41-25 弱いのに強い
「ブヒビーム!」
サユリが叫ぶと、四匹の豚の鼻孔から一斉にビームが放たれる。
「百回脱いでも大丈夫! イナバ脱皮!」
ルナッテが自分の皮を脱いで飛び上がり、ビームを避ける。脱いだ皮がビームによって貫かれる。
「わざわざ皮を脱ぐ必要があったであるか?」
「せっかくの脱皮魔法を使わない理由があるの?」
疑問を口にするサユリに、ルナッテが笑いながら言い返す。
巨大な餅の塊が臼から発射され、回転しながら飛来する。
「ブヒィーム!」
豚のうちの二匹――天使豚だけがビームを放つ。四条のビームではなく、二匹が一つにまとめて太ビームを放ち、飛んできた巨大餅を迎撃する。
その間に、二匹の悪魔豚が左右に分かれ、大きく回り込むような動きで、ルナッテに向かっていく。
ルナッテが杵で臼を突く。
その動きに合わせた念動力による攻撃が飛び、サユリの頭部を直撃した――かに見えた。事実サユリは、頭部を破壊されて突っ伏している。
「さっきの光の刃といい、君は回避困難な攻撃をするのだ」
ルナッテの後方より、サユリの声がした。
振り返ると、一匹の悪魔豚が宙を漂っていた。
「みそメテオ!」
悪魔豚が叫び、みその流星群がルナッテを襲う。不意を突かれたルナッテはこれを防げず、全身みそまみれになって崩れ落ちる。
悪魔豚の姿が変わる。サイズが大きくなり、サユリの姿になる。
「君の脱皮を見て、サユリさんは思いついたのである。豚さんとこっそり入れ替わる魔法を」
サユリが言うと、頭部を潰されて倒れているサユリの姿が、頭部を潰された悪魔豚へと変わっていく。
「豚さんの犠牲は無駄にしなくてっ。豚さんの仇ーっ! ブヒビーム!」
サユリが叫ぶと、もう一匹の悪魔豚が、ルナッテに至近距離からビームを浴びせる。
倒れていたルナッテがさらにダメージを食らう。
(再生できない……。このままじゃ負ける。死ぬ……)
かつてない危機を迎えたルナッテは、ここで本気を出すことにした。
体中ボロボロのルナッテが、ゆっくりと立ち上がる。
「むむむ……」
ただならぬ気配を感じ、後退して距離を置くサユリ。
「ルナティック・フェノメノン覚醒。アルテミスモード展開。スッポンシンクロ率700%。マギア・ヘカテー発動準備完了。無慈悲な夜の女王とのコネクト開始」
ぶつぶつと呟くルナッテの全身に、強大な魔力が漲る。
「ギガンティック・豚さんみそゴーレム!」
サユリの叫びに応じて、ルナッテの前にみそで出来た超巨大なゴーレムが出現する。でっぷりと太目な体は人型だが、頭部は豚のそれだ。
「包み込みましてっ」
サユリの叫びに応じて、ルナッテの前に現れたみそゴーレムが、ルナッテの体に向かって前のめりに倒れ込む。
「ふん? 何よこれ? こんなものであたしを封じたつもり? 無駄なことを」
全身をみそで覆われた状態でうそぶくルナッテ。
「こんなもの、月の狂気の力をマックスにしたあたしの前では――」
ルナッテの台詞が、途中で止まった。
「みそがあれば何でもできる」
静かに告げるサユリ。
「あたしの力……月の力が……無くなって……」
いざこれからフルパワーで大暴れをしようとしたというのに、ルナッテは自身の力が綺麗さっぱり失われていることに気づき、愕然とした。
「狂気の力だか、月の力だか何だか知らないけど、君の魔力はみそが全て吸い取ったのだ。ギガンティック・豚さんみそゴーレムに包まれる前に避けるか、みそを弾き飛ばせばよかったものを、包み込まれても余裕かまして喋っているから、そういう事態になるのである」
心なしか哀れむように話すサユリ。
ルナッテはみその中で途方に暮れていた。
「ううう……ううううう……」
みその中で、ルナッテがすすり泣く。
「あたしは……所詮フェイクだった? 狂人達に崇められ、狂人達の拠り所になり、狂気を司る神を標榜し、狂気を美としてきたあたしは……貴女の言う通り、狂気に憧れていただけ? だから負けたの……?」
ルナッテは認めてしまった。サユリこそが真の狂気の持ち主だと。そのサユリによって自分の狂気は、ただの憧れであり、演出に過ぎないと指摘されてしまったことは、無視出来なかった。否定できなかった。事実として受け入れ、絶望していた。
「だーかーらー、皆はサユリさんのこと狂人扱いしたり変人扱いしたりするけど、あたくしは断じて正常なのだ。あたくしは世界中の人間を全て豚にして、ラブアンドピースな世界を創りたいだけなのだ。それを否定する者こそ、それを理解できない者こそがおかしいのだ。サユリさんが絶対に正しいのだ」
「本気なのね……。あたしにはわかる。それを本気で言ってるってこと。負けたわ……。あたしは紛い物だった。サユリ、貴女こそ真の狂人。キチガイのナンバーワンよ」
潔く敗北を認めたうえで称賛するルナッテであったが、サユリはちっとも嬉しくなかった。
そのサユリとルナッテから少し離れた場所では、ノアとチューコが攻防を繰り広げている。
攻防と言っても、チューコがほぼ一方的に攻め立て、ノアは防戦一方に追い込まれている。何度か攻撃も食らってしまっている。
「つまらない戦いね」
防ぐだけで精一杯となり、ほとんど攻撃に転じることが出来ないノアを見て、チューコが蔑む。
