41-17 卑怯者だが残酷ではない
(こいつら、おかしな輪を体に生やしたと思ったら、急に速度が増した。一撃の威力も重い)
コズロフとソウヤの猛攻を受け、グロロンは一転して防戦一方になった。
(あの餓鬼二人のどちらかの支援かよ)
ダァグとユーリをそれぞれ見やるグロロン。
「こっちもバフかけてほしい所だが、ズーリ・ズーリの援護がねーのが寂しいぜ」
二人の攻撃を受け流しながら、グロロンがぼやく。グロロンが近接戦闘を担当し、後方からズーリ・ズーリが支援するという戦い方が常套となっている二人だが、今、ズーリ・ズーリはユーリとの戦闘に気を取られており、グロロンに手を回す余裕がない。
「我が牙、浅ましく踊り狂え」
体術だけでは劣勢のままだと悟り、グロロンは術を用いた。
「おおっと」
「危ねっ!」
空中を飛来する無数の牙を、ソウヤとコズロフは危うい所で避ける。
ユーリがズーリ・ズーリに向かって魔力塊を放つ。
「束ねる血眼の剣」
ズーリ・ズーリが呪文を唱えると、大量に連なった真っ赤な目玉が出現して、ユーリめがけて伸びる。
(ドームさんも使っていた術だ)
一列に伸びる血の目玉群を見て、ユーリは思う。
ユーリの放った魔力塊は、大量の目玉を尽く弾き飛ばし、ズーリ・ズーリにまで届いた。
「痛っ!」
大きくのけぞるズーリ・ズーリ。しかし倒れない。大量の目玉によって、威力が殺されていたようだ。
「学びの手よ。学びの成果をあげよ」
ズーリ・ズーリが呪文を唱えると、全身から無数の黒く長い手が生えてくる。その数、二十以上はある。
ユーリが魔力の糸を四本放つ。
黒手が魔力の糸四本ともキャッチし、力を込める。魔力が消滅する。
「今こそ待ち望まれた時。罰の代価を支払う時」
ズーリ・ズーリが担いだ筒を床に置き、中に詰められた大量の怨霊を解き放つ。
「おい、そこでそれやめろよっ。俺や所長まで巻き添え食うぞっ」
グロロンが制止の声をあげたが、ズーリ・ズーリは従わなかった。巻き添えの危険性は承知のうえで、この無差別広範囲怨霊爆撃を用いた。
所長は防御魔法を発動させ、我が身を守る。ダァグも同様だ。コズロフ、ソウヤ、グロロンは、戦闘を止め、怨霊の回避の方に集中した。
無差別怨霊爆撃といっても、全く狙いがつけられないわけではない。術の指向性はユーリを意識している。怨霊の大半はユーリに向かっている。
魔力障壁を築き、ユーリは怨霊爆撃を防ぎ切った。しかし障壁の防御にかなりの魔力を注いだ。
「あれま……防がれてしまったのです」
渋い顔になるズーリ・ズーリ。今のはとっておきの攻撃だった。
ユーリが反撃に出る。魔力弾を何発も続け様にズーリ・ズーリに撃ち込む。
しかし全ての魔力弾が片っ端から、ズーリ・ズーリの体から生えた黒手によって弾かれ、霧散してしまう。
「隙が無いな……」
ユーリがズーリ・ズーリを見据え、息を吐く。
念動力猫パンチを放つユーリ。黒手もズーリ・ズーリもまとめて潰して、魔力を強制放出させようと目論んだ。
しかしズーリ・ズーリは全ての黒手を総動員させ、念動力猫パンチを受け止めた。そして逆に念動力猫パンチの魔力を霧散させてしまう。
「これも防ぐのか……」
面食らうユーリ。単純に自分の出力不足という事もある。ミヤの念動力猫パンチであったら、潰し切ったかもしれないと。
「この人、強い……」
「君も十分強いと思うのです」
ユーリの呟きを聞いて、ズーリ・ズーリが言った。
その時ふと、ユーリは疑問を抱いた。
(あの黒い手は自動的に防御している? いや、違う。ズーリ・ズーリの意思で防いでいる。何とか隙を作って、ズーリ・ズーリに攻撃を届けたい)
ズーリ・ズーリの意識をそらすことで、隙を作れるのではないかと、ユーリは考える。
