41-11 神という名のシステムのお勉強
悪神監獄所長は悪夢にうなされていた。
「エミ……やめろ、やめるんだっ」
所長が必死の形相で呼びかける。所長は屈強な男達に掴まれ、取り押さえられている。
目の前には大勢の群衆がひれ伏している。壇上の少女を崇めている。
所長は必死で藻掻き、拘束を解いて駆け出した。ひれ伏す群衆を踏みつけて、壇上に向かう。
「エミ!」
名を呼ぶと、少女が所長の方に向いた。
「お父さん、悲しまないで」
エミと呼ばれた少女は、発した言葉とは裏腹に、ひどく悲しげな微笑を浮かべていた。
「私は神様になって、皆を救うんだから。見守っていて」
「駄目だっ! それは駄目なんだ! お前はこの後――この先――」
夢の中で投影される過去。所長は当然未来を知っていた。その先を知っていた。
所長が壇に迫ったその時、一人の男が所長の前に立ちはだかった。
「俺の娘は神になるんだぞ。何故邪魔をする。選抜の儀によって選ばれた名誉を、何故否定する?」
所長の行く手を遮ったのは、自分自身だった。まだ若い頃の所長――頭髪が残っている頃の自分だ。
「嗚呼……実に愚かであったな……。あの時、自分は喜んでいたのだ。エミは神になれると……」
若い頃の自分を、憎々しげに睨みつける所長。
「どけえ!」
怒号と共に拳を繰り出し、若い頃の自分を殴り飛ばす所長。
壇上に駆け上り、娘に手を伸ばしたその瞬間、エミの背中から翼が生えていく。尻尾が生えていく。体色も微妙に変化する。
エミが異形へと変化していく瞬間を目の当たりにし、所長は絶望する。
だが真の絶望はその先にあったことを、所長は知っている。
エミの人格そのものが変貌し、まともな会話が成立しないのだ。
神という名の型にはまってしまった。神という名のシステムとなってしまった。心そのものが変わってしまった。そこに心があるかどうかも定かではない
所長が悪夢から目覚める。息は荒く、全身に嫌な汗をかいている。
「糞っ……糞っ……おのれ……」
悲壮感に満ちた顔で歯ぎしりをすると、所長は乱暴に起き上がり、洗面所に向かう。
(女神、そして昨日訪れたあの少年か)
今、夜明けの神を探している存在で、見込みがありそうだと所長が感じたのは、この者達だ。
所長には夜明けの神は見つけられない。所長が近づくとすぐに反応して逃げてしまう。夜明けの神には所長の存在がわかるのに、所長には夜明けの神がわからない。
自身ではどうにもできず、他者に託すしかない状況に、所長はもどかしく思う。しかし確かにそこに希望がある。
***
ミヤとノアが悪神監獄を訪れ、一日が経過した。
二人はエイドと共に、監獄の様子を見て回る。
「名前は悪神監獄っていうけど、ここ、神様は片っ端から悪神扱いで収容されてない?」
「私にもそう見えますね」
「実際その通りだ。所長から見れば、神は全て悪ってことなのかね? それとも別に目的があるのか」
ノア、エイド、ミヤがそれぞれ喋る。
「囚神という割には、目が皆活きている。その辺は流石は神といった所かね」
牢屋中にいる神や、あるいは廊下をすれ違う神を見て、ミヤが言った。
「目が死んでいるのもいるよ」
牢屋の中にいる中年女性の神を指すノア。
「ふむ……。これはあれだね」
中年女神の死んだ魚のような目を見て、ミヤは神妙な顔つきになった。
「どうしました? 心当たりでも?」
「あれって何?」
エイドとノアが、ミヤに尋ねる。
「これはシステム化された神だね。可哀想に」
「システム化された神?」
「ちょっと会話してみればわかるよ」
「こんにちはー。俺はノア。魔法使いの弟子で、悪を極めし存在だ」
ミヤに言われ、ノアが中年女神に声をかけた。
「我が名はモナーカ。菓子の最高神である。最中以外の菓子を認めず。最中以外の菓子を食うたる者は処す。そちらは最中が好きか?」
「お菓子くらい自由に食べさせてよ」
「処す。そちに生きる意味非ず。処す」
モナーカの台詞を聞いて苦笑気味に言うノアに、モナーカは淡々と告げる。
「もう少し話しかけてみな」
ミヤが促す。
「最中以外のお菓子を食べてはいけない理由は?」
「最中こそ至高にして唯一無二。我は最中以外の菓子を認めず。最中以外の菓子を食うたる者は処す。そちらは最中が好きか?」
ノアが質問すると、モナーカが答えたうえで、また同じ質問をしてきた。しかも全く同じ口調で。表情やしぐさも同じだ。
「同じ台詞繰り返してる?」
「ああ。反応や台詞が画一化されちまっているのさ。昔、人喰い絵本の中で信者に崇められ続けた神が、そうなっちまうって話を何度か見た。ディーグルからもそういう話を聞いたことがあるよ」
怪訝な声をあげるノアに、ミヤが話す。
「私も旅をしていて、そういう神の話を聞いたことがあります」
と、エイド。
「ようするに空っぽになった神様か。人喰い絵本の中限定なの?」
「わからんが、儂等のいる世界ではそういう話は聞かんだろう? そもそも儂等の世界で神など見たことがないしね」
尋ねるノアに、ミヤが言った。
「モナーカとは話しても無駄だよ。心を失くしてしまって、神を演ずる人形に成り果ててしまったのさ」
通りすがりの囚神が声をかけてくる。
「こっちの神様は空っぽじゃない。話が出来るみたい」
「チューコに洗脳されていたとはいえ、フブロッポだってまともだったろう。全てがシステム化するわけじゃないだろうさ」
ノアとミヤが言う。
