41-22 G
ユーリとダァグとコズロフとソウヤの四名は、特別監房棟の中に入った。
「始めて来るけど、おかしな気配ぷんぷんだな」
コズロフが周囲を見渡しながら呟く。
「囚神と話したいなら、扉を開けて会話してよいと言われたが、斯様な場所に収容される神と、果たして平穏な話などできるのかのう?」
「危険はありますが、やってみないと始まりませんよ」
危惧するというより、からかうように注意するソウヤに対し、ユーリは平然と微笑みながら、近くの扉をノックした。
「ノックしてくる奴……なんて初めてだな。開けろよ。オイラの方からは開けられないぜ」
扉の中から甲高い男の声がかかる。
ユーリが扉を開くと、中の部屋には背丈50センチ程度の小人がいた。額からは短い角を一本生やし、髪の毛が腰より下まで伸びている。前髪だけは目の上で切られている。
「ふん? 新参看守か? おいおい、入ってこようとすんなよ。ここは出入りなんて出来やしない。そんなことも知らないのかよ」
小人の神が悪戯っぽく微笑む。
「僕は看守ではありません。初めまして。ユーリ・トビタと申します。」
「俺はコズロフ。偽看守だぜ」
「そか。おもてなしは出来ないが、話くらいは聞いてやるぜ。暇だしよ」
微笑み返すユーリとコズロフに、小人の神は気をよくしたようであった。
小人の神は、自らを小さき者達の神ノムビットと名乗った。その名の通り、小動物や小精霊達の守り神とのことで、信仰を糧にはしていない。周囲の小さき者達の命が活性化すると、ノムビットも自然と力を得るという。そしてノムビットがいるだけで、周囲の小動物は病気にかかりづらく、怪我も回復しやすくなるという、持ちつ持たれつにあるとの話だった。
「悪い神様には見えねーなー」
「オイラは別に邪神でも破壊神でも悪神でもねーよ。ただ、ムカつく看守達に反抗的な態度を繰り返してたら、ここにぶちこまれちまったのさ」
コズロフの言葉を聞いて、得意げに笑うノムビット。
「ははは、コズロフと気が合いそうな神よの」
「ああ、気に入ったぜ」
ソウヤとコズロフが笑いあう。反骨精神の塊であるコズロフ故、ノムビットの経緯に好感が持てた。
「実は僕達、夜明けの神を探しているんです」
「へー。この特別監房棟内では、一人だけそいつを探している神がいるな。狂気の邪神ルナッテって奴だ。俺も色々聞き込みされた」
ユーリが目的を述べると、ノムビットはいきなり手がかりになりそうな情報を口にした。
「囚神としてここに収容されている神様が、ここで捜索なんてできるの?」
ユーリが疑問をぶつける。
「ルナッテ――オイラもそうだけど、ここの囚神全てが、ずっと部屋に閉じ込められているわけじゃねーよ。自由時間もあって、部屋の外にも出られる。ま、特にヤベー奴は、ずーっと封印されたままだけどな。ルナッテは普段は強力な封印をかけられているらしいが、狂気の邪神とか言われている割に、模範囚なんだわ。ここに来た理由も、夜明けの神を探すためだっていうし」
ノムビットが語る。
「いきなりいい情報ゲットだな。まずそのルナッテを探せばいいわけだ」
「いきなりっつーか、誰に聞いても答えると思うぜ。ルナッテが特別監房棟で夜明けの神を探していた話は有名だからよ。実際はルナッテ以外の神々も動いていたよ。探し当てて、所長のところに連れて行けば、出獄してくれるって話だし、多くの神が探したさ。しかし手掛かりは得られず、諦めちまうみたいだ」
コズロフの言葉を聞き、ノムビットが言った。
「お主は夜明けの神を探さないのかね?」
ソウヤが質問する。
「オイラは別にどうでもいいがね」
「どうでもいいって? 最初からここを出る気が無いってこと?」
肩をすくめるノムビットに、ユーリが問う。
「ああ。オイラは小さき者達の神だ。ここにも小さき者達は沢山いるぜ。ネズミとかゴキちゃんとかな。だから別に困ることもないし、ここがそこまで悪い場所だと、思っちゃいねーんだ。ま、横柄な看守達はムカつくけどよ」
「そんなもんの神になっちまうのも悲しくねーか?」
「ははは、オイラは小さき者達の差別はしねーんだよ」
嫌そうな顔になって言うコズロフに、ノムビットは破顔する。
「オイラが見た感じ、ルナッテが一番夜明けの神の情報を得ているようだ。ルナッテに当たってみるって選択は正しいぜ」
と、ノムビット。
「情報ありがとうございます」
「応、頑張れよ。ああ、それともう一つ――」
礼を述べ、立ち去ろうとしたユーリを、ノムビットが呼び止めた。
「お前達のこと、見てもいいか?」
「見てもいいって?」
「暇だしな。お前達はちょっと変わってるから、今後の動向が気になる。小さき者達の目を通して、見物してもいいかって話だよ」
