41-3 下心たっぷりに親密度を上げにかかる
夜、ユーリとダァグを乗せた馬車は、街道沿いの宿場町に着く。その宿場町は祭りの最中だった。
「おーい、お前ら祭りだぞ」
「この宿場町が出来て五十年を祝う祭りだよ。今夜は楽しんでいきな」
御者が馬車の中に声をかけると、御者の声を聞いた町の住民が声をかけてきた。
「お祭り、子供の頃に行ったっきりだ」
馬車から降りたダァグが、懐かしそうに言う。
「今でも子供だろ」
ユーリが指摘する。
「僕と会った時の絵本を忘れちゃった? 僕の正体は――本体は、六十歳のお爺さんだよ」
「覚えているけど、僕の前にいるダァグは子供だよ。見た目も中身もね」
「そう言われると、嬉しいような、恥ずかしいような、複雑な気分」
ユーリの言葉を受けてはにかむダァグ。
「君は別の世界で絵本を描いているだけの、普通の人間ってことなのかな? こっちでは神様っぽくなるけど」
聞くまでもなく、最初に見たダァグにまつわる絵本の内容を思い返す限り、そういうことだろうと、ユーリもわかっている。それでもあえて尋ね、ダァグの口から直接言葉を引き出すことで、これまでになかった情報を引き出せるかもしれないし、ダァグとの会話のキャッチボールも捗ると計算し、ぶつけてみた。
「そういう解釈でもいい。それは正しくもあり、違うとも言える。上手く説明できない」
ダァグは言いづらそうに答える。
「最初君に見せた、僕の正体の絵本でも話していたけどさ。あっちの――本体の僕は、絵本を描くことで現実逃避していた。現実で何かあると、絵本の中で悲劇を起こして憂さ晴らしもしていた。絵本の中で自分を神様にして出演させていた。悲劇を起こし続けた結果なのか、それとも元々そういう傾向があったのか知らないけど、僕は悲劇しか描けなくなっていった。登場人物も制御できなくなっていった」
「そっか」
これ以上この話はしない方がいいと、ユーリは判断した。ダァグは一応答えてくれるものの、喋っているうちにどんどん表情が暗くなっていったからだ。
(いや、容赦する必要は無い。もう少し露骨に踏み込んでよさそうな気がしてきた。例の残酷な作戦)
普段のユーリなら、相手の嫌がる会話など避けるが、ダァグは別だと、すぐに考えを改める。
「ちょっと買い物してくる」
ダァグが断りを入れ、店の一つに入る。
ダァグが入った店を見て、ユーリは面食らう。酒店だった。
「ダァグ、お酒飲むの?」
出てきたダァグに、ユーリが尋ねる。
「僕が飲むんじゃないよ。僕達を乗せてくれた馬車の御者さんに、御礼にと思ってさ」
「そっか」
ダァグの言葉を聞き、ユーリは口元を綻ばせる。
「御者さん、これ。乗せてくれた御礼。口にあえばいいけど」
「おおっ、気の利く子じゃねーか。ありがたく頂いておくぜっ」
ダァグに酒を差し出された御者が破顔した。
「お前さんら、ただの子供じゃねーんだなあ。魔物の群れを撃退しちまったし。まあ、そもそも悪神監獄に用事があるって時点で、アレだな。うん。ああ、詮索してちまったか。やめやめ。今夜はゆっくり祭りを楽しみな。明日寝坊しても、遅めに出発してやるよ」
御者は笑顔のまま言うと、祭りに来ている女性をナンパしだした。
「いい人だね」
あっさりと振られて頭をかく御者の後姿を見て、ダァグが微笑を零していた。
(君の作った世界で生まれた住人なのに、まるでその意識は無さそうに接しているし、そんな感想口にするのか。一人一人作ったわけじゃないからなんだろうけど、神様が人と接していると意識すると、妙な感じだ)
微笑むダァグを見て、ユーリは思う。
「ダァグ、ここのお金を持っているんだよね? 僕は無いんだけど、頼っていいの?」
「いいよ。お金分けるよ」
「ありがとう」
いつもは魔法で偽のお金や、宝石なんか作って、それで立て替えているユーリであったし、今回もそうしてよかったのだが、あえてダァグに世話になるという形にしてみる。
「美味しそうなものいっぱい売ってるけど、ダァグは何が食べたい?」
横を歩いているダァグに、親しみを込めて声をかけるユーリ。
「変わったものが食べたい。あの毒々しい果物とか」
「じゃあ一緒に食べてみよう」
ダァグが指した毒々しい果物を買い、口にする二人。
「うん……酸っぱすぎる……」
「レモン食べてるみたいだった。口直しになりそうなものを何か……」
ユーリと、ダァグ、そろって顔をしかめる。
「やっぱり変わったものはやめておくよ」
「その方がいいね」
