41-14 特別監房棟
チューコを退け、ミヤ、ノア、レオパ、サユリは一息ついた。
「着いた早々、ミヤとノアちんのピンチに出くわすとは」
「着いたばかりだったんだね」
「ノアちんはやめて」
ミヤ、ノア、サユリが言う。
「あははっ、俺とサユリは気が付いたら郊外にいたよ。君達は監獄の中だった?」
「俺達も絵本の中に入ったら監獄の外だった。先輩いなくて、師匠と俺の二人だったよ」
レオパに尋ねられ、ノアが答える。
「それなら知っている情報はこちらの方が多そうだね。先にこっちから話すよ」
そう前置きを置いて、ミヤはこれまでの経緯を話した。
「チューコに監獄の神々が魅了されているのかー。中々厄介だねっ。あはっ。それに神様がシステム化されている話とか面白かった」
ミヤから伝えられた情報を聞いて、レオパが感想を述べた。
「ぶひー、他の絵本の住人が嬲り神に連れてこられたのであるか」
サユリがエイドを一瞥する。
「私の他にも、皆さんが人喰い絵本の中で出会った縁ある人が、協力者として連れて来られているかもしれませんね」
エイドが言った。
「神様の監獄とか意味がわからない話なのだ。誰が何の目的でそんなことをしているのかとか、そういう設定も考えられていまして?」
「言われてみれば、その辺も謎。その辺がキーかも」
サユリが口にした疑問を受け、ノアが言った。
「あはっ、夜明けの神に悪神を改心させる力がある噂が本当なら、所長は悪神を改心させまくりたいんじゃない?」
「ストレートに考えればそうなる」
レオパが口にした推測に、ノアも同感だった。
「つまり所長が発端でして?」
「断定はできんが可能性としては高いかもしれないね」
「でもここって、悪い神もそうでない神も、無差別に収監されているみたいだけど?」
サユリとミヤが言うと、ノアが新たに不可思議な点を示唆する。
「それも謎だよ。で、そっちの情報は?」
ミヤがレオパとサユリを見やる。
「まだ着いたばかりだけど、興味深い話を聞いたのだ。所長含めた選ばれた者しか立ち入れない、特別監房棟というものがあるらしくて。特に危険でヤバい神々は、そこに封じられているらしいのだ」
「地下エリアらしいよっ。そこで死んでいるジミダ・ワーンも、そこに封じられていたらしいねっー。あははっ」
「立ち入り制限のあるエリアだから、夜明けの神が隠れている可能性も高いってことか」
サユリとレオパの話を聞き、ノアが言う。
「この監獄はかなり広いのですが、神々を封じるほどの力を持つ者の目を逃れて、どうやって隠れているのか疑問です」
それまで黙って聞いていたエイドが口を挟む。
「所長が神々を捕まえて封じるほどの力を持っている事も謎だよ」
「あははっ、何から何まで謎だらけー」
ミヤが言うと、何がおかしいのかレオパが笑う。
「特別監房棟、面白そうだから行ってみない?」
「そうだね。他に探る当てもないし、謎の多いこの監獄の何かがわかるかもしれないね。調べてみるか。ただし、今日はもうやめておこう。儂等は消耗しきっている」
ノアが提案するが、ミヤは小さくかぶりを振った。
「でも今日はまだ長いよ」
「そういや昼食の時間だね」
ノアとミヤが通路に設置された時計を見る。時計は正午を指していた。
「お腹すいたーっ。御飯欲しい」
レオパが声をあげ、ペンギンロボを見る。
「私はロボットですから食事としては不適でございます」
「うおっ、ペンギンが喋ったっ」
身を震わせながら断りを入れるペンギンロボに、少し驚くレオパ。
「自分だってヒョウアザラシだし、女神を食べる前に散々喋るペンギン見てるじゃない」
「うんっ、そうだったっ。あははっ。懐かしいなあ。元気にしてるかなあ」
ノアに突っ込まれて、レオパが笑う。
「ここの御飯はどうなっているのだ?」
「私の権限で用意いたします。寝床も」
サユリが問うと、エイドが申し出た。
それから五人は、食堂へと移動する。食堂はかなり混雑している。囚神と看守が入り混じって列を作っている。
「看守と囚神、食堂一緒なんだ」
「コストカットのためらしいです。ここは看守もかなり多いので」
ノアが言うと、エイドが解説した。
五人が食事を受け取るまで、かなりの時間を要する。
「あんたら無事だったのか。よかった」
列に並んでいるミヤ達に、チューコ達と戦う前に色々と教えてくれた、通りすがりの神が声をかけてきた。こちらは昼食を受け取って、テーブルに運ぶ際中だ。
