶も、ここにいる皆知ってるよっ」
魔王タローが推測を口にすると、レオパが笑いながら教えた。
「今更あんたら如きが来たからどーだっての? 今の私は、あの世界の私とは違うのよ」
せせら笑う女神だが、明らかに三匹のペンギンを警戒の眼差しで見ている。
「唐突すぎてまだ混乱しているが、決着の機会を与えてくれたことに感謝する」
いちはやく戦闘態勢に入る魔王タロー。
真っ先に仕掛けたのは女神でもペンギン達でもなく、レオパだった。空中に複数の水流が生じ、上から下から横から女神に襲いかかり、飲み込もうとする。
女神は飛び回って水流を避けながら、レオパに火炎流星群を放つ。レオパも飛び回って、雨あられと降り注ぐ火炎弾をかわしていく。
光の壁が出現し、女神の四方と上下を遮り、女神は光の箱に閉じ込められる形になる。ジロロ姫の魔法だ。
(一瞬でも動きを止めて、その瞬間攻撃ってことね)
ジロロ姫の狙いを看過した女神が、下からの攻撃に備えつつ、魔力の波動を放って光の壁を破壊する。
その刹那、魔王タローが鮮やかな群青色の火炎の奔流を放つ。
火炎の奔流は女神の隙をつき、女神の全身を飲み込んだ。女神は防護幕を張ったが、魔王タローの攻撃魔法の威力は想定以上に強力で、防護幕を突き抜けて女神の体を焼く。
真っ黒の消し炭の塊になった女神の体が、群青色の火がついた状態で地面に落下する。
その落下途中に、ミヤが攻撃した。念動力猫パンチで女神を地面へと叩き落し、圧し潰す。
再生をさせまいとして、焼け焦げた女神の体に圧をかけまくり、魔力の強制放出をかける。
「うああああああっ!」
女神は咆哮をあげ、ありったけの力を振り絞り、ミヤの念動力猫パンチをはねのけた。再生も完了していた。
勇者リッキーが光の剣を、魔王タローが暗黒の炎の槍を呼び出し、女神に向けて飛ばす。
女神は二人の攻撃を魔力障壁で受け止めたうえ、攻撃を解析して霧散させる。
ミヤが光の槍を放ち、同時にレオパがお返しの火炎流星群を降らせる。
ジロロ姫が淡く光る薄桃色の鎖を展開し、勇者リッキーが紫電の渦で、魔王タローは地面より無数の漆黒の刺を生やして攻撃する。
それらの攻撃を女神は尽く凌いでいく。しかしミヤ達は即興のコンビネーションで、女神に反撃の隙を与えようとせず、なおも連続攻撃を畳み込んでいく。
五人がかりの連携で、次から次に繰り出される連続攻撃に、女神は防戦一方へと追い込まれ、激しい苛立ちと焦燥を覚えていた。反撃の暇がほぼ無い。
そんな状態が一分以上続いた所で、女神は流れを変える決意をした。
「糞が!」
女神が毒づき、自身を中心にして魔力を漲らせる。
「デカいのが来そうだぜ」
勇者リッキーが危ぶみ、身構える。
「させませんっ」
ジロロ姫が気合を入れて叫び、女神の周囲に多数の魔法陣を展開した。女神の力の放出を止めようという目論見だった。
だが二秒後に、全ての魔法陣が消滅した。女神の体から放たれる魔力の余波だけで、ジロロ姫の魔法を打ち消したのだ。
魔王タローも女神に魔力の斬撃の嵐を見舞ったが、女神に攻撃は届かない。女神の周囲より生じる強大な魔力の余波が、全て打ち消してしまっている。
途轍もない魔力が女神に集中蓄積されている事実に、その場にいる一同、戦慄した。次に繰り出される攻撃が、如何に恐ろしいものであるか、想像に難くない。
「これは本当に不味い。皆! ばらばらに逃げなっ!」
ミヤが鋭い声で叫んだ。ばらばらに逃げることで、生き残りは出るだろうが、しかし確実に犠牲者も出ると見ている。しかし他に手が無い。
(ユーリ、お前は死ぬんじゃないよ……)
ミヤが念話でユーリに語りかける。
(大丈夫ですよ。ダァグが今、カードを一枚切りました)
ユーリから念話でそのような返答がなされ、ミヤは怪訝な面持ちになる。
力を蓄積させていた女神の前に、一人の男がふらふらと近づいてきた。
「え……? ドーム?」
「染めよ。緑の地獄」
