41-2 物語の中を作者と一緒に冒険してみよう
「いきなり君と会うとはね。一人?」
親しげな微笑を浮かべるダァグ。
ユーリは無言のまま、警戒の眼差しを向けている。
「今回は味方だからさ、そんな顔しないでよ」
無造作に近づきながら言うダァグを見て、ユーリは小さく息を吐く。
「女神に勝つにはどうすればいい?」
「いきなり本題か。絵本でも示したけど、パターンは幾つかあるよ。夜明けの神を先に見つけて、悪神監獄の所長の元に連れて行く。女神そのものと交戦して殺害する。おすすめしない手としては、夜明けの神を殺害することかな。監獄の所長を殺害するという手もある」
「キーパーソンを殺して、物語の進行ができなくなれば、それだけで女神の敗北となる――か」
「そしてバッドエンドで、君達も元の世界に戻れる。よくわかっているよね」
ユーリの言葉を聞いて、ダァグは複雑な表情になる。
「それは皮肉? それとも嫌味?」
ムッとした顔になるユーリ。
「ユーリ、君は以前何度か意図的に、絵本のバッドエンドを引き起こして、強引に脱出している。それが皮肉に聞こえるってことは、君の中にも良心の呵責があると見ていいのかな」
「じゃあ、僕達の命を危機に晒して、犠牲を出しながらハッピーエンドを目指せと、そう言いたいのか? 身勝手も甚だしいっ。勝手に僕達を引きずり込んで、大勢の人を殺しておいてっ」
「ごめん。悪かった。こんな話題振るべきじゃなかった。今はこの話はやめよう」
「言い負けそうになったら逃げるんだ」
「落ち着いてよ。ここでユーリと喧嘩なんかしたくない。その話は今度にしてほしい」
ダァグにたしなめられ、ユーリは瞑目して小さく息を吐く。
(そうだ。喧嘩腰では駄目だ。一緒に行動するなら、あの残酷な作戦を実行するまたとない好機か……)
ユーリの心に青白い火が灯る。
「夜明けの神がどこにいるのかは僕にもわからない。これは女神をこの世界に引きずり込むための条件付けとして、ある程度公平を期すために必要なことだった。公平でない勝負をするなら、勝負の場を設ける必要も無いしね。まあ、神々のルールみたいなものかな。一方で不公平な部分もある。女神の陣営と僕の陣営の数だ」
「ダァグにもわからなのい? ヒントも何も無し? 君が作った世界なのに?」
ダァグの話は、ユーリからすると半信半疑だった。おかしな理屈と聞こえてしまった。
「前に言わなかったかな? 僕が描いた絵本だからって、世界の細部隅々まで僕がいちいち創っているわけじゃないよ。それらは自然に出来上がる。自動生成される。他の神々が作る世界もそうだよ。何から何まで創造主が設定しているわけじゃないんだ」
「料理はするけど、食材は造っていないようなものかな?」
「そうじゃないよ。いや、そうとも言えるかな……? うーん……」
難しい顔になって思案するダァグ。
「小説だって絵本だって演劇だって、物語を作ったとしても、その世界の全ての生物や、細かい物理法則全て設定する作者はいないでしょ。過去と未来全ては書かないでしょ。それらは自然に出来ていく。この説明でわかる?」
「うん」
その説明で、ユーリもようやく理解できた。
「じゃあここがどこなのか、悪神監獄がどこなのかも、ダァグにさえわからないんだ」
「そうだね。でも僕の陣営である君達の大まかな居場所はわかるよ。ミヤとノア、サユリとレオパのいる場所ね」
「大まか、か」
あまりあてになりそうにないと思うユーリだった。
「まず監獄の場所を聞き込みかな」
ダァグには頼れないとして、いつも通り、地道に探索していくことにする。
宿場町の住人に聞き込みを行うと、悪神監獄の場所はすぐにわかった。
「意外と近かった。じゃあ次は師匠達と合流したい」
ユーリがダァグに向かって、場所と方針を伝える。
「ミヤとノアは二人セッとだ。少し遠いかもね。二人のいる場所に行くより、監獄に着く方が早い。合流を先にするか、夜明けの神探しを先にするか、考え物だよ。これは競争だから」
