41-15 神という名のシステム
少年の服装の上に、魔法使いの帽子を被り、マントを羽織った少女が、目の前にいる。
「チューコは弱い。チューコは可哀想。半端者。苦しまなくていいことを苦しみ悩んでいる、可哀想な子」
ノアという名のその少女が、煽りとも同情ともつかぬ口調で告げる。
チューコの頭の中に、ノアの台詞が刺さっている。ノアは自分を否定する一方で、自分の本質を見抜き、指摘してくる。無視できない。
何度かチューコは思ったことがある。例えいじめられなくても、自分はいずれ殺人を犯していたのではないかと。チューコは殺人という行為に、強く魅せられていた。惹きつけられていた。そういう欲求が元々備わっていた。
いじめられていたことで、憎悪が掻き立てられ、殺人に対する欲求が増したことも事実だ。その結果、爆発し、実行に移った。
チューコは疑問に思う。何故自分はそんな性質を持って生まれついたのかと。そしてそんな性質をもった自分が、まるで運命に弄ばれ、予定調和であるかの如く、必然であるかの如く、殺人という行為に踏み切った。
チューコは自己憐憫に浸る。
「私は悪として生まれた。私が悪? どうして私は悪に生まれたのよ。悪なんかに生まれたくなかった。殺人鬼になんかなりたくなかった」
普通でいたかった自分が、確かにチューコの中にいる。殺人という行為を忌避するチューコがいる。
「私はこんな私に生まれたくなかった……」
「なぜ認めてあげないの? 認めないから苦しい」
うなだれるチューコの前で、ノアが告げる。
反論しようとして顔を上げ、チューコはぎょっとした。
ノアの顔に、チューコの顔が重なっていた。やがてそれはノアではなくなり、チューコの顔へと完全に変わった。
チューコの意識が覚醒する。
ひどい悪夢だった。チューコは大きく息を吐き、しかめっ面で天井を仰ぐ。
(くだらない。今の私は女神様に仕える神徒。それも大教皇なのよ。惑わされちゃ駄目)
額に手を当て、チューコは自身に強く言い聞かせた。
***
一夜明けた翌日の朝。改めて所長に会いに行くユーリとダァグとソウヤとコズロフ。
「特別監房棟には行かなかったのか?」
ユーリ達を見て、所長が尋ねる。
「昨日は清掃の日ということで、入れませんでした。今日、所長とお話をした後で向かいます」
「それで何の用だ?」
「所長は悪神でもない神までこの監獄に連れてきて、収容されていますよね」
ユーリがいささかキツい口調で、要件を話し出す。
「昨日見たんです。優しい神様が看守達から酷い暴行を受けている所を」
「看守達に不当に虐待や暴行は禁じているが、そのような行為に及んだ不届き者がいたか。報告御苦労。厳重に注意しておく」
所長の台詞を聞き、四人とも呆れ果てた。監獄内での虐待行為を、全く知らないかのような口ぶりだ。
「禁じている? 日常的に行われておるぞ。本気で言っているのならお主の目は節穴だな。いや、監獄の様子に興味が無いのか?」
「あるいは知っててとぼけているかだなっ。多分とぼけていやがるんだろ」
ソウヤが指摘し、コズロフが吐き捨てる
「いや――知らなかったのは事実だ。今後目を光らせておく。看守長にも伝える」
心なしか困惑したかのような声音で、所長が言った。
「看守長が一番タチ悪いんだぜ。看守長に注意しても意味ねーよ」
「それも承知した。奴を問いただす。場合によっては解任だな」
コズロフに言われ、所長は冷然とした口調で告げる。
「悪くない神様まで捕まえて収容している理由を教えてください。僕には納得できません」
「貴様は純粋だな」
ユーリに問い詰められ、所長は目を細める。
「褒めたわけではないぞ。純粋故に危うい。染まりやすいが、一度染まったら揺らぎにくくなる。崖の先に天国があると信じて、崖に向かって躊躇いなく駆け出す」
「ふむ。わかっておるのー、所長殿。拙者もそれには同感よ」
所長の言葉を聞いて、ソウヤが笑う。
「ははっ、所長自身にそんな経験があるってことかい?」
「自分ではない。自分の娘だ」
からかい気味に問うコズロフに、所長はひどく昏い目になって言った。
「少年。貴様はエミと――自分の娘と同じ目をしている。澄んだ目だ。輝いた目だ。そして燃えている。そういう目をする者は危うい。自身にとっても、周囲にとっても厄介極まりない」
「お言葉、胸に刻んでおきます」
所長の言葉は確かな真理があると、ユーリは受け取った。そして所長が真摯に忠告していることも伝わった。
(一体所長にどんな過去が? 娘さんと同じって?)
