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41-12 猫だからこそ起こった事態

 チューコに命じられて、フルフェイスマスクの小柄な神――ジミダ・ワーンは首を何度か降って、もじもじと体や腕を動かす。戸惑っているかのような仕草だ。


「あー……えーと……」


 ジミダがチューコの方を向き、声を発する。男性のしわがれた声だ。


「魔法使いの服装をしている二人が敵でよいのかな? チューコ様よ」

「そうよ。ちゃんと仕留めてよ」

「了解」


 ジミダが頷き、駆け出した。


 耳をつんざく音が当たりに響き渡る。何かを激しくこすった音か。何かを激しく引っ掻いた音か。何かを切りつけた音か。

 音の正体は、ジミダが持つ二振りの曲刀だと、ミヤとノアは後になって気付くことになる。


 気が付くとジミダはミヤとノアの目の前に迫っていた。刀を床に突き立てたまま凄まじい速度で疾走し、床には刀で斬りつけた跡が二つ、一直線に伸びていた。響いた音の正体は、刀の切っ先を床に刺したまま走って切り裂いたものだ。


 ミヤは横に避ける。しかしノアは反応が後れてしまう。


(速すぎだろ……)


 避けようとして避けられなかったノアに、下方からの斬撃が繰り出された。


 逆袈裟に斬られて、ノアに体に赤い切れ込みが斜めに入る。ノアは啞然とした表情のまま、横向きに倒れた。

 倒れたノアの腹部から、血と内臓が飛び出て床に零れ落ちる。


 ノアに追撃を放とうとしたジミダに、ミヤが魔力塊を放つ。


 ジミダはノアの追撃を寸前で止め、横に大きく移動して、ミヤの攻撃を避けた。


 回避の直後、ジミダはミヤに向かっていく。そしてあっという間に間合いを詰める。先程動揺、床に剣を刺したまま、床を切りつけて移動している。


(確かにとんでもない速さだ)