「師匠達に会いに行っても、すれ違う可能性もあるね。じゃあ、師匠達も監獄に向かってくると信じて、僕達は監獄に向かう?」
「そうだね。夜明けの神がいるのは監獄の敷地内だから」
ユーリが伺うと、ダァグは頷いた。
「あのさ、女神を放置していたら、僕達の世界も――いずれは侵略されるよね?」
「すでに目をつけられているだろうね。あれは全ての世界を支配したがっている、貪欲な神。そして意にそぐわぬ者は容赦なく消し去る狭量な暴君だもの」
ユーリの質問に答えるダァグ。
「あのさ、お腹すいた」
ふいにダァグが立ち止まって訴える。
「ダァグもお腹すくんだ」
「神々も元は人間だし、僕の本体は人間だから、連動してるよ。御飯食べよう」
おかしそうに微笑むユーリに、ダァグは真顔で話す。
二人は露店で朝食を買う。
「独特な芋料理だ」
「味付け薄いね」
買った朝食はいまいちで、二人ともいい顔をしていない。
「ところで嬲り神達は何をしているの?」
次から次に質問ばかりと意識しつつも、尋ねるユーリ。
「嬲り神はこの世界の創造に深く関わって貰ったよ。宝石百足と図書館亀や他の神々は大して関わっていない」
「他の神々もいるんだ」
「最初に君に見せた、僕のストーリーの絵本でも言ったと思ったけど、忘れちゃったかな」
「【子供の心のままのお爺さんは絵本作家】だったっけ」
「タイトル、覚えていてくれたんだ」
嬉しそうに微笑むダァグ。
(反応がいちいち素直だな。本当に心は子供のままってことかな)
ダァグを見て、ユーリは思う。
「夜明けの神が何者で、どうして悪神監獄の所長が欲していて、何で誰にも居場所がわからないか、その辺もちゃんと設定してあるの?」
物語の作者が目の前にいるので、ネタバレとなることも容赦なく聞いていく。しかし、それが直接語られることはないのだろうと、尋ねておきながら、ユーリはあまり期待していなかった。
「それはもちろん考えてあるし、僕の頭の中の設定も絵本世界に反映されているはずだ。そういった重要な設定を考えずに、物語を描いてもよかったけどね。そこからヒントは導きだせるかどうかはわからない」
「それを僕にも教えられない?」
「公平を期す必要がある。その誓いを立てたからこそ、女神を僕の世界に呼び込めたし、囚われの身にも出来た。誓いを破れば、僕が代償を支払うことになるか、あるいは女神を解き放つことにもなりかねないよ」
「あれも駄目これも駄目か」
予想通りの答えが返ってきて、嘆息するユーリ。
「ユーリ、何が不服なの? 君が僕に言ったんじゃないか。君達と同じ立場になれってさ。君に言われた言葉をヒントにして、それを威厳の代価として、女神をこっちに引っ張ってこれたんだ」
「そうだったね。ごめん。今は共闘関係にあるから、君に対する苛立ちは出来るだけ抑えるようにする」
ついついダァグに対して当たりが厳しくなってしまうことを意識し、ユーリは素直に謝った。
「監獄方面に向かう馬車があるみたいだ。あれに乗せてもらおう」
「わかった」
ユーリが馬車を指し、ダァグが頷く。
「ああ。いいぜ。ここから二日ほどかかるけどな」
ユーリが交渉すると、隻眼の気の良さそうな顔立ちの青年御者が、快く応じた。
馬車に乗る二人。
「子供二人でどこに行くつもりなんだ? この先は悪神監獄しかないぜ。うちの馬車は悪神監獄に物資を運んでるんだ」
「その悪神監獄に面会に、かな」
御者が尋ねると、ユーリが答える。
「はははっ、冗談か本気かわからんが、悪い神様に用事があるなんて、あんまり口外しない方がいいぜ。あの悪神監獄の中にいる悪神達に、畏れを抱く奴も多いんだ」
御者が笑い、馬車を出す。
「誰が作ったか知らないけどよ。この世界の中だけじゃなく、他の世界からも悪い神様を連れてきて閉じ込めるなんて、とんでもねえ場所だよな」
