41-26 時が過ぎてからわかること
チューコは何も答えなかったが、ノアの言葉が心に響かなかったわけではない。それどころか、魅力的とすら感じていた。
「ペンギンロボ」
ノアがペンギンロボを呼びだす。
「悪神監獄内で空間操作は使えないはずだったけど、この召喚は作用するのか。召喚魔法って、空間操作魔法の一種のはずなのに」
「限定的に許容されていると思われます」
ノアが口にした疑問に対し、ペンギンロボが私見を述べた。
チューコがペンギンロボを解析し、少しだけ驚いた。生物ではなく機械だったからだ。
(私が知るどんな文明より進んだ文明の産物ね)
ペンギンロボに対して警戒するチューコ。
ノアが電撃の網をチューコの上空に出現させる。
ほぼ同時に、ペンギンロボがシルクハットを飛ばし、ステッキを一回転させて空中のシルクハットを絡めとる。そのはずみでシルクハットの内側がチューコの方を向き、中から大量のトランプのカードが射出された。
正面から飛来するカードと、上から降ってくる電撃の網。双方を同時にガードすることは出来るが、チューコはその行為が危ういと直感した。
チューコはその場から大急ぎで移動し、回避を目論む。移動そのものに魔力を用いている。魔法による高速移動だ。
電撃の網はそのまま地面に落ちたが、カードは軌道を変えて、チューコを追撃する。
チューコは電撃の網を避けた時点で、さらに魔法を使う。カードを次々と燃やしていく。
ペンギンロボがステッキの先で、己の翼を軽く叩く。
するとチューコの移動する先に、人一人がギリギリ入れるサイズの直方体の箱が、扉を開いたような状態で出現した。
まるで誘っているかのような箱の中に、チューコは飛び込んでしまった。高速移動していたが故に、急に止まれなかった。
箱の扉が閉じる。
直後、チューコは胴体に熱い感触を覚えた。
「種も仕掛けも無いよ」
箱の中のチューコを、ノアがミクトラの赤い光の刃でもって、箱ごと切断していた。箱が二つに割れ、胴体を切断されたチューコが血と内臓をまき散らしながら、箱の中から飛び出てくる。
ただ切断されただけではない。ミクトラの力で、チューコの魔力も相当喪失している。魔法使い同士の戦いでは、肉体的なダメージを与えるだけでは、長い消耗戦になってしまう。攻撃にも防御にも再生にも用いる、魔力そのものを削ることが肝心だ。
「台無しです」
ペンギンロボが翼を広げ、肩をすくめる仕草をしてみせるが、ペンギンの体ではいまいちそれが上手く表現できない。ペンギンロボとしては、チューコを箱の中に入れてから自分の奇術を展開していく予定であったが、ノアがさっさと攻撃してしまって、それを妨げる格好となってしまったのだ。
「何なのよ……。これは……」
意味不明な能力によって大ダメージを食らい、チューコは血を吐きながら呻く。
(私……魔力を随分失っている? 今の攻撃だけでごっそり持っていかれたのは確かだけど、それ以前にも……)
そこまで考えた所で、チューコはある事実に気づいた。
「チューコ、君はぜんまいを巻きすぎた。ずっと攻撃しまくって、結構魔力を消耗している。俺は出来るだけ防御していたけど、魔力の消耗は抑えていたよ」
ミクトラの赤い光の刃を維持したまま、ノアが告げる。ノアに言われる数秒前に、チューコもその事実に気づいていた。
ノアが魔法で攻撃する。チューコにいる周囲のみ、猛吹雪が超局地的に吹き荒れる。
チューコは胴体を再生させ、箱から飛び出ると、吹雪の外へと突っ切った。
「冷気は体の動きを鈍らせるし、感覚も鈍らせる」
ノアが呟く。
吹雪の外に出た瞬間、ペンギンロボが飛ばしたシルクハットが回転して飛来し、チューコの首を切り裂いた。
斬撃にひるんだチューコの隙を見逃すことなく、ノアが再度ミクトラで攻撃する。赤い光が槍状になって伸び、チューコの胸を貫いた。
「確かに俺とチューコでは、地力に差がある。魔法使いとしての実力はずっとチューコの方が上。でもね、俺には色々と手があるし、戦い方次第では、チューコに勝つことも出来る。こんな感じにね」
チューコの胸をミクトラで貫いた状態のまま、ノアは穏やかな口調で語りかける。
赤い光の槍が引き抜かれる。これでもうミクトラの力は使い果たした。
チューコが膝をつく。再生の力は働いているが、再生速度が遅い。
「チューコ、今からでも遅くないよ」
ノアが意図的に優しい声を発し、チューコに向かって手を伸ばした。
「あんな女神なんか見捨てて、俺の方に来なよ」
喋りながら、ノアは軽い眩暈を感じた。実の所ノアもそろそろ限界が近い。