「温存すると言っても、黙って見ていられなくなってきたかな」
ダァグが呟く。その声は、ユーリの耳にも届いていた。
「僕も最小限の力で援護しようかな。こんな形で」
そう言ってダァグが力を発動させた。
***
・【泣き虫ズーリ・ズーリ】
ズーリ・ズーリは子供の頃から大きな体をしていましたが、とても気弱な性格でした。
体は大きいのに気弱なズーリ・ズーリは、それだけでいじめられる理由になりました。大きな体なのに泣き虫なズーリ・ズーリをいじめるのは、子供達にしてみればとても気持ち良かったのです。
泣き虫なだけではなく、ズーリ・ズーリはすぐ落ち込む性質でもありました。おっちょこちょいというわけでもなく、むしろ要領が良いズーリ・ズーリでしたが、何かしら失敗すると、とても落ち込み、自分がダメな子だと思い混んでしまいます。
ズーリ・ズーリは、ずっと自身にコンプレックスを抱いて生きてきました。他者の目を切らして、自分を過小評価し、おどおどした態度で生きてきました。
そんなズーリ・ズーリに対し、祖母だけはいつも優しい態度で接しました。ズーリ・ズーリを決して叱ることもなく、罵ることなく、いつも暖かい笑顔で迎えます。祖母だけがズーリ・ズーリの心の支えでしたが、ズーリ・ズーリが十二歳の時、祖母は他界してしまいます。
やがてズーリ・ズーリは成長して、恋人が出来ました。
しかし幸福な時間は長く続きません。その女性はヒステリーが酷く、あれやこれやとズーリ・ズーリに要求し、それが叶わないとなると、ズーリ・ズーリをひどくなじったのです。
「図体だけでかくて弱い男」
「本当っ情けない男ね」
「女の前で平気で泣くとかどうなってんの? あんたマザコン?」
「女に罵られて泣くとか、男としてどうなの?」
ありとあらゆる罵倒を並べ立てられても、ズーリ・ズーリはただ泣くだけでした。言いたいことはありましたが、言い返しませんでした。自分の好きな人とは、絶対に喧嘩はしたくなかったのです。相手の女性はそんなズーリ・ズーリに、さらに苛立ちを募らせ、とうとうズーリ・ズーリの元を去りました。
ある日、戦争が起こりました。謎の軍勢が町に攻めてきました。
「ズーリ・ズーリ、一緒に戦ってくれ。このままじゃ町が危ないっ」
「お前は力持ちだからさ、一緒に戦ってくれたら心強い」
「プリーズ、ズーリ・ズーリ、プリーズ」
かつてズーリ・ズーリをいじめていた者達が、ズーリ・ズーリに戦うよう懇願します。
ズーリ・ズーリは争いが嫌いです。一度も喧嘩をしたことがありません。そして泣き虫です。それでも町の皆を守りたいと思って、戦うことを選びました。
ズーリ・ズーリは武器を取って戦いました。戦ったと言っても、滅茶苦茶に武器を振り回して、兵士達を近づけないようにしただけです。
矢を射られたズーリ・ズーリは、あっさりと捕まりました。
鳥の紋章の旗を持つ軍勢に、故郷を滅ぼされたズーリ・ズーリでしたが、捕虜として生き延びました。
「あんたさー、一生懸命戦ったはいいけど、あんたの町の奴等、あんたを囮にして皆逃げたのよ?」
一羽の喋るカモメがズーリ・ズーリの前に立ち、絶望的な真実を伝えました。
「あ、そいつらは私が全部殺しておいたからね。で、あんたはどーする? そんな奴等と一緒に死ぬ? もし私の下につくってんなら、あんたのこと助けてあげるけど?」
カモメの言葉を受け、ズーリ・ズーリの心は決まりました。
***
「今度はズーリ・ズーリの過去かよ……」
頭の中で絵本を見せられたグロロンが唸る。
ズーリ・ズーリ本人は見ていない。過去を見られたことに気づいていない。チューコは自分の過去の絵本を自分でも見たが、ダァグはもう、本人には見せないことにした。
