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41-18 何が正解か? 何が最適解か?

「あー、厳しかった。あ、輪が消えた」


 一息つくコズロフの体から、命の輪が消える。


「ずっとつけててくれよー。あれで俺すげーパワーアップしたしよ」

「ごめん。僕が命の輪の扱いにそこまで長けていないから、長時間つけていると、悪影響が出かねないんだ」


 言いながらユーリは、ガリリネを思い出す。彼はずっとつけっぱなしで平気でいられる。


「それ以前に、体にあんな輪っかがついたままでは不便であろう。寝返りもうてんぞ」

「なははは、そりゃそうだ」


 ソウヤに言われ、コズロフが笑う。


「すまんのー、所長殿よ。部屋の中で暴れて。無駄に広い部屋だと思うたが、暴れるには適しているし、助かったわい」


 所長に向かって、ソウヤがあっけらかんと笑いながら声をかける。


「探索者同士での潰しあいは、自分からすれば、とても非効率的で望まぬ事態だな」

「そりゃそうだが、肩を並べることは出来まいよ。ユーリの敵らしいからの」


 所長の言葉を受け、ソウヤが言う。


「あれこれと喋りすぎたか」


 所長がユーリを見る。ここまで話す気は無かったが、なぜかユーリには話したくなった。


「ふふふ、よいではないか。お主はずっと長い間、一人で重い荷物を背負いすぎたのだ。拙者等に話した分、少し荷が減って軽くなったろう」

「そういう解釈は――自分も嫌いではない」


 馴れ馴れしい口調のソウヤに対し、所長は少し抑え気味の声で認めた。


「一番重要なことをまだ聞いていません。夜明けの神が何者なのか、その正体は教えて頂けないのですが、それを教えてください」

「これ以上は語らぬ」


 ユーリの要求をぴしゃりと拒む所長。


「語らぬと言っても聞きたいことはまだあります。悪神監獄に神を集めて、全ての神を救うつもりですか?」

「自分は神というものを憎んでいる。自分も神のようであるがな」


 ユーリの指摘を否定するかのような言葉であったが、所長の過去を見た限り、それは嘘のように感じられた。


「真に憎むべきは神というシステム。人の心を失い、神という演者に成りはてる、神のシステム化。思考と感情の喪失による精神の自動化だ。それによって、娘は娘ではなくなった。このおぞましさたるや……。自分の絶望が如何なるものか、口でいくら説明しても貴様等にはわかるまい」


 血を吐くような思いで、心情を吐露する所長。


(神への憎しみか……)


 ユーリがすぐ横にいるダァグを一瞥する。


(ひょっとしてダァグ、僕をモデルにした?)

(少し意識はあった)


 念話で問うユーリに、ダァグは気まずそうに答える。


(夜明けの神に悪神を改心させる力があるんだったら、それでダァグを改心させたかったんだけどね)

(まだそれを言うの?)


 念話でぼやくユーリに、ダァグはうんざりした顔になる。


「もう話はいいだろう。夜明けの神を探せ。探してくれ……」


 所長にそう言われたので、四人は仕方なく退室する。


「所長の奴、わりとユーリに心が開いたんじゃねーの?」


 コズロフがにやにや笑いながら言う。


「所長の鉄面皮にヒビが入ったようじゃの。してユーリよ、これより如何にする?」

「予定通り、特別監房棟に行きましょう」


 ソウヤに問われて、ユーリは方針を決定した。


「ユーリ、ズーリ・ズーリとの戦いで結構消耗しているんじゃない?」


 ダァグが案ずる。


「できれば今日は戦闘は避けたいけど、それでもまだ大丈夫だよ」


 強がるユーリ。


「急くこともあるまい。明日に回さずとも、休憩は取っておいた方がよかろう」

「おっさんの言うとおりだぜ。はい、多数決で休憩な」

「四人のうち二人で多数決はおかしいよ」


 ソウヤとコズロフに言われ、ユーリは苦笑する。


「ダァグ」

「何?」

「さっきは助けてくれてありがとう」

「同盟を結んでいるんだから当然だよ」


 礼を述べるユーリを見上げ、ダァグは嬉しそうに微笑んだ。


***


 ユーリ達が去ってから、所長は大きく息を吐く。


(自分はあの者達に――ユーリに味方したいと思っている。彼等なら、エミを救ってくれるのではないかと)


 特にユーリのことを意識する。娘と同じ目をしているというだけではない。何か自分とも通じるものがあったかのように感じられた。


(ならば夜明けの神の秘密も打ち明けた方がよかったのではないか? 今からでも伝えるか?)


