41-21 現れた二人の神
「意味不明。貴重な情報を教える理由が、俺達を殺すから? じゃあ、俺達を殺す理由は何?」
ノアが半眼になって問う。
「あたしは夜明けの神を諦めた。でもあんたらには可能性がある。だから邪魔したいの。あたしは狂気の神よ。だから邪魔するの」
「そのわりには役に立つ情報を教えてくれたし、言動に一貫性が無いのもまた、狂気の神であるが故と解釈すればいいのかな? 理解できないし、したくもないけど」
ルナッテの話に辟易としてきたノアであった。
「早く戦いたくてうずうずしてた? 待たせて悪かったわね。じゃあ、いくわよ」
ルナッテが臼を杵で突く。
ノアが前のめりに倒れる。頭部が床に打ち付けられ、押し潰され、粉々になった頭蓋骨の破片と脳漿と血が床に飛び散る。
(モーションに合わせての遠隔攻撃。念動力――所謂、孫の手だね)
ミヤは一目でルナッテの攻撃の正体を見抜く。念動力猫パンチとほぼ同じ原理だ。魔力の強制霧散効果は無いようだが、発動の精度や速度においては、自分の念動力猫パンチより上であると、ミヤは見てとった。
さらに臼に杵を突き入れるルナッテ。次の狙いはミヤだった。
しかしミヤの体が潰されることは無かった。魔力盾を用いて、念動力による攻撃を完全に防いだ。
「あら、女神と同じくらい力有る? あいつもあたしの念動力餅つきを防いでくれたのよね」
ミヤを見て、ルナッテが笑う。
「月光断頭台」
ルナッテが呟くと、ミヤの頭上が光り、ミヤめがけて強烈な斬撃が繰り出された。
ミヤは避けようとしたが失敗した。光の刃がミヤの首を切断し、頭部が落下する。
床に落ちる寸前で、空中でミヤの頭部が静止する。
「攻撃が速い――だけではなく、儂の動きに合わせて攻撃が追撃してきた感じだね。避けようがない」
頭部を空中静止させたまま、ミヤはルナッテを見ながら言った。
(おそらく防御も間に合わないか、あるいは魔力で防御しても切り裂いてくる。刃に多大な魔力が凝縮されている。とんでもない切れ味だ。厄介な奴だよ。狂気どうこう言っているが、戦うための技術が練り上げられた魔法を使う。つまりこいつは百戦錬磨ってことだ)
ルナッテの用いた魔法を分析し、そのような魔法を行使するルナッテも分析するミヤであった。
「トリモチミサーイルっ」
ルナッテが臼を横に傾けて叫ぶと、臼の中から白い玉が大量に飛ばされる。
次々と飛来する白い玉を見て、ミヤは自分の前に火炎の壁を作り上げた。白い玉は炎を突き抜けると、焦げて黒い玉になって床に落下する。ほぼ炭の塊だ。
「ははははは、魔法の名前を事前に言ってしまったことがあたしの不覚よーっ」
ルナッテがおどけて笑う。
「言わなくても、解析して見抜いていたよ。トリモチは鳥だけでなく猫も引っかかるから、儂の国では禁止になったよ」
ミヤが憮然とした顔で言った。実はア・ハイでトリモチを禁止させるよう訴えたのは、他ならぬミヤである。
「ひどい目にあった……」
頭部を再生させたノアがふらふらと立ち上がる。まだ完全には再生しきっていない。
ノアが白いビームを放つ。着弾点から氷塊を自在に作りだす過冷却水だ。
ルナッテはノアの過冷却水を避けようとせず、あろうことか臼で受け止めた。いや、弾き続けている。
「むむむ……氷にできない……」
ノアは口惜しげに唸り、過冷却水の放射をやめた。臼に当たった時点で、過冷却水がノアの魔法の支配下より解かれて、コントロールできなくなってしまっていた。
ルナッテが臼と杵をミヤとノア達のいる方へと投げつける。臼も杵も空中で激しく回転しながら飛ぶ。
「オリオン・ストーンプ!」
臼と杵がミヤとノア近くまで飛んだタイミングで、ルナッテが叫ぶ。
「ぶっ!?」
何もない空間から男性の足が二本現れ、一本がノアの頭部を思いっきり踏みつけた。もう一本はミヤを狙ったが、ミヤは避けた。
臼が空中で微妙にコースを変え、ひるんだノアに向かって飛ぶ。