 感心しつつ、ミヤは防御のために魔力盾を作る。


 ジミダの長い曲刀が、ミヤに向かって跳ね上がる。そしてあらぬ所を――何も無い空間を切りつける。


「おや?」

「む?」


 ジミダとミヤ、二人して怪訝な声を発した。


 刀はミヤの帽子の上を縦に振られていた。ミヤには意味がわからない。何かの術かと思いきや、ジミダの反応からすると、そのようでもない。

 ジミダはその場に留まらず、警戒して大きく後方に下がった。


「ちょっとジミダ、何やってるのよ?」


 ミヤのいない場所に向かって斬撃を放ったジミダに、チューコが戸惑いの声をかけた。


「奴の腹部から頭部に向かって真ん中を切り裂いたつもりであったが、何も無かったぞ」


 マスクの下から困惑気味の声を発するジミダ。


「あんた、何も無い場所を斬ってたよ。あ、そうか……あんたにはミヤが猫には見えないんだ。ちょっと待ってて」

「ふむ。なるほどね」


 チューコがその事実に気付き、ミヤも理解した。絵本の住人であるジミダの目には、ミヤが人間に変換して見えたのだ。

 人喰い絵本の住人には、ミヤが猫には見えないケースが多い。人喰い絵本の中には、喋る動物がほぼいないからだ。しかしたまに、ミヤの正体を見抜く者もいる。


「はい、これであいつの正体見えるはず」


 チューコがジミダに魔法をかける。


「何と……猫だったのか。道理で……」


 ジミダがミヤの真の姿を見えるようになり、驚きの声を漏らした。


「改めて行くぞ」


 ジミダがミヤに迫る。

 瞬時にしてミヤの横を駆け抜け、すれ違い様に刀が振られる。


 ミヤは横に飛びのき、ジミダの一撃を避けていた。


 ジミダがすぐさまUターンし、ミヤに刀を振り下ろす。


 ミヤはこれも避けたが、ジミダは二刀流だ。もう一振りの刀が、ミヤの動きを予測したうえで繰り出された。


 予め魔力盾を展開していたミヤだったが、ジミダの刀は魔力盾を切り裂き、刃はとうとうミヤの体に及んだ。

 胴を両断され、ミヤの体の断面から血と内臓が空中に飛び散る。しかし血も臓腑も床に着くことはなく、時間が逆戻りするかのようにミヤの体内へと戻り、胴が接着する。


「何あの再生……」


 ミヤの再生の速さを目の当たりにし、チューコが目を見開いて絶句する。


「儂の防御を安々と切り裂くとはのう」


 一方でミヤも、ジミダの攻撃力の高さに驚きを隠せなかった。


「あいつ手強そうだから師匠の方で頼む。俺はチューコを相手にするよ」


 ノアがミヤに声をかける。


「あれはあれで手強いだろうに。それにチューコ一人じゃない。奴の操る囚神もいるんだからね」

「ま、そうなんだけどね。それを差し引いても、そっちの小さい奴の方がキツそうだからさ」


 ジミダとチューコ達を交互に見やり、ノアは言った。


 ミヤが光の矢を次々に放つ。一度に十発以上の光の矢を生み出しては放つ。0.5秒程度の間隔で、光の矢を大量に速射する。


(マジであのにゃんこ、どんだけ魔力あるの? まるでガトリング銃じゃない)


 ミヤの光の矢の速射を見て、チューコは舌を巻いていた。


 だがジミダはそんな光の矢の速射の合間を潜り抜けて、ミヤに迫る。


「おろそかだね」


 ミヤが嗤った。

 猫の笑顔という奇妙なものを見た直後、ジミダはその笑みの意味がわかった。


 床が大きく噴き上がる。ジミダの小柄な体も吹き飛ばされ、床の破片と共に天井にまで打ち付けられる。下から上へと噴き上がった破壊の奔流は、そのまま天井も破壊して、上の層へと突き抜け、さらに上の層、さらにさらにその上、その上の層の天井も突き抜け――ジミダは四つ上の階層に贈られた


「やられたわい……」


 仰向けに倒れたジミダが呻く。光の矢に気をとられ、ミヤが仕掛けていたトラップに気づかなかった。ミヤは光の矢を速射する前に、予め魔法をかけていたのだ。接近することで自動的に発動するタイプの魔法を。例え光の矢の速射が無くても、ジミダがそれに気づいたかどうかわからないが、光の矢の速射によって、よりわかりづらくしていた。


「歴戦の強猫といったところかのー」


 ジミダが高速ネックスプリングで起き上がると、床の穴の中に飛び込む。


 堂々と落下してくるジミダを見上げ、ミヤは天井の穴めがけて魔力の奔流を放つ。

 魔力の奔流を全身で浴びながらも、ジミダは大きく両腕を頭の下に伸ばし、崖から水面へと飛び込むかのような姿勢で、魔力の奔流を突き抜けてきた。


「何と……」


 今度はミヤが驚いて呻く番だった。滝を登る鯉のように、ジミダはミヤの破壊の奔流の流れに逆らい、突き抜け、ミヤのいる層に戻ってきた。


 ジミダは即座に二振りの長曲刀を床に突き立てる。


(刀を介して、膨大な魔力が急速にジミダの体に吸い上げられているね)


 ミヤはジミダの力の源と、彼が刀を床に刺している意味を理解した。


 直後、ミヤの体が舌から突き上げられる。床から石筍が大きく飛び出し、ミヤの体を貫いていた。

 串刺しにされた状態のミヤめがけて、ジミダが駆ける。


「しゃーっ!」


 ミヤが牙を剥いて猫の声で怒声をあげ、憤怒の形相で、串刺し状態のまま念動力猫パンチを放つ。


 ジミダの後方の床に、大きな肉球マークがつく。ジミダはミヤの猫パンチが降り注ぐより速く、駆け抜けていた。


 曲刀が振られる。


 ミヤの首が床に落ちる――直前で静止した。石筍を折り、体が石筍で貫かれたままの状態で空中を一回転して、床に着地した。着地と同時に、頭部が胴体に接着する。


(強い……)


