41-6 敵の過去をどんどん暴いて晒していこう
・【人を殺したい女の子チューコ】
小さい頃のチューコは、不器用で容姿も悪いことから、毎日ひどいいじめを受けていました。
いじめられながら、チューコは日々恨みを募らせていました。自分をいじめている子供達を殺害する妄想を頭に思い浮かべていました。しかしその実行はできません。
「死ね……。死ね……。死ね……。死ね死ね死ね死ね……死んぢ……まえェ……」
チューコは自分の部屋でぶつぶつと呟き、ぼろぼろの人形をさらにトンカチで殴り続けます。人形を殴りながら、自分をいじめている子供達を殺す妄想に浸っています。
でもチューコに殺人を行う度胸はありません。そこまでは踏み切れません。殺人犯になって捕まりたくはないですし、自分の家族を悲しませたくもないからです。
一方でチューコは、いじめっ子を殺すことを想像するがあまり、そして殺人という行為が絶対的なタブーだと意識するあまり、殺人に対する憧れと渇望を抱くようになりました。
人を殺す――それは実行したら、きっととても素晴らしい行為なのだろうと、いつもいつも考えていました。実行したいと思っていました。その行為に及んだら、どんなに素晴らしい達成感と至福感があるのだろうと、焦がれていました。
「貴女の願い、叶えてあげる」
ある日、女神を名乗るオオフルマカモメがチューコの前に現れ、そう告げました。
チューコは迷うことなく、女神に力を求めました。
チューコは女神より力を授かり、力を用いてバレないように殺人を実行しました。自分をいじめていた子供達は当然として、いじめっ子の家族も、そして見て見ぬ振りしていた教師も、殺してまわったのです。
命は大事です。だからこそその大事な命を蹂躙した時、チューコは想像していた以上の絶頂を味わいました。尊い勝利感に包まれました。この世の全てに勝利し、誰よりも素晴らしい偉業を達成し、世界の全てを支配したと、恍惚に浸りました。
「私……ついにやっちゃった。凄く悪い子になっちゃった。とうとう人殺しになっちゃった。人を殺して楽しむ狂ったサイコ野郎になっちゃった……」
初めての殺人の後で、チューコはしばらく恍惚に浸った後、途轍もなく恐ろしくなり、ひどく哀しくなり、そして苦しくなりました。
殺人衝動に駆られ、殺人の愉悦に浸る一方で、チューコは強い罪悪感を抱きました。良心の呵責に苛まれました。常に殺人の悪を無視しませんでした。
「私は一番の悪になる運命だったんだ。悪にならないように我慢していたのに、女神様が現れて、我慢できなかった。悪になっちゃった。一番悪いことをしちゃったよ」
この世で最も悪いことだと意識し、越えてはならない一線だと意識し続けていたにも関わらず、その一線を踏み越えてしまい、自分はこの世で最も悪い存在になってしまったと自認することで、苦しみ、そして悲しみ続けています。しかしもう後戻りはできません。
「私と一緒に歩いていきましょう。あ、今のは比喩としてありきたりね。私は飛ぶから、貴女は走ってついてきなさい」
女神はそんなチューコの心の有様を知ってか知らずか、自分の神徒として招きました。
神徒となったチューコは、己の容姿を変え、女神に授かった力で世界を渡り歩きました。
とある世界で魔道学園に入り、最も優秀な生徒として、生徒会長として、尊敬の念を浴び、チヤホヤされ続けます。何年も何年も学園で最も偉大な生徒して、居座り続けています。しかし生徒も教師も誰も疑問を抱きません。そういう魔法をかけたからです。
チューコは変わりました。内向的だったチューコはもういません。不器用だったチューコももういません。要領がよく、社交的で、前向きではつらつとし、誰からも慕われて羨望の眼差しで見られる美少女――それが今のチューコです。
女神の配下である神徒達の中においても、チューコはめきめきと頭角を現していきました。そしてあっという間に、神徒の最高峰の地位である大教皇へと昇りつめました。
全てを手に入れたチューコは、気に入らない者がいるとすぐに殺します。そして殺人の快楽を味わい、殺人者としての己を嘆きます。全てを手に入れ、永遠に続く絶頂を味わっているかのように見えて、チューコの中では、常に罪悪感が荒れ狂って、自分が悪だと意識して苦しみ続けています。
チューコは恐れています。人を沢山殺した自分は、いずれ地獄に堕ちるのではないかと。
けれどもチューコは、信じています。女神に仕え、多くの人達を助けていけば、死んでも地獄に堕ちずに済むと。
***
チューコは呆気に取られていた。自分の過去が絵本となって、頭の中に流れたのである。先ほどのドームのように。
「何よこれ……何よ……」
震え声を発するチューコ。声だけではない。全身小刻みに震えている。
「今度はチューコのバックストーリーか」