訝る女神の前で、ドームが呪文を唱えた。原始的な植物が地面より溢れ、ドームと女神を包み込む。
「ドーム!? まさかあんた!?」
「申し訳……ありません……。女神様……操られて……」
驚愕する女神に、ドームが泣きながら謝罪し、訴える。
「殺して……ください……。お願いします……。このまま女神様に盾突くような真似を……したくありません……」
ダァグの精神支配に必死に逆らって、己自身の意思による言葉を紡ぎだし、懇願するドーム。
「わかったわ……ドーム。あんたのこと絶対忘れないっ!」
女神が力強い声をあげると、すぐ目の前にいるドームめがけて魔力を解き放った。
ドームの体が瞬時に消滅する。植物も吹き飛ぶ。悪神監獄の壁も吹き飛ぶ。地平の彼方まで地面がえぐり取られ、平野に巨大な破壊跡が刻まれた。グロロンや夜明けの神まで殺さぬように、攻撃の範囲は絞っているにも関わらず、恐るべき威力だった。
女神はドームだけではなく、敵も吹き飛ばすつもりで攻撃を放った。しかしドーム以外は誰も死んでいない。
ドームに植物を操らせて視界を遮っているうちに、そしてドームが女神に訴えている際に、女神が攻撃すると思われる方向から、全員が大きく迂回して逃げていた。ただそれだけの話だ。植物で覆われていたために、女神はその確認を行わず、敵がまだ攻撃範囲にいると勝手に思い込んでいた。
女神にとっても、今の大きな一撃は、リスクがあった。体力、魔力と共に急激に消耗してしまい、次の魔法がすぐに放てなくなる。それはほんの数秒程ではあるが、その間は隙だらけだ。
渾身の一撃を放った直後の女神の上空から、レオパが襲いかかる。
女神の体にかぶりつき、破壊の魔力を送り込み、同時に再生不能の効果を付与する。女神が魔法を使えなくなる数秒は、女神に再生不能の魔法効果を与えるに十分すぎる時間だった。
「こっの糞アザラシぃいぃぃッ! どこまで私に盾突くのよぉおぉっ!」
怒号と共に、女神が魔力をドリル状にしてレオパの体を突き刺し、かき回した。レオパの体が無残な姿になって飛び散る。
「あはっ……今だよっ……。今が絶好のチャンスだ。短い時間だけど、女神は再生できない……。その間にトドメをさしてっ」
胴体をミンチにされて、頭部だけがどうにか形状を保っているレオパが、空中で告げる。
勇者リッキーが、ジロロ姫が、魔王タローが、ミヤが、ダァグが、一斉に動いた。五人がほぼ同時に強力な攻撃魔法を解き放つ。
(私のどこに間違いがあったのかな?)
攻撃が直撃する刹那、女神は疑問を抱く。この時点で女神は、自身の死を予期していた。
(自分の生まれた世界に、こいつらを送り込んで、ペンギンなんかにしたこと? 私の趣味に走った結果だけど、そのせいでレオパなんて存在を作り出してしまったし、私はレオパに食べられた。レオパは世界を渡り歩き、余計な奴等を連れて私の前に立ちはだかった……)
魔王タロー、ジロロ姫、勇者リッキー、そして頭部だけのレオパに視線を走らせ、思う。
(それとも人喰い絵本なんて世界に目をつけたのが、間違いだったのかしら……)
ダァグに視線を向けた刹那、五人分の攻撃が女神の体に降り注いだ。
壮絶な破壊エネルギーが、女神のいる空間を吹き荒れる。破壊エネルギーが飛散しないように、五人共コントロールしている。その結果、限定空間に破壊のエネルギーが凝縮して吹き荒れることとなり、その分破壊力が増す。
破壊のエネルギーの奔流が消える。中にいた者は跡形もなく消えるかと思われたが、女神はどうにか原型を留めていた。残った魔力を集中させて、全力で防御した。
しかし女神は明らかな致命傷を負った状態で、横向きに倒れている。魔力が尽きたわけではないが、レオパの力によって再生の力が働かない。
「終わったかのー」
「多分ね」
女神を見据えたまま、ミヤとダァグが言う。
その女神に、一人の男が近づいていく。
「私には、神のシステム化を緩和する以外に、こんな力も身についたようだ」
夜明けの神が女神に接近し、手をかざす。