「別に構いませんよ」
ノムビットが断りを入れると、ユーリはにっこりと微笑んで了承した。
「おいおい、四六時中見られちまうのかよー」
動揺するコズロフ。
「はははっ、気軽にせんずりもできなくなるのー」
「おい、堂々と言うなよっ」
ソウヤがあっけらかんと笑うと、コズロフが狼狽する。
「そんなものは見物したくないから、見ないようにするわ」
苦笑するノムビット。
「ま、暇つぶしに協力してくれる礼だ。何か困ったことがあったら、小さき者達を使って助けてやるよ。オイラが気づいている時限定でな」
「ありがとうございます」
ノムビットがウインクしてみせる。ユーリは深々と頭を下げた。
四人がノムビットの部屋を離れ、いざルナッテを探しに行こうとした、その時だった。
「女神様っ」
「うわっ、こいつらもいたしっ」
曲がり角から、女神、チューコが姿を現し、ユーリ達と鉢合わせた。
「女神達もここにきていたのか。でも相手のリアクションを見た限り、偶然の遭遇っぽい」
ダァグが言う。
「こいつらも目的は同じかねえ。つーか鳥が喋ってるぞ」
「女神はカモメと聞いておろう」
「ダァグ、コズロフ達にも女神の正体見えるようにしたんだね」
コズロフとソウヤの会話を聞き、ユーリが確認する。
「うん。ミヤを見ても猫として認識するよ。協力者と、一部の特別な神だけは、認識できる」
「なるほど」
ダァグの話を聞いて、ユーリは納得する。
「あるいは、私達の力で認識できるようにすることも可能よ」
チューコが言った。
「チューコ、そんなことが出来るのね。えらいえらーい――と言いたいところだけど、チューコ、そんな情報を敵に教えてあげる必要あるの?」
「まあ、それほど重要ということもないかと思いまして」
「甘-い。それが致命的な要素になっちゃうこともあるんだからねっ」
「申し訳ありません……」
女神が茶目っ気に満ちた口調で注意すると、チューコは真面目に謝罪する。
「さて、互いにボス同士いるわけだけど、この機会を見逃すこともないわよね? ここで決着つけちゃおっか?」
女神の視線がダァグに向かう。口調は相変わらず弾んだままだ。
「それもありだよ。直接対決するというのなら、僕はこの世界を操る力は一切用いることが出来ない。対等な条件だ」
「そういう制約があったからこそ、あんたは私を人喰い絵本に召喚し、絵本のルールで縛り付けられたのよね。それはもうわかってるってのー。ていうか、あんた顔立ちは整っているけど、ちょっと陰気気味っていうか、話し方も陰気なうえに子供っぽくないっていうか、可愛くない餓鬼よねー」
女神が金切り声で揶揄すると、ダァグはむっとした顔になった。
(あれ? ダァグ、今ので怒ったんだ)
意外そうにダァグを見るユーリ。
「ユーリ、コズロフ、ソウヤ。女神は僕が引き受ける。三人でチューコを担当してほしいんだけど、僕の見立てでは、チューコは君達三人でも辛い相手だと思う。かなり強い。逃げるという手もあると思う」
ダァグが冷静に状況を述べる。
「おいおい、おかっぱの大将、つまんねーこと言ってくれるなあ。そういうこと言われると俺は逆にやりたくなっちまうぜ」
「やめた方がいいよ、コズロフ。ダァグにしてはかなり親切で否定的だし」
「拙者もユーリに同感よ。お主は蛮勇なうえに天邪鬼と、ろくでもない属性ばかり持つでない」
勇むコズロフを、ユーリとソウヤ二人がかりでなだめる。
「逃げるですって? そんなこと聞くと私は逆に逃がしたくなくなっちゃうのよねー」
「おい、鳥公、俺の真似すんじゃねーよ」
先ほどのコズロフの口調と台詞を真似る女神に、コズロフが抗議の声をあげたその時だった。
「は……?」
「ひっ!?」
女神が固まり、チューコの顔が引きつった。その視線の先は、ユーリ達の後方に向けられている。
「何だ? うげっ!」
訝り、堂々と隙を見せて振り返ったコズロフは、後方の光景を見て、思いっきり顔を引きつらせた。
壁と天井には、びっしりと黒光りする楕円の虫で覆いつくされている。床にもいるが、床は小さな哺乳類の方が目立った。ようするに大量のゴキブリとネズミがひしめいていたのである。
次の瞬間、ネズミとゴキブリが一斉に駆けだした。
「うわああっ!」
「ギャアアァァー!」
「キャーッ!」
コズロフは悲鳴をあげてしりもちをつく。大量のネズミとゴキブリは、コズロフやユーリ達を避けて通り、悲鳴をあげて逃げ出した女神とチューコを追っていった。
逃げていくチューコと女神、それを追う大量のゴキブリとネズミを、ユーリ達は呆然と見送る。
「きっとノムビットの仕業だ」
「ふふふん、小動物の神らしい助力であったな」