「俺と君は同族だ。でも君は迷いを捨てきれないことで苦しんでいる。あんな馬鹿女神に仕えてしまったことで、運が尽きようとしている」
ノアの呼びかけに、チューコは反応しない。跪いた格好で、黙ってうつむいたままだ。
「これが最後の選択。人生最大の分水嶺だ。これで君の命運が決まる。正しい道を選ぶんだ。俺達の方に寝返りなよ。俺達のファミリーに降るんだ」
「ノア、一つわかったことがある」
それまで黙っていたチューコが、口を開いた。
「貴女はただ私をからかっていたわけじゃなくて、私のこと、ちゃんと思ってくれていたのね。ありがとう。正直、その誘いは魅力的だと感じる。でもね……私はそっちに行けないし、行かない」
清々しい笑みを浮かべて、静かに拒絶するチューコ。
「私を救ってくれたのは女神様。人を殺して心を痛める私も、確かにそれは私。どちらも捨てられないのよ。捨てたくないのよ。それに女神様を裏切った奴は何人もいたけど、女神様は神徒を裏切ったことは一度も無い。支配下に下った者達を見捨てたことも一度も無い。そんな女神様を、私は絶対に裏切りたくない」
「そっか。わかった」
笑顔で話すチューコに、ノアも笑顔で納得した。
「じゃあ、俺は最後の切り札出すから。チューコ、頑張ってね」
ノアが言いながら手をかざすと、ミクトラの赤い宝石から、また赤い光が放たれた。しかし今度は刃の形ではない。そもそももう、ミクトラに力は残っていない。
「ふー……久しぶりの娑婆ね」
ノアの横にマミが出現し、大きく深呼吸をする。
(魔法使いがここで新たに召喚された?)
マミを見て目を剥くチューコ。
「で、ノア。少しは私が出られる時間は伸びたのよね?」
「うん、フェイスオンにまた改良してもらったから、三秒くらいは伸びたんじゃない」
「キーッ! ふざけんじゃないわよっ! あんたノアの分際で、私をおちょくってるのーっ!」
ノアの言葉を聞き、マミはヒステリックな叫び声をあげ、魔法を放った。螺旋状に回転する魔力の奔流がチューコを襲う。
チューコは魔力障壁を張る。
障壁は魔力の奔流を防いだが、魔力はマミより放射され続けている。
チューコの障壁が軋みだし、やがてガラスのように割れ、魔力の奔流がチューコの体を飲み込んだ。チューコの体が空中で激しく回転しながら、ずたずたに引き裂かれ、地面に打ち付けられた。
「あらら? これで終わり? あっけないの。せっかく出てきたんだが、もうちょっと楽しませてほしいもんだわ」
つまらなそうに肩をすくめるマミ。
チューコはその台詞を聞いて闘志を燃やし、立ち上がろうとするが、体が言うことを聞いてくれない。魔力がろくに残っていない、再生も行われない。
(私の負け……)
敗北を悟り、認めるチューコ。
「ぐ……ううう……」
「立ちなよ。それで終わりでいいの?」
敗れたことを実感し、泣いて悔しがるチューコにノアが声をかける。
「まだ空っぽにはなっていない。力は残ってるだろ。悔しがるのはまだ気力が残っている証拠。残りの力全て出し切れ。君がここまで紡いできた命の全て、俺に叩き込んでこい。俺はそれを全部受け止めてやる」
ノアの言葉に反応し、チューコは必死に体を動かし、立ち上がろうとする。最後の力を振り絞った。
しかし立つことは出来ない。両脚がちぎれかけている。腕も片方がぐしゃぐしゃに折れ曲がっている。脇腹は裂け、胸には穴が開いている。
「嗚呼……死ぬ……。私、地獄に堕ちる」
チューコが泣きながら呟く。
「生きている時も苦しくて仕方なかったのに、死んだら……私が殺したあいつらに、地獄に引きずり込まれて、永遠に苦しめられるんだ……」
「そんなことに怯えていたの? 君はただ、殺したい奴を殺しただけだろ。つまり、君に殺されたのは、殺されるに相応する奴等ってことだ。人間の形をした生ゴミを掃除しただけだ」
絶望するチューコに、ノアが優しい声音で告げる。
「だから大丈夫。地獄には落ちない。むしろ行くなら、ゴミ掃除の御褒美として天国。未来の魔王である俺が保障する。さっきも言ったろ。俺もチューコも母さんも、糞野郎共をブチ殺すために生まれてきたんだから」
「ははは……その人、お母さんなんだ……」
最後に母親を召喚して代わりに戦わせたノアが、何故かおかしくて笑ってしまうチューコだった。
「生まれ変わったら、またムカつく奴を見つけ次第、殺して殺して殺しまくればいい。今度は苦しみ悩むことなく、自分の性質を認めて、本能に従えばいい。それが君の正しい在り方。これも未来の魔王である俺が保障する」
(未来の魔王……?)
