41-23 残酷な設定のおかげで物語が成り立つ
ミヤ達は夜明けの神に体を乗っ取られたルナッテを追い、特別監房棟の中を駆けずり回っていた。
「こらーっ! 監獄の廊下を走るなと、学校で習わなかったのかーっ!」
年配の看守が怒声をあげたが、ミヤ達は耳を貸さずに走り続ける。
特別監房棟に張られた結界のせいで、空間捜査による移動は互いに出来ない。せいぜい魔法で自身を高速化するだけだ。
「流石は兎だけあって足が速い」
ルナッテを負いながら感心するノア。
「ヒョウアザラシだって海の中なら速いし、俺は空中を海中泳ぐのと同じ速度で飛べるんだけどねー」
「猫に長距離走らすんじゃないよ。ったく」
「豚さんの脚力を見くびってもらっては困るのである」
レオパ、ミヤ、サユリがそれぞれ言う。サユリは走る豚に乗っている。
「あ、サユリだけ楽してる。俺も乗る」
「儂も便乗するよ」
ノアとミヤがサユリの豚に飛び乗った。
「ぶひぃ。この豚では重量オーバーでして。もう一匹豚を出すから、そっちに乗るといいのだ」
サユリが言い、少し大きめの豚を呼び出し、自分が乗る豚と並走させる。ノアとエイドがその大きめの豚へと飛び乗る。
「夜明けの神様ーっ! 待ってよ! 何で逃げるの!?」
レオパが大声で叫ぶと、ルナッテは走りながら一度だけ振り返り、すぐにまた前を向いて走り続ける。
「反応したであるな」
「会話は通じるようだね」
サユリとミヤが言う。
「おお、見つけたぞっ」
「ノムビットに感謝じゃのー」
「あ、ノア、師匠も」
ルナッテの前方に、ソウヤ、コズロフ、ユーリ、ダァグが現れて、逃げ道を塞ぐ。
「先輩っ」
「おおっと、ここでユーリの登場だーっ! しかもあのダァグ・アァアアも一緒ですよーっ!」
ノアがユーリを見て表情を輝かせ、サユリが実況口調で喚きたてる。
「ユーリがダァグと共闘ですか。これは胸の熱くなる神回ですねえ」
しっとりとした解説口調に変えるサユリ。
「サユリさんは突然どうしたんですか?」
「気にしなくていいよ。この子はたまにおかしくなる」
「たまにじゃなくて、サユリはいつだっておかしいよ」
不思議がるエイドに、ミヤとノアが言った。
ルナッテが足を止めた。挟み撃ちにされた格好だ。追いかけていたミヤ、ノア、サユリ、レオパ、エイドも止まった。
「師匠、ここにいたんですね。そしてその兎の女の子は――」
「夜明けの神が入っているよ。どうやらお前達もそれがわかったうえで、ここにやってきたみたいだね」
ユーリがルナッテを見ながら声をかけると、ミヤが告げた。
諦めたようにルナッテが吐息をつくと、ルナッテの中から夜明けの神が出てきた。ルナッテは倒れる。
「所長に似ておるのー。かなり若いが」
夜明けの神の容姿を見て、ソウヤが呟く。
「ここまでか……」
再度吐息をつき、うなだれる夜明けの神。
「どうして逃げるんだい?」
ミヤが尋ねる。
「君達がどこまで知っているか、私は知らないから、どこから説明したものか迷うな。まあいい。正直に述べる。私は所長の願望から生まれた神だ」
夜明けの神が顔を上げ、観念した口ぶりで語りだす。
「所長の娘のエミは、神になったが故に、人としての心を失くした。それは神になった者が罹る宿痾。信仰心を糧にし、神としての振る舞いに心を染めたが故に、心の働きが均一化され、神というシステムに染まる。所長はこの宿痾を治す神を求めた。そして生み出されたのが私」
「お前はその役目を果たさず、逃げ回っていたね。その理由は何だい?」
ミヤがさらに問うた。
「私が一度力を振るえば、私は多くの神々の心を取り戻し続けるだろう。そしてそれだけの存在になり果てる。自動化し、システム化した神々を人に戻す代わりに、私がただ神を治すシステムに成り果てるからだ。冗談じゃない」
夜明けの神は眉間に皺を寄せ、忌々しげに吐き捨てた。
「むう。犠牲になることが条件とな」
「それで逃げ回っていたんだ。納得」
ソウヤが唸り、ノアが呟いた。
「所長の――娘を助けたい気持ちはわかる。だが、私はそのためだけに生み出され、そのためだけに使い捨てられる。そんなこと、認められない。神は信仰のための、信者にとっての都合のいい道具と成り果てる。そして私は、そんな神の心を取り戻すための道具として、所長の妄想を実体化させた存在。私は……そんな宿命に従いたくはない」