新たな疑問が生じたが、それをここで口にしてぶつけることも躊躇われる。
「所長の過去を見せるよ」
「え――?」
ユーリの躊躇を見透かしたかのように、ダァグが告げ、力を発動させた。
***
・【娘を神にされた所長】
将来、悪神監獄の所長となる男の国に、ある日、大量の移民達が連れてこられました。
この移民達は金持ち達の都合で連れてこられました。彼等は安い労働力が欲しかったのです。
異なる国に連れてこられた移民達は、訪れた国のルールや慣習や価値観や宗教観などに意に介さず、やりたい放題に振舞います。
移民達と国民の間で衝突が起こりましたが、為政者達は移民を連れてきた資産家達の言いなりとなり、移民側に肩入れして、国が乱れようと一顧だにしません。
やがて国には、移民達がもってきた伝染病が流行り、大勢の国民が死にました。移民達は伝染病が流行るような原始的な悪習が多々あり、国民に何度注意されてもやめなかったのです。
所長の妻も、この伝染病によって命を落としました。所長と娘のエミは、大変悲しみました。
国民の怒りは頂点に達し、ついには国民達の手による移民達への大虐殺が発生してしまいます。
追い詰められた移民達は、自分達が信じる神を呼び出し、自分達を護り、この国を乗っ取って、国民達を自分達の奴隷にしようと目論みました。そのために国民の子供達を何人もさらって、生贄として捧げたのです。
移民達の神が現れ、今度は国民達が虐殺される番となりました。
国民たちも対抗するため、古くより崇められていた神に頼ることにしました。その神は国民の一人に転生し続け、国の危機には神としての力を取り戻して、国を救うという言い伝えがありました。
大神官の御告げにより、所長の娘であるエミが、神の生まれ変わりだという事が判明します。
「冗談じゃない! 何故私の娘が神になどならなければならない!」
所長はエミが神にされたあげく、移民の神と戦わされることを拒みました。しかしエミも、自分の意思で神となって戦うことを決めたのです。
「やめろエミ! お前がそんな運命を背負うことはない! 私はお前まで失いたくない!」
「お父さん、私は殺された人達の仇を討つ。母さんの仇を討つ。この国の人達がこれ以上殺されないように護る」
所長は説得しましたが、エミの決意は変わりません。
神となったエミは、移民の神を殺害し、移民達を皆殺しにしました。
移民達を呼び込んだ為政者と資産家達も、国外に逃亡する前に捕えられ、全員死刑にされました。
こうして国に平和が戻りました。しかし――その後、エミは日に日におかしくなっていったのです。
人々はエミを神として崇めます。
そしてエミは神として振舞います。その振る舞いは、父親である所長の前でも変わりませんでした。所長を父親としては認識していないような言動と態度を取り続けたのです。
エミは娘の姿をした別の存在に成り果てたのです。変貌したエミを見て、所長は絶望しました。世界が灰色のヴェールに覆われたかのようでした。
所長は様々な書物を読んで知りました。人が神になると、心を失うケースがあると。過度に信仰心を集めた結果、まるで麻薬に侵されたが如く信仰心ジャンキーと化し、ただ信仰心を求めるだけの存在に成り果て、信仰心取得のために心が自動化してしまうというのです。
崇められることで力を得ることで、力を求めるために崇められようと最適化する。この現象を神のシステム化というそうです。
「もう邪悪な移民達は滅ぼしたのだ。だから神ではなく、元のエミに戻ってくれっ」
所長は懇願しましたが、エミは聞く耳を持ちません。
「貴方は娘さんが神となられ、この国を、多くの人々を救ったことを、名誉と思わないのですか?」
「そうですよ。貴方は神の父親なのですよ。羨ましい」
「例え父親と言えど、神となったエミ様に不敬は許されませんぞっ」
「ぷにぷにっ」
人々は所長が絶望している理由が理解できませんでした。
「神様なんて糞くらえだ! エミは神などではない! 私の娘だ! 私の娘のエミをどこへやった!? エミを返せ!」
所長が激怒して喚くと、エミが所長の前に立ちます。
恐ろしく冷たい目で自分を見つめるエミを見て、所長はぞっとしました。それは娘の顔をしていましたが、中身はエミではないと改めて実感しました。とても自分が知る娘と同一人物であるとは思えません。
「この者は最早、父に非ず。悪魔に憑かれてしまった。拘束せよ。悪魔祓いのために拷問にかけ、それでも悪魔が出ていかないようであれば、焼き殺せ」
エミの口から発せられた言葉を聞き、所長の心はさらなる絶望の奈落へと叩き落とされました。
***
絵本を見たのはユーリだけではなかった。
「今の……頭の中に流れたのは何だったんだ?」
「コズロフ、お主もか。頭の中に絵本が映し出され、所長の過去が見えたぞ」
コズロフとソウヤが呆然とした顔を見合わせる。
「説明が面倒だから、協力者達にも絵本が見れるようにしたよ。あと、チューコの時とは違って、本人には見られないようにした」
ダァグが言った。
「今のはダァグの仕業だよ。他人の過去を絵本テイストで頭の中に投影できるんだ。僕も見た」
ユーリがコズロフとソウヤに解説し、所長の方を見た。
「エミさんは今何処にいるんです? もしこの監獄内にいるのであれば、エミさんに会わせてくれませんか?」
「な、何だと?」
ユーリの口から思いもよらぬ要求が飛び出たので、所長は思わず裏返った声をあげてしまった。




