41-5 減らず口の定義
悪神監獄の一室。
「何だ……今のは……」
頭の中に絵本が流れ、神徒グロロンはぽかんと口を開いていた。
「どうやらグロロンの兄貴も僕と同じ現象みたいなのです。頭の中に映像が絵本チックに映し出されたのです」
こちらも呆気に取られた様子のズーリ・ズーリが言う。
「ドームの過去か……。あの陰気野郎に相応しいろくでもない過去だ」
グロロンが吐き捨てる。言葉だけは罵っているかのようだが、その口調は彼にしては珍しく陰鬱だ。
「真実かどうかはさておき、真実味はあるのです。神徒は皆似たり寄ったりのろくでもない経緯があるのです。そんな我々を、女神様だけが見捨てず、救ってくださったのです」
「ははっ、確かになー。他の神には見捨てられたが、あの女神様だけは助けてくれたんだ」
ズーリ・ズーリが力強く言うと、グロロンはいつもの明るい顔に戻る。
「どうやら貴方達も今のを見たのね。でもここの看守や囚神達には見えていなかったようよ」
女神が翼をはためかせて飛んできて、声をかけた。
「ふん。女神様と俺達が見たなら、チューコも見てそうだな」
「もしかしたら、絵本に来ているあいつらも見たのかもしれないわー。何のつもりかしらね。私達の過去を暴いて嫌がらせしたいの? 陰険な餓鬼ね」
不快感を示す女神。
「女神様も元は人で、俺達みてーな嫌な過去があって、そいつを見られたくないってのか? 俺達は誰も気にしやしねーよ」
「どうかしらねー? 昔の私を見たら、呆れるかもよー?」
グロロンの言葉を受け、女神は冗談めかした。
「ははははっ、他人の恥ずかしい過去をどうこう非難できるほど、御立派な人生送ってねーんだわ」
豪快に笑い飛ばすグロロン。
「御立派な人生送れば、他人の過去を非難できるという理屈もおかしいのです」
「ズーリ・ズーリ……あのね、グロロンは皮肉で言ったのよ」
「うん、まあ女神様の言う通りだ」
大真面目に言うズーリ・ズーリに、女神とグロロンが苦笑気味になる。
「ああ……そうだったのですか。アスペっぽい額面通りの返しをしてしまったのです」
頭を掻くズーリ・ズーリ。
「ぞっとしないけど、気にしない方がいいわ。惑わされて動揺していてもろくなことがない」
女神が言った。
「ドームはどうなったと思うのです?」
ズーリ・ズーリが尋ねる。
「あいつらと交戦したけど、まだ生きているみたいね。ドームは監獄の中に戻ってきているわ。敗走したようね」
女神が探知魔法でドームの様子を伺い、報告する。
しばらくして、三人の元にドームがやってきた。
「ドーム、何でわざわざ先走ってあいつらと交戦しにいったの?」
女神が問うた。ドームは自身の判断で外に出た。神徒達は悪神監獄を自由に出入りできる。
「ダァグ・アァアアの存在を感じ取り、彼奴めを封じる術を用いるつもりでしたが、しくじりました」
ドームが静かな口調で報告する。
女神はドームの様子を見て微かに違和感を覚えたが、敗戦のショックでおかしいのだろうと解釈し、それ以上は気に留めなかった。
***
ミヤとノアの前方には、悪神監獄が見えている。二人は馬を一頭買って、街道沿いに移動していた。
「師匠。今、俺の頭の中に絵本が――」
馬に乗ったノアがミヤに声をかける。ミヤはノアのすぐ前に座っていた。
「儂にも見えたよ。いつぞやと同じだ。途中で絵本が流される。しかしこれは絵本の登場人物じゃなく、人喰い絵本に吸い込まれた者の過去まで読み取って、絵本にしてしまうのかい」
渋い顔になるミヤ。あるいは自分の過去も大勢に見せられてしまうことも有り得ると、危惧していた。それはミヤからすると、絶対にしてほしくないことだ。
