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41-16 造物主になる方法

「何故そこでエミの名が出てくる。何故貴様に会わせねばならん」


 娘の名をつい今しがた口にした所長であるが、その娘に会わせろと要求するユーリに、面食らってしまった。


「失礼ながら、貴方の過去を見てしまいました。エミさんに悪魔だと言われる所まで。その後はどうしたんですか?」


 ユーリの台詞を聞き、流石の所長も仰天して、目を大きく見開く。


「エミさんは監獄内にいるんじゃないですか? 夜明けの神を求めているのは、エミさんを元に戻したいからではないすか?」

「ほほう、ユーリ。お主は中々鋭いな。拙者も同じことを考えたぞ」

「本当かよ、おっさん。つーか、それって自画自賛じゃね?」


 ソウヤが称賛すると、コズロフが突っ込んだ。


「神々の収監を辞めろと言い、エミに会わせろと言い、貴様は突拍子もない要求ばかりしてくるな。それが貴様に何を意味するというのだ?」


 動揺を抑えて取り繕いながら、所長がユーリに問いかける。


「前者は、罪もない神様を罰している理不尽に対し、ただ僕が怒りを感じるからです。後者は好奇心と確認のためです」

「断ると言いたい所だが、自分も好奇心が芽生えてしまった。悩みどころだな。ユーリ、貴様は不思議な少年だ。そしてやはりエミ同様に危うい。暴走する傾向にあるように思えてならない」


 所長のユーリに対する評価は、ユーリからすると耳が痛い。しかし所長はユーリを貶めているわけでもない。


「あははは、ユーリの性格をあっさり見抜いてらあ」


 コズロフがユーリの方を向いて笑うが、ユーリは所長を見たまま反応しない。


「そーいや所長、回想絵本の中じゃ一人称私だったなー。今は自分になっているけど」

「悪神監獄の所長の座に就いてからはそうなった」


 コズロフが言うと、所長は淡々と告げた。


「どういう経緯で悪神監獄の所長に?」


 その部分も絵本で見せてくれればよかったのにと思いながら、ユーリは尋ねた。


「また新たな質問か。答えたとしても信じないだろうし、納得もしないかもしれないが、それに関しては答えよう」


 そう前置きを置いて、所長は語り出す。


「自分は娘のエミの変貌に絶望するあまり、心を病んでしまった。いや、完全に狂っていたかもしれない。現実から目を背け、妄想の中に耽溺した。妻と娘と三人で暮らしていた頃を思い出し、妄想の中で過ごし続けた。やがて、不思議なことに気付いた。自分は確かに妄想の中にいたのだ。妄想したことで実際に世界が生じ、その世界の中にいた」

「つまり彼は、僕と女神と同質の力を持つ。所長もまた神だけど、ただの神ではない。創造主の力を持つ神。世界を創れる神だ」


 ダァグが付け加える。


「ふむ。つまり監獄どころか、この世界そのものが所長の世界というわけか」

「んで、所長が世界の創造主様かよ」


 ソウヤとコズロフが言う。


(じゃあダァグも女神も、あるいは僕達のいる世界を創った神も、他の世界の神も、現実に絶望して妄想で世界を創れる神になったってこと?)


 念話で尋ねるユーリ。


(そうかもしれないね。少なくとも僕と女神はそうだよ。だから所長をこういうキャラクターとして作った。全部が全部という確証は無いけど)


 ダァグが念話で返す。


「自分はずっと幸福な妄想に浸る一方で、所詮は妄想の世界にいるだけの存在だということも、わかっていた。自分の本体は異なる世界にいる。時間の流れも違うが故に、永遠に等しい時を妄想で過ごせるかもしれない。ずっと幸せなままでもよかったかもしれない。しかし自分は許せなかった。現実で確かに起こった事を無視できなかった。エミをそのままにしていいわけがない。あの子の心を取り戻さなければならない。そう強く意識して、自分は現実と妄想の壁を破った。エミを自分の作った世界に引きずり込むことが出来たのだ」

