41-9 頑固な汚れはどうにか出来ても、頑固な所長は如何に?
女神はグロロンとズーリ・ズーリを伴い、悪神監獄所長室を訪れた。
所長は他の看守と比べて、かなり豪奢なデザインの制服を着ていた。両手はいつも腰の後ろで組まれている。禿げ頭にはタトゥーが彫られ、非常に彫りの深い厳めしい顔つきをしていた。歳は四十代半ばから五十代程。背は高くも低くも無いが、肩幅は広く、服の上からも胸板の厚さがわかる。
(この人が同じ空間にいると、背筋がひんやりするのです)
ズーリ・ズーリは所長を見て思う。所長は冷たく異質なオーラを纏っている。眼光は鋭く、眉間には常に深い皺が刻まれている。その姿を一目見ただけで、ズーリ・ズーリは距離を置きたくなる衝動に駆られる。
「夜明けの神の捜索。手がかりくらいは見つかったか?」
その容姿のイメージを裏切らない、低く冷たく抑揚に乏しい声が、所長の口から発せられた。部屋に入ってからずっと、所長の冷たい眼光は女神のみに注がれている。グロロンとズーリ・ズーリには一瞥もくれない。
「まだよー。それどころか、私達を妨害する者まで現れたのよねー。だからあんたにお願いしたいことがあったんだけどー」
女神が所長に向かって、人を喰ったような口振りで言う。
「言え」
ひどく端的に促す所長。
「地の神ジミダ・ワーンの封を解いて欲しいんだけどねー。夜明けの神の捜索をつつがなく行うためにも、使える手駒が欲しいのよー」
「駄目だ」
女神の要求を聞くと、所長は眉一つ動かさずに即座に却下した。
「あらあら、随分と融通が利かない所長さんなのねー。トップがこれじゃあ、部下も苦労しているでしょうよー」
「貴様がジミダ・ワーンを御する事が出来るという確証が、自分には無い。信用出来ん」
「あはははは、余計なトラブルやリスクは御免だと怯えてるわけ? 石橋を叩いてばかりで、先に勧めないタイプ?」
「ジミダ・ワーンを制御できる保障を自分に示せ。話はそれからだ。話は以上だ」
からかい続ける女神に対し、所長はあくまでにべもない態度で拒み続ける。
「待ちなさいよー。私達に敵対する勢力が監獄内に入ってきたのよ? そいつらとやり合っている間、夜明けの神の捜索も滞るのよねー」
「急ぎはしない。貴様等が持ち込んだトラブルは、貴様等で責任を持って対処しろ。可能性があれば、貴様等の敵対勢力に依頼しても構わない」
「ざっけんな! この禿! 調子に乗りやがってーっ!」
頑なに折れず、歩み寄らないどころか敵対的とも呼べる所長の言動を受け、これまで余裕をもって接していた女神が、とうとうキレた。
「まあまあ待ちなって。落ち着けよ、女神様」
グロロンが笑い声で女神をなだめてからも、所長の方を見る。
「で、所長さんもよー、そういう威圧的な交渉の仕方が、あんたの基本的な方針なのかい? 対応悪すぎだぜ。無駄に敵を作るだけの、よろしくないやり方だ。俺も昔、それでポカやっちまった身だから、言わせてもらうけどよ」
「貴様等は囚神であるという身の程を弁えろ。対等な立場ではない」
「ほら、それそれ。立場という考えに凝り固まりすぎだぜ。もっと合理的に考えたらどうだ?」
「合理的に考えても、貴様等の要求を飲むには値しない。ジミダ・ワーンの解放は大きなリスクを伴う。そして貴様等がジミダ・ワーンを制すると信ずるに足る理由も無い。何度も同じことを言わすな」
「頑固だなー。制御は出来るっての。うちにはそういうのが得意な奴が二人もいる。俺達がここの神々を何人も支配下に置いてるのは知ってるだろ? そしてもう一人、魔物使いだっているんだ」
グロロンの話を聞き、所長は沈黙した。明らかに思案をしている様子だった。
「貴様等悪神とその下僕風情が、自分と対等のつもりで会話に臨み、あまつさえ要求を突きつける。不遜極まりない身の程知らずの下郎が」
思案したかと思ったら、所長の口から出た言葉は、蔑みでたっぷりの悪態だった。
「おわっと!?」
所長が突然鞭を振るってきたので、女神は危うく回避する。
「何するのよ!? ここで同盟破棄してやろうっていう気!? どんだけあんた単細胞なのよっ!」
「よくかわしたな。褒めてやる。そして褒美にジミダ・ワーンの解放と管理を許可しよう」
翼を大きく広げて威嚇のポーズを取りながら怒鳴る女神に、所長は傲然と言い放った。
「ただし、管理できなくなったとあれば、ジミダ・ワーンと貴様等は共に廃棄して、便所に流してやるから、そのつもりでおけ」
「ふん、やれるもんならやってみなっ!」
女神が吐き捨て、所長室から退室する。グロロンとズーリ・ズーリも続く。
「面倒臭い奴! あーっ、頭くる! ここに用が無くなったら、あの禿は絶対に嬲り殺しなんだから!」
所長室から出てしばらく移動した所で、女神が喚き散らした。
「つーか神相手にどれだけヘイト募らせていやがるんだか。過去に何かあったんだろうけどよー」