ノアに臼が直撃するかと思いきや、臼が大きく弾かれた。杵も同様だ。
「世話を焼かすんじゃないよ」
ミヤが吐息をつく。ミヤの念動力猫パンチによる防御だった。
「強いね。不条理系強さだ」
「うむ。一筋縄ではいかない。何をしでかすか予測不能すぎて、やりにくい」
ルナッテを見て、ノアとミヤが言う。
(こいつと交戦し、消耗したところに女神が出ないことを祈るばかりだよ)
ミヤは少し本気を出すことにした。本当は力を温存しておきたいが、そうもいっていられない相手だ。
「あのさ師匠。師匠なら、シクラメほどではないにしても、同じことできない?」
ミヤが力を温存したがっていると察し、ノアが提案する。
「ああ、その手があったね。ポイントブラス5やるよ」
「おおお、5は嬉しいっ。もう一声っ」
「じゃあ6だ。中々いい案だったしね」
「おおおおお、師匠が大盤振る舞いだ」
ミヤの評価を受け、嬉しそうに笑うノア。
「苦戦してるならそっち手伝おっかー」
アデクショーンを屠ったレオパが飛んでくる。
「そうしてくれると助かるよ。こいつは中々厄介でね」
ミヤがレオパを見て微笑む。
「兎vs海豹。夢の対決ねー」
ルナッテもレオパを見て微笑む。
「海豹? まあ俺はヒョウ柄のヒョウアザラシだけどさー」
「東洋ではそういう呼び方もあるって話よ」
前足で体を掻いて訝るレオパニ、ルナッテが言ったその時――
「ちょっと……」
それまで笑顔が多かったルナッテが、初めて驚愕の表情を浮かべていた。視線の先は、ミヤ、ノア、レオパのいる後方だ。つまり先ほどレオパがアデクショーンと交戦していた場所だ。
「おやおや~って感じね。こんなに近くにいたなんて……」
ルナッテはアデクショーンを見ながら、呆れ笑いを浮かべる。
ルナッテの作戦かもしれないと意識しつつ、ミヤ、ノア、レオパはルナッテを見たまま、魔法で後方に何があるのか見やる。
「ええっ?」
レオパが驚きの声をあげた。斃したはずのアデクショーンが起き上がっている。
「いや、死んでるっ。死体が動いている。動かれさているっ」
すぐにその事実に気が付くレオパ。ミヤとノアも魔法で解析して把握している。
アデクショーンの亡骸が再び崩れ落ちた。しかしそこに、もう一人の別人が立っている。
上着の燕尾服とズボンは濃紺と水色のグラデーション、中着は赤とオレンジのグラデーションという、やや派手な服装の痩身の男だった。頭髪は無い。その顔立ちは明らかに所長の面影があるが、所長よりずっと若い。十代後半の少年くらいの年齢だ。
「こ奴か……」
禿頭痩身の燕尾服の少年を見て、ミヤが唸る。この状況で、このような現れ方をしたこと。先ほどのルナッテの話。そしてルナッテが驚愕していた事実を踏まえ、ミヤはそれが何者なのか察しがついた。
「ええ、夜明けの神よ」
ルナッテが告げた直後、禿頭痩身の燕尾服少年――夜明けの神の視線がルナッテへと向けられた。
「え……いや、それは面白そうだけど、あたしは勘弁し……」
台詞は中断された。夜明けの神が猛スピードがルナッテめがけて駆けてきたからだ。
ミヤ、ノア、レオパも、夜明けの神が何をしようとしているのか察した。
夜明けの神がルナッテの眼前まで迫ったその時――
「百回脱いでも大丈夫! イナバ脱皮!」
ルナッテが叫び、自分の皮を脱ぎ捨てて、飛び上がった。
夜明けの神もそれに合わせて飛び上がった。そしてルナッテめがけて体当たりする。
「うっそーんっ」
ルナッテが叫び、着地する。夜明けの神はルナッテの体の中に吸収されるようにして消えていた。
夜明けの神がルナッテの体を乗っ取り、逃亡しようとしたその時、兎少女の体が潰れるようにして、うつ伏せに倒れた。
「逃がさないよ」
ノアの重力弾だった。
「あはっ、ナイスノアっ」
レオパが称賛し、倒れているルナッテ=夜明けの神めがけて飛んでいく。
だがレオパが到着する前に、夜明けの神は重力弾をはねのけ、猛ダッシュで逃げていった。