その台詞が気になったチューコであったが、問うことは出来なかった。疑問を抱いたまま、チューコの意識は闇の中へと落ちた。
チューコがこと切れた瞬間を見計らい、マミがチューコの亡骸の前に、XXXXの血文字を地面に刻んだ。
「ノア、わかってる? 私がいたから、貴女はこんなつまらない子にならずに済んだのよ?」
マミがチューコの亡骸に蔑みの視線を浴びせながら、ノアに伺う。
「そうだね」
ノアはチューコを見つめたまま認めた。
『ノア、しんどいと感じているのは、お前に母親に対する愛情もあるからじゃないかね?』
ミヤに指摘されたことが思い浮かぶ。
(今はしんどくないかな?)
今ならマミと共にいても、苦痛には感じないのではないかと、ノアは思う。
「だろうね。この子は一人ぼっちだったんだ。善悪の狭間で、一人で苦しんでいた。俺みたいに、導いてくれる人がいなかった。唯一手を差し伸べたのは、あの糞女神だ。そしてあんな糞女神を盲信することでしか、自分を保てなかった」
そこまで話したところで、ノアはマミを見た。
「俺は母さんによって、立派な殺人鬼に育てられた。少なくともムカついて殺したい奴が現れたら、何の躊躇も無く殺せる。罪悪感も生じない。チューコを見て、母さんにそう仕込まれたことに、感謝したい気分だ」
「あらあら、随分と殊勝じゃない。もう反抗期が終わったの?」
ノアの台詞を聞いて、マミがからかう。
「不思議なものだよ。母さんがいた頃、俺は母さんのことが怖くて憎くてウザくてたまらなくて、母さんのこと何一つ認められなかった。いつまでこんな日が続くんだって、母さんの元から逃げたいって、死にたいって、そんな感じで母さんのこと全力で否定していたのにさ。段々……少しずつわかってきた。母さんが俺にしたことは、マイナスだけじゃなかったって。プラスもあったって」
「プラスマイナスで表現する辺り、貴女は大分あのミヤに感化されているんじゃない?」
またもからかうマミだったが、先ほどとは声のトーンがかなり違った。ノアが堂々と口にした台詞に対し、気恥ずかしさを覚えて胡麻化していた。そしてノアもそれは見抜いていた。
ノアの視線がまたチューコの亡骸に向けられる。
「チューコを苦しみから解放してあげたかったな。二つの心があるから苦しんでいた。どちらかに傾けて固めてあげられればよかったのに。馬鹿なチューコ。そして可哀想なチューコ」
「貴女は悪い子なんでしょう? ノア。馬鹿な子を哀れむのは、魔王になりたいなんて言う悪い子のすることじゃないわ。悪い子失格ね」
「そんなことはない。悪い子だって誰かを哀れみくらいはするよ。特に、自分とよく似た悪い子にはね」
マミの指摘に対し、ノアは余裕の笑みを浮かべて反論する。
「チューコ、俺は君の分まで長生きして、君の分まで殺して殺して殺しまくっておくよ。ブッ殺されて然るべき糞野郎共を、見つけ次第殺しておくよ。そして君の分まで楽しんでおくから」
ノアがチューコの亡骸に語りかける。
「それが君への手向けになる。そうだろ?」