(いい方法を思いついた。これは……酷く卑怯な手だ)
ズーリ・ズーリの過去を見て、ユーリは作戦を思いつく。
(でも勝つためなら、僕は卑怯な手も使う。冷酷になる。負けたら何もならないからさ。それに、僕に攻略の活路を見出させるために、ダァグはズーリ・ズーリの過去を見せたんだ。それなら利用しないと)
ユーリは覚悟を決める。
「ズーリ・ズーリさん、貴方の過去を見た。一言言わせて欲しい」
ユーリがズーリ・ズーリに声をかける。
「貴方は情けない男なんかじゃない。弱い人じゃない。強くて優しい人だよ」
「え……?」
ユーリの唐突な言葉を聞き、呆気にとられて、固まってしまうズーリ・ズーリ。
その一瞬の隙を狙って、ユーリは魔法を発動させる。幻影を作る魔法を。
ズーリ・ズーリのすぐ前に、笑顔の老婆が現れる。ユーリ達が絵本の中で見た、ズーリ・ズーリの心を支えたという優しい祖母の幻影。
「お婆ちゃん……」
ユーリの言葉に虚を突かれ、さらには祖母の幻影を見せられて、ズーリ・ズーリは戦闘中だということを忘れてしまった。
完全に隙だらけになったズーリ・ズーリに、ユーリは攻撃魔法を放つ。非常に認識が困難な魔法を用いた。
小さな針状に凝縮された魔力が、黒手の合間を抜けて、ズーリ・ズーリの体に突き刺さる。
(上手くいった)
ズーリ・ズーリがこの手に引っかかるかどうか、疑問だった。見え透いた手であるし、引っかからない可能性もあった。しかしユーリの目論見通りになった。
直後、小さな魔力の針が大爆発を起こす。ユーリが用いる攻撃手段の一つ、爆破式魔力凝縮針だ。
「おい……ズーリ・ズーリ!」
グロロンが叫ぶ。
ズーリ・ズーリは体のあちこちが欠損した状態で倒れていた。黒手も無くなっている。
「グロロンの兄貴……逃げた方がいいのです。この子は強い……。止められずに……負けてしまってごめんなのです……」
仰向けに倒れたズーリ・ズーリが、血を吐きながら告げる。
「畜生が!」
グロロンが怒鳴り、所長室から出た。
「待ちやがれ!」
「これ、深追いをするでない。退いたのなら、捨てておけ」
追おうとするコズロフを、ソウヤが制する。
ユーリが倒れているズーリ・ズーリに近づき、見下ろす。どう見ても致命傷だ。
ズーリ・ズーリもユーリを見上げ、視線が合う。
「ユーリ、君は卑怯者なのです……。僕の心の傷を利用するひどい手を使ったのです。でも……優しい卑怯者なのです……」
穏やかな表情で、ズーリ・ズーリは語る。
「僕の言葉に嘘はないよ」
「わかっているのです。だから……とても嬉しいのです……。僕を殺した子なのに……仲良くなりた……」
言葉の途中で、ズーリ・ズーリは果てた。
「そうだね。卑怯者だね。僕は。卑劣漢だね」
ズーリ・ズーリの死に顔を見下ろしながら、ユーリは昏い顔で認めた。
「はっ、戦いは勝つことが全てだろ。卑怯も糞もねーよ。綺麗に戦って負けて死んだ方がいいのか? ユーリは勝利のために合理的な手を使ったまでだ。それに、卑怯かもしれねーけど、残酷ってわけじゃなかったぜ。そいつだって満更でもないって感じで死んでいったじゃねーか」
コズロフがユーリの横にやってきて、思う所を述べた。
「だからこそ余計に堪えるよ。恨まれて死なれた方が、まだ良かったかも」
「そんなことねーっての。殺し方も優しい殺し方だったし、これでよかったのさ。ユーリらしくていいぜ」
ユーリが言うと、コズロフが笑いながら肩を掴んできた。
「ま、ユーリは昔俺の体乗っ取っていた時に、散々俺のやり方にケチつけていやがったけどな。俺はちゃんとユーリを立ててフォローしてやるぜ。ざまーみろだ」
そういってコズロフは、ユーリの背中を痛いくらいにばんばんと叩いた。