 ジミダの実力を改めて認識するミヤ。


 ミヤの周囲の床から、斜めに向けて大量の石筍が飛び出す。

 大量の石筍がミヤの体の前で弾かれる。石筍が体に届く寸前で、かなり強固な魔力の防護幕を張り巡らしていた。


「やるな」


 一本の石筍に体を貫かれたまま、自分を睨んでくるミヤを見て、ジミダが称賛の言葉を口にした。


「チューコ、君は可哀想だね」


 一方で、ノアはチューコに向かって嘲笑を浴びせる。


「婆が言ってた。何にせよ、極端に偏る考えってのはよくないって。世の中、白と黒、1と0だけじゃないんだからって。でもさ、時と場合によっては、極端に振り切った方がいいと、俺は思う。中途半端が悪い作用をもたらすケース。苦しくなるケース」

「何の話してるの?」


 何の話かはわからないが、ノアが自分を馬鹿にしようとしていることだけは察し、チューコは不機嫌になる。


「チューコ、君が正にそうだ。殺人を悦び、それなのに自分が悪であることを意識して、罪悪感を抱いている君のその中途半端さ。良くない。この場合、悪に振り切った方が良い。そう思わない?」

「余計なお世話よ」


 ノアの話に付き合うのも馬鹿馬鹿しくなり、チューコは攻撃した。


 魔力弾を続け様に撃つチューコ。


 ノアは魔力の盾で防ごうとしたが、魔力弾を数発受けた所で、魔力の盾は破壊された。ノアの体に魔力弾が複数降り注ぎ、ノアは大きくのけぞって倒れる。


 さらに追撃しようとしたチューコに、頭上から重力弾が降り注ぐ。ノアがこっそりと放っていたのだ。

 しかしチューコは重力弾の接近にも気づいていた。魔力壁を頭上に展開し、重力弾と、重力弾より生じる超重力を完全に防ぐ。


 ノアが倒れたままの状態で魔法を発動させる。チューコと下僕の神々の周囲に、強烈な吹雪が吹き荒れる。


 吹雪はすぐに止んだ。チューコの仕業ではない。チューコが支配下に置いた神々が解除したのだ。


 ゆっくりとノアが身を起こしたが、再び倒された。チューコの放った魔力塊を正面からまともに食らったのだ。


「何よあんた……。減らず口ばかり一人前で、弱っちいじゃない。弱い犬ほどよく吠えるって奴?」


 倒れているノアを見やり、チューコが腰に手を当ててせせら笑う。


「俺は犬は嫌い。猫は好きだけど」


 大の字で倒れて天井を見上げたまま、ノアは言ってのけた。


「あっそ。正直あんたなら私一人でも十分ね」


 チューコが配下の神々を一瞥する。


「あんた達、ジミダの支援に回りなさい。あのにゃんこはかなり強いみたいだし、そっちに振り分けた方がいい。この子は私一人で十分だわ」


 チューコに命じられ、下僕となった神々が一斉に動き出し、ミヤとジミダがいる方へと向かう。


「ノア、ちゃんと抑えておきな。こっちは一対一でもいっぱいいっぱいだ」


 ジミダと交戦しながら、ミヤが言う。


「そんなこと言われてもね……。ペンギンロボ」


 ノアがペンギンロボを呼び出した。


「あいつら止めてこい」

「私一人でですか? 無理があります」


 ノアの理不尽な命令を受け、ペンギンロボは翼を顔の前で振って拒んだ。


「珍しく喋ったと思ったら反抗的な」


 ノアがペンギンロボを睨む。


 ジミダに手いっぱいのミヤを、複数の神々が攻撃してくる。


「やれやれ、これは真剣にピンチだよ。退いた方がいい」


 防戦一方になったミヤが言うが、逃げることさえも難しいと思われる。この監獄内では空間操作が封じられているので、転移で逃げることが出来ないのだ。


「みそメテオ!」


 かけ声と共に、大量の茶色い塊が、ミヤを襲っている神々に降り注いだ。


「ゴオォオォォッ!」


 低い叫び声と共に、チューコに向かって大きな何かが宙を飛んで突っ込んできた。


「あんたは……!」


 飛来してきたものを回避し、憎々しげに睨むチューコ。


「レオパ……」


 チューコを攻撃した者の名を呟き、口元を綻ばせるノア。


「サユリ、来てたのかい」

「ぶひ。助けてやったのだから、ポイント大幅にプラスしておくがいいのだ」


 ミヤがサユリに声をかけると、サユリはミヤに向かって胸を張り、得意げに笑ってみせた。

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