 自問し、思案する。


「いや、この考えは短慮である」


 声に出して否定する所長。


(ユーリ達が成功するとは限らん。あの邪なる女神達とて大きな可能性は持っている。未だかつてない強い力を有した神だ。女神とユーリ達が対立している状況で、ユーリに肩入れしすぎれば、女神に期待できなくなる)


 そこまで考えた所で、所長は本棚の前に移動する。

 隠し部屋の秘密のスイッチの定番。本を一冊抜くと、音を立てて本棚が開いた。


 所長室の秘密の入り口をくぐり、秘密の階段を降り、秘密の通路を抜けた先に、秘密の部屋があった。


「エミ。自分は――私は死んでも構わん。エミの心が戻ってくれれば……そして願わくば、一瞬でも元のエミにまみえれば――」


 呟きながら、所長は部屋の扉を開ける。


 部屋の中央に、一人の少女が拘束衣を着せられ、何重にも鎖を巻かれ、何百もの呪符を貼り付けられ、直立した状態で拘束されていた。少女の背からは翼が、額からは角が生えている。

 うなだれていた少女が顔を上げ、所長の顔を見据える。とても子供のものとは思えない、冷ややかな視線。軽蔑と哀れみと憤怒が混じった目。


「女々しい父君殿、また私の顔を拝みに来たか」


 少女が侮蔑と嘲りに満ちた口調で声を発する。


「黙れ。貴様に父と呼ばれる云われはない。貴様は自分の娘のエミではない。エミの体と心を乗っ取った、おぞましい寄生虫だ」


 所長も凍り付くような口調で言い返す。その瞳には青白い炎が宿っているかのようであった。


(そうだ。これが神というシステムに魂を侵食された結果だ。心まで書き換えられてしまう。神というテンプレートに沿った装置に成り下がる。しかし――)


 自分の娘の心は、魂の奥底に追いやられて閉じ込められているのだと、所長は信じる。完全に失われたわけではないと信じている。取り戻せると信じている。


「必ず救い出してやる。エミ」


 自分が救うわけでもなく、夜明けの神の捜索待ちであるが、所長は力強く宣言するのであった。


***


 グロロンは幽鬼のような顔つきで、女神のいる部屋へと戻った。そしてユーリ達と所長の会話の内容を、女神とチューコに報告する。交戦したことも。そしてズーリ・ズーリの死も。

 女神とチューコも、所長の絵本を見ている。所長の秘密をある程度知ってしまった。


「私達にも絵本を見せることで、公平を期しているつもりなわけ? 人の過去を勝手に暴くとかいう、陰険極まりない能力を使いまくっている時点で、公平でも平等でもないしっ」


 忌々しげに吐き捨てる女神。


「グロロン、大丈夫……じゃないわね」


 チューコがグロロンを気遣う。部屋に戻ってきてから、報告している間もその後も、ずっとグロロンは心ここに非ずという様子だった。こんなグロロンを、チューコは初めて見る


「ああ、悪いな、チューコ、女神様よ。大丈夫じゃねーよ」


 グロロンがいつものように笑おうとして、できなかった。表情が動いてくれない。笑い声にもならない。


「ひでえ喪失感だ。ズーリ・ズーリが……死んじまったなんて。いまだに現実味が無えよ」


 ズーリ・ズーリは常に行動を共にしていた弟分だった。グロロンは自分の一部がもぎ取られたような、そんな感覚があった。


「ちょっと休んでいいわよ。いえ、休みなさい。これは命令よ」

「悪い……言葉に甘えて失礼するぜ」


 女神に促され、グロロンは部屋を出る。


「あのグロロンがあんな顔をするなんて」

「ま、いつもズーリ・ズーリと一緒だったしね。しょうがないわ」


 チューコと女神が痛ましげに言った。


「ズーリ・ズーリはいい奴だったわ。可哀そうな子でもあったけど、兄貴分のグロロンと一緒にいた毎日は、幸せだったと思う」

「ええ。それは間違いないでしょう」


 女神の言葉に頷くチューコ。


「女神様、特別監房棟にあいつらが向かっています」


 チューコが報告する。使い魔に見張らせていた。


「ま、そりゃ行くでしょーよ」


 その流れも当然といわんばかりに、女神は言う。


 特別監房棟に関しては、すでに二度、女神もチューコも探している。そもそも女神も最初はこの特別監房棟に収容されていたが、チューコ達によって助けられたのだ。

 特別監房棟には、特に邪悪な神や、信仰を糧にしない特殊な神が収容されている。ジミダ・ワーンも、ここに収容されていた。


(私達の有利な点もあったわね。私たちの方が何日か先に、この監獄で夜明けの神の捜索を開始できたし、その期間に情報を集め、手勢も増やせた。でも、これがどれだけのアドバンテージとして働いているのやら)


 女神が思案する。


「狂気の邪神ルナッテに連絡を入れておきます」


 チューコが断りを入れた。


「あいつには、流石のチューコも手こずっていたわね」


 苦笑気味に言う女神。


「あれの支配は無理だと思っていましたが、女神様の力添えがあったので何とかなりました。しかしあまり長時間はもたないでしょう。私の精神支配が急激に緩んでいます」

「あらそー。じゃ、精神支配が解ける前に、あいつらにぶつけられればラッキー程度に考えてとけばいいわー」


 チューコの話を聞いて、女神は軽い口ぶりで告げる。


 その時、女神はふと思い至った。


「所長の娘のエミは、今どこでどうしているのかしらねー?」


 女神のその台詞が何を意味するか、女神が何を考えているか、チューコにはすぐ察しがついた。


「所長が隠しているのでしょうね」


 と、チューコ。


「その娘、使えるんじゃないかしら。所長としては、その娘を神から解放したいから、夜明けの神とやらを探しているんでしょう? それなら私が代わりに解放してやれることを示せば、所長は夜明けの神なんて必要とせず、私を悪神監獄から解放するんじゃなーい?」


 女神の提案は、チューコの読み通りだった。


「どこにいるかわからない夜明けの神なんてのを探すより、そっちの方が効率いいと思うんだけどねー」


 ねっとりとした口調で女神は言った。

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