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41-19 中毒の神と狂気の神

 ミヤとノアとサユリとレオパとエイドは、会話しながら移動していた。目指すは特別監房棟だ。

 時刻は午前十時を過ぎていた。本当はもっと早くに向かう予定だったが、ノアが大幅に寝坊したおかげで遅れた。


「今そこにいた神様、魔物に似ていたねー。あの魔物、西方大陸ア・ドウモで見たことある奴だ」


 すれ違った囚神を見て、レオパが言った。


「レオパは西方大陸ア・ドウモにいたのだ?」


 サユリがレオパの台詞に反応する。


「うんっ、いたよー」

「サユリさんは西方大陸に興味津々なのだ。魔物化現象を詳しく知りたいのだ」


 少し興奮気味の口調になるサユリ。一方でミヤは豊前とした顔になっている。


「駄目だよ。サユリ。師匠は西方大陸が嫌いだから、師匠の前でその話をするとマイナスが飛ぶよ」


 ノアが茶化す。


「余計なこと言ったノアにマイナス1だね」

「えー、ひどいよ師匠。理不尽だよ。俺はサユリに注意しただけなのに、そこで俺にマイナスって、おかしすぎる」


 ミヤのマイナス裁きを食らい、ノアは不満顔で抗議する。


「あはっ、どうした魔物化現象なんかに興味あるのー?」


 レオパが尋ねる。


「魔物化現象を利用して、世界中の人間を豚に出来ないかと考えているのである」

「あははっ、それはいいねっ」

「よくないよ。絶対よくない」


 サユリの望みを聞いて、レオパはおかしそうに笑いノアは首を横に振った。


「ぶっひっひっ、ノアちんは断固として豚にしてやるのだ。そして可愛がってやるのだ。楽しみにしておくといいのだ」

「ヤダー」

「俺はー?」


 にたにた笑うサユリ。ノアは渋面になり、レオパは興味津々に自身を指す。


「レオパは特別にそのままでいいのだ。ミヤは猫豚にしてやるのだ」

「あはは、よかったー」

「何だい、猫豚って」

「想像は出来る」


 サユリの言葉を聞き、レオパは笑い、ミヤはぽかんと口を開き、ノアは豚と混じった姿のミヤを想像していた。


 やがて特別監房棟へと入る五人。通路の構造が変化した。壁や天井の材質と色も変わり、鉄格子が無くなり、代わりに扉がついている。扉の間隔は広めだ。


「雰囲気が変わりましたね」


 エイドが若干緊張気味の面持ちになり、ぽつりと呟く。構造の変化だけではない。周囲に充満している気配からして違う。


「監獄なんて基本陰気な場所だけど、ここは妖気や邪気の類が濃いね」


 ノアが言う。


「扉の中は監房でして?」


 サユリが扉の前で立ち止まったその時――


「おおい! 誰かそこにいるのか!? 出してくれーっ! 今すぐ私を解放してくれーっ!」


 扉の中から叫び声が発せられる。


「どれどれ」


 サユリが扉を開く。


「開けちゃうの?」

「あっさり開いたことにも驚きだがね」


 ノアがサユリの行動に苦笑し、ミヤが意外そうに言う。


 扉を開けると、血走った目の神がドアップで扉を凝視していた。


「おわっ!」


 自分のすぐ前に囚神の顔がドアップであったので、サユリは驚いてのけぞる。


「頼む! ここから出してくれ! 私の信者達が待っている! 私に救いを求めているんだ!」


 血走った目の神が唾を吐き散らしながら喚く。


「あはっ、扉開けたし、出ればいいじゃないっ」

「無理なのだっ! 見えない壁がある! それを解除してくれ! 信者達に会わせてくれ! 私がいないと彼等はどんどんダメになっていく!」


 レオパが言うと、必死な神がなおも喚きたてる。


「なるほど、だから扉もあっさり開くわけだ」


 納得するノア。


「まあ事情だけでも聞いてやろうかね」


 ミヤが言った。


「私は依存症や中毒者の神アデクショーンだ! 私の信者は皆、薬物依存症やニコチン中毒やアルコール中毒やギャンブル依存症と、ろくな奴がいない!」

「ははっ、そんな神様がいるんだ」


 おかしくて笑ってしまうノア。


「私はそんな彼等を救うため、信仰中毒にしたのだ! このアデクショーンを崇めている間は、薬物にもアルコールにも溺れることなく、ただ私に溺れるだけで済む!」

「それはそれで問題あるのではなくして?」

「まあ薬物依存やらよりはマシなんじゃない?」


 アデクショーンの主張に、サユリは呆れ、ノアはどうでもよさそうに言った。


「私がいなくなって、あのダメ人間信者達がまた薬物やギャンブルに走ってないかと、心配で心配でたまらーん! うおおおおーんっ! だから出してくれーっ!」

「耳を貸す必要はありませんよ」


 臆面もなく泣き喚くアデクショーンであったが、エイドがいつになる冷めた口調でぴしゃりと言った。


「な、何を言う!」


 アデクショーンが驚き、エイドを見る。


「この神様、以前は特別監房棟にはおらず、通常の棟からこちらに移されたのですが、娑婆にいた時は、色んな依存症の信者を集めて、自分の信仰依存症にして、信仰心を集めていました。中毒患者ほど信仰心に依存させやすいと、そう目をつけていたんですね。薬物中毒者やアルコール依存症の人が、信仰中毒に変わっただけでは、どっちにしろダメ人間はダメ人間のままでしたよ。それで自分は中毒者達を救ったと言い張る、悪質な神様です」