(この辺は人喰い絵本と似たようなシステムだと思っていい。僕は、僕の本体がいる世界の物を、僕の世界に呼ぶことなんて出来ないけどね)


 ダァグが念話でユーリに補足する。


「だが自分の世界に引きずり込んでも、自分の自由になるわけではない。自分の妄想の中の住人ですら、自分の思い通りにならないことが多い。ましてやエミは自分の妄想の外にいた、現実の存在だ」


 虚しげに話す所長。ユーリは思わずダァグを見る。この辺の構図も、ダァグと一脈通じている。


「先程貴様等は、自分がこの世界を創ったと言ったが、自分が全てを創ったわけではない」


 所長がコズロフとソウヤを見て訂正する。


「確かに世界そのものは自分が誕生させた。しかしそこに住む人間の一人一人、流れゆく歴史、育まれる文化等は、自分が創造したとは言い難い。それはこの世界そのものによって育まれたものだ。自分は手を出していない。人々が築いたものだ」


 その辺の話も、ユーリには理解できた。ダァグも世界の人喰い絵本の設定全てを描いてはいないし、考えてもいないことを、予め知っていたからだ。


「そこまで話したのなら、もう一つの疑問も教えてくださいよ。何故見境なく神様を捕まえて監獄に入れるんです?」


 ユーリが静かな口調で問う。


 所長はユーリをじっと見て思案していたが、やがて瞑目して息を吐いた。話す気になったのだ。


「自分は悪神監獄を作った。そして世界中の神々を集めた。この世界の神もまた、システム化を引き起こし、心を失う傾向にあった。神となって信仰心を集めるという事は、どの世界でもそのように至る傾向にある。だがそれは都合のいい話だ。彼等を研究調査して、場合によっては実験台にして、娘を救える方法を探ろうと目論んだ」

「そういうことですか。神様を手当たり次第に集めている理由は、悪神でなくても、心の喪失が発生している可能性があるからですね」


 悪神以外も収容している理由を語られ、ユーリも納得がいった。そしてそれが見境の無い復讐が動機では無かったと知り、安心した。


「信仰心を遮る結界によって、神のシステム化がどう変化するかを測りたいという目的もあった。悪神でなくても、システム化は起こりうる。システム化も神によって度合いがあるからな。上手くいってはいないが。そしてシステム化の解除が出来れば、それらの神々も救える」


 所長が補足する。


「迂闊だった。今気づいた」


 ダァグが脈絡のない台詞を口にする。


「どうしたの?」

「部屋の外で聞き耳立てている人がいるよ」


 ユーリが問うと、ダァグが振り返って告げる。全員が一斉に警戒する。


「はははは、実に大した真相だぜ」


 笑い声と共に、扉が開かれた。


「話に夢中で、俺達が聞き耳立ててた事に誰も気付かないとはなー」

「熱中するのも仕方ないのです。僕も夢中で聞いていたのです」


 現れたのはグロロンとズーリ・ズーリだった。この二人も所長の絵本を見た。


「収穫は二つだな。いい情報ゲットと、敵の排除」

「とんだ遭遇なのです。そしてとんだ収穫なのです」

「大教皇はしくじったが、俺達はしくじらねーぜ」

「グロロンの兄貴、それは大教皇猊下に対して失礼だと思うのです」


 身構えるユーリとソウヤとコズロフを前にして、グロロンとズーリ・ズーリが喋っている。


「所長さんよ、随分こいつらに肩入れしてるんだなあ。俺達には言わなかったことを、べらべらべらべらとあれこれ話しんだからよー」

「そうかもな。自分はこのユーリという少年が気になった。そのせいだな」


 揶揄するグロロンに、所長は正直に言った。


「気になったにせよ気に入ったにせよ。俺達も夜明けの神争奪戦に参加しているんだ。俺達の女神様をこの監獄から解放する条件――そしてこの世界の支配権を手に入れる条件がそれなんだからよ」