ダァグが言い、ソウヤが笑う。
「女神達、魔法で撃退するっていう発想は無かったのかな……」
ユーリがぽつりと呟く。
「あのように大量のゴキブリに飛んでこられたら、頭の中が真っ白になってとんずらするのが、まともな反応と言えよう」
「それもそうか」
ソウヤの言葉に納得するユーリ。
「余計な戦闘は避けられたし、今のうちに移動しよう」
ダァグが促し、四人は来た方へと戻った。逃げて行った女神達とは反対方向だ。
遅めの昼食にするため、特別監房棟内にある食堂に行く。
「ここはあっちの棟と違って、食堂は看守のためだけの物みたいだね」
食堂の様子を見て、ユーリが言う。
「俺達、ここでメシにありつけるのかね?」
「拙者が交渉してこよう」
コズロフが懸念を口にすると、ソウヤが申し出て、食堂内にいるコックの方へと向かう。
交渉はあっさりと成功し、四人は昼食にありつけた。
「世界を創造する神の真相が、あんなタイミングで判明するなんて思わなかったよ」
テーブルで食事を取りながら、ユーリが隣の席のダァグを見て言う。
「確証は無いって言ったろ。たまたま僕と女神と所長だけが、そういうケースかもしれない」
と、ダァグ。
「それはそうと、僕をモデルにして所長のキャラを作ったの?」
「意識しなかったと言えば嘘になるかな」
ユーリの質問に、ダァグは言いづらそうに答える。
「似てねーよ。ユーリと所長のどこが似てるってんだよ。ユーリは禿てねーだろ。むしろ伸ばしすぎだろ」
「モデルってのは外面の話じゃないよ」
コズロフの台詞を苦笑気味に否定するユーリ。
「神様にヘイトを燃やしている所さ。僕にもあるし、所長にもあるみたいだし」
「ああ、それかー」
ユーリの話を聞いて、コズロフは頭を掻いた。
「あのね、僕にもユーリの気持ちはわかるんだよ。僕も神様は意地悪だと何度も思った」
ダァグが憂い顔で語る。
「同級生の中に、ボランティア活動に積極的な子がいた。町の中で、体の自由の利かなくなったお年寄りの世話とか、そういうことをしていたんだ。ある時、年寄りの家に行って、その年寄りがうっかり油を階段に撒いてそのままにして、その子は階段を転げ落ちて死んじゃった」
「けったくそ悪い話だな」
ダァグの話を聞き、コズロフがストレートに感想を述べる。
「あんないい子だったのに、なんでそんな死に方しなくちゃならないんだって、神様の思し召しなら、おかしすぎるって思ったよ。でも僕は今や、世界を創り、大勢の人間の運命を操り、すっかり意地悪な神様になっちゃったよ。なんでかわかる?」
哀しみをたたえた表情で自分を見つめてくるダァグを見て、ユーリは何も答えず、ただ次の言葉を待った。
「僕も神様に散々意地悪されたからだよ。そして、ボランティアしていたその子も含め、神様に意地悪された多くの子を見てきたからだよ」
ダァグの台詞に、ユーリは衝撃を受けた。その台詞の意味をわかってしまった。
「いや、何でそーなるんだよ。わかんねーよ」
コズロフには意味が分からなかった。
「神様に意地悪の仕方を習ってしまった――と言えばいいかな?」
「ああ……」
ダァグに言われ、コズロフも理解する。
「ユーリ、君は僕のことを憎んで蔑んでいるようだけど、それでもいい。僕はそれでも嬉しい。君はね、僕に初めて、僕におもいっきり感情をぶつけてくれた人なんだ」
「そういうものなのか……」
微笑みながら告げるダァグに、ユーリは複雑な気分になる。
(こんな話されたら、僕のダァグへの怒りが薄くなる)
そう意識してしまう一方で、その方がいいのではないかとも、ユーリは思う。
「でも君にあの目で睨まれるのは、結構しんどいけどね」
「あの目?」
「ユーリは自分ではわからないよね。すごい怖い目で僕を睨むんだよ」
「怖い目になるんだ……僕」
ダァグのその言葉も、ユーリにとっては衝撃的だった。
「うんうん、ユーリは結構怖い奴だぜ。そこがユーリのいい所でもあるけどな。だから気にするなよ」
「そんなこと言われると余計気にするよ」
コズロフの台詞に、ユーリがトホホ顔になる。
『ルナッテを見つけたぜ』
ふいに四人の近くで、聞き覚えの無い声がした。
『ここだよ。オイラだよ』
テーブルの上で、一匹のネズミが直立し、両手(前肢)を振っていた。
「ネズミが喋っておるの」
「これ、ノムビットかな」
ソウヤとダァグが言う。
『そうだ。何か知らねーけどさ、あいつダッシュしてる。って、おいおい、特別監房棟の外に出ようとしてるぜ。案内するわ』
ネズミがテーブルの上から飛び降り、駆け出した。
「昼食はお預けかな」
「マジかよ。移動しながら食おうぜ」
ユーリとコズロフが言い、四人は一斉にネズミの後を追いだした。