女神の頭の中に、幼かった頃の最も幸せだった時代が思いおこされる。様々な良い記憶ばかりがよみがえる。女神となってから、チューコ達神徒と出会ったことや、沢山の神徒達が自分に全幅の信頼を込めて視線を注いでいる光景を思い出す。
「何よそれ? 私に情けをかけつたつもり?」
女神が目を開き、夜明けの神を見て掠れ声で言った。
「プライドを傷つけたか? 情けで悪いか?」
「ふん……」
夜明けの神が真顔で問うと、女神は鼻を鳴らす。
「チューコ……」
女神が遠くにあるチューコの亡骸を見やる。そして語りかける。
「私ね……本当のこと言うとさ、あんたのこと……神徒じゃなく、友達みたいな感覚で接してたのよー……。こんなこと言ったら……知ったら、あんたはがっかりするかしら……?」
今度生まれ変わったら神とその信者などではなく、チューコとは本当にただの友達でありたいと、女神は切に思う。
「数多の世界を侵略し、支配した女神。創造主としても、きっと大した逸材だったんだろうね。でも君の負けだ。君はここで終わりだ」
ダァグが女神を見下ろして声をかける。
「僕の世界に手を伸ばしたことが、君の運の尽きだった」
「負け? 私のどこが負けだっていうのよ」
淡々と告げるダァグに対し、女神は嘲笑で返した。
「私は――私に従わない奴、私に敵対した奴、私を裏切った奴を、片っ端から殺して殺して殺しまくってやったのよ……。そして大勢の神徒に慕われ、崇められた。私はこれだけで、この事実だけで……誰よりも勝っている……。私に……負けなんてない。私こそが一番……よ」
勝ち誇った口調で、清々しい気分で、堂々と負け惜しみを口にする女神。
自分でも、これは負け惜しみの台詞であると、女神には自覚がある。しかしこの負け惜しみは、偽らざる本心だ。敗れて死ぬが、負けた気はしない。自分の人生には勝利したと信じている。
(ま、全ての世界を征服したら、また退屈になってたし、その前に死んでよかったかもね)
心の中でそう付け加えるが、それは流石に口にできなかった。負け惜しみにしても、言うのは恥ずかしすぎる。
「それに……死ねば、チューコとも、ドームとも、ズーリ・ズーリとも、また……会えるのよ。そんな私のどこが……負け……なのよ。笑わせ……ない……で……」
意識が薄れ、消える直前まで、女神は勝ち誇り続けた。掠れ声でせせら笑っていた。
グロロンがふらつく足取りで、女神の亡骸に近づいていく。
「女神様よぉ、あんた……誰が何と言おうが、最高の女神様だったぜ。神徒でなければ、わかんねーだろうがよ、俺達にとっては……マジ最高の神様だったわ」
動かなくなったオオフルマカモメの骸を見下ろし、清々しい笑顔で告げるグロロン。
「あっちまで……お供させてもらうぜ」
そう言い残し、グロロンは自らの喉を爪で貫いた。首から血を吹き出しながら、獣人の体が横向きに倒れた。
「私達の女神との因縁も、これで本当に決着か」
「そうですね」
「まさか女神と直にケリをつけられる機会が訪れるなんて、思わなかったぜ」
魔王タロー、ジロロ姫、勇者リッキーがそれぞれ言う。
「ふん、美味しい所をもっていきおって。しかし助かったよ」
「御苦労様。いきなり召喚されたのに、こちらの要望に応えてくれてありがとう」
ミヤとダァグが礼を述べる。
「ま、俺達の問題でもあるしな。いきなりすぎて驚いたけど、都合がよかったぜ」
勇者リッキーが言った直後、三匹のペンギンが姿を消した。
「戻るのも唐突だったねー。もう彼等と少し話がしたかったなっ。あはっ」
と、レオパ。
「ごめんよ。召喚魔法の一種だったから、この世界に彼らを留めておくだけでも僕の力が消費し続けていたんだ。それで限界がきちゃった」
ダァグが疲れ気味の顔で言ってよろめく。
倒れそうになったダァグの体を、宝石百足の体から元に戻ったユーリが支える。
「何であいつ裸なんだ?」
素っ裸の状態でダァグを抱き支えるユーリを見て、訝るコズロフだった。