 所長とダァグを交互に見やり、グロロンが言った。


「つまるところ、喧嘩してえってことだろ。やってやんぜ。ユーリの敵は俺の敵。俺の敵はユーリの敵だからよ」


 コズロフが不敵な笑みを広げ、剣を抜く。懐には短銃も忍ばせてある。


「へー、血気盛んな小僧だな。てめーの力も省みずによ」


 グロロンがコズロフを見返して、嘲笑する。


「犬だか何だかわからん生き物よのー」

「どう見ても犬じゃねーだろ。クズリの獣人だよ。って、言ってもわかんねーか」


 ソウヤの台詞を聞き、グロロンは諦めたように笑い、肩をすくめる。


「女神の存在に備えなくちゃいけないから、僕は少し温存するよ」

「わかってる」


 ダァグが断りを入れ、ユーリが頷いた。


「夜明けの神を追う者に関して、自分は中立を貫く。だが心情的にはユーリ、貴様に期待しておく」

「はい」


 所長が口にした台詞を受け、ユーリは少し胸が熱くなった。


「ちっ、応援しちまったら、それはもう中立じゃねーぜ」


 つまらなそうに吐き捨てるグロロン。


 コズロフが真っ先に仕掛けた。狙いはグロロンだ。


「餓鬼がっ」


 剣で斬りかかるコズロフを、グロロンは素手で薙ぎ払った。


「ぐっ……!」


 吹っ飛んで倒れるコズロフ。ただ弾き飛ばされただけではない。グロロンの鋭い爪で胸を袈裟懸けに切り裂かれている。

 コズロフと入れ替わる形で、ソウヤがグロロンに斬り込む。


(餓鬼よりはずっと腕が立ちそうだな。しかし――)


 ソウヤの鋭い斬撃を悠々とかわし、グロロンは笑う。


(俺には遠く及ばねー)


 口の中で呟き、グロロンは蹴りを放った。ソウヤの体が大きく吹き飛ばされる。


 ユーリが二人を助けようとしたが――


「悪夢より来たれ、断罪の使者」


 ズーリ・ズーリが呪文を唱える。ユーリの前に黒い液体が天井から大量に流れ落ち、人型を作る。

 液状の人型は、両手に大きな鎌を携え、頭部だけは白い骸骨だった。液状の死神といった所だ。


 液状の死神が鎌を振り上げた瞬間、ユーリは魔法を解き放つ。衝撃波が液状の死神を吹き飛ばし、床に黒い液体があちこちに飛び散る。


 飛び散った液体が蠢き、一か所に向かって動き、また元の形に戻る。


 ユーリがさらに魔法を使う。液状の死神の全身が凍り付き、完全に動きを停止した。


「それはずるいのです」


 凍り付いた液状の死神を見て、悲しげな顔になるズーリ・ズーリ。


 コズロフとソウヤは二人がかりでグロロンに挑むが、歯が立たない様子だった。二人がかりで何とか持っている程度だ。体術だけでも、グロロンの方が圧倒的に勝っている。

 ユーリはコズロフ達の様子を見て、このままでは危険と判断した。


「むっ?」

「何だこりゃ……」


 突然自分の体にオレンジの輪が食い込んでいる様を見て、ソウヤは怪訝な声を発し、コズロフは敵の攻撃かと恐怖したが。


「うおっ!? 輪っかから、力が流れ込んでくるぞっ」


 力がみなぎり、激しい高揚感に包まれたコズロフが、興奮して声をあげる。


「お主の仕業か。助力感謝」


 ソウヤがユーリを一瞥してにやりと笑う。


「命の輪を他人にも装着させることが出来るようになったんだ」

「うん」


 感心するダァグに、ユーリが微笑んだ。

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