「あ、俺達を見捨てて逃げた神様だ」
ノアが冗談めかす。
「勘弁してくれよ。私は戦いは苦手だし。それにしてもジミダ・ワーンやチューコと戦って無事とは、大したものだ」
称賛する通りすがりの神。
その後五人も料理を受け取り、席についた。
「まだ時間あるけど、本当に今日の活動おしまいでいいの? 先に夜明けの神見つけられちゃうかもだよ?」
食事をしながら、ノアが確認する。
「へとへとだと言ったろ。無理はよくないよ。まあ、交戦は避けるとして、探すだけは探してみてもいいかもね」
気乗りしない顔ではあったが、ミヤは方針を改めた。
***
チューコは憔悴しきった顔で、女神のいる部屋へと逃げ帰った。魔力の消耗もそれなりにあるが、精神的な疲れの方が激しい。
「チューコ、そんなに落ち込むことないでしょー」
帰ってきてからというもの、うなだれて一言も発しないチューコに、女神が見かねて声をかける。
「チューコ、私だって失敗したわ。あのレオパに食われたことだって大失敗。それを貴女は責める?」
「いや……そのようなことは……」
優しい声で問う女神に、チューコは戸惑う。
「チューコ、私が一度でも神徒の失敗を責めたことがある? 人も神も失敗するように出来ているのよ。私は怠慢や利己的な振る舞いは許さないけど、失敗は許容する。貴女が何度失敗しても許す。貴女は私に最も貢献した神徒ですもの。一番頼りにしているんだから」
懸命に励ます女神であるが、チューコの顔は暗いままだ。
チューコは敗北して落ち込んでいるだけではない。ノアに言われたことが気になっている。
「ほらチューコ、えらいえらーい。元気だしてー」
しまいには、女神が猫なで声をあげながら、チューコの頬に自分の顔をすり寄せてきた。
(く、臭い……)
オオフルマカモメ特有の悪臭を間近で嗅がされることとなり、チューコは必死に堪えるはめとなった。
その時、乱暴に扉が開かれる。
「ちょっとー! ノックくらいしなさいよっ!」
扉を開いた人物――所長に向かって、女神が金切り声をあげて抗議する。
「ジミダ・ワーンを使い潰したそうだな。これは貴様等の裁量に難があったのか? それとも貴様等と敵対した者達が、それほどまでの強者だということか?」
「わざわざ嫌味言いに来たわけ? 暇人ねー」
抑揚に乏しい声で問う所長に対し、それこそ嫌味っぽい口調で言ってのける女神。
「何度も言うが、自分が望むことは夜明けの神だ。その目的を達成できるのであれば、それは誰でもいい。つまり、ジミダ・ワーンを屠るほどの実力者であれば、そちらの方が有望という事になる」
所長が淡々と告げると、扉を乱暴に閉めて立ち去る。
「あのハゲーッ! 口開けば、ろくなこと喋りゃしねーわねーっ! だからハゲなのよーっ! 糞ハゲーッ! 本っ当ハゲにはにはろくな奴いないわねーっ!」
「申し訳ありません」
喚く女神に、部屋の片隅にいたドームが謝罪し、己の禿頭を撫でた。
「いや、ドームは別だから……すまんこ……」
ドームの方を見て、慌てて謝る女神。
(力有る者達が続けざまに訪れた。夜明けの神が見つかる可能性が高まったと期待してよいな)
一方、所長は廊下を歩きながら、期待に胸を膨らませていた。
(エミ……必ずお前を救ってやる。神という名の忌まわしき軛から)
歩きながら拳を握りしめ、決意する所長。
***
正午過ぎ。禁止区域である特別監房棟に向かったユーリとダァグとソウヤとコズロフであるが、立ち入り許可は下りなかった。
「こっちは所長に許可を貰ってるんですけど」
「存じておりますが、今日は清掃の日でして。明日にしてください」
ユーリが言うが、特別監房棟前にいた看守は許可してくれなかった。
「諦めるしかないね」
「まあ仕方ない。明日また来よう」
「何で掃除の日ってだけで、入っちゃ駄目なんだよ。わけわかんねーな」
ダァグ、ユーリ、コズロフが言う。
「ダァグ、疲れてる?」
ユーリがダァグを気遣う。元気が無いように思える。
「ちょっとね。こうして物語の中に入って歩き回るなんて、初めてだからさ。気疲れはしている。でも平気だよ。頑張る」
無理して微笑むダァグ。
「僕が一番頑張らないといけないからね」
「お前一人で気張らなくてもよ、俺達もいるんだぜ。ちったあ甘えろよ」
「そうだよ。今は共闘している間柄だ。ダァグ一人の戦いじゃないよ」
ダァグの言葉に対し、コズロフが力強い声で言い、ユーリは静かな口調で諭す。