ダァグの台詞を受けて、ユーリは自然と微笑んだ。
「その果物はレモンモドキっていう、ここいらの名産物だよ。ここいらじゃ好まれているんだけどね。何度も食べていれば癖になる。レモンのようでいて、微妙に違う味がするんだ」
果物を売っていた店員が、笑顔で解説した。
「癖になるまで何度も食べたくないなあ……」
「同感」
「ま、子供にはキツいかね。おっと、そっちの髪の長い子は、そろそろ大人か?」
「まだ十五歳です」
「他所の国から来たのかね。この国では十六が成人だから、そろそろ大人だね」
店員の台詞を聞き、ダァグがユーリの顔をまじまじと見る。
「ユーリはそろそろ大人なのか」
「ア・ハイでは成人は十八だよ。もう少し先」
「でもユーリは大人びているし、僕なんかよりはずっと大人だよ。僕の実年齢はユーリの四倍なのに。いや……この力に目覚めてから時間の流れ方が違うから、もっと長いかな」
「力に目覚めた?」
その言葉に反応し、ユーリの瞳が光る。
「僕も女神も、全ての創造主はね、元は人間なんだよ。魔王だって元人間だ」
「師匠は猫だけどね。神の力に目覚めるってどういうこと? 坩堝とはまた違うの?」
「それは……言えないというか、言いづらいというか……」
また暗い顔になるダァグ。
(ここは重要なポイントだ。嫌がっても聞かないと)
そう思ったユーリだが――
「ごめん。今は言いたくない。そのうち機会があったら、ね」
「わかった」
さらに突っ込んで問う前に、ダァグが断ってきたので、ユーリは触れないでおくことにした。
「おーいそこの坊主共ー。この服似合うか~?」
二人が歩いていると、酔っ払いの老人が絡んでくる。
「お洒落でいいんじゃないでしょうか?」
「似合ってるよ」
「本当かよー。適当に答えてんじゃもねーかー? ひっく」
二人の答えを聞き、千鳥足で去っていく。
「いい感じにお洒落なお爺さんだったと思うけどね」
と、ユーリ。
「彼も結構お洒落だったなあ。僕と違って」
ダァグが懐かしそうに言う。
「彼?」
「僕の友達……。もういない友達。僕が一番心を開いた親友」
ダァグの瞳が哀しみの光を帯びる。
「人生は、与えられた喜びよりも、奪われる悲しみの方が強い。僕が彼と知り合ったことは、とても素晴らしい贈り物だったけど、失った悲しみは、としても酷い出来事だった」
子供の声で、老人のような口調で語りだすダァグに、ユーリは少し驚いた。
「しかし悲しみもまた、人生の趣旨の一つ。失ったものが如何に大事であったか、より強く、より大きく、より深く、より熱く、わかるものなんだ」
喋っている途中で、ダァグの口調が元に戻る。
「僕は悲しみを量産している。でもそれは本意じゃない。悲しみを否定したいから絵本を描いているのに、どうしても悲しみの物語になってしまう。神様だからって全て思い通りにできるわけじゃない」
「ダァグ、君が救われない悲劇の絵本を救いたいのは、救われない自分が救われたいという願望の現れじゃない?」
かつてミヤとノアの前で口にした、ダァグの心情の分析を、ユーリは本人に指摘した。
「作品の主人公に作者自身を投影している傾向が――」
「違うよ。そういうキャラもいるけど、全てがそういうわけではない」
なおも指摘しようとするユーリの言葉を、ダァグは微笑みながら遮り、否定した。
「絵本の主人公の何人かは、僕の……たった一人の友人をモデルにしているんだ」
辛そうな顔になってうつむき加減になり、ダァグは言った。
「助けたかったけど助けられなかった親友。今言った、お洒落だった僕の友達。僕はそのことを悔やみながら、自然と彼を投影したような主人公と、物語を描いている。でもね……どうしても彼を救える物語が描けない。自然と悲劇になってしまう」
そこまで話して、ダァグは顔を上げ、ユーリをじっと見つめた。
「だから僕の代わりに助けを求めた」
「そっか」
ユーリに反感はあったが、この場面ではそれを口にすることは控えることにした。
(人喰い絵本の致命的綻び。ダァグ・アァアアの弱さ。それを利用する。残酷な手だけど、この子の弱点をつく)
ユーリは改めて決意する。自分が理解者であるように、ダァグの前で振舞う。ダァグの心を自分に惹きつける。親しく接してダァグの自分に対する好感度を上げていく。より親密になる。それは可能であるような気がする。
神でありながら、この少年はとても弱々しい心を持っている。そこに付け入る隙がある。
