41-20 信仰と狂気ってそっくりさんね
ふらつく足取りで、自室に戻るグロロン。
帰る合間も、自室で腰を下ろしてからも、頭の中はズーリ・ズーリのことでいっぱいだった。
「こんなになっちまうんだなあ……」
自身の精神状態を意識し、虚空を見上げて力なく笑う。
生まれて初めて味わう深い喪失感。失った感覚。奪われた感覚。在るべきものが永遠に消えたという、強い意識。
(大事な奴を失っても、その実感が無いってケースもあるらしいが、俺は違う。失った実感がすげーよ。だってよ……ズーリ・ズーリが死ぬところを見ちまったし、今も隣にいねーんだぞ)
溢れてくる涙をぬぐう気力もないが、鼻はすする。
ズーリ・ズーリと会った時のことを思い出す。
(でかい図体のくせおどおどしていやがってよう。だが芯は強い奴だってすぐにわかって、気にいったんだ。で――俺を兄貴分としていつも慕ってくれて……)
正直気分がよかった。心が落ち着いていた。
(喪失感の方がデカすぎて……敵討ちなんて気分になれねーな。大事な誰かを殺されて、すぐに復讐心や怒りに結び付くなんて話、あんなの、所詮は作り話の嘘だな。そんな気持ちに切り替えられねーよ……。少なくとも俺はな)
大きく息を吐くグロロン。
「とはいえ……このまましょげていたら、あいつに笑われちまうし……。なるべく早く立ち直って……」
自分に言い聞かせるが、グロロンの膝は動いてくれそうにない。
***
ルナッテの後方にいた囚神と看守達が突進してくる。戦意は微塵も無く、ただ機械的に動いているように見える。
アデクショーンもめげることなく起き上がり、突っ込んでくる。
たちまち通路で乱戦が始まる。
「この子達も狂気に支配されている。苦しみの限界に達し、狂気に支配されることは、ある意味で逃避であり、ある意味で救い。狂気に達することなく、苦しみ続けるのは、より辛いからね。でも魂が狂気に侵されたままでは、可哀そうよ。そういう子達に、あたしが必要。狂気の神ルナッテは、そんな子達のためにいるの」
狂気で支配した手勢を戦わせる一方で、ルナッテは微笑みながら静かに語る。
「神は人々の心の支えであり、救い手でなくてはならないの。狂気に侵された哀れな者達にも、神は必要。むしろ崇拝や信仰は狂気と紙一重よ」
「苦しい時の神頼みか。馬鹿馬鹿しいね。先輩じゃないけど、神様って存在に嫌悪感を覚えるよ」
ノアがルナッテを見て吐き捨てる。
「マルコシンア、あんたも行きなさい」
ルナッテが命じると、赤頭巾を被った巨大狼が前に進み出て、二足歩行で立ち上がる。
マルコシンアの腹部が急激に膨れあがったかと思うと、大きな音と共に破裂し、血が飛び散り、さらには血塗れの三匹の子豚が飛び出てきた。
血塗れの三匹の子豚は、それぞれ歪んだ笑みを張り付かせて宙を舞い、サユリに狙いを定めて襲いかかる。
「ぶひぃ!? ふっ、ふざけるのではないのだっ。よりによってあたくしに豚を仕向けるなんて、ありえなくしてっ」
サユリが戸惑いと怒りが混じった声をあげ、魔法を発動させる。
天使の輪と翼を備えた中サイズの豚二匹が、サユリの前に出現する。
「ブヒィィィム!」
サユリのかけ声に合わせ、二匹の豚の鼻からビームが照射された。
三匹の血塗れ子豚のうち二匹が、真ん中の血塗れ子豚の後方に隠れる。そのうえ二匹がかりで真ん中の血塗れ子豚を後ろから押さえている。