グロロンが呆れ気味に言う。
「神へのヘイトというのも、微妙に違う気がしたわね。うまく言えないけど、まあ、何かあるのは間違いないと思う」
グロロンの言葉を受け、女神が言った。言ってから、奥歯に物が挟まったような言い方だと思う。
***
チューコはドームと共にいた。
ドームはダァグ・アァアアの精神支配を受けている。しかし精神干渉の達人であるチューコともあろう者が、その気配に一切気づかない。
ダァグのドームに施した仕掛けは、ドームの精神の奥深くに刺した針のようなものだ。この針は普段何もしない。そしてドームの心も常日頃と変わらない状態である。しかしダァグの意思一つで、ドームの自我は消え、ダァグの操り人形と化す。
「女神様を虐待していた看守達は、全員始末しておきましたぞ。魔物の卵を植え付けて苗床にするか、あるいは魔物そのものに変えてやりました」
ドームが淡々と報告する。
「女神様を嬲ることをせず、かばった看守もいたようだけど、そちらはどうしたの?」
チューコが尋ねる。
「女神様は褒美を取らすようにとのことです。可能であれば、服従させるようにとのことですが、それは拒みました」
「女神様の神徒になるチャンスだっていうのに、それを拒んだっていうの? それじゃあ結局殺しちゃうじゃない」
女神は基本、敵勢力は皆殺しである。そして自分に従わない者も、問答無用で敵視して、滅ぼしつくす方針だ。たとえ女神を助けた功績があろうと、女神に従わないとあれば、殺すしかない。
「いいえ、例外もあります」
ドームがかぶりを振る。
「女神様は御自身を崇めぬ者は容赦無く浄化いたします。一方、女神様は御自身を崇める者を、ないがしろにすることはありませぬ。ここに矛盾が生じるケースがあるのですよ」
「どういうケース?」
「女神様の信者が女神様を崇めたとしても、信者の愛する者が女神様を崇めない場合、女神様はどうされるかというケースです」
「あ……」
そこまで言われて、チューコは理解した。その崇めぬ者を殺してしまった場合、崇める者を悲しませてしまうことになる。女神は自分を崇める者を決して見捨てないし、悲しませるような真似をしない。
「その場合、女神様は御自身を崇めぬ者を、見なかったことにすることもあるのです。崇める者を悲しませぬために」
「実際にそんなケースがあったの?」
「ありました。私です」
チューコの問いに、ドームは珍しく気恥ずかしそうな微笑を零して答えた。
「昔の話です。私が手懐けた魔物達が、女神様には従おうとしなかった。私はどうしたらよいものかと悩みましたが、女神さまは笑って、『今のは見なかったことにするから安心して』と言い、私の魔物達に手を出さなかったのです」
「そっか……女神様……流石ね」
ドームの話を聞いて、チューコは口元を綻ばせる。女神に対して誇らしささえ覚え、胸が熱くなった。
「あのハゲーっ! ハゲーっ! 糞ハゲーっ!」
その流石の女神が、ヒステリックにがなり散らしながら戻ってきた。
「ど、どうしました? 女神様」
少し引きながら尋ねるチューコ。
「頑固な禿がムカつくって話よ! でもまあいいわ。所長から地の神ジミダ・ワーンを解放する許可を取ってきたわよ。ああ、でもムカつくあのハゲーッ!」
「すみません……。ハゲてます」
ドームがフードを取り、つるつるの頭を見せて申し訳なさそうに言う。
「あ……いや、ドームはいいのよ。ドームはハゲていても大事な神徒だからね。気を悪くさせたらすまんこっ」
女神がドームに謝罪する。
「女神様をかばった看守ですが、どうやら女神様の下につくつもりはないようです」
「はあ~?」
ドームが報告すると、女神は険悪な声を発した。
「せっかく私をかばった御褒美に、私に仕える権利をあげようと思ったのに、それをふいにするっていうの? 生きている価値が無い馬鹿ねっ! ぶっ殺しておきなさーい!」
「は、はい……」
「え? 殺しちゃうんですか?」
女神が命じると、ドームは戸惑いながら応じ、チューコも戸惑いながら確認する。ドームから今聞いた話とは違う。いや、話は違うが平常運転の女神でもある。
「そりゃ殺すに決まってるでしょーっ。私に従わない奴なんて、生きる価値は絶無! いくら私をかばったからってねーっ」
「畏れながら女神様、たとえ女神様に従わぬ者であろうと、女神様を助けたものを殺害するのはどうかと存じます」
「私も……ドームに同感です」
ドームがその場に伏して土下座し、チューコは片膝をついて胸に手を当てて頭を垂れ、女神を諫めにかかる。
「ぐぬぬぬぬ……わーったわよっ。本当はぶち殺してやりたくてどーしょーもないけど、あんた達に免じて我慢してやるわっ! いいっ!? あんたらがそこまで言うから、我慢してあげるんだからねっ! それをよーく承知しておくように!」
女神がせわしなく翼をはためかせ、居丈高な口調で喚きたてた。