夜明けの神が語り終え、再びうつむいた。
「ダァグ……ひどいよ、この設定」
ユーリがダァグの方を向き、抗議と非難を込めて言った。
「仕方ないよ。そういう設定を僕が思い浮かべちゃったんだもの。これは理に適っているんだ。心を戻す力を振るう者は、代償として心を失ってしまう。たった一人で多くの神を救うわけだから、等価交換とは言えないけどね。そしてこのシステムを嫌ったが故に、夜明けの神は逃げ回り、それを探すというストーリーを作れた。そのストーリーの中で、僕達と女神の陣営が争うというゲームの構図も作れたんだからね」
ダァグはユーリから視線を逸らし、言いづらそうに――まるで釈明するかのように――解説する。
「ダァグ、君は仕方ないの一言で済ますんだろうけど、君のそういう所――物語の都合云々で、悲劇や不幸を容易く作るところが、大嫌いだよ」
冷たい口調で言い放つユーリ。
「嫌がる夜明けの神を無理矢理連行して、所長の願いを叶えて、僕達は外に出て、多くの神々は心を失い、夜明けの神は犠牲になって心を失い、それでおしまい? そんな後味悪い〆方しかないの? 僕たちの心に嫌な記憶を植え付けるような、そんなやり方しかできないのか!?」
「先輩、どうどう」
喋っているうちにだんだんとヒートアップし、ついには怒声を発するユーリを、ノアがなだめる。
「でもユーリの怒りももっともだよー。俺もそんなやり方は受け付けないかなっ」
「あたくしもどちらかという嫌なのだ。ま、他人のことなどサユリさんはどうでもいいのであるが」
レオパとサユリもユーリに同意した。
「拙者はユーリが、必要とあれば冷徹な判断をする者のようにも見えたが、完全に冷徹というわけでも無さそうだのー。相手が初見の者であろうと、あっさり切り捨てることもないようではな」
ユーリと夜明けの神を交互に見やり、ソウヤが話す。
「ユーリの甘い所ではある。俺なら容赦なく割り切るぜ。それしか手がねーんなら、そうするしかねえ。しかも会ったばかりの奴の命なんてどーでもいいわ。でもユーリは見過ごせない甘ちゃんなんだよ。ま、俺はユーリのそういう甘さも、嫌いじゃなくなってるけどな。最初は何だこの脳みそお花畑野郎はと思ったもんだが」
コズロフがユーリを見て、親しみに満ちた微笑を浮かべて言いつつ、ユーリの肩をぽんぽんと叩く。
「あのさ、ダァグ。君がこの世界作った神様だから、どうにかしなよ」
ノアもコズロフに負けじと、ユーリの肩を高速でぽんぽんぽんぽん叩きながら、ダァグに向かって要求した。
「ぜんまいを巻きなおしなよ。先輩じゃなくても、そんな馬鹿な設定で皆を苦しめる君に、ものすごく不快感を覚える」
「でも……一度そういう設定にしたんだし……そんなこと……」
ノアに言われ、うつむき加減になるダァグ。
「書き換えろ」
ユーリが有無を言わせぬ口調で命じる。
「君にはその力があるんだ。やれ。やらないなら僕が今ここで君を殺す。ここでまだ反発するなら、僕はもう絶対に君を許せない」
命令口調で告げた後、強い語気から一転させ、柔らかい口調になって、最終通告を口にするユーリ。
「君だって悲劇は望んでいないんだろう? じゃあ悲劇を書き換えろ。それが出来るのにやらないなんて、どんな言い訳を持ち出しても、僕達には通じない。物語を書き換えるんだ。残酷な設定のおかげで、物語が形成されているなんて、あんまりだよ」
意図的に優しい口調で、しかしダァグの反論を許さず、命令するユーリであった。
「君達は何の話をしているんだ?」
一人、わけがわからない夜明けの神が尋ねた。
「実は――かくかくしかじか」
ユーリ達は夜明けの神に、ここに来た経緯と、人喰い絵本のことやダァグのことを全て説明した。
「信じられないな。ここが絵本の世界で、その子が創造主だと? 神々でさえ、その子の被造物に過ぎないとはな」
夜明けの神は話を聞いて呆気に取られていた。
「ダァグ、正直にお言い。出来ないからといって責めはしないよ。ユーリも少し落ち着きな。物語の書き換えは出来るのかい? それとも出来ないのかい?」