「でもこの戦いに敗れれば、僕は全てを失うかもしれない。この世界も、僕の命も賭けている」
微笑を微苦笑へと変えて言うダァグ。
ダァグがこの戦いに覚悟を決めて臨んでいるのは、ユーリもわかっている。しかし、いささか空回りしているようなきらいも見受けられ、それが気にかかった。
しばらく廊下を歩き、四人は足を止めた。子供の姿をした囚神が、看守数人にいじめられている場面に出くわしたのだ。
「また看守の囚神虐待かよ」
「しかも子供相手に……」
コズロフが顔をしかめ。ユーリも眉間にしわを寄せる。
「子供と言うても、あれも神よ。しかし見ていて快い場面ではないのー」
「頭にくるな。昔、俺も餓鬼の頃いじめられたことがあった。俺はやり返したけどな」
ソウヤとコズロフが言った。
「見てらんねーわ。助けに行くからお前等も手伝え」
「わかった」
コズロフが言い、速足で歩きだす。ユーリも続く。
二人が看守達を乱暴に押しのける。
「何だお前等? そっちは新入りの看守だな。何故邪魔をする」
「そっちこそ何でそんな餓鬼を甚振ってんだよ」
驚く看守に、コズロフが険悪な声を発した。
「子供に見えてもこれは悪神。この監獄に連れてこられた時点で、どんな扱いを受けても文句は言えんのだ」
居丈高な看守が鼻息を荒くして告げた。
「そうかよ。じゃあ俺の目に入った時点で、てめーらは何されても文句言えねーんだよ!」
「ぶはっ!」
怒鳴るなり、居丈高な看守に殴りかかるコズロフ。
「こいつ!」
「やりやがった! お前等、やっちまえ!」
「上等だっ、こいよ!」
看守達とコズロフが怒声をあげ、殴り合いが始まる。
そこにソウヤも参戦し、コズロフを殴ろうとした看守を横から蹴り飛ばした。
「拙者の助太刀があると甘えて手出ししているくせに、粋がるでないわ」
「そう言いつつも、おっさんは毎回助けてくれるじゃねーか」
笑顔でからかうソウヤに、コズロフも笑い返した。
たちまち看守達は打ちのめされ、床に転がった。
「コズロフはいつもこんなノリなの?」
ユーリがおかしそうに尋ねる。
「応よ。ムカついた奴がいたら速攻殴り飛ばすに限るぜ。つかさ、ユーリも手伝えよ」
「いや、二人いれば十分だと思って見てた」
コズロフに言われ、ユーリが小さく肩をすくめる。
「助けてくれてありがとさままま」
子供の姿をした囚神が礼を述べる。
「僕を助けてくれた貴方達のこと、忘れません。僕の信者達にも伝えます」
「そこまでせんでもよいわ」
子供神の言葉を聞いて、ソウヤが言った。
「早く……ここから出たいです。僕を崇める地は、僕がいないと作物がうまく育ちません。信者達が心配です。信者達もきっと僕の不在を心配していますし……」
泣きそうな顔で語る子供神を見て、四人は神妙な面持ちになる。
「こんな神様が悪神? そうは見えないのに」
同情の視線で子供神を見るユーリ。
「ユーリは神様嫌いじゃないの?」
「神様を十把一絡げにして嫌っているわけでもないよ。人だって神様だって、人を思いやらない手合いが嫌いなだけだよ」
ダァグの言葉に、ユーリはむっとする。
「僕は……思いやりに欠けている?」
ユーリのその台詞に、ダァグが反応した。
「創造した住人も、人喰い絵本に吸い込まれる人間も、悲劇お構いなしなのは、思いやりがあると言える?」
ユーリはつむじを曲げたままで、刺々しい口調で言う。
「その話をここでして、僕と喧嘩したいの?」
「わかった、今はやめとく。悪かった」
ダァグが悲しそうな顔で見上げてきたので、ユーリは謝った。
(ダァグのこういう顔を見ると、怒りが消えてしまう。でも今のは僕が悪かったというか、この場面で言うことじゃなかったね)
反省するユーリ。
「ユーリの神様嫌いより、所長の神様嫌いの方が深刻なんじゃねーの? 見境なく、神様という存在は許さないって考え方なのかもな」
コズロフが言った。
「見過ごせないね。所長にかけあってこよう」
ユーリが決定する。
「ほっほう、可愛い顔して中々に豪気だのー」
「ユーリ、趣旨とズレてない?」
「いや、これでこそユーリって奴だ」
ソウヤが感心して笑い、ダァグは苦笑し、コズロフも満足げに笑っていた。
所長室に向かう四人。しかし――
「今日はもう所長はお休みになりましたので、明日にお願いします」
「仕方ないね」
所長室前にいた看守に面会を断られ、諦めることになった。