困惑する真ん中の血塗れ子豚に、ビームが直撃する。
肉片を飛び散らせる真ん中血塗れ子豚。盾のおかげで助かった二匹は、また元気いっぱいに飛び掛かってくる。
(このサユリさんに、罪の無い豚を殺めさせるとは――と言いたいところであるが、あんなのは豚の風上にも置けない非道豚なのだ。情けは無用なのだ)
サユリは闘志を燃え上がらせる。
「みそウォール!」
迫る二匹の血塗れ子豚の前方に、みその壁が噴き上がる。
二匹の血塗れ子豚は急ブレーキが間に合わず、みその壁の中に突っ込んだ。みそまみれの体が、みその壁を突き抜ける。
「かかりまして。秘術、強酸性みそっ」
「ぶひぃぃ!」
「ぶっぴぃぃぃ!」
サユリがさらなるみそ妖術を用いると、二匹の血塗れ子豚が悲鳴をあげた。子豚の全身がどろどろと溶けていく。
「本来アルカリ性のみそであるが、熟成させれば酸性になるのだ。これはそれを極めた業の深い術なのだ」
サユリがニヒルに呟いたその直後――
二足歩行の赤頭巾巨大狼マルコシアンが、背中より炎の翼を生やす。その炎の翼から、大量の小さな火炎弾が飛ばされる。
「みそメテオ!」
みそ弾の流星群でもって、火炎弾を迎撃するサユリ。
しばらくの間、炎弾とみそ弾の撃ち合いが続く。
「よく考えたらこれ、効率悪いのだ……」
少しだけ早くサユリがその事実に気が付いたが、先に攻撃の手を止めたのはマルコシアンの方だった。展開されていた炎の翼が引っ込み、炎弾が止まる。
「ウオオオッ!」
マルコシアンが咆哮をあげながら突っ込んできた。
だが走っている途中に、頭上から現れた巨大豚によって、マルコシアンは潰された。通路に収まりきらず、両壁を破壊しているサイズだ。
「見ましてか。必潰、メガ豚プレス。狼風情が豚さんに勝てる道理など無いのだ」
ニヒルな口調でうそぶくサユリ。
「ぐおおお……」
しかしマルコシアンはまだ生きていた。苦しげに呻きながら立ち上がる。
「おががごごごぐおお……」
マルコシアンがまた腹を開く。今度は血塗れの七匹の子山羊が現れる。
「それは君が食したものであるか?」
マルコシアンの気色悪い攻撃方法(?)に、いささかげんなりしたサユリが、再度巨大豚をマルコシアンに落とした。今度こそマルコシアンは完全に潰れて、動かなくなった。
「うきぇぇぇええっ!」
一方、中毒の神アデクショーンが奇声をあげながら、大量の酒瓶を投げつけ、巨大タバコ、注射器などを飛ばしている。
「そっちにいるのは都合がいいねっ。あはっ。巻き添えを気にしなくていいからさっ」
レオパが振り返り、アデクショーンに告げると、魔法を発動させた。
大量の水が発生し、後方の通路が水で満たされた。水の中に巻き込まれ、押し流されていくアデクショーン。注射器も巨大タバコも酒瓶も水の中で勢いを失い、逆に流されてしまう。
「ごぼぼぼぼっ!」
アデクショーンが水の中で回転しながらもがく。
「あはははっ、今から君は神様じゃない。海の中のペンギンだよっ」
そんなアデクショーンを見てレオパが笑い、自らも水の中へと飛び込んだ。
「ががごごぐっ!?」
レオバに首筋を噛みつかれたアデクショーンが、くぐもった声を漏らす。
噛みつかれた箇所から破壊の魔力が送り込まれる。しかしアデクショーンの体は中々破壊されない。
(抵抗している。抵抗力が強い。流石は神様?)