ミヤ、ノア、レオパも追跡する。
しかし廊下を曲がった先で、夜明けの神の姿はどこにもいなくなっていた。
「いなーい」
「探知魔法にも引っかからないね。そしてルナッテ、肉体も精神もあっさりと乗っ取られちまったようだね」
「せっかく見つけたのに、あっさりと逃げられちゃった」
レオバ、ミヤ、ノアがそれぞれ言う。
三人は元の場所に戻る。
「皆していきなりどこに行ったのであるか」
サユリが声をかける。サユリも決着をつけていた。
「よし、ノアの案を試してみようかね」
倒れている神々から、魔力吸収するミヤ。
「少しは回復した?」
「シクラメほどうまくはいかないさ。まあ、やらないよりかは全然マシだ」
伺うノアに、ミヤは微笑を浮かべて答えた。
***
女神とチューコが所長室を訪れる。
「あんたの娘、エミに会わせなさい」
「貴様もそれか」
入室するなり女神の口から出た要求を聞き、所長は眉をひひそめた。
「私ならあんたの娘を元に戻せるかもしれないわよ。夜明けの神になんて頼らなくてもね」
「ふん」
女神が自信満々に言い放つも、所長は侮蔑を込めて鼻を鳴らした。
「夜明けの神でないとエミは元に戻らない。夜明けの神を連れてこなければ、この監獄から出すつもりはない」
「融通利かないわねー。やってみないとわからないでしょーがっ」
「くどい。話は終わりだ。帰れ」
すげなく手を払い、退室を命じる所長。
(こうなったら強硬手段ね。所長の娘を探し出して、私の力で元通りにしてみせれば、いくら頑固な所長だろうと、それで私もここから解放するでしょ)
女神がそう思ったその時だった。
所長の動きが完全に止まった。微動だにしない。瞬きすらしない
「これは……時間が……」
まるで時が止まったかのような現象に、呆気にとられるチューコ。
「いいえ。所長の時間だけが停止したみたいよ」
女神が時計の針を見て言う。秒針は動いている。
そして有り得ないことが起こった。この悪神監獄の中では、空間操作の力が働かない。空間操作を封じる結界貸せ張り巡らされている。にも関わらず、空間が歪んでいる。そして何者かが現れようとしている。
「ルールはよォ、あくまで夜明けの神を所長の元に連れてくることだぜ。そういうゲームなんだから~♪ それ以外の攻略法は~通りまっせーん♪」
おどけた口調。おちゃらけた喋り方。嘲りに満ちた声。
現れた者を見て、チューコは顔をしかめた。女神も不機嫌そうにその者を見やる。
汚いボロをまとい、肌も汚く汚れ、髪も全く洗っていない様子の男。それだけでも不潔極まりないのに、全身にゴミ袋を括り付けている。さらには自分の体のあちこちに縄を結び、伸びた縄の先にまたゴミ袋を括り付けていた。
「理解したか? じゃ、そういうことで」
「何者よ? あんたは」
一方的に言うだけ言って去ろうとするその不潔男を、女神が誰何する。
「ぎゃははははっ! 俺は嬲り神。この絵本の審判役かな。俺は神といっても、絵本の中で設定された役どころの神じゃねえんだ。世界の創造主様の一翼を担う、本物の神様なんだぜぇ~」
馬鹿笑いして自己紹介すると、嬲り神は姿を消した。
「何なのよ……今の汚い奴……。あんなのがダァグの手下なの? ひっどいセンスね。馬鹿なんじゃないの」
女神が毒づいたその時、所長が再び動き出した。
(しかし所長の時間を止めたり、空間操作したりと、ルールを超越して動ける存在だし、その言葉は否が応でも信じるしかないってわけね)
忌々しげに事実を認識する女神。
「大変です。女神様」
チューコが異変を察知して声をかける。
「ルナッテが私の精神支配を解いただけではなく、発狂ともまた違う、おかしな状態になって、それで完全に精神世界の繋がりが消えました」
「それは異常事態っぽいわねー。私達も特別監房棟に行くわよ。ドーム達も呼ぶわ」
チューコの報告を受け、女神が方針を決定した。