(儂の魔王時代の非道の数々など、絶対にユーリとノアには見せたくないわ。ダァグは敵限定で、このような真似をしていると信じたいが……)
いずれ自分達がダァグと敵対した時、同じことをされてしまうのではないかと考えると、ミヤは全身総毛立ちそうになる。
さらに馬を走らせ、悪神監獄に接近する。
「あれ、正門じゃなくて裏口っぽくない?」
街道の先にある壁につけられた、小さな扉を指して言うノア。
「どう見ても裏口だね。ま、正面から堂々と入るよりかは、裏からこっそり入った方がいいし、丁度いいじゃないか」
「裏口だって見張られてそうなもんだけど。あ、この馬はどうしよう?」
「周囲は草原だし、ここに放しても構わんだろう。逞しく生きていくだろうさ」
ミヤの答えを聞いて、ノアは眉をひそめる。
「師匠、日頃から飼う責任持てなかったら、犬や猫飼うな。ペットを無責任に捨てる奴はマイナス5億ポイントとか言ってるのに、ここで馬を捨てるのはいいとか、何て邪悪で自分勝手なんだ。流石は元魔王」
「そんな派手なマイナスつけんわ。馬を連れて帰れるわけでもないし、どうにもならんだろう。犬や猫は街中に捨てても迷惑だし、野生に戻しても生態系破壊するしで、どうあっても迷惑だが、馬ならどうということはない。そもそも人里近い場所にいる人に慣れた野良馬なんて、すぐに人に拾われるよ」
からかうノアに、ミヤはうるさそうに答える。
「おお、やはり師匠は邪悪だ。言い訳スキルが高い。いや、屁理屈スキルが高いというべきか」
「ちゃんと理に適っておろうが。減らず口ってのはね、今お前が言ってるようなことを言うんだよ。マイ……」
「あ、そこでマイナスつけようとするのは卑怯だから。マイナスつけて誤魔化すのはズルい。いや、マイナスで俺を封殺しようとしている。ズルい」
「それだ。それこそが減らず口と言うんだよ」
ミヤとノアが言いあっていると、裏口の扉が開き、一人の少女が姿を現す。学生服の上にマントを羽織った少女だ。
「猫と……女の子? どっちも魔法使いね」
ミヤとノアを見て、少女は興味深そうに微笑む。
「はじめまして。私は女神様の神徒が一人――大教皇チューコよ。よろしく」
胸に片手を添え、軽く会釈するチューコ。
「あの馬鹿鳥の手下の中で一番偉いってことか」
ノアの台詞を聞き、チューコの顔から微笑が消えた。
「礼儀の無い、育ちも悪い、粗野な子のようね。でも、女神様を侮辱したことは許さないわ。貴女はその分苦しめて殺すと、宣言しておく」
自分を睨んで宣言してくるチューコを見て、ノアは口笛を鳴らしておかしそうに微笑む。
「儂はミヤ。こっちは儂の弟子のノアだ」
「よろしく。ミヤちゃん」
ミヤが自己紹介すると、チューコは再び微笑んだ。猫は好きだった。
「一つ聞いていいかい? 何で女神に仕えるんだ? 自分に与しない者を征服し、従わない者は皆殺しと聞いたよ」
ミヤに問われ、チューコは微笑をたたえたまま、小さく息を吐いた。
「女神様が支配欲の虜なのは、私だってわかってる。でも……それでも私は女神様によって助けられた。そして女神様によって欲しいものを与えられ、女神様の下で幸福な日々を過ごしている。だから私は女神様に恩を返す。他の神徒たちも皆そんな感じよ」
そこまで喋った所でチューコは肩をすくめてみせ、さらに話を続ける。
「女神様はそういう人を選んで、神徒として力を授け、救済してきたんでしょ。自分のためなら何でもしてくれる奴をさ。駒としてとてもよく使える奴をさ。私にもそれはわかっている。もちろん女神様もたまには失敗してるけどね」
「勇者リッキーや女神ジロロみたいに、恩を仇で返す奴も選んじゃうってことか」