アデクショーンのしぶとさに感心しながら、レオパは魔力を送り続けた。
アデクショーンの抵抗は数十秒にも及んだ。しかしとうとうアデクショーンの首が、破壊の魔力でちぎれ飛んだ。
レオパの噛みつきは、肉体を破壊させるだけではない。再生不能効果も付与されている。これであっさりとケリがついたと思ったレオパであったが――
「ぼわああああっ!」
アデクショーンが裂帛の気合を込めて叫ぶと、通路を覆いつくしていた大量の水が消滅した。
そしてちぎれかけていたアデクショーンの首が、元に戻っていく。再生していく。
「俺の再生不能効果を上回る再生力ってこと?」
流石のレオパも呑気にしていられず、シリアスになる。全ての水を一瞬で消滅させたことも、レオパの再生不可にする力も消し去ったことも、尋常でない魔力によって成し得たものだ。
「ふんっ。これが薬パワーだっ。脳のありとあらゆるドラッグを直接注入したことで、かつてない魔力を捻出したっ」
口の端からよだれを垂らし、目を血走らせ、狂気に満ちた笑みを広げたアデクショーンが、得意げに解説する。
「あははっ、中々やるじゃなーい。じゃあさ、その魔力をどこまで絞り出せるか、やって……」
レオパの台詞は途中で中断された。笑顔も消えて、何とも言えない微妙な表情になった。
アデクショーンは立ったまま、ぴくりとも動かなくなっていた。瞬きさえしていない。よだれだけが垂れている。いや、失禁もしている。
立ったまま死んでいるアデクショーンを見て、レオパは小さく息を吐く。
(加減せずにおかしなクスリを頭にうちすぎたせいだねー)
魔力を無理矢理捻出するほど滅茶苦茶な投薬など行えば、こうなっても不思議ではないと、レオパは判断した。
一方、ミヤはというと、念動力猫パンチを連打して、取り巻きの狂った看守や神々をさくさくと撃破していた。
「師匠は温存していた方がいいんじゃない?」
「馬鹿をお言い、こいつは明らかにお前一人では手に余るよ」
意見するノアに対し、ルナッテを見据えたまま告げるミヤ。
「えー、師匠は俺を見くびりすぎ」
ノアが唇を尖らせる。
「あんた達、女神と敵対しているのよね。あたしに苦戦している程度じゃ、あの女神には勝てないと思うよ」
ルナッテが臼を目の前に置き、杵を振り回しながら言った。
「別に苦戦はしておらんぞ。まだ戦ってもいないだろう? お前の狂った頭の中では、すでに儂と交戦中なのかい?」
ミヤが挑発気味に言う。
「あたしはあの名も無き女神と戦い、負けたの。カモメの姿なんかして、自分を女神としか名乗らない変な女のくせに、その力は絶対的強者のものだったよ」
ミヤの挑発を取り合わず、ルナッテは話す。
「そのあと、チューコから精神支配を受けたけど、かからなかった。でもあたしはあえてかかった振りをしてやったの。その方が動きやすいし」
「随分とお喋りが好きな模様」
戦おうとせず、喋ってばかりのルナッテを、ノアが茶化す。
「夜明けの神を探しにきたのよね?」
妖しくにんまりと笑い、問うルナッテ。
「あたしも夜明けの神を探していたのよ。でも諦めたの」
ミヤ達が答える前に、ルナッテが話を続ける。
「あたしは夜明けの神がどこに隠れているかは知らないけど、どうやって隠れているかは突き止めたよ。監獄のあちこちで記憶の痕跡を掘り返してね。その方法、教えてあげる」
人差し指を立ててくるくる回し、ルナッテは思いもよらぬことを口にした。
「夜明けの神はこの監獄の誰かに成り代わっている。それが誰かはわからない。そしてずっと同じ誰かのままってわけでもない。あたしね、あちこちでサイコメトリーしまくって。別の誰かに変わる場面を何度か見たわ」
「成り代わっているって、変身してるってこと?」
ノアが尋ねると、ルナッテはかぶりを振った。
「言い方が悪かったね。ほかの神と一体化している感じかな。もしかしたら中に入っているっていうか。ここにいる誰かかもしれない」
通路を見渡すルナッテ。ミヤにのされた神と看守は、全員ノックアウトされてはいるが、息がある
「何でそんな貴重な情報を儂等に教える?」
ミヤが尋ねる。ルナッテが口にした話が真実という保証は無いし、虚言の可能性もあるが、ミヤの勘では、ルナッテは嘘をついていないように思えた。
「それはもちろん、これからあんたらを殺してあげるからよ」
ルナッテは回していた人差し指をミヤに向けて指し、赤い目を大きく見開いて笑った。