「ふん。それぞれの過去から攻略法がわかるかもしれないが、弱みにつけこむような嫌なやり方だよ」
ノアは親近感に満ちた目でチューコを見て、ミヤはダァグのやり方に不快感を示す。
「へえ……あんたらも今の見たんだ。この世界に呼びこまれた人全員に見えてるわけ?」
チューコは二人の台詞を聞き、理解した。
「さっきのドームの過去といい、私の過去といい、見られたくない人の過去をほじくり返して――これがあんたらのやり方なのね」
「一緒くたにされても困るね。この世界の神の仕業だろ。お前達はこの世界を昔からいいように利用していたようだし、これくらいされても仕方ないさ。やり方は確かに陰険だと思うけどね」
怒りと軽蔑が混ざった表情で憎々しげに言い放つチューコに、ミヤがあっけらかんと言い返す。
「自分だって精神攻撃してくるくせに、自分がメンタル削ることやられると被害者面してきて、モラルを説くわけか。笑っちゃうね」
楽しそうに嘲るノア。
「過去を晒した奴と、自分達は無関係だと?」
「儂等はこの世界の住人じゃないんだ。だが、お前達は放っておけないよ。儂等の世界に魔物を送り、破壊神の足まで送り込んだ。女神は無関係の生徒も殺害していたね。放っておけば、そのうちこっちの世界も本腰入れて狙ってくるだろうしね」
チューコの問いに、ミヤは自分達のスタンスを明確にした。
「女神様は全ての世界を統べられる事が決まっている。だからその流れは当然ね。でもね、女神様に服従すれば、それで全て丸く収まるわ。女神様は神徒となった者を決してないがしろにしないから」
チューコが誇らしげな笑顔になって語る。
「あんな鳥公に仕える価値なんて無いよ。力を貰ったからって、言いなりになって、馬鹿みたい」
ノアがせせら笑うと、チューコは険悪な形相になってノアを睨む。
「私達は女神様に恩義があるわ。それを――」
「女神から力を授かったまではいいが、その後が駄目だ。恩義? 思考停止してあんな馬鹿に従っているとか、馬鹿の極み。最高にダサい」
ノアはチューコの絵本を見て、チューコに親近感を抱いていた。しかし同時に、侮蔑の念も抱いていた。自分と似て非なる者と認識した。
「俺なら力だけ頂いて、隙を見て裏切るね。何が恩義だ。何が悪だ。君は小悪党程度だよ。俺こそが悪の中の悪。絶対悪。君みたいな半端者とは違う」
「お前はいつまでそれ言うつもりなんだい……。儂は悪の中の悪なんて面倒見るのは嫌だと言ってるだろう」
ノアの台詞を聞き、ミヤがジト目で言った。
チューコが魔力を解き放つ。魔力はノア一人に集中されていた。
「また精神攻撃か」
顔をしかめるノア。今度は何とか防いだ。防ぎ方をすぐに学んだ。
「放たれた魔力を浴びると、精神に干渉されるわけか。浴びる魔力の量を減らせば、抵抗しやすくなる」
「得意げに語っているけど、私の精神干渉へのパターンはそれだけじゃないのよ」
ノアを見据えて、チューコは魔法を発動させる。
(視線に魔力を媒介させるタイプの魔法だ)
チューコが使用した魔法を、即座に見抜くノア。同様の魔法はマミも使う。爆殺視線だ。だからこそすぐに気づいて、視線から外れるために大きく移動した。
ノアの視界が暗転する。視線を浴びたのは一瞬だが、その一瞬でまた精神支配を受けてしまった。
「ノア」
ノアの目の前でチャバックが笑っている。
「十四歳にもなるのに魔王ごっこしてたよねー? おっかっしー。やーい。魔王ごっこしてたノアー」
「やめろおおおっ! しかもあれやってた時は十三歳だしーっ!」
頭を抱えて絶叫をあげるノア。
(精神支配が浅かった。あまり大したダメージは与えていないみたい)
ノアがどんなろくでもない記憶を掘り返しているか、そこまではチューコにもわからないのだが、ノアがどれだけ精神ダメージを受けているかは推し量れる。
「ノアにかまけてていいのかい?」
ミヤが魔力の矢を放つ。
チューコが魔力壁を作って、全ての矢を防ぐ。今度は魔力をかなり防御に注いだ。
「私を精神攻撃だけだと思わないでよ」
不敵な笑みをたたえたチューコが、ミヤに向けて巨大な光の奔流を解き放つ。
「ふん。青いねえ。わざわざ威張って口にせんでもよかろうて」
魔法で防ぐまでもなく、ただ横に大きく移動して回避しただけのミヤが言った。
「あ……」
チューコが表情を変える。
突然振り返り、堂々と背を見せたチューコが、大慌てで監獄の中へと飛び込む。
「あれ? チューコは?」
精神支配から解けたノアが、周囲を見回す。
「逃げたよ」
ミヤが裏口の扉を前足で指す。追撃はあえて行わなかった。
「何でこのタイミングで逃亡? 変なぜんまいの巻き方」
訝るノア。
「何かあったのかねえ。向こうの事情だろう。罠かもしれないし、無理して追わなくてもいいさ。儂等はゆっくりと中に入るとしよう」
ミヤが言い、悪神監獄の裏口に向かって歩き出した。