ノアが口を挟むと、チューコの微笑がまた消えた。
「あの二人のことまで知ってるのは――レオパから聞いたってことかしら? ま、いいわ。お喋りはここまで」
チューコが魔法を発動させた。
膨大な魔力がミヤとノアに押し寄せるが、物質的な力は一切伴っていない。魔力をそのまま攻撃に転嫁して、肉体的にダメージを与えてこようとしたわけではない。
「あ……あああ……嘘だ……。母さん……」
ノアが呆然とした表情になって呻く。
「母さん……やめ……許して……俺、もう逆らわないから……。ふざけんな……俺はもう母さんに従わない。媚びへつらってんじゃないっ……」
この世のどこも見ていないノアが、譫言を口にし続ける。
「防ぎ損ねたか。未熟者め」
ノアの様子を見て、ミヤが舌打ちする。チューコの精神攻撃をダイレクトに食らってしまったのだ。
「ははは、猫も舌打ちするんだ」
ミヤを見て笑うチューコ。
「耳の良い子だね。儂は特別だからさ」
「ま、喋る事が出来る時点で特別だろうから、舌打ちくらいするかー。猫いじめなんてしたくないけど、女神様の敵じゃあ仕方ないわね。断末魔の悲鳴は猫の鳴き声か、人の声か、試してみましょっと」
ミヤに向けて、再度精神支配を試みるチューコであったが、ミヤには通じない。
「強いね。びくともしない。女神様以外にこんなに強い心を持つ人は初めてよ。人じゃなくて鳥と猫だけど」
口惜しくはあるが、チューコは慌てなかった。単なる精神攻撃だけが、チューコの攻撃手段ではない。
「やめ……ろ。こんなの嘘だ……。母さんは俺が殺し……母さ……」
一方でノアは、頭の中に現れたマミの幻影に苦しめられていた。
(幻覚魔法にかかってはいるが、ノアも必死に抵抗もしている。ノアの幻覚魔法を解くのは……わりと骨だね)
ミヤがノアの状態を見て思案する。解析魔法をかけた限り、チューコの精神攻撃は、外からは非常に解除しづらい仕様になっていた。チューコが目の前にいる状況で、解除は難しい。
(ノア、貴女は本当にダメな子ね)
ノアの頭の中でマミの忌々し気な声が響く。
(私に苦しめられるならともかく、頭の中に現れた偽物の私に苦しめられるとか、情けないったらありゃしない)
マミのその台詞を聞いて、ノアははっとした。それは本物のマミの声だと理解して受け入れた瞬間、頭の中に現れたマミが偽物だと強く意識し、ノアは意思と論理と認識でもって、幻覚を打ち破った。
「え? 今のは――」
チューコはノアを見て、目を見開く。
そのチューコに、複数の光弾が飛来する。ミヤが繰り出した攻撃だ。
チューコが魔力盾を展開して、光弾を防ごうとする。
しかしミヤの光弾の威力は、チューコの想定を上回っていた。魔力盾が全て破壊され、チューコの体の光弾が降り注ぐ。
うつ伏せに倒れたチューコは、自分を痛めつけたミヤではなく、ノアのことを意識する。
(今、あの子に別の精神が干渉していた。精神世界からのすごくダイレクトなアクセス。私の支配下にあったあの子に呼び掛けて、あの子を覚醒させたわね)
ノアに何があったか、チューコは大体わかっていた。このような現象は初めてだ。
「母さんに苦しめられていたのに、母さんに助けられるなんてね」
ノアが苦笑する。ミクトラの中にいるマミが、ノアの状態を察して、ノアに念話を繋いだのだ。
チューコがゆっくりと立ち上がる。ダメージはすでに再生している。
「ふん、隋分速いね」
ミヤが感心する。再生能力の速度を見るに、相当の力量の魔法使いと見てとれる。
「今度は油断しな――」
チューコがミヤに向かって何か言おうとしたその時――