「な、何を言うかーっ! ち、違うぞっ! 彼は出鱈目を言っている! 惑わされないでくれ! 私は本気で彼等を思っているというのにーっ!」


 エイドにこれまでの経緯を暴露され、アデクショーンは慌てふためいて否定する。


「まあ、それはおいておくとして、儂等は夜明けの神を探しているんだが、何か知らんか?」


 ミヤが尋ねた。


「私は何も知らんっ! しかし狂気の邪神ルナッテなら何か知っている可能性が高いっ!」


 アデクショーンが言った。


「ルナッテ?」

「狂気の邪神という呼び名の時点で怪しさ爆発なのだ」


 レオパが怪訝な声をあげ、サユリがもっともなことを述べる。


「あの娘はずっと夜明けの神を探していたからなっ! ルナッテは現在、この特別監房棟にいるが、夜明けの神を探すためにわざとこの特別監房棟に来たという話も聞いた!」

「良い手掛かりゲットかな」

「そうだね」


 ノアが言い、ミヤが頷く。


「役に立つ情報だったか? それなら私をここから――」

「じゃあ縁があったらまたね」

「ま、待ってーっ!」


 非情にも扉を閉めるミヤ。エイドの話を聞いた時点で、助ける気は失せた。そもそも助けようもないが。


「エイドはそのルナッテというやつを知っているのかい?」

「ええ、一応は。ルナッテは――」 

「キャーッ!」

「いやーっ!」

「ヘぇぇぇぇルプ!」

「ぐええぇっぇ!」

「ほんげーっ!」


 エイドが語ろうとしたその時、突然、特別監房棟の奥から悲鳴がいくつも谺する。


「拷問でもしてるのかな?」


 期待を込めた笑みを広げるノア。


 悲鳴が収まる。


 代わりに、通路の奥から、鈴の音が鳴っている。鈴の音は段々と近づいてくる。

 エイドが息を飲む。鈴の音が近づくにつれ、妖気が濃くなってきているのだ。


 赤い頭巾を被った巨大な狼が現れた。狼の口にはしゃれこうべが咥えられ、そのしゃれこうべがさらに咥えた鈴が鳴っていたのだ。

 狼の上には、一人の少女が跨っていた。

 兎の獣人の少女だった。臼を担ぎ、杵を片手で引きずって歩いてくる。顔には歪んだ笑みが張り付いている そして白い毛で覆われた全身のあちこちに、返り血を浴びていた。


 狼の後方には、何人もの看守と囚神が歩いている。全員虚ろな目つきだ。


「これは……危険ですよ。あれが狂気の邪神ルナッテです」


 エイドが言った。


「確かに危険な感じはするね。底知れぬ邪気を感じるよ」


 兎獣人の少女を見て、ミヤが警戒態勢に入る。


「この悪神監獄で最も危険な神と言われ、最も厳重な封がなされていると聞いていましたが、解放されていますね」


 さらに解説するエイド。


「ルナッテ! そこにいるのか!? 私を解放してくれ! 頼むーっ!」


 アデクショーンが気配を察知し、大声で助けを求めた。


 兎獣人の少女――狂気の邪神ルナッテは、にんまりと笑う。


「狂気を解放すれば助かるよ。アデクショーン。狂気の快楽に心を委ねなさいよ」


 アデクショーンのいる部屋の方に向かって告げると、ルナッテはミヤ達の方を向いた。