「あんたが私よりずっと弱いのは、あんただってわかりきっているでしょ。それなのにしきりに私を挑発しているのはどういうこと?」
「うふふふふ」
チューコの問いかけに、ノアは笑う。
「何がおかしいの?」
その笑いがまた、チューコの癇に障る。
「俺のこと皆して弱い弱い言うけど、チューコの方がずっと弱いのに、おかしいよね」
「またそれ……」
ノアの言葉を聞いて、チューコは思いっきり顔をしかめる。ノアに嘲られる度に、チューコの心は切り刻まれるかの如く痛む。
「チューコこそわかっているよね? チューコが俺にムカついている理由。俺を弱い弱いと言って見下しているけど、そんな弱い俺にムキになっている理由」
ノアの言葉に言葉で返そうとせず、チューコが無言で攻撃魔法を放つ。
ノアは魔法障壁で防御を張ったが、チューコが放った不可視の魔力弾は、ノアの防御を呆気なく貫き、ノアの体も穿ちぬいた。
倒れ、血を吐くノア。血を吐きながら、ノアはチューコを見た。
チューコはまた顔をしかける。ノアは血を吐きながら、自分を見て嘲笑を浮かべていたのだ。
「チューコ、俺を選んだのは、単に俺にムカついて、俺を殺したいからじゃないよね?」
「は? それ以外に何があるっていうの?」
今度の言葉は無視できないチューコであった。
「俺の言葉が心に響いているからだよ。俺の言うことが正しいと、チューコの魂が認めている。俺に憧れているからだよ」
笑みを張り付かせて、確信を込めて言い放つノア。喋っている間に、体の再生は自動的に行われている。
「思い上がりも甚だしいわね。いや、思い込みが激しいって言った方がいい?」
「声が震えてるよ。指先も震えている。動揺が激しくなってるみたいだよ」
「うるさいっ!」
チューコが激昂し、ノアの精神に干渉する。
「あんたは……心からずたずたに切り裂い……て……」
チューコが声を詰まらせた。
ノアの心を覗き込み、トラウマをほじくり返してやろうとしたチューコであったが、チューコがそうしてくることを、ノアは予期していた。
ノアは予めミヤと相談し、ノアとミヤの二人がかりで、ノアの精神に罠を仕掛けていた。精神系列の魔法を得手とするチューコは、挑発し続ければ、ノアの精神に潜り込んでくる手を使うと読んでいた。その行為に備えておいた。
「な……」
チューコは絶句した。ノアの精神を除いた瞬間、ノアが楽しそうに人を殺す光景が、チューコの視界に飛び込んできたのだ。
それはノアの記憶にある、殺人の記憶の数々だった。それもすかっとした殺人の記憶で占められている。マミと行動を共にした際の記憶もあれば、ミヤとユーリと共に暮らすようになってからの記憶もある。
ただ記憶を覗き見ただけではない。ノアの感情がダイレクトにチューコに伝わってくる。
(私と同じ……。殺しを楽しんでいる。でも、私と違う。痛みが無い。躊躇いが無い。自己嫌悪が無い。苦しみなんて微塵も無い)
ノアがなぜ執拗に自分に絡んでくるのか、チューコは理解できた。ノアからすると、自分は非常にもどかしい存在に見えるのだろうと。
チューコの視界が暗転する。ノアの中に入り込んだ精神の視界ではなく、肉体の視界だ。
完全に隙を晒したチューコに、ノアが重力弾で攻撃したのだ。地面にうつ伏せに倒され、超重力によって全身の骨が軋み、みしみしと変な音が立つ。
「そして私も……本能的にそれをわかっていたから、あんたを無視できずにいた」
声に出して呟くと、チューコはノアの重力弾を弾き飛ばした。
「答えを出してから、あんたを殺す」
チューコが宣言し、魔力球を飛ばした。
魔力球がノアの前で爆発する。爆風がチューコにまで届き、チューコの体かよろめいた。少し威力を込めすぎた。
「ふん……。答え? 何だかわからないけどね」
自分の言葉に対し自嘲するチューコ。
「チューコ、弱いのに強いね」
ノアが微笑んだ。爆撃は食らっていない。重力壁を用いて爆風を遮断した。
「心は弱いのに、力は強い。そういうのは一番迷惑な手合いだって、婆が言ってた。いや、頭が悪いのに力は強い――だったかな?」
煽るノアであったが、チューコの表情は最早一切揺るがない。
「頭の悪い挑発はもういい。実りある時間にしましょう」
チューコが魔力を練り上げる。
「わかった」
ノアが頷いた直後、チューコは再び精神操作の魔法を仕掛けてきた。
「ノア、貴女は何が望み? 私をどうしたいの? 私に何を求めるの?」
チューコが問う。それは先程ノアの精神を覗き込んで何となくわかったが、本心をノアの口からはっきりさせて確認したいと考え、自白魔法をかけた。
自白魔法をかけられていると認識したノアは、チューコに向かって笑いかける。これまでの嘲笑とは違う笑顔だ。
「何度も言ってるだろ? チューコ。俺は君を解放したい。心の枷を解き放ち、完全にこっち側に連れてきたい。それだけだよ。だって君は俺と同族なんだから」
自白魔法は完全にかかっていなかったが、ノアは正直に答えた。涼やかに笑いながら答えた。
「チューコ、俺と君は――俺達はね、糞野郎共をブチ殺すために生まれてきたんだよ。それを素直に認めようよ」