「空っぽの神か。言い得て妙だ。神の中には、神様というテンプレの化身となってしまって、思考回路そのものがおかしくなってしまった者がいるんだよ。このモナーカみたいにな。私もこの悪神監獄に入って初めて知ったよ。心を失ってしまっている神が多くいるって事をね」
通りがかりの神が語る。
「君達のことは聞いている。フブロッポの洗脳を解き、あのカモメの姿をした女神と敵対しているという」
「噂になっちゃっているのか」
まんざらでもない顔になるノア。
「夜明けの神について何か御存知ありませんか?」
「その聞き込みをするのは無為というものだ。手がかりを知っている神は、真っ先に探しに行っている」
エイドが尋ねると、通りがかりの神は肩をすくめて言った。
「その理屈はわかりますが、それでも何か小さな情報でもあれば、教えて頂きたいのです」
「ふむ。神にも紐解けぬ謎を、人が解くと言うわけか。まあ、私とて元々は人だったがな」
通りがかりの神はエイドの台詞に気をよくして微笑む。
「神様が元々は人かー。そう言えばダァグと女神もそうだね」
ノアが言った。
「ちょっとした疑問だが、あんたはどうやって神になったんだい?」
ミヤが問う。
「私に限らず、この悪神監獄にいる神の多くは、同じ方法で神になっている。選抜の儀だ。女神とやらと、地の神ジミダ・ワーンは例外のようだがな」
「選抜の儀?」
「ジミダ・ワーン?」
ノアとミヤが新たなワードに反応する。
「選抜の儀とは、人々から高貴で神聖なるものとして選ばれた者が、人から神へと昇華する儀式である。大勢の人達から認められた者が、多数の神の立ち合いの元に、新たな神へとなるのだ」
通りがかりの神が説明した。
「神聖であると、人から認められる。即ち――信仰心の獲得だね」
「そして信仰心を糧にして、大きな力へと変える。それが神という事ですね」
「然様」
ノアとエイドの言葉に、通りがかりの神が頷く。
「そのシステムに組み込まれた者は、自身もシステム化して自我を失う危険性があるわけかい」
「ああ……」
ミヤが推測を口にすると、通りがかりの神は曇り顔になる。
「私もそうなる可能性があった。私は神としてチヤホヤされて、いい気になっていたが、危ない所だったよ。捕縛され、悪神監獄に収容されたおかげで、ぎりぎりでそうならずに済んだのだ。心を失いかけていた。自由は失ったが、心は失くさず済んだ。実はそういう神は、私以外にも何人かいる」
通りがかりの神の経緯を聞き、ノアとミヤが顔を見合わせる。
「師匠……ひょっとして、ここはそういう目的でもある?」
「その可能性はあるね」
心を失いかけた神が、心を失う前にこの監獄に収容されれば、信仰心という神々のエネルギーの補給も出来なくなるので、神のテンプレ行動もしなくて済む。心を失わなくて済むと、二人は考えた。悪神監獄などという名をつけられている施設ではあるが、神々の心をキープする目的があるからこそ、悪神善神問わず捕まえているのではないかと。
もちろん、本当に悪い神を捕まえるケースもあるだろうが、悪神でもない神を多く収容し、結果として助かっている者もいるという事は、そういった目論見があると考えられる。
「ジミダ・ワーンは特殊な神であり、人々の信仰を糧としていない。大地より力を吸い上げているという。大地と一体化した神であるとのことだ。神となった経緯も、人が神となったわけではなく、土地に宿った精霊が神にまで昇華したという話だ。そしてジミダ・ワーンもこの悪神監獄に収容されているが、信仰を糧としていないため、監獄の結界で力を断つということが出来ない。故に、特殊な封印がなされているという話だ」
通りすがりの神がさらに解説した。
「ノア。女神やダァグが、この神と同じシステムで神になったと思うかい?」
ミヤが通りがかりの神を指して問う。
「そんなイメージは無いなー。女神はともかく、ダァグのことを誰が信仰してるんだって感じだし」
「儂も同感だよ。この絵本世界限定の、神のシステムなんだろうさ。しかしその設定を作ったのは、他ならぬダァグでもある」
ノアの話を聞いて、ミヤが言ったその時だった。
ミヤとノアがほぼ同時に身構える。エイドも危険が迫っている気配を感じ、後退する。
「ああ……」
通りすがりの神は、ミヤとノアが戦闘態勢をとった理由を、何となく察した。こちらに向かってきている者は、現在悪神監獄で話題になっている者である。囚神達を支配している、女神の僕だ。
現れたのはチューコだった。多数の神を従えて歩いてくる。
「奇遇ね。お二人さん。そしてさようならね」
チューコが挑発的な口調で声をかける。
「数で押し切って勝とうってわけ? チープだね」
「ノア、よく見てみな。一人だけヤバそうな奴がいるよ」
嘲るノアに、ミヤが警戒を促す。
「そっちのにゃんこはやっぱり鋭いわねー。そう、これは所長から許可を貰って封を解いた、とっておきよ。支配下に置くのは中々骨が折れたけど」
チューコが喋っている間に、配下の神々の間から、一人の小柄な神が前へと進み出た。
両手にそれぞれ一振りずつ携えた長い曲刀の切っ先を床に突き刺し、床を引きずりながら歩く。フルフェィスマスクを被った小柄な神だった。
「あいつが今話していたジミダ・ワーンだ」
通りすがりの神が言った。
「地の神ジミダ・ワーン。その力、存分に見せてあげなさい」
チューコが勝ち誇った笑みを浮かべて命ずる。