ミヤがダァグに伺う。
「不可能とは言わない。でも説得力をもたせないと、設定の書き換えは出来ない。ほんの一部だろうと、世界の法則を変更するのは容易じゃない。創造主だからといって、自由自在ってわけじゃないんだ。整合性を失った物語は――いや、世界は破綻する」
ダァグが言いづらそうに説明する。
「夜明けの神に事情を説明する間、どうにかできないか考えていた。設定を抑えるという形、代償を失くすことを試してみるよ。うまくいく保障は無いけど」
「よくわからない。どういうこと?」
ダァグの言葉がいまいちわからず、具体的な説明を求めるユーリ。
「夜明けの神を、癒しの起点にする。神という檻に心を囚われた者達に、夜明けの光をもたらす神。しかしその光が必ずしも目覚めに――心の解放に繋がるわけではない。本人次第、周囲次第という形に変える」
「確実性を失くす代わりに、私の心が失われることは無くなるわけか。しかしそれでは、私にとっては都合がよくても、所長にとっては不都合極まりないな」
ダァグの言葉を受け、夜明けの神が言った。
「所長には悪いが、それで我慢してもらうしかないね。これがぎりぎりの折衷案。そしてうまくいくかどうかもわからない。僕にだってこれ以上はどうにも出来ないよ。何度も言うけど、創造主だからって何でも可能なわけではない」
重々しい口調でダァグが告げた。
「ならば拙者らも、所長の娘が目覚める呼びかけを行えばよいのではないか?」
「あはっ、それいいね。皆で所長に協力すればいいんだ」
ソウヤが提案し、レオパが弾んだ声をあげる。
「正直ね、これがうまくいくかどうかわからない。でも……僕、できる限りことを頑張ってみるつもり。満足できる結果になるかわからないけど、最大限、良い形を目指すよ」
ダァグはユーリの顔を見上げて、力強い口調で宣言する。
ユーリはダァグを見つめながら、何も言わず、一瞬微笑を零して頷いた。
「この小僧はユーリのことばかり意識してやがんのなー」
「それはお主も似たようなものであろう」
コズロフが言うと、ソウヤが突っ込んだ。
「書き換えを開始するね」
ダァグが瞑目する。
「上手くいった」
十数秒の沈黙の後、ダァグが言った。
「どう変わったかまるで実感が無いね」
と、ミヤ。
「夜明けの神、君は神の心を戻す力の使い方はわかっているよね。その力を使っても、君は心を失わない」
「そ、そうか……」
ダァグが断言するも、夜明けの神は不安だった。
「ただし、不都合も生じたよ」
「不都合?」
ダァグの言葉を聞き、ユーリも不安げな声をあげる。
「強引な設定の書き換えに、思った以上に僕は力を消耗した。女神との戦いに僕の力は温存しておく予定だったのに」
「きゃははははーっ、それはいいこと聞いちゃったわーっ」
ダァグが自身の消耗を口にした直後、けたたましい笑い声が響いた。
「うわ、出やがった」
コズロフが声のした方を向いて顔をしかめる。
現れたのは女神とチューコだけではなく、ドームも合流していた。さらには、ドームが多くの魔物を、チューコは洗脳した神々を引き連れている。
「話に熱中するあまり、誰もこいつらの接近に気づかないとは、間抜けなもんだ」
ミヤが自嘲を込めて毒づく。
「言っておくけど、もうゴキブリけしかけても無駄だからねっ。あんなくだらない手、何度も通じると思わないで頂戴っ」
「はっ、勝手に引っかかったくせして何言ってやがんだか」
女神の台詞を聞いて、コズロフが嘲笑する。
「チューコ、ルナッテの精神支配をかけなおしなさい。いまなら簡単なはずよ。夜明けの神に支配されていたおかげで、今のルナッテの心は弱り切っているし」
「わかりました。私より夜明けの神の方が、精神支配に長けていたようですね」
女神に命じられ、チューコが倒れているルナッテに精神支配の力を用いる。
「さあ、ここで決着をつけるわよっ。あんたらと付き合うのも、もううんざりだわっ」
「あはっ。それはこっちの台詞だよっ」
女神が言い放つと、レオパが笑いながら言い返す。
「儂が言おうとした台詞をレオパに取られたわ」
ミヤが苦笑気味に呟いた。