「はじめまして。あたしは狂気の神ルナッテ。チューコはあたしを精神支配したつもりでいるみたいで、あたしにあんたらを殺せと命じてきたよ」


 少女らしからぬ歪んだ笑みを張り付かせて、ルナッテは自己紹介する。


「チューコは他者の精神に干渉する魔法が得意なくせに、あまり人の心の本質をわかってないみたいね。だからあたしの精神支配もできなかった。チューコが可哀そうだから、あたしは支配されたふりをしてやった。あの馬鹿な子は、あたしを洗脳したと思っているみたいね」

「で、君は俺達の敵なの? チューコや女神に与していないと言いつつ、どうも俺達と一戦交えるつもりに見えるんだけどな」


 ノアもにやにやと笑い、ルナッテに指摘する。


「ねえ、狂気は何によって引き起こされると思う?」


 ノアの言葉をまるっきり無視して、ルナッテは語りだす。


「一つのパターンで決まってるわけじゃないけど、大抵、限界突破した悲痛の果てによって、狂気は引き起こされるのよ」


 そこまで喋った所で、ルナッテは赤頭巾を被った巨大狼の上から飛び降りた。


「精神が苦しみの限界にいきついて、心が壊れるにまで至った人って、そう多くはない。でも確かにこの世にはいる。それはそれは途轍もない苦しみよ。そしてその結果、狂気の快楽に心を委ねた者が何をするか? 答えは一つ――」

「アキャーッ!」


 ルナッテの話の途中で、突然金切り声があがり、扉の中からアデクショーンが飛び出てくる。


「あははっ、結界を破ったみたいだね。でも――」

「頭ぶっ壊れた?」


 狂気の形相のアデクショーンを見て、レオパとノアが言う。


「やればできるじゃない、アデクショーン。それが狂気の快楽よ。気持ちいいでしょ?」


 アデクショーンを見てくすくすと笑うルナッテ。


(言動とタイミングからして、こいつの仕業か。精神世界からの干渉だね)


 ミヤがルナッテを見てそう判断した。


「きええぇええぇっ!」


 アデクショーンが金切り声をあげて、ミヤ達に襲いかかる。


 ミヤは念動力猫パンチを用いて、あっさりとアデクショーンを吹き飛ばした。


「結界を突き抜けて、あっさりと他の神を狂わせるとはねー」


 感心するレオパ。


「狂気によって頭が壊れるほどの苦しみ、あんたらは想像できるかな?」


 ルナッテが問う。


「あんたはただ、狂気をバラ撒いて遊んでいるだけかい?」

「遊んでいると言われるのは心外ね。神々は信仰心を糧にするけど、あたしはそんなものはいらない。あたしの糧は狂気なのよ」


 ミヤが不機嫌そう問うと、ルナッテは得意げに語る。


「狂気は力をもたらす。世界に苦しめられ、狂気に至った者が、狂気の力で世界を壊していく。このカタルシスこそが、あたしの力の源。馬鹿なチューコが、あたしを支配下に置いたと思って、あたしにかけられた封印を解いてくれたおかげで、存分に狂気を蔓延できるよ」

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