(残酷で悪辣な手だ。でも、人智を越えた力を持ち、それでいて弱い心を持つこの子には、これが一番有効だ)
一方で懸念もある。
(僕の心を読んだうえで、逆手に取ってくる可能性もあるけど、それならそれで仕方が無い)
だがそこまで考えても仕方がないと諦める。
「僕には想像できないほど辛かったんだろうね。辛い経験があったからこそ、創る話も悲劇になってしまう」
優しい口調でいたわるユーリに、ダァグは意外そうな顔になった。
「ユーリ、さっきから思っていたけど、少し僕に対して優しくなった?」
ダァグが微笑みながら言った。
「君にも言い分があり、苦しみがあることはわかった。君のしていることを全面的には認められないし、人喰い絵本によって大勢の犠牲を出したことは許せないけど、それでも君のことを多少は理解するように努めてみようと思うんだ。そうすれば、君が人喰い絵本の悲劇を量産することを、やめさせるための解にも繋がると思ってさ」
ダァグの心を自分に引き付ける目論見はあれど、ユーリのこの言葉に、嘘は一切無かった。全て本気で思っている。
「そっか……それでもいいよ。それでも……嬉しいかな。こんなこと言ったら怒るかもだけど、ほっとする」
本当に言葉通りに嬉しそうにはにかむダァグを見て、ユーリは胸がちくりと痛んだ。
「ダァグのその友達の名前は何て言うの?」
「ロウっていう名前」
照れくさそうに微笑み、答えるダァグ。
(こういう仕草や表情を見ていると、本当に子供なんだな。本体が老人だなんて信じられない。非道な神様にも見えない)
ダァグを見て、ユーリは目を細める。
「僕はロウの叫び声に気付いてあげられなかった」
「え?」
「あ、いや、その……ごめん。何でもない。喋りすぎた」
無意識のうちに言葉が出ていたことに気づく、ダァグは狼狽する。
「ああ、お前等。丁度いい所にいた」
祭りを存分に楽しみ、二人が宿屋に戻った所で、御者が声をかけてきた。
「今悪神監獄の噂を聞いたんだ。今、あそこはおかしなことになっているらしいぜ」
「おかしなことですか」
「ああ、鳥の姿をした神とその手下が、収容されている神々を制圧しているんだってよ。そんなことして何になるって感じだけどな。あそこに収容されている限り、どんな神様だろうと、本来の力は出せねーんだからよ。ま、その鳥の神には、何か狙いがあるんだろうが」
御者の話を聞き、顔を見合わせる二人。
「女神だね」
「監獄内では力は封じられるのに、それでも他の神を制圧できるの?」
ユーリが不思議そうに尋ねた。
「封じられるというか抑えられる。無くなるわけじゃない。そして他の収容されている神々を手下にしているってことは、夜明けの神の探索のためだろうし、その後の事も考えている」
ダァグが推測を述べた。
その後、二人は部屋にあがる。
ユーリがソファーに腰を下ろすと、隣にダァグが据わってきた。
(何で僕の横に座るんだろ)
しかもぴっとりと身を寄せてくるダァグに、戸惑うユーリ。
たった一日で、思っていた以上に懐いてしまったのだろうかとも考える。残酷な計画を抜きにしても、悪い気はしない。それどころか、可愛い弟分が出来たかのような気分だった。
「悪神監獄の外に出られれば、監獄のシステムは及ばない。外からから監獄の破壊も出来る。悪神監獄を破壊して、手下にした神々を引きつれ、また別の世界に侵略という手も考えられるね」
ダァグが、女神が勝利した仮定を口にする。
「神々ってのは、女神と同じ? 別の世界の神?」
「違うよ。あくまで絵本の世界で設定された神だから、本物の神々には力が劣る。それでも神は神だから、かなりの力があるよ」
ユーリの疑問に、ダァグはかぶりを振った。
「ダァグ、こうなる展開も予測していた? 女神が監獄の神々を支配することも想定したうえで、わざと神々を閉じ込める監獄という設定にした」
「ごめん。してなかった。だからわざとじゃないよ。でもこうなることも……考えるべきだったね。僕の失敗だよ」
ユーリの疑問に、今度は言葉だけで否定するダァグ。そして話している途中に、ダァグがユーリに寄りかかってくる。
ダァグが寝息を立て始める様を見て、ユーリは微笑んだ。
(これが――僕が憎む、悪い神様か――)
そう意識するも、今は怒りも憎しみも沸かない。それどころか、親しみの念が強く沸いてしまっている。
(懐かせようとして、逆に僕の方がこの子にほだされてしまっているのかな)
それならそれでも、別に悪くないとも思うユーリだった。