御者は気さくで話好きなようで、馬車に乗ったユーリとダァグに、上機嫌に話しかける。
「夜明けの神って知っています? 悪神監獄の中にいるって」
ユーリが御者に尋ねた。
「ははっ、もちろん知ってるさ。悪神監獄の有名な神だ。監獄の所長がそいつを躍起になって探していて、神々にも解放する条件にして探させていやがるって話だ」
「どんな神様なんです? そしてどうして所長はそこまでして夜明けの神を探すんです?」
「聞きかじりの、噂程度の話だけどな。夜明けの神は悪神扱いされているが、実際にはそうではないらしい。監獄の神々の意識を変えてしまう力が、夜明けの神にはあるって話だ。つまり悪神を改心させちまう。その力を所長は欲している。そういう噂だ」
御者の話を聞いて、ユーリはダァグの方を見た。
「悪神を改心させるなら、いいことだよね。女神も改心できるのかな」
「ん……」
ユーリが話しかけると、ダァグは何故か困り顔になる。
「それともダァグ、君は女神を改心させるためにそういう設定にした?」
「ごめん。今はノーコメント。真実はユーリが確かめて。僕の口では言えないルール」
さらに問うユーリに、ダァグは困り顔のまま言った。
「ダァグ、君も改心させることは出来る?」
実はユーリが夜明けの神の話を御者から聞いて、真っ先に思い浮かんだことがそれだった。
「ユーリ、僕はね、自分の悪を自覚している。罪悪感が無いわけでもない。僕は悪神かもしれないけど、僕の心が夜明けの神の力で果たして変わるかどうか、それは疑問かな」
「試してみたいよ」
「うーん……」
にっこりと笑うユーリに、ダァグは視線を泳がせて苦笑していた。
***
正午近くなった時、馬車が停まった。
「着いた?」
寝っ転がっていたダァグが身を起こす。
「いや、違うみたい」
幌の外を見ていたユーリがかぶりを振る。
「おいおい、兵士達が魔物の群れと戦っているぞ。あんなに大量の魔物がいるなんて、どうなってんだ」
御者が状況を報告する。
「魔物の群れ……確か女神の配下に、魔物使いがいた」
「神徒ドームだね。彼が僕の世界を渡り歩き、絵本世界の中の魔物を次々と支配下に置いて、ユーリの世界に送り込んでいたね」
ユーリとダァグが喋りながら、馬車の外へと出る。
二人が大量の魔物と、魔物の群れと戦う兵士達の姿を確認した。
「ドームは見当たらない」
何のために魔物を大量に呼び出し、放置しているのだろうとダァグは不審に思う。
「兵士達を助けよう。そして無造作に魔物を呼び出している理由も探らないと」
「わかった。僕がやるよ。悪神監獄の中に入ったら、空間操作の力は制限されるから」
ユーリが促すと、ダァグが申し出た。
命の輪を装着した騎士、術師、獣を呼び出す。ユーリがこれらを見るのは二度目だ。
「な、何だこいつらはっ」
ダァグの僕を見て、御者が驚く。
騎士、術師、獣が魔物に襲いかかる。魔物と戦っていた兵士達も、異形の助っ人の出現に驚く。
たちまち魔物を撃退すると、命の輪を装着した者達は消えた。
「おい兵士さん達よっ、今あんたらを助けてくれたのはこの子達だぜっ」
御者が弾んだ声をかける。
「僕じゃなくてこの子の力だよ」
ユーリがダァグを指す。
「何だかわからないけどありがとう」
「助かったよ。というか、あんなの呼び出せる君は何者だい」
「おい、詮索しなくていいいだろ。助けてもらったんだから、それで十分だ」
「ありがとさまままーっ」
「おーきにでござるっ」
「ぐらっつぇーっ」
ダァグに向かって感謝する兵士達。
「これで、ドームに居場所を知られたことになるかな」
「ああ、なるほど」
ユーリのその発言を聞いて、ダァグは理解した。ドームが魔物だけ放ったのは、こちらの動きを探るためだと。
「単に何か事情があって、呼び出してそのままだったという可能性もあるけど」
「あんなに大勢の魔物を呼びっぱなし放置も変だよ」
ユーリの考えを、ダァグは微笑んで否定